#59 約束の毎日
昨日ご紹介した Show and Tell のアクティビティやプレゼンテーションは、その後のやりとりに変化を生みます。発表を通してその人のことを知ったり、共感した人がそこから話しかけてくれたりと、新しいコミュニケーションが生まれていきます。
このことを考えていたとき、共通基盤(common ground) の概念を思い出したので少しまとめます。
吉田・Lickley(2009)によれば、「対話の関与者同士で共通の基盤を形成することをグラウンディング(基盤化)と呼ぶ」とされ、これまでに、その仕組みを明らかにするためのさまざまな談話モデルが提案されてきました。例えば、Brennan and Clark(1996) は、対話者が同じ語句や統語構造を繰り返すなどして共通の状況モデル(situation model)を構築するプロセスを示しました。また、Pickering and Garrod(2004) は「完全な共通基盤(full common ground)」を築くために、修正や確認(repair)を通じて絶えずフィードバックを繰り返し、暗黙の理解を積み重ねていく対話モデルを提案しています(吉田・Lickley 2009)。
さらに、吉田・Lickley(2009)は、なじみのない談話要素を導入する際に注目し、頻出する言い淀み「ナンカ」「アノー」が聞き手の注意を新しい要素へ向けるきっかけになっていることを指摘しています。そして、いったん導入された要素が名詞句として繰り返され、修正を経て共有情報へと集積していくグラウンディングの過程を描いています。
こうした視点から見ると、プレゼンテーションも一度きりの発表ではなく、自分の情報を公開し、今後のコミュニケーションの基盤となっていく発信の一形態だと言えます。
また、三木(2022)は、よりミクロなレベルでこの「基盤」を「約束事」と呼んで会話の仕組みの説明を試みています。
会話とは「すでに言われたことを前提として、次の発言を重ねていく営み」であり、その前提が一度共有されると「以後はこの約束事に従う」ことになる。そして、一度その約束が結ばれたなら、「知らないふりはできない」といわれています。
何かを発信するということは、対話の共通基盤を構築する始まりであり、同時に、発話が相手との約束になるという責任も伴う行為です。この記事を書きながら、発信のもつ魅力とリスクの両方を、改めて胸に刻みました。
参考
吉田悦子・Lickley, R. (2009). 対話におけるグラウンディング過程とは何か―談話指示と言い淀みの分析―. 『言語処理学会第15回年次大会発表論文集』, 426–429.
Brennan, S. E., & Clark, H. H. (1996). Conceptual pacts and lexical choice in conversation. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 22(6), 1482–1493.
Pickering, M. J., & Garrod, S. (2004). Toward a mechanistic psychology of dialogue. Behavioral and Brain Sciences, 27, 169–226.
三木那由他 (2022). 『会話を哲学する―コミュニケーションとマニピュレーション―』光文社新書. 光文社.