#84 ひとのことば(2)
昨日に続いて、『文化の言語学』から、言語の特徴の③〜⑤についてご紹介します。
まず③の恣意性(arbitrariness)。「ある記号とその意味との間に幾何学的類似性がある場合、その記号を像的(iconic)と呼ぶが、それ以外の場合を恣意的(arbitrary)と呼ぶ」とあります。たとえば「犬」という動物の概念と、/イヌ/という音のあいだには、形や構造上の似かよいは一切なく、まさにその結びつきは偶然的・恣意的なものです。
ここではさらに、「記号内部の恣意性」と「記号自体の恣意性」という二つの側面が区別されています。前者はソシュールの言う「意味するもの(signifiant)」と「意味されるもの(signifié)」の関係で、<犬>という概念が「意味されるもの」、/イヌ/という音声連鎖が「意味するもの」。その関係に必然性がないという意味で恣意的です。一方で、後者の「記号自体の恣意性」は、外界の分節の仕方そのものが言語によって異なるという構造主義的な立場に基づきます。語の意味は他の語との関係のなかでのみ成立するため、記号それ自体にも恣意性があるという考え方です。
続く④の互換性(interchangeability)は、「ことばの世界では、話し手が立場を変えて聞き手にもなり得る」という特徴を指します。動物の例でいえば、トビウオの生殖行動では雄と雌の役割が場面によって固定されており、「雌が雄を巣に誘い込む」というような立場の入れ替えは見られません。これに対し、人間の言語には柔軟な役割の交換が可能で、相互性の高いコミュニケーションを成り立たせています。
そして⑤の特殊化(specialization)。これは「ある行動がコミュニケーションのためだけに行われ、それ以外の目的を持たないとき」に当たります。たとえば、主婦が「そろそろお食事ですよ」と声をかけても、その発話が直接食事の準備を進めるわけではありません。言語行為そのものが、純粋にコミュニケーションのために存在しているのです。一方で、トビウオの雌の赤く膨れた腹は、雄を求愛行動に誘うと同時に排卵の準備も進めるため、特殊化された行為とはいえません。
参考
唐須教光(1988)『文化の言語学』勁草書房
Saussure, F. de. (1956). Cours de linguistique générale (1st ed.). Lausanne & Paris: Payot. [ソシュール著 (丸山圭三郎訳, 1972)『一般言語学講義』岩波書店]
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[恣意性] [互換性] [特殊化]