#107 いつ視線を相手に向けるか
昨日取り上げた視線配布について、片岡(2006)を読み進めていました。
この研究で用いられている談話データは、『ミスター・オー』という絵本のコマを使い、参加者に相談しながらカードを並べ替えて自然な物語を構成してもらう課題から得られたものです。参加者は日本語話者と英語話者で、さらに社会的要因として「学生―教員」という関係性も設定されています。
詳細は省きますが、「視線」が発話のどのタイミングで、どのように配布されるのか、そしてその結果に基づく考察が非常に興味深く、いくつか印象に残った点を紹介したいと思います。
予備研究であり、データ数が限られていることには触れられているものの、特に面白かったのは、受容者が話し手を見る場合(聞き手が話し手を見る)と、話し手が発話中に相手へ視線を向ける場合(話し手が聞き手を見る)の比率についてです。日本語では、自らの発話に端を発して視線が生じるケースが圧倒的に多いのに対し、英語では他者の発話に応じて視線を向ける頻度が相対的に高いことが示されています。端的に言えば、聞き手が話し手を見る頻度は、日本語のほうが英語よりも低いということになります。
さらに、日英語双方に共通する傾向として、参与者間の社会的関係が均衡である場合には、より長い視線配布が維持され、不均衡である場合には、継続時間の短い注視や一瞥が増加することも指摘されています。
また、昨日も触れた「どのような発話行為と視線が共起するのか」という点についても興味深い結果が示されています。日本語話者、特に社会的地位の低い立場にある話者(ここでは学生)の場合、他者の発話の妥当性を容認する行為(agree, answer, respond など)に対して視線を相手に向ける頻度が比較的高い一方で、英語話者は自らの判断を示す発話(state, claim, suggest, hypothesize など)の際に相手に視線配布する傾向がより強いという結果でした。
ちなみに私自身は、視線の使い方があまり上手ではないという自覚があります。以前、友人に「目をそらすよね」「あまり目を見て話さないよね」と言われたことがあり、それで相手が少し寂しそうにしている様子を見てから、なるべく視線を投げかけるようには意識しているのですが…。いまだにちょうどいい視線の時間がよく分からず、模索中です。
参考
片岡邦好(2006).問題解決型タスクにおける日・英語話者の視線について:談話データ「Mister O コーパス」にもとづく一考察.文明21, 16, 1–18.
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