#78 状況におけるモノとコト
最近、ウォーフの話が自分の中でかなり尾を引いています。
明日の授業で取り上げる予定なのですが、英語をはじめとするSAEが対象化の志向(objectifying)を持ち、ホピ語が出来事そのままを捉える(eventing)という指摘に関連して、英語と日本語を対照したときに見えてくる感覚の違いについて、金谷(2019)でも似たような話が触れられていたので、ここにまとめておきたいと思います。
金谷(2019)によれば、「日本語には、ある出来事をコトとしてその全体を表現する傾向がある」と述べられています。たとえば、浦島太郎の話を例にとって、「亀が子供たちにいじめられているのを助けました」という文を、英語話者(データとしてはカナダの学生)は難しいと感じるといいます。
日本語の文は「亀がいじめられているコト(トコロ/状況/場面)」に注目しているのに対し、英仏語で理解しやすい形というのは、コトの中からモノ(亀)を引き出して、「浦島太郎は、子供たちにいじめられている亀を助けました」という文に変えると分かりやすくなるのだそうです。
ここで、英語の対象化する志向というのが確認できます。一方で、日本語はその意味でホピ語に近い感覚を持つともいえそうです。
金谷が英語に対して指摘している箇所を引用すると、次のように述べられています。
「英訳者のとる常套手段は、明確な輪郭を持ったモノ(やヒト)をコト(状況)から何としても取り出し、その間に行為者(主語)とその対象(目的語)という関係を作り出すことである。我が身を状況から引き離して見下ろす際に、時間は失われ、コトはモノ化する。」
日本語の方をふりかえると、読者はまず「亀が子供たちにいじめられているのを」まで読んで、「おお、そうか、それでどうしたんだ」と余裕をもって文についていくだけでよく、話者と同じ目の高さで追体験するようなイメージだと金谷は述べています。