#103 悪態の魅力
学会に向けて(笑)、w、草といった笑い表現の追加調査を進めている中で、完全に感覚的な話にはなりますが、純粋にポジティブな「笑い」よりも、マイナスな事態に対する、あきらめを含んだような笑いや、皮肉的な笑い、自虐といった表現が増えているような気がしています。ソーシャルメディアや、やりとりの相手がはっきりしていて仲間意識の強いLINEなどを対象に調査しているがゆえ、という側面もあるのかもしれません。
また、「しぬ」という表現も笑いを表すものとして確立してきており、笑いの対象や種類そのものが、時代の深刻さや停滞感といったものともどこかで結びついて変化しているのではないか、と考えるようにもなっています。
こうしたネガティブ(マイナスな事象)×ポジティブ(笑う)という組み合わせについて、何か手がかりになるものはないかと探していたところ、畑中(2015)の「『坊っちゃん』における悪態の機能」という論文に出会いました。
悪態といってもさまざまな形があり、畑中(2015)は星野命による「のろいことば、自卑語、卑語・憎まれ口、当てこすり・皮肉、毒舌、陰口、敬称(「先生」「大将」)、たんか、はやしことば、野次、あだ名」や、川崎洋による「罵り、脅し、毒づき、冷やかし、なぶり、嫌み、しゃれ、まぜっ返し、あげ足とり、さげすみ、差別語、捨てぜりふ」などを挙げています。
こうした悪態は、日本の狂言や歌舞伎のなかに巧みに取り込まれてきたことが紹介され、悪態が「鋭い批判性と聴覚的快楽をもたらす効果とを兼ね備えた文彩として、日本語の芸術表現のなかに形式化されていったと考えられる」と指摘されています。批判でありながら快楽をもたらすという点は、とても興味深く感じました。
さらに第2節「悪態と笑い」では、柳田国男の考察を取り上げ、敵対する者どうしが争う際に、悪口や罵言を浴びせ、同勢で敵を笑い飛ばすことが勝敗を左右する戦闘手段となることが述べられています。敵を攻撃するだけでなく、大勢の味方を愉しませるという効果が、嘲弄の付随的な機能として成立するとされており、畑中は柳田の考察が、この経緯を説明するうえで説得力を持つと指摘しています。
「悪態という表現が、よそ者を打つ暴力的機能にくわえ、ときには人を集団から排除するほどの制裁としての機能をも備え、また他方では、むしろ逆に集団の中で成員間の結束を強めたり、親愛の情を交換するといった機能を発揮することもできる」
完全に勉強不足ではありますが、こうした「ネガティブなものから生まれるポジティブな側面」というのは、単なるポジティブよりも、むしろ強い効果を持つのではないかと感じています。
今後も、笑いのあり方とその機能について、もう少しじっくり考えていきたいと思っています。
参考
畑中基紀(2015)「『坊っちゃん』における悪態の機能」『表現研究』101, 1–10.
星野命(1971)「あくたいもくたい考 ― 悪態の諸相と機能 ―」『季刊人類学』2-3, 40.
川崎洋(2003)『かがやく日本語の悪態』新潮社.
柳田國男(1990)『笑の本願』柳田國男全集 第9巻.筑摩書房.
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[笑い表現] [悪態]