#108 立ち位置から変える
マルチモーダル・コミュニケーションを考えるとき、「どのような配置で相手と向き合うか」という点も重要な要素の一つになります。牧野他(2015)は、科学コミュニケーターが展示物を解説する場面において、来場者とどのような立ち位置で話しているのか、そしてその配置が変化したときに何が起きているのかを詳細に分析しています。
そこで取り上げられているのが、Kendon (1990) に基づく二つの陣形、F陣形とH陣形です(図参照)。F陣形は、会話参加者全員が操作領域を共有し、O空間と呼ばれる共有スペースを囲うように立つ配置で、発話権も比較的均等に分配されるとされています。一方、H陣形では、特定の参与者が他とは異なる位置に立ち、その「Head position」にいる者が優先的な発話権を持つ傾向があると示唆されています(Kendon 1990, 2004)。
論文では二つの事例が検討されており、特に興味深いのは、こうした陣形が固定的ではなく、やり取りの中で動的に変化していく点です。
F陣形からH陣形への移行の事例では、コミュニケーターが来場者に質問を投げかけるものの、それが来場者にとって答えづらい内容であったため、来場者自身が語りの聞き手としてふるまう位置へと移動し、結果としてH陣形が成立していました。また、その過程でコミュニケーターはすぐに説明を開始せず、語りの開始をあえて遅延させていた点も印象的です。
一方、H陣形からF陣形へのシフトは、来場者からの質問をきっかけに生じていました。そのやりとりでは、コミュニケーターが一方的に語るのではなく、両者が共同で語りを組み立てていく場面が観察されていました。
専門家と来場者という知識差を考えれば、H陣形が安定して現れても不思議ではありません。しかし実際には、語りの進行によって陣形が揺れ動いていました。このことは、私たちが相互行為の中で、その都度関係性や立場を交渉し続けていることを示唆しているように思えます。
たとえば教室という場では、教師と学生という関係からH陣形的な配置が想定されやすいですが、語りの内容や空間の使い方によって、その関係は柔軟に変えうると言えます。発言しやすさや授業の雰囲気、相互の距離感を調整するための視点としても、こうした陣形の考え方は非常に示唆的であり、今後の授業実践にも取り入れてみたいと感じています。
参考
牧野遼作・古山宣洋・坊農真弓 (2015). フィールドにおける語り分析のための身体の空間陣形 ― 科学コミュニケーターの展示物解説行動における立ち位置の分析 ―. 認知科学, 22(1), 53–68.
Kendon, A. (1990). Spatial organization in social encounters: The F-formation system. In A. Kendon, Conducting interaction: Patterns of behavior in focused encounters (pp. 209–237). Cambridge: Cambridge University Press.
Kendon, A. (2004). Gesture: Visible action as utterance. Cambridge: Cambridge University Press.
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