#67 ナラティブについて
昨日の記事では「ディスコース」について整理しましたが、今日はその関連概念であるナラティブ(narrative)を取り上げたいと思います。ディスコースやナラティブなど、語りやことばのまとまりを指す言葉はいくつかありますが、両者の違いが分かりにくく感じられることもあります。そこで今回は、特にナラティブに焦点を当て、その研究がどのような視点や関心のもとに展開されてきたのかを整理してみます。
De Fina and Johnstone(2000)によれば、ナラティブは1950年代以降、人文科学や社会科学の主要なテーマのひとつとして位置づけられてきたそうです。彼らは次のように述べています。
Narrative has been one of the major themes in humanistic and social-scientific thought since the mid-twentieth century. The essence of humanness, long characterized as the tendency to make sense of the world through rationality, has come increasingly to be described as the tendency to tell stories, to make sense of the world through narrative.
つまり、理性(rationality)によって世界を理解することが人間らしさとされてきた一方で、近年では語ることによって世界を理解すること、すなわちナラティブを通して世界を知覚することが人間らしさの本質として捉えられるようになってきた、という指摘です。
また、彼らは "In linguistics, narrative was one of the first discourse genres to be analyzed, and it has continued to be among the most intensively studied." と述べており、ナラティブが言語学においても初期から分析されてきた談話ジャンルのひとつであり、現在も盛んに研究されていることがわかります。
この論文では、ナラティブ研究を以下の三つの視点から整理しています。
Research on narrative in the structuralist tradition ナラティブの統語的・意味的構造を扱う研究
Research on narrative in its interactional context 語りがどのように相互行為の中で形成され、同時にそれを形づくるかという観点(narrative and identity)
How narrative is embedded in and constitutive of more durable, replicable sociocultural practices 社会文化的実践との関係、つまりナラティブが社会的実践や権力関係とどのように関わるかという視点(narrative practices and power)
日本語での議論としては、大津(2005)がTannen(1984)を取り上げています。大津は、会話において過去の出来事を語る行為(たとえば自分が見たドラマや小説の話、自分が経験した出来事やそのときの気持ちを語る活動)をナラティブと呼んでいます。語りの内容だけでなく、語りの技術そのものも重要な要素と考え、とくに話法(reported speech)に注目して、友人同士の雑談を分析しています。
さらに、西川(2005)は、これまでのナラティブ研究が語り手(speaker)中心であった点に着目しています。彼は、日常会話におけるナラティブを参加者同士の協働的な行為として捉え、Ochsら(1992)の理論構築活動の特性
説明部(ストーリー案の提示)
対峙可能部(ストーリー案への対峙)
修正部(修正案の構築)
を分析の手立てとし、語り手だけでなく聞き手もストーリー形成に積極的に関わり、協働的に意味を作り上げていることを指摘しています。ナラティブは単に「語る」ことではなく、参加者が共にストーリーを組み立てる社会的な営みであるという視点が示されています。
整理すると、ナラティブとは、過去の経験を語り手と聞き手が共有しながら構築していく語りの営みを指し、その構造や相互行為における位置づけ、さらにはそれがどのような社会的意味を持つのかがこれまで多角的に分析されてきました。ナラティブの分析は、社会における人の営みや関係性のあり方を明らかにしようとする研究であるといえそうです。
参考
De Fina, A., & Johnstone, B. (2015). Discourse Analysis and Narrative. In D. Tannen, H. E. Hamilton, & D. Schiffrin (Eds.), The Handbook of Discourse Analysis (2nd ed., pp. 152–167). John Wiley & Sons.
西川玲子(2005)「日常会話に起こるナラティブの協働形成 ―理論構築活動としてのナラティブ―」『社会言語科学』第7巻第2号,25–38頁.
大津友美(2005)「親しい友人同士の雑談におけるナラティブ ―創作ダイアログによるドラマ作りに注目して―」『社会言語科学』第8巻第1号,194–204頁.
Tannen, D. (1984). Conversational Style: Analyzing Talk among Friends. Norwood, NJ: Ablex.
Ochs, E., Taylor, C., Rudolph, D., & Smith, R. (1992). Storytelling as a theory-building activity. Discourse Processes, 15(1), 37–72.
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[ナラティブ] [談話分析]