#90 ワクワクする基準
昨日は、Hofstedeの「不確実性の回避」について紹介しました。Hofstede(1980)によれば、日本は40か国中4番目に不確実性の回避の度合いが高く(ギリシャ、ポルトガル、ベルギーに次いで)、一方でアメリカは32位と、日本に比べてかなり低いことがわかります
以前どこかで聞いたのか、自分で考えたのかは定かではないのですが(その後調べてもどの研究か特定できなかったものの)、映画のタイトルを日英で対照してみたときにも、この特徴が見えてくるのではないかと感じたことがあります。つまり、日本語のタイトルは説明的で、見る前から内容が想像できるようなものが多いのに対し、英語のタイトルはタイトルから中身が想像できないものが多い。言い換えれば、前者は不確実性の度合いを低くしようとする傾向をもち、後者はどのような中身が描かれているかわからない状態でもまず観てみる、というような不確実なものに対する積極性がうかがえるように思われます(もちろん統計的に検証したわけではなく、他の要因もあるので、ここではあくまで私論です)。
映画のタイトルが(主に)英語から日本語に翻訳されるときに、かなり形が変わるということはこれまでも指摘されてきています。尾野(2004)は、洋画の原題と邦題がかなり異なっていることに注目し、その違いを池上の認知スキーマの枠組みから説明を試みています。日英語の本質的な違いとして、感情形容詞、身体表現の慣用句、擬態語・擬声語の3つの場合について論じています。
まず感情形容詞では、「(私は)うれしい ‘I am happy’」は言えても、「*あなたはうれしい ‘You are happy’」とは言いにくい点を挙げ、日本語の視点は主観的で話者の内部にあり、他者の心理や感覚は話者には分からないため、同じ語形を使えないとしています。一方英語は、人称の外側から客観的に捉えるため、述語の語形がすべて同じであると述べています。
身体表現の慣用句(例:「腹を割って話そうじゃないか」=“Let’s talk straight with each other”)では、英語が客観的・分析的な表し方であるのに対し、日本語の表現には、思考を介在させない感覚性が感じられるといいます。
さらに擬態語・擬声語(例:「彼女はにこにこしてあいさつした」=“She greeted me with a smile”)についても、事態を分析せず、話し手が感じたままを感覚で捉える表現が日本語には圧倒的に多いと述べています。
これらの特徴を踏まえ、尾野(2004)は次のように仮説を立てています。日本語では「感覚」の認知スキーマに基づき、「映画全体のもつ雰囲気、イメージ、ムードがいかにたくみに感覚的に表現されているか」がポイントになるのに対し、英語の原題では「行為」の認知スキーマに基づき、「どこに焦点を置き、どのように分析したのか」といった点が評価のポイントになるのではないか、というものです。実際、邦題がどのような映画であるかある程度予測できるのは、映画全体の雰囲気を感覚的に表しているからであり、英語の原題は映画全体である必要はなく、本筋とは関係のない事物や登場人物などもタイトルの対象になりうると考えられます。
例えば、原題が人名のみのタイトルが邦題になる際に、人名が消えて感覚重視のタイトルになる例として、Bonnie and Clyde(1967)「俺たちに明日はない」、Billy Jack(1971)「明日の壁をぶちやぶれ」が挙げられます。また、人名に映画のイメージを表す修飾語がつく例として、Eric(1975)「エリックの青春」があります(ただし、人名のまま邦題になる例や、その逆もあります)。地名についても、土地の持つ雰囲気やムードを表すためか、邦題にのみ現れることがあり、Shadows(1960)「アメリカの影」、A New Kind of Love(1963)「パリが恋するとき」などがその例です。さらに全く異なるタイトルになるものとして、Hope and Glory(1987)「戦場の小さな天使たち」、Basic(2003)「閉ざされた森」なども紹介されています。
以上の例をもとに、尾野(2004)は日本語表現と英語表現の違いを「感覚のスキーマ」と「行為のスキーマ」に基づいて説明しています。
ディズニー映画でも、原題と邦題が異なることがよく言われます。Frozen「アナと雪の女王」、Tangled「塔の上のラプンツェル」などはその典型です。尾野の例も合わせて考えると、こうした現象も「不確実性の回避」と関連して検証できるのではないかと思われます。鑑賞者として、これからみる映画がどのようなものなのか、推測できる場合とできない場合、どちらがよりワクワクするのか...この点にも関わっていそうです。
「不確実性の回避」の度合いが高い他の国の映画タイトルを見てみるのも興味深いかもしれません。そしてこれは、ターゲットとなる文化に合わせてタイトルを変更するという「ローカライズ」という現象とも関わってきそうです。今後もこの点について、引き続き検証していきたいと思います。
参考
尾野治彦. (2004). 日英語の映画タイトルにおける表現の違いをめぐって:「感覚のスキーマ」と「行為のスキーマ」の観点から. 北海道武蔵女子短期大学紀要, 36, 63–110.
Hofstede, G. (1980). Culture’s consequences: International differences in work-related values. Beverly Hills, CA: Sage.
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[不確実性の回避] [ローカライズ]