#64 うつくしい日本語とは
明日の社会言語学の授業では、ガ行鼻濁音を取り上げる予定です。社会言語学では、このような発音の違いを派生や誤りとしてではなく、れっきとした変種や変異として扱い、その背後にあるシステムを見出そうとします。
松田(2017)は、言語の変異には複数の要因が関わっており、言語内部の要因による内的制約条件と、話者の社会的属性による外的制約条件の二つがあると述べています。そして、それぞれの要因の相対的な強さを見極めることが重要だと指摘しています。
鼻濁音の内的制約条件ついては、日比谷(1988)の研究が示すように、語頭のガ行音は濁音の「g」で、語中では鼻濁音の「ŋ」になる傾向があります。外来語や擬音語では「g」が使われやすく、和語は漢語よりも「ŋ」になりやすいとされています。また、外的制約条件として地域と年齢の影響が大きく、1979年の時点では東京や東北を中心に鼻濁音が広く使われていましたが、1987年の調査では若者の間で非鼻濁音化が進み、ほとんど使われなくなっていることが報告されています。
このように年齢による差がみられる現象は、「正しい発音」をめぐる議論を生みやすいと感じています。実際、NHKのEテレ「華麗に鼻濁音」(一度聞くと癖になるメロディーと歌詞)やアナウンサーの発音指導の映像には、鼻濁音を「美しい日本語」とみなす価値観が反映されています。また、1961年の読売新聞には、「劇場で、鼻濁音のなくなった日本語をきいていると、じつに不快感のほうが多いのである。これは、だれよりもさきに俳優が研究して、解決すべき問題だと思うが、どうか。うつくしい日本語を話すために。」という投稿があり、俳優に対してうつくしい日本語を話すために研究してほしいと訴えています。
研究結果からもわかるように、言語変化は常に進行しており、現在では鼻濁音を使わない発音が大きな勢力になっています。しかし、年齢という外的要因が関わる言語現象は、今も昔も“正しさ”を問われやすいように思います。皆がそれぞれに言語の変化を楽しむ気概を持っていて欲しいなと思う授業前日です。
参考
日比谷潤子(1988)「バリエーション理論」『言語研究』93: 155-171
松田謙次郎(2017)「変異理論で見る日英語のバリエーション」井上逸兵編『社会言語学』pp.6-23