指 揮 佐藤謙蔵(さとう けんぞう)
京都市立芸術大学音楽学部声楽専攻卒業、同大学院修了。
1994年ウィーンに留学、宮廷歌手R. H. ベッシュ、K. H. トゥットゥナーの各氏に師事。
オペラ「蝶々夫人」、「魔笛」、「椿姫」、「子供と魔法」や、林光作品、中西覚作曲「おさん茂兵衛歌暦」(初演)等の日本のオペラにおいても主要なキャストを務める。
ベートーヴェン「第九」やモーツァルト「レクイエム」、「戴冠ミサ」、ハイドン「ネルソンミサ」他多くの演奏会においてテノールソリストとして出演。
ファウエムミュージックコーポレーション日本歌曲シリーズCD録音に参加、「さくら横ちょう」(別宮貞雄)、「初恋」(越谷達之助)他を収録するなど現在も声楽家として活動を続けている。神戸波の会会員。
大学卒業後、神戸市混声合唱団にテノール歌手として所属し、NHK交響楽団、神戸市室内合奏団との共演や、ラトビア、中国などの海外公演をはじめ数多くの演奏会に出演。
京都市立芸術大学在学時に指揮法の授業で、また京都楽友合唱団のヴォイストレーナー時代に、故伊吹新一氏の指導を受ける。
京都楽友合唱団定期演奏会において神戸市室内合奏団と共演、ヴィヴァルディ「グロリアミサ」、シューベルト「Gdurミサ」、ドブロゴス「ミサ」を指揮し好評を得る。
現在、大阪信愛学院中・高等学校教諭、同合唱部顧問。奈良フロイデ合唱団橿原会場指導者、大谷大学混声合唱団常任指揮者、アンサンブルシャンテ、アンサンブルシュバリエ指揮者、同志社大学CCDヴォイストレーナー。
ピアニスト 宮崎友香子(みやざき ゆかこ)
京都市立堀川高等学校音楽科(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)を経て、京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業及び同大学大学院音楽研究科修了。
その後渡独、国立ミュンヘン音楽大学大学院修了。帰国後2002年にピアノデュオ「デュオ まーぶる」を結成し活動を開始する。デュオリサイタル「春風とともに」、音に合わせて視覚からのイメージも伝える、バレリーナと花飾りの演出によるリサイタル「ピアノの音と森の花たちの出会い」開催の他、ジョイントリサイタル、その他様々な演奏会などに出演。また、フルート、クラリネットとピアノのトリオ「Trio べみっち」での活動とも合わせて、室内楽、歌曲伴奏や合唱伴奏などアンサンブルの分野を中心に演奏活動を行いながら、後進の指導やコンクールの審査員も行っている。
これまでに、ピアノを八木萬里子、田中美鈴、田隅靖子、神西敦子、ミヒャエル・シェーファーの各氏に、ドイツリートのクラスにおいてヘルムート・ドイチュ氏に師事。
現在、平安女学院大学非常勤講師。旭堂音楽教室ピアノ科講師。京都楽友合唱団、Belle Divaなどでピアニストを務める。京都音楽家クラブ、ムジカA国際音楽協会、京田辺音楽家協会、各会員。
ヴォイストレーナー 津幡泰子(つばた やすこ)
京都市立堀川高等学校音楽科(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)、京都市立芸術大学音楽学部声楽専修卒業、同大学大学院音楽研究科修了。
ベートーヴェン「第九」、マーラー交響曲第2番「復活」、交響曲第4番「大いなる喜びへの賛歌」のソプラノソロのほか、ヴィヴァルディ「グローリア」、ハイドン「テレジアミサ」「戦時のミサ」、モーツァルト「レクイエム」「戴冠ミサ」、フォーレ「レクイエム」、ラター「マニフィカート」など、宗教曲のソロを数多く務めている。また、オペラにも出演するなど幅広い分野で演奏活動を行っている。
中村スミ子、小林真理、三井ツヤ子の各氏に師事。
現在、京都市立京都堀川音楽高等学校主幹教諭、京都市少年合唱団・市民合唱団京都指導者、京都楽友合唱団ヴォイストレーナー、関西二期会会員。
創設者 名誉指揮者
故 伊吹新一(いぶき しんいち)
1924(大正14)年京都市で生まれる。
京都の音楽界の重鎮であり、音楽教育者として、音楽演奏家(指導者、指揮者)として活躍。
立命館大学専門部法政科卒業。在学中に現在の立命館大学メンネルコール、同混声合唱団メデックスを創部、長年にわたり指揮。
音楽への志、捨てがたく京都市立音楽大学(現 京都市立芸術大学)に入学、故斉藤秀雄教授に指揮法を師事し、関西唯一の門下生(同門に小沢征爾氏など)となる。また渡辺暁雄、山田一雄の各氏に師事。木下保氏に長年合唱指導を学ぶ。卒業と同時に立命館大学交響楽団を創部、初代指揮者。
音楽教育者としては、府立城南高等学校教諭、堀川高校音楽コース教諭、教頭を経て、1964年京都市立音楽大学の非常勤講師となる。芸大では、指揮法、合唱、オーケストラの授業を担当し、佐渡裕、阪哲郎、現在の京都楽友合唱団の常任指揮者である佐藤謙蔵など多くの音楽家を育てる。
また、音楽演奏家(指導者、指揮者)としては、京響の代々の常任指揮者外山雄三、渡辺暁雄、山田一雄各氏とオーケストラの指揮を分担する。特に第九の合唱指導には定評があり、1960年4月京都会館こけら落しの合唱指揮を務め、その後長年にわたり各地で指導、現在の第九合唱の市民参加の魁となる。その中核となる合唱団として、京都ミューズ合唱団(現 京都楽友合唱団)を創設し、2004年まで常任指揮者として指導にあたる。
2004年に京都楽友合唱団の後任指揮者として、現常任指揮者佐藤謙蔵にその意を託す。
京都市芸術奨励賞、京都市教育功労賞、藤堂音楽賞、京都市自治百周年表彰、宇治市地域社会貢献者(音楽振興)表彰等を受ける。