研究成果

A Grammar of Kansai Vernacular Japanese




One Pieceに見える砕けた日本語

関西学院大学出版会

関西学院大学の交換留学プログラムの選択講義のために「A Grammar of Kansai Vernacular Japanese」を書いた。このプログラムに参加する外国人学生が日本に一年間ホストファミリーと住む。その間に口語的日本語に大量に晒されるのに、系統的に勉強するための資源がなかった。そういう不足を補うためにこの本を書いた。

この本が取り上げる内容範囲には、伝統的な関西弁が入っている。関西弁は、歴史が長く、毎年少しずつ変わっていく。現在販売されている関西弁を紹介する本は伝統的な表現や文法に焦点を合わせている。しかし、「金あらへんなんださかい、何も買(こ)おてへんねん」のようなごてごての方言を留学生に教えてあげたら、「猫に小判」という気がする。なぜなら、周りの日本人学生がそういう風に話さないからだ。その故、本の内容は若年層の関西人が使う方言に限る。例を挙げると、「やんか」や「何してんねん」がある。若い人は実際にどの表現を使うのか、どの表現をあまり使わないのか把握するため、学生の雑談データを凡そ100時間収集して文字化した。本がそのコーパスデータに基づいている。コーパスデータに出現する頻度によって、それぞれの文法ポイントの「役に立つ」度を決め、記号で示す。そして、まだまだ日本語能力が低い留学生は頻繁に使われる表現のみに努力を集中できる。

コーパスデータが例文の源にもなった。それぞれの文法ポイントを教えるために500個以上の短例文を挙げた。できるだけ面白さや実用性の高い例文を選んだ。以下に例を挙げる。

「恋愛か恋愛やないか分からない」

「気にせんといて。」

伝統的な関西弁以外、方言ではない口語的な日本語がもう一つの主なテーマである。「なんか」や「みたいな感じ」のような若者言葉の代表的な表現は、はもちろん、以下の例文に見える「って」や「的」のような、関西人にとって月並みだが外国人にとって意外に難しい言葉もカバーする。

「分かってるよ、もう言(ゆ)うな、って!」

「私的にあかんなって思(おも)うけど。」

最後にこの本がカバーするもう一つの口語的な日本語の特徴を指摘する。それは縮約の言い方である。日常生活でよく使う電車やレストランの名前を言う時、普段はその言い方を縮約する。「神戸神鉄」が「神鉄」に、「スターバックス」が「スタバ」。キャンパスに来ると大学の名前、ビルの名前、講義名、サークルや部の名前など、殆どの固有名詞の縮約された呼び方がある。ビルをニックネームで呼ぶのが、やはり外国人にとても不思議なことである。

この本の目的は何よりも「ありふれた日本語」を紹介することである。そういう風な日本語を教えると、「それよく聞く!」と留学生が喜んでくれる。今までずっと謎であった砕けた日本語がやっと解明され始める。口語的日本語は「おもろい」だけではなく、やはり「めっちゃ役に立つ」こともある。

ケビン・ヘファナン

補足資料:練習問題と正解

補足資料.pdf

本で紹介されたいくつかの面白い研究成果

口語における「です・ます」調 の不思議な現象

次の表は、さまざまな丁寧な日本語の語形の使用率を示しています。話者たちは「です・ます」調を約5%使ったようです。このことは、動詞+「ます」、動詞+「ました」、そして「でした」の使用率からわかります。残りの95%は「だ・である」調です。しかし「です」だけは頻繁に使われていました。表を見ると「です」の使用率は20%を上回ることがわかります。これは「です」が口語的日本語において特別な地位にあることを示しています。たとえば、以下の例のように、「です」は関西弁と共に使われています。

「めんどくさいことしててんです。」

さらに興味深いのは、否定型の結果です。「です・ます」調で話すときでさえ、話者は「〜ません」を使うことはほとんどないようです。実際に過去形の「〜ませんでした」が100時間の雑談データ中で一度か二度しか出現しませんでした。その代わりに何を使っているのかというと、以下の例文のように「〜ないです。」を使っていたのです。しかし、強いて言えばこの例文は正しい日本語ではないのです。ほとんどの人がこのような日本語を使っています。したがって、誰もが間違った日本語を使っていることになってしまうのではないでしょうか?

「あんまり見ないですね。 」

終助詞「な」



終助詞「な」は、丁寧な日本語でよく使われている終助詞「ね」にあたります。口語的日本語では、これがデフォルト的かつ中性的な終助詞です。左側の表は、それが実際に最も頻繁に使用される終助詞であることを示しています。それは男性と女性の両方、そして若年層と高年層の両方によって使用されてます。関西では「な」は特にきつくもなく、特に失礼でもありません。しかし、「ね」に比べ、柔らかくも丁寧なわけでもありません。

終助詞「な」と「ね」は多くの興味深い特性があります。

  • 複数の終助詞が使われる場合(例:〜けどな)、「な」・「ね」は常に最後に来ます。
  • 「な」・「ね」だけが「か」に後続することができる。「ね」などの他の終助詞は「か」の後にはつけられません。
  • 「な」・「ね」は単独で使用できます。その場合では、「な」・「ね」は常に長音化されます。

「~はる」はなくなりつつある

「~はる」という語形は敬語として使われる補助動詞です。「~はる」の表現は、「お休みになる」「召し上がる」などの標準語に相当し、尊敬する人が行った行動について話すときに使用します。「~はる」は強い地方の風味を持ち、関西地方以外では使用されていません。関西圏でも、使い方は場所によって多少異なります。さらに、この語形は徐々に消えつつあります。次の図は、それぞれの年齢グループが「~はる」を使用した頻度を示しています。この図から、「〜はる」が若年層の話者に使用されることはほとんどないことがわかります。

関西弁では多くの語形がすでに消えつつあります。以下はその例です。

  • さかい
  • あらへん
  • 儲かりまっか

これらの表現が消えるにもかかわらず、関西弁は今も多くの人に使用されており、使用されなくなることはないでしょう。実は、新しい語形や単語もどんどん作成されているのです。「めっちゃ」や「やんか」がその例です。関西の方言は、おそらく繁栄し、新しい言葉によって広がり、関東地方以外の地域で唯一の生き生きとしている伝統的な方言ではないかと思われます。

Heffernan et al. 2018. Showcasing the interaction of generative and emergent linguistic knowledge with case marker omission in spoken Japanese.

格助詞の省略についてすでに多くの研究が行われてきました。本論文では、「を」と「に」の省略率が、目的語を修飾する句の複雑さや、名詞・動詞のペアの使用頻度にも影響を受けることを示しました。左下の表は、名詞句が短くて単純な場合、格助詞がより頻繁に省略される傾向があることを示しています。名詞句の長さと複雑さが増すにつれて、省略率は徐々に低下します。右下の表は、格助詞の省略が名詞・動詞のペアの分散率にもよることを示しています。非常に分散している(=頻繁に使用されている)名詞・動詞ペアならば、省略率は高いです。逆に、使用頻度が下がれば下がるほど省略率が低くなります。以下に例を列記します。

目的語を修飾する句の例

  • 修飾句がない: ご飯を食べる
  • 指示語: このご飯を食べる
  • 形容詞: おいしいご飯を食べる
  • 形容動詞: 高価なご飯を食べる
  • 関係詞:お母さんが作ったご飯を食べる
  • 形容動詞句:王様の御馳走のようなご飯を食べる

Dispersion level (分散レベル=使用頻度)

  • 1 (全くない): 講座を申し込む、三輪車に乗る
  • 2 (少し): ギターを弾く、風呂に入る
  • 3 (とても): 話を聞く、気になる
  • 4 (きわめて): 何をする、学校に行く

論文のリンク(無料ダウンロード):

Heffernan and Hiratsuka. (2017). Morphological relative frequency impedes the use of stylistic variants. Asia Pacific Language Variation 3(2), 200-231.

社会言語学の研究の結果によると、話者がスピーチスタイルを構築するときに変異形を操作することができます。この結果に反して、本研究は変異形の使用が非常に制限されている特定のケースを紹介します。本研究は関西弁における否定辞を調査するものです。まず初めに、この否定辞はスピーチスタイルによって変わることを実証しました。否定辞とは標準語・丁寧語における「~ない」「~ません」であり、関西弁による砕けた会話では「ん」や「へん」が使われています。

しかし、研究によって「知る」という動詞など、いくつかの特定のケースでは、話者はスピーチスタイルに関わらず圧倒的に1つの変異形を使用していることがわかりました。例えば、「知る」の否定形なら、話者はほとんど「知らん」しか言いません。

なぜ「知らん」はそんなに特別なのでしょうか?それは、同じ動詞の他の活用形(知る、知っている、知ります、など)よりもはるかに使用頻度が高いことが影響しているとみられます。英語の単語「insane」のように、その語源になる単語よりも頻繁に使用される複合単語(「insane」なら「sane」が語源)は、形態素に分解するのが難しいです。従って「知らん」は動詞語幹+否定辞「ん」に容易に分解できないのです。この現象は動詞「知る」のスタイル的なバリエーションを妨げると本論文では述べています。

以下の図の上部(Figure 1)は、「SJインデックス」は、話者がインタビュー中に使用した標準語の量の尺度で、一つの丸は1人の話者を示しています。 「比例SJトークン」は、関西の変異形「へん」と「ん」とは対照的に、標準語の「ない」の割合を、1の値は100%標準語を示しています。また、ヒストグラムの頻度は、標準語のトークンのそれぞれの割合を使用した話者人数を示しています。

以下の図の下部(Figure 3)は動詞の一般的な関係で、これには2つの重要な観察があります。一つ目は、話者が標準語をより多く話す場合は、やはり「ない」をより多く使用することです。そういう相関関係は予想できるでしょう。二つ目は、話者が標準語より関西弁をよく話していることで、それが人数を示す棒が左側に高くなっている理由です。(ただし、値は0と1の間で広がる。)

以下の図の下部(Figure 3)は「知る」のケースです。この図からは、話者が標準語をどれぐらい話しているかにかかわらず、ほとんどの話者が「知る」に関しては100%関西弁(「知らん」)を使っていることが読み取れました。