最終更新:2025年11月27日
2025年7月26日(土)14:00からエースパック未来中心セミナールーム3にて、第16回倉吉ことばの会講演会を行いました。講師は当会代表の桑本裕二による、「倉吉弁と東北弁—似ているのか違うのか?—」と題するものでした。講師の、約30年にわたる東北在住経験を基に、東北弁と倉吉弁の意外な共通点と、やはり大分違う点などを挙げ、果たして似ているのか、全く違うのかを考えました。松本清張の小説『砂の器』のトリックに使われた、東北弁と出雲弁が「同じように聞こえる」ということはどこから来ているのか、また、関連性はあるのかということを考え、その不思議な世界に思いを馳せたりもしました。
講演会の後、寺嶋大輔氏(一関工業高等専門学校非常勤講師)による、口頭によるコメントをいただきました。
講演会は、会場参加37名、Zoomによるオンライン参加5名の計42名でした。
東北出身ではないが仙台に10年以上居住し、宮城県の民話資料の方言研究をしている。また、昨年度(2024年度)、半年という短期ではあるが松江高専(松江市)に勤務し、山陰に居住した。その意味では本講演のテーマでもある、「東北弁」と「倉吉弁(山陰方言として)」の比較に関しては、経験に基づいた幾ばくかの興味をもって拝聴した。
東日本大震災(2011.3.11)の時に復興ボランティアをしていたが、(自分自身を含む)他地域からのボランテイアには「投げる」(廃棄する)が通じなくて難儀したのを思い出した。山陰でも同じ意味で「投げる」と使うことには驚いた。
松本清張『砂の器』のトリックに使われている「東北弁」と「出雲弁」の音韻の類似は、中舌母音 [ɨ]が代表的なものである。特にサ行の「シ」と「ス」、ザ行の「ジ」と「ズ」に加えて、タ行の「チ」と「ツ」も同一の音に聞こえる場合がある。これらについては、同一の音韻とみなして差し支えないのではないか?(講演での弘前方言話者の実際の発音で、「シ」と「ス」は完全に一致していたように感じたが…)
☞桑本記:弘前方言話者のパフォーマンスの前に何度かご本人の発話を聞いたが、その時には明らかに両者の違いを確認した(音声記号では「シ」[ɕɨ]と「ス」[sɯ])。「ジ」と「ズ」に関しては、「ちじ(知事)」と「ちず(地図)」が他方言話者にとっては同じに聞こえることもあるが、丁寧に聞けば、「ジ」[ʥɨ]と「ズ」[zɯ]と、微妙な音声の差は確認できる。
最近の研究では、「ケセン(気仙)語」と呼ばれる、岩手県沿岸南部の方言を扱っている。当地の音声を見ると、いわゆる、「東北弁は濁った音」という印象がそれほど強く出ない。これをふまえて、東北弁に幅広く感じられる「音が濁っている」という印象をどう位置づけるのか。また、山陰方言の音韻は「濁った」印象はあるのか?
☞桑本記:母音の間で無声音(仮名に ゛がついていない音)が有声音( ゛がついた仮名の音)になることは、東北一円で起こる。例えば、「行く」は「いぐ」、「あんた(あなた)」は「あんだ」となる。しかし、寺嶋氏の指摘のように、常にこれが適用されることはない。また、地域差もある。地名に関しては、「秋田」は、少なくとも秋田市では常に「あきた」と濁らなくて、「あぎだ」と発音されることはない。「松田」姓は、日本中で多く「まつだ」と「田」が濁るが、秋田県の能代市に多い「松田」さんは「まつた」と濁らない。地名と苗字だけ区別している可能性もあるが、東北弁にいつでも必ず起こる現象であるわけではない。