「ナッジ」という言葉は、まだまだ聞き慣れない言葉かもしれません。
でも、実はとても身近なことを言い表しているのです。
ナッジの基本は「ついつい」です。
いかに、「ついついやってしまう」を生み出せるかか、「ついついやってみようという気になる」を作れるか。
それがナッジの基本です。
ナッジという言葉は、2017年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーが使い始めた言葉ではありますが、実はもっと昔からある考え方です。
2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンや彼の研究パートナーのエイモス・トベルスキーなどは、ナッジの考え方のもととなっている人の意思決定の偏りを様々な実験を通じて明らかにしています。
人のふるまいや考え方には偏りがあります。
長期的な計画に基づいてお金を使える人もいれば、宵越しのお金を持たないような人もいます。
予防接種に賛成の人もいれば反対の人もいます。
そのような意思決定の偏りに着目して、人のより良い行動を誘発しようと働きかけることがナッジと呼ばれています。
隣にいる友人に、「ねぇねぇ、やってみない?」と肘うちするようなイメージです。
強制するわけでもなく、従わなくてもペナルティーもありません。
あくまで選択するのは本人です。
ただ、「より良い方向に進んでみない?」とちょっと突いてみるのがナッジです。
「省エネ月間」と書かれたポスターを見ても、あまり省エネしようという気になりません。
「忘れ物しないように気を付けて」と言われても、気を付けることを忘れてしまいます。
「宿題しなさい」と言っても、子供たちは「あ~もぅ今やろうと思ってたところなのに!やる気なくした!」といろいろ言い訳を思いつきます。
それならば!
エアコンのONボタンの近くに「ねぇ、ほんとにスイッチ押すの?押して良いの?」と書いたシールを貼ってみるのはどうでしょう。押すことをついためらってしまいそうです。
兄弟・姉妹がいたら、お互いの持ち物をチェックするように言ってみたらどうでしょう。見られた恥ずかしくないように、つい競争意識を持ってしまいそうです。
宿題をやるという高いハードルに挑ませる前に、「今日の宿題は何をやれば終わる?」と聞いて、宿題について答えるだけという低いハードルに挑んでもらうのはどうでしょう。つい完成した宿題の姿をイメージして少し気持ちも軽くなりそうです。
このような、私たちの「ついつい」を突くのがナッジです。
実は、ナッジはすでに世界中で結構幅広く使われています。
アメリカでは電気代明細書に自分の家と似た世帯構成・似た建物構成の家庭の平均的な電気代と比較した図を載せて、ほかの家と自分の家を比較するというナッジを取り入れることで、消費電力量が数%削減できているそうです。
臓器提供の意思表示には、提供する場合にチェックを入れるタイプと、提供しない場合にチェックを入れるタイプがあり、国によって違います。なんと、前者のタイプでは1割以下の人しか臓器提供に賛同しないのに対し、後者のタイプを採用している国では9割以上の人が臓器提供に賛同しているそうです。要は、チェックを入れるという作業とチェックを入れるという意思決定に至るまでの検討は大変なので何もしないという選択がなされているようです。
次のページでは、ナッジを作るときに使う考え方や理論を紹介します。
©2020 Takaho Itoigawa