#80 構文にみる経験の直接性
昨日の記事でご紹介した池上嘉彦先生のご著書ですが、かつて私が大学2年生の時に別の著書『英文法を考える』が現代英語学の授業の夏休みの課題となり(さらに Swan の辞書 English Practical Usage もすべて通読せよとの課題であった…!)、その時特に印象に残った、構文の違いを読む要素の一つである「経験の直接性」について触れてみたいと思います。
今回は、昨日の記事で取り上げた『英語の感覚・日本語の感覚 <ことばの意味>のしくみ』のほうからの引用です。
池上は、ジョンが正直な人物であることについて話し手の信念を表す3つの例文を挙げています。
1 a) I believe John honest.
b) I believe John to be honest.
c) I believe that John is honest.
また、関連して椅子の座りごこちの良さについても、次のように示しています。
2 a) I find the chair comfortable.
b) I find the chair to be comfortable.
c) I find that the chair is comfortable.
これらの文は一見同じ意味を表しているように見えますが、実は「私の直接的な体験があるかどうか」という点で異なっています。
1については、a) と c) を比べると分かりやすく、a) は実際に私が彼の正直な振る舞いに直接接したという経験があって、彼の正直さを疑うような人が出てきたときに主張するような場面で使われます。一方 c) は、直接経験はなく、さまざまな人が彼について報告していることなどから判断して「彼は十分に正直である」と思う場合、つまり間接的な証拠に基づく場合に用いられるとされています。
また、2の文については、a) はまさに今その椅子に座って座り心地を試しているという状況で発した表現であり、c) は座り心地の良さを測定する何らかのテストを椅子に施し、その結果の数値を見ながら判断しているような感じを与えるといいます。
こうした直接的/間接的な違いは、依頼や要求を表す動詞の場合には「介入の程度」を示す形で現れます。たとえば、She asked him to leave と She asked that he leave では、前者のほうが後者よりも強く彼に立ち去るよう求めた意味合いがあるとされます。
池上は他にも関連する事例を挙げた上で、「それぞれの構文の〈形式〉と〈意味〉との間には密接な対応が認められる」と述べています。さらに次のように続けています。
「関与が直接的であるという意味合いでは動詞が〈目的格〉をとる構文が選ばれ、一方関与が間接的であるという意味合いでは動詞が〈that節〉をとる構文が選ばれ、したがって前者で〈目的格〉となっているものが後者では〈主格〉として表される。…意味の差が単なる偶然でなく、十分いわれのあるものであることを示している。」
構文のかたちの違いが、単なる言い換えではなく「経験の直接性」という認知的な差を反映しているという点がとても興味深く、今読んでも印象に残る一節です。
参考
池上嘉彦 (2006)『英語の感覚・日本語の感覚 <ことばの意味>のしくみ』NHK出版
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[構文]