#75 通訳の大変さ
大学での仕事の中で、ごくまれに英語の通訳を担当することがあります。フランスやイタリアから来る方々を迎えることが多く、いわゆるノンネイティブスピーカー同士の通訳になることがほとんどです。正直に言うと、通訳は本職ではないので「私にはできません」と言いたくなる瞬間もありますが、そこはぐっとこらえて、なんとか楽しみながら引き受けています。実際、通訳は言語能力そのものよりも、言葉を媒介にしたコミュニケーションを続けようとする意欲のほうが重要だと感じます。もちろん、高度で専門的な内容になると別ですが、危険性がない範囲なら、言い換えながら工夫して伝えられるものです。
今日は、ある場面で「検針機に通す必要がある」と言わなければならなかったのですが、「検針機」という日本語すら知らなかったので、とっさに “We have to check if your work left any needles or not.” と説明的に言い換えて伝えました。
通訳(エセ、笑)をしていると、自分がどこまで我を出していいのかわからなくなる瞬間があります。完全な話し手でもなく、ただの聞き手でもない。その中間にいるような感覚があり、ときに少し寂しくも感じます。そして、実際の会話よりもはるかに疲れます。
Goffman(1981)は、会話の参与者がそれぞれどのように発話に関わるかを分析し、 話し手や聞き手をいくつかの役割に分けたparticipation framework(参与の枠組み)を提案しています。Goffmanによると、話し手は三つの役割、声を出す Animator、表現を組み立て作文する Author、思想の主体や信条を担う Principalに分けられます。普通の会話では一人がこれらを兼ねますが、例えば総理大臣の演説を秘書が作成し官房長官が読むような場合、それぞれが別の役割を担う(総理大臣:プリンシパル、秘書:オーサー、官房長官:アニメーター)ことになります。聞き手は、承認された(ratified)参与者と未承認の参与者に大きく分けられます。
瀧本(2007)は Clark(1996) のモデルを用いて、多人数会話における通訳者の位置づけを考察しています。
まず、聞き手としての通訳者に注目すると、Clarkによると聞き手は発話に対して三段階の関与をしています。Attender は発話を「音」として聞いている段階、Identifier は語句や表現を認識している段階、そして Respondent は内容を理解し、意味に反応できる段階です。瀧本は、通訳者がこの三つの役割を絶えず行き来していると指摘しています。内容が単純なときにはAttenderとして静かに聞き、IdentifierやRespondentとして次に訳す準備をしています。会話が並行して進む場面では、IdentifierやRespondentの機能が制限されることもあり、また専門的な内容ではRespondentとしての機能を果たしきれない場合もあると述べています。
一方で、話し手としての通訳者の役割については、Edmondson(1986)が通訳者を「完全な参加者ではない」と位置づけています。しかし瀧本は、実際には通訳者が確認や補足を行う場面、あるいは自分のコメントを加える場面もあり、Principal として発話に関わることがあると指摘しています。
私が通訳をしていて強く感じるのも、こうしたポジションの揺らぎです。話し手としては抑えめでいなければならず、聞き手としては常にスタンバイしていなければならない。そして時には、完全な対話者として関わることもある。その都度自分の位置づけが変わるからこそ、通訳という行為は心身ともに負荷がかかるのだと思います。
こうした経験を通して、話し手・聞き手という単純な区分では捉えられない、コミュニケーションの多様な形に改めて気づかされます。
そこに喜びを見出しまして、明日も頑張りたいと思います。
参考
Clark, H. H. (1996). Using language. Cambridge: Cambridge University Press.
Edmondson, W. J. (1986). Cognition, conversing and interpreting. In J. M. House & S. Blum-Kulka (Eds.),Interlingual and intercultural communication: Discourse and cognition in translation and second language acquisition studies (pp. 129–138). Tübingen: G. Narr.
Goffman, E. (1981). Forms of talk. Philadelphia: University of Pennsylvania Press.
瀧本眞人. (2007). 聞き手・話し手としての通訳者―ミーティングにおける通訳場面の一考察―. 通訳研究, 7, 205–218.
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[通訳] [参与の枠組み]