続・ことばにまつわるエトセトラ
山陰中央新報 くらし・文化面
最終更新:2025年8月24日
山陰中央新報 くらし・文化面
〜東予のペペ・ゴンサーレスさん〜
このタイプの複合語、「コレじゃない感が凄い」とか「やってあげてる感がウザい」とか「〜感」というの、最近ありますね。「意識高い系」もそうですかね?
〜うまピーの寸評<続9>〜
略語の新しい作り方が若者も中で開発されているのですね。
なんでこれまでと違う略し方が生まれたのか知りたいなと感じました。
あけおめもなるはやも軽薄な感じで僕も好きじゃないです。
〜東予のペペ・ゴンサーレスさん〜
更に上の「ジゲチ(=次元が違う)」というのもあるのだそうです。昔は「ダンチ(段違い)」でしたか。
〜読者の方から<Oさん>〜
レベチ、、 娘2 (大学1年)も いうような気がします。
ジョーク的な言い回しで ラベルが違う、もありますがこれは上から下へって印象がありますが、どうでしょうかね。ラベチとはいわない気がします。普通のラベルの意味ではない気がしていて、レ->ラ を変換することでジョークにしているのかなとおもったのですが。
〜東予のペペ・ゴンサーレスさん〜
「血迷う」とかどうですか。おのれ、血迷うたか!どこか時代がかってしまう気がしますが。
〜うまピーの寸評<続7>〜
「ビデオカメラの普及から」の下になるほどと思った。
いつもの分析! 面白かったです。
〜東予のペペ・ゴンサーレスさん〜
目線、撮影現場コトバ由来でしたか。連想ですが「セッシュウ」なんて言葉を思い出しました。
「セッシュウ」とは身長差のある演者の「目線」を調整するという意味で、それを連想した次第です
〜東予のペペ・ゴンサーレスさん〜
「忘れる」の方を忘却でなく放念の意味と解すれば、アリではないかと思います
〜うまピーの寸評<続2>〜
否定形で婉曲に、というのと最後のパラグラフの分析が面白かった。
元々、人に対して直接好きであるというメッセージを積極的に発信したり伝えたりすることはなかなかない文化の中にいるのだと思いました。私たちに文化では、そのような言葉は、なかなか伝えられず、振り絞っていう言葉なのだと思いました。