#100 命題までの道のり
今日の授業では、昨日の記事で取り上げた Ide (2008) の論文について、学生が内容をまとめて発表してくれました。その中で、ハッとさせられる気づきがあったので書き留めておきます。英語で書かれた論文を読み続けているからなのか、あるいは自分の思考が英語学寄りになっていたからなのかは分かりませんが、いつの間にか発話の構造を「英語的な」順序で理解していたことに気づきました。
昨日の記事にも書いたように、Ide (2008) は日本語の発話を考える際、これまで西洋的価値観のもとで重視されてきた ③ Propositional Communication(命題レベル) だけでは十分に説明できないと述べ、そこに至るまでの段階として ② Meta Pragmatics、さらにその基盤となる ① Meta Communication の層を置いています。
私は昨日、この①〜③を逆方向に理解したほうが分かりやすいのではないかと述べました。つまり、まず「③何を言うか(内容)」があり、次に「②どのように言うか」のレベル、その上に「①そもそも言うべきかどうか」のレベルがあるといったように、中心(命題)から外側へ広がるようなイメージで捉えていたのです。
ところが、今日の学生の発表を聞きながら、Ide (2008) の論文の趣旨に沿って考えるなら、やはり ①→②→③ の順序で説明する方が日本語の特徴をよく表すと感じ直しました。
日本語では、まず ①「言うべきかどうか」 を判断し、言うと決めてようやく ②「どのように言うか」 を選び取り、最後に ③「内容そのもの」 に至る、という構造を持っていると理解できます。(もちろん実際には無意識で一瞬のうちに行われます。)この順番は、プロセスの流れとしても、重要度としても、語用論的レベル(①・②)が命題レベル(③)より先にあるという日本語の仕組みをよく示しているように思います。
この(勝手な)順番の転換に気づいたことで、Kaplan(1966)が示した文化ごとの論理構造の図を思い出しました(記事末に図を載せています)。昨日の私は英語で論文を読んでいたためか、つい English の論理(まず結論) で考えてしまっていたのだと思います。今日は、日本語で発表する学生の話を聞いたことで、自然と Oriental な論理(最後に結論) の視点に戻ったのかもしれません。日本語の発話構造が①→②→③で進むという理解は、この東アジア的な「結論を最後に置く」論理構造とも通じるものがあると感じます。
【再掲】
③ Propositional Communication(命題的コミュニケーション):
これは「何を言いたいのか」という、一番根本的なレベルです。発話の土台となる命題そのものを指します。
② Meta Pragmatics(メタ語用):
次に、「何を言うか」だけでなく、「どのように言うか」を考えるレベルです。ハイコンテクスト文化では、同じことを言うにも、その言い方が非常に重要になるとされます。Ide はここに3つの視点を置いています。
・Propositional:扱う情報が話し手に近いものなのか、聞き手に近いものなのか
・Situational:話し手と聞き手の関係、場のフォーマルさなど
・Discourse:やりとりを支える相槌やバックチャンネルの使用
① Meta Communication(メタ・コミュニケーション):
そして最上層は、「そもそも言うべきか、言わないべきか」といった判断、さらに「誰が・どこで・いつ話すのか」というターン交替やトピック管理に関わる部分です。
p.s. 気づけば Day Log を書き続けて 100回目になりました。すぐにネタが尽きると思っていたのですが、周りをよく見渡すと、気になること、書き留めておきたいことが意外と多いことに気づかされます。これからもまた色々な発見がありそうなので、もう少し続けられそうです。
参考
Ide, S. (2008). How and why honorifics can signify dignity and elegance: The indexicality and reflexivity of linguistic rituals. In Broadening the horizon of linguistic politeness (pp. 45–64). John Benjamins Publishing Company.
Kaplan (1966). Cultural thought patterns in intercultural communication. Language Learning, 16, 1-20.
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Kaplan (1966)