#57 トランスランゲージング
国際ビジネスコミュニケーション学会で印象に残った話を、今日も続けて書きたいと思います。
山本綾先生のご発表「トランスランゲージング:米国大学日本校との協働例」では、多様な言語的・文化的背景をもつ学生たちが学び合う場での言語使用の実態を明らかにし、ビジネスコミュニケーションへの接続について考察されていました。
発表の中では、学生たちが「日本語」「英語」といった個別の言語の境界を越え、場面や状況に応じて手持ちの言語レパートリーやリソースを柔軟に使いこなす様子が紹介されていました。ときにはスマートフォンを使って単語を検索したり、翻訳したりしながら、目的に合わせてことばを選び取っていく姿が印象的でした。
正直、私はこれまで「トランスランゲージング」という言葉をあまり深く理解していなかったので、改めて加納(2016)のまとめを参考に定義を整理してみました。
もともとは、Williams(1994)が衰退しつつあったウェールズ語の話者を増やすために、受容と発信で異なる言語を使うバイリンガル教授法を「trawsieithu」と名づけたことに始まり、それをBaker(2006)やGarcía(2009)らが英訳して「translanguaging」という概念を広めたそうです。
近年では、こうしたバイリンガル教授法に限らず、「言語Aでインプットし、言語Bでアウトプットする」といった、多言語話者が日常的に行っている言語使用全般を指す広い概念へと発展しています。中心的な考え方は次の2点です。
言語をそれぞれの枠に閉じ込めない、多言語話者の自然なことばの使い方
状況に応じて言語資源を柔軟に組み合わせる、多言語話者のことばの使い方
またその機能として①理解促進のためのトランスレーション、②相互行為としての意味生成、③コミュニティへの参画、の3つを挙げています(Garcia 2009)。
加納(2016)は、このトランスランゲージングを「動的バイリンガリズム」と「マルチ・モダリティ」という二つの考え方と結びつけて説明しています。前者は、言語が使われる環境や文化的規範、言語観の力関係をふまえ、コミュニケーションの目的に応じて最適な言語レパートリーを発達させ、アイデンティティを育てていくという見方。後者は、言語を多くの記号システムの一つとしてとらえ、文字や画像、音声などすべてのリテラシー実践を等価に扱う考え方です。
教授法として考えてみると、様々なレベルの学生がいる授業や、自分の英語力の限界を考えると、授業をすべて英語で進めるのは難しい。でも、トランスランゲージングの考え方に頼りすぎて、言語の切り替えやツールの使用を無制限に認めるのも少し違う気がします。
実際、加納も指摘しているように、トランスランゲージングはあくまでコミュニケーション上の方略であり、場面や状況に応じた理由と目的があってこそ意味を持つもの。教育現場で教授法として取り入れる際には、計画性と判断力が求められるとされています。
今後、このトランスランゲージングという考え方が英語教育論の中でどのように発展し、変化していくのか、引き続き注目していきたいと思います。
参考
加納なおみ. (2016). トランス・ランゲージングを考える: 多言語使用の実態に根ざした教授法の確立のために. 母語・継承語・バイリンガル教育 (MHB) 研究, 12, 1–22.
Williams, C. (1994). Arfiαrniad o ddulliau dysgu ac αddysgu yng nghyd-destun addysg uwchradd ddwyieithog [Evaluation of teaching and learning methods in the context of bilingual secondary education]. PhD thesis, University of Wales, Bangor.
Baker, C. (2006). Foundations of bilingual education and bilingualism (4th ed.). Clevedon, UK: Multilingual Matters.
García, O. (2009). Bilingual education in the 21st century: A global perspective. Malden, MA: Wiley-Blackwell.
keywords
[トランスランゲージング] [マルチモーダル] [バイリンガリズム]