他愛無いことをここに記録します。
他愛無いことをここに記録します。
ある日の夕方、家に帰ってくると家の前で蝉が死んでいた。
実際に死んでいると分かったのは次の日の朝で、蝉が夜の間微動だにしていなかった不自然さの中に私は自然さを感じた。
その日の夕方、私は七日間の最後の場所に私の玄関を選んでくれたことに敬意を示して彼を近くの大きな木の下に埋めて握りこぶしくらいの石を墓標として彼の体が埋まっている土の上に重ねた。
人間式埋葬方法を喜んでくれているかはわからないが、死して尚彼が誰かに敬意を持たれるという点で彼はうかばれると思う。
死んでしまった後のことはわからないけど、生きている間でも音楽を誰かに伝えることって限りなく一方通行だ。
でも埋葬した帰り道にコメントやいいねで生きた反応が返ってくる事がどれほど嬉しい事なのかを考えることができる体験だった。
2026 / 8 / 14
今までcomposerとして活動してきた。
ボカロPになったきっかけは、もっと複雑な調声をしたいという思いからだ。
調声をする度に感じていた事だが、手を入れすぎると歌ってもらっているというより楽器の習熟みたいな側面が強くなる様な気がしてしまっていた。
その解決案として全体をプロデュースする名になる事で自分の気持ちの整理ができそうなことに気づいた。
ただ私の個人的な気持ちのブレイクスルー以外に意味はないのだが、私の表現に対する葛藤の中ではとても重要な出来事だと思ったのでここに記そうと思う。
どうやら私はボカロPになったらしい。
2025 / 11 / 26
小学校低学年の頃、私と友人はたまに口喧嘩をすることがあった。
勝負は互角だったがある日友人は最強の武器を仕入れてきたのだ。
それは私が何を言っても『そーですね』と返す技だった。
サングラスの影がチラチラするその技は単純にして最強だった。
食べたパンの枚数や地球が何周回ったとかその次元ではない。
拙いバトルにおいてそれはありとあらゆる口喧嘩の覇者だった。
しかし、そんな絶対王者にも負ける日が来る。
ある日、家で腹を立てた私はその最強の技を使ってしまった。
しまったというのは家族にその最強の大鉈を振るってしまった罪悪感からだ。
一瞬の静寂の後、おばあちゃんが放った一言で私は敗北した。
『、、、っふふ。おもしろいね?』
なんだこれは!!この無力感!!当時それは衝撃だった。
今だからわかるが私はその友人の言葉を本来的な意味ではなく武器としてつかっていたのだ。
かくしてその冷たい笑いに似た何かは小学校低学年の拙い口喧嘩に平和をもたらした。
人の感性だとかはテクノロジーと違って急にガラッと変わることはないと思うけど、きっとそういう熱を力に変えたい人たちは虎視眈々とその日私が感じた何かに手を伸ばしている気がする。
そしてその渦に私もいる。
2025 / 7 / 19