「あー、今日も朝から大学だりぃーなぁー。」
浩一はそうつぶやくとふっとベッドから起き上がり、リュックにレジュメとファイルとモバイルバッテリーを詰めこむとそそくさと家を出た。
大学までは徒歩16分、時計を見ると家を出た時点で残り10分。しゃーない、走るしかないか。横断歩道上でそう思うと彼は足を素早く動かし走ろうとする。しかし、走れない。
な、なぜだ。朝まではちゃんと動いていたはず。というか周りは動いているのに俺だけ止まっているぞ。風が吹いているのに羽織っているシャツは微動だにしない。
そうこうしているうちに大型トラックがアフリカのバッファローやヌーの如くこちらに突進してくる。やばい、このままでは死んでしまう。ボクはまだ死にたくない。
そしてトラックは彼に突進し、彼はオフィスビルに叩きつけられた。彼の体は複雑骨折に加え、頭蓋骨は粉々に砕け、顔や体からは噴水のように血が噴き出していた。
その瞬間彼は思った。もう助からないだろうと。俺は死んじまったのか。
ふと気が付くと、彼は船に乗っていた。その船は木製で恐らく手漕ぎだ。なぜなら約8メートルのオールを使って半裸で何人のもおかっぱの男が船をこいでいるのだ。筋肉質な蛍原徹が船をこぐようにしか見えず、笑いが止まらない。顔が蛍ちゃんそっくりなのでますます笑いが止まらなくなる。一人くらい宮迫っぽい顔の奴がいるかと思い顔を覗き込むと本当に宮迫っぽいやつがいて笑いがなお止まらない。そいつが金のブレスレットをしていたのでガチ者じゃんと思い笑いが止まらない。
その船をより探検すると、船を指揮する人の物見やぐらと、船室もついている。後ろの船とは鎖で繋がれており、彼の頭にあるものがふとよぎった。
そうだ、これは太陽の船だ。確かにテレビで見たのと同じだ。小学生の時、テレビでちょび髭で帽子をかぶった吉村作治が言ってたっけな。
という事は神様が乗ってるはずだ。船室に向かうと確かにそこにはハヤブサの頭を持つ太陽神ラーがいた。とてもまぶしい。そっと手を差し出してきたので握手をしようとすると、浩一の手はラーの体にのめりこんだ。なんと、ラーはホログラム的なものだったのだ。
「すまない浩一、私はホログラム的な存在なのでここにはいない。私は冥界にいるため冥界で逢おう。この船は冥界に向かっている」
「わかった。ってちょっと待て。てことは俺は死んだのか」
「残念ながらそういうことになる。まあ中にいる神々と存分に対話したまえ」
「ちょ待てよ。こんなひどい仕打ちあるか」
浩一は肩を落としながら部屋に入ると、そこには見覚えのある男、いや神が一人、いやここでは一柱の方が適切か。坊主頭に大きな目と鼻、和柄のシャツにペラペラのビーサン、そうだ、彼こそは松本人志だ。
「あの、松本さんですよね」
「いや、俺は笑いの神やで」
「そういうノリいいですって。松本さんですよね」
「ちがうって」
「そうですよね」
「違うやん」
「そうですよね」
「どうみても笑いの神やん」
「そうですよね」
「だから違う言うとるやろがぁ。しばくぞ」
「すみません。笑いの神様」
「まあ松本やけど」
「松本なんかい」
彼はそう突っ込むとおもいっきり松本をどついた。
「こらぁ。何するんじゃワレ。俺シバいてええんは浜田だけと相場きまっとるんじゃぁぁぁ」
「本物の松本さんですよね」
「なんや疑うとるんか」
「いや、松本さんが相場って言葉使うかなって思って」
「いや、普通に使うがな」
「ですよね」
「なら疑うなや」
松本は彼の頭を思い切りしばくと、大声で叫びだした。
「浜田ぁぁぁ。助けてくれぇぇぇ」
「え、浜田さんこんな感じで来るんですか」
「いや、勿論来んけど」
「来んのかい。てか松本ちゃんはなんでこの船におんの」
「急にこいつタメ口ききやがったな。まあええけど」
松本は一息つくと説明を開始した。
「俺がここにおんのはなぁ、俺にもわからんねん」
「えええぇ」
浩一は声を上げずにはいられなかった。太陽の船とは死者が乗る船だぞ。なのに死の自覚がないなんて。どうした事か。さっぱりわからん。
「まあガキの収録中に急に気ついたらここおったからなぁ」
「というかなんで松本さんなんでまだ黒髪なんですか。筋肉も全然ないし」
「なんのことや。俺にはさっぱりわからん」
彼は悟った。この太陽の船は様々な時空の人を集めていると。ならばそっとしておこう。
下手をすると未来を変えかねない。ひとまず未来を変えないためにも松本さんを現生へ返さないと。そのためにもどうすべきか。
彼はぱっとひらめいた。そうだ、船から突き落とせばいいんだ。昔日本の地獄に関する本で読んだことがある。地獄へ行く船から川へ飛び込むと現生へ帰れるって。冥界=天国てわけじゃないし、太陽の船ていうエジプトの考え方と日本の地獄観が一致するわけじゃないけどやるっきゃない。そうすると彼はさっそく行動へ移した。
「松本さん。タイタニックごっこしましょう。暇ですし冥界では船が無いかもしれないし。お願いします。どうしても一回やってみたかったんです」
「そんだけお願いされたら断るわけにもいかんしな。ええよ。そん代わりキスはなしな。浜田でもうこりごりや」
「わかりました。お願いします」
彼ら二人は船の先頭へ移動し、船首に移動した。
「じゃあ僕ジャックやるんで松本さんローズで」
「しゃーないな。ええよ」
そうしてタイタニックのあのシーンの再現が始まった。松本が大きく手を横に水平に広げた時、浩一は思いっきり背中を押した。
松本はうわぁぁぁという声とともに船から落ちていった。太陽の船は空を航行する為、松本はスカイダイビングのダイバーのように落ちていった。
その後すぐさま、船の乗組員らが彼のもとに近づいてきた。そして彼らは腰に備えていた短剣で浩一をめった刺しにしようと試み必死に短剣を突き出した。
しかし浩一と彼らの距離はとてもあり、届くわけがないのに彼らが剣を必死に突き出す姿はとても滑稽に見えた。
すかさず彼は腰になぜか備え付けられていた太刀で反撃を開始する。彼は必死で乗組員を太刀で一人一人切り殺していくもキリがない。そのとき、彼の太刀が光と共に消え去り、腰に何か感触を感じた。
触るとそこにはリボルバーがホルスターに備え付けられていた。彼はリボルバーの引金を引くとすぐさま相手を皆殺しにした。どうやらリボルバーの中の弾丸の威力が思いのほかよく、相手はどんどん倒れていく。
全員の乗組員を撃破したところで、彼はあのホルスが偽物であり乗組員らのボスが作り出した虚構と気づいた。そのため彼はホログラムを破壊し、第二の船へ走り出すと再びリボルバーが消え腰には鞭が備わっていた。その鞭を持って彼は第一の船の一番後ろまで生き、第二の船へ鎖伝いで渡ろうとするが鎖にはたくさんの毒蛇が巻き付けられており、なんと毒まで塗られているありさまだ。これでは渡れない。しかしふっと彼はひらめいた。そうだ、鞭を使って向こうまで渡ればいいんだ。彼は勢いよく鞭を振り上げると後ろへしならせた。その後彼は思い切り鞭を前にふり、第二の船の先端に引っ掛けた。
「よおし」
彼はそう叫ぶとターザンロープの要領で第一の船から第二の船に移動した。しかし、第二の船のへりに引っかかったため彼は思い切り船の横腹に叩きつけられた。そうだ、あまりにも鞭がしなりすぎてとても遠くへ飛んで行ってしまったのだ。目を開けると下には青い海が広がる。しまった。脱出する前に冥界についてしまった。彼はそのまま鞭伝いに船の上によじ登ると、上にはムキムキのゴリラがいた。そうか、浜田は捕獲できなかったのか。
彼はそのゴリラを躊躇なく銃で撃ち殺すと襲い掛かる他の乗組員帯を一人一人丁寧に倒していく。先程と同様に腰には太刀やリボルバーなどが次々に現れ彼はそれを用いて次々に相手を倒していく。彼は体力にも自信があり、敵を何人倒しても疲れることは無かった。
その後腰にはロケットランチャーが備わり彼はそれを用いて第一の船を爆破しようと試みる。第一の船を爆破さえすれば松本のように死んでおらず何の目的かわからずに連れていかれる人がなくなると思ったのだ。太陽の船は2つで1つ。所詮1つでは動くことは無い。もうすぐ冥界なので、辛うじて進み続けると期待し、破壊を試みる。
彼はロケットランチャーを肩に乗せ、そのまま引き金を引き、第1の船を爆破した。その気持ちはとても爽快で、まるで地下の採掘場で鶴嘴を持って労働した後にとても冷えたビールを一気に喉に流し込むような快感だ。
しかし、その快感も束の間で、急に首が苦しくなる。どうやら紐のようなもので首を絞め付けられているようだ。彼が背中を思い切り振ると、後ろからヤクザのような真っ黒なスーツに派手な腕時計を付けた男がいた。彼は腰に備え付けてあった日本刀で彼と決闘するも、両者一歩も譲らず、全然戦いが進まない。このままでは殺されてしまう。
「死ねぇ」
「誰がお前ごときに殺されるか」
「うるせぇ。お前は死ぬために生まれてきたようなもんだろ。このクソザコイエローモンキーが」
「何を。つるピカの土人みてぇな見た目しやがって、西洋人のくせに」
「うるせぇ。これでも幹部なんだぞ。しかも俺は西洋人じゃない」
「この船の目的は何だ」
「それは死人を冥界に連れて行き奴隷として高く売りさばき、俺らKKAが冥界でウハウハするための金に使うんだよ。そしてお前は奴隷として永遠に働き続けるんだよ」
「なるほど。よおくわかった。ところでなんで俺一人なんだ」
「それはお前しか捕まえられなかったからだ」
「ほほう。そういうことか。どこで俺を捕まえたんだ」
「そんなもの三途の川しかないだろう」
「どうして太陽の船と三途の川が同じ世界戦にあるんだ。エジプトと日本の宗教観がなぜ一緒なんだ」
「お前たち現生人の予想と違って冥界は様々な宗教世界が複雑に入り組み合っているんだよ。だから太陽の船も三途の川もあるんだよ」
「なるほど。よぉくわかった。でもおまえがここにいられるのもそこまでだ。なぜなら、その様子ならどうせ第二の死があるんだろう」
「くっなぜわかった」
「大体読めるさ。じゃあな」
「うわぁぁぁぁぁ」
彼はリボルバーの引金を引くと男の洞房結節を打ち抜いた。男の心臓からが血がドクドクと流れ、しまいには滝のように噴射した。どうやら男は胸ポケットに火薬か何かを隠していたようだ。
彼はそのまま男に近づき、服を勢いよくはぎ取ると、心臓を右手で男の体から抉り出した。そのまま彼は心臓をグッと手全体を使い握りしめると心臓はパァンと音を立てて手の中で弾けた。彼は心臓を取られてシナシナで弱り切った血まみれの男の死体を見て大笑いし、心臓の欠片を船外に投げ捨てると、男の死体の頭を切り取り頭蓋骨をかち割り脳みそを取り出しぐしゃぐしゃにかき混ぜると火をつけてドロドロにし、それを持ち上げ、わきに抱え、そのまま船内を何周も回り敵が全滅したかどうか確認した。
その後、第2の船の船室で椅子に座った金持ち風の男と対面した。
「お前、名前は」
「俺は浩一だ。お前は」
「俺はテッドだ。よくも俺の仲間を殺してくれたな」
「お前らが人外な行動をするからだろう。当り前だ」
「まあでも貴様もここで終わりだ」
そういうと彼はスーツの胸元から素早く拳銃を取り出すと、すぐさま引き金を引いた。しかし、彼はそれを見抜いていたかのように、すぐに腰からリボルバーを取り出し、彼の頭を打ち抜いた。彼は頭から血を流し倒れた。
それを見て彼は意識がまだある彼の口に先程の脳みそを脳から取り出し口の中へねじ込んだ。
「うっ、なんだこの気持ち悪いものは」
「仲間の死体さ、さぁ食え」
「嫌だぁ」
「さあ食うんだぁ」
「嫌だぁ」
彼はそのまま悶え死んだ。最後までじわじわなぶり殺すよりましだろうと彼は思った。
その瞬間、彼の意識はプツリと途絶えた。
気が付くと彼はバスケのコートにいた。最初は何もなかったはずなのに、はっと気が付くと終了5秒前、ゴール前にいた。その瞬間。いきなりチームメイトからパスを出された。
「華通」
そう、彼はこの世界では華通という名前らしい。彼は咄嗟にそれを悟った。
「あいよ」
彼はチームメイトからパスを受けると、すぐさまゴールに向かいダンクを決めた。
「嘘ぉ」
彼は自分でも驚いた。これまでバスケの経験なんてこれっぽっちもないのに、そんな自分がダンクを決められるなんて。彼は内心とても喜んだ。会場も声援でとても盛り上がった。
しかし喜びもつかの間、 パァンという破裂音と共に、会場は一気に静まり返る。
はっと気が付くと、彼の心臓からはボタボタと血が流れ落ちた。
はっと目を覚ますと、彼はカプセルの中に入れられていた。必死にがいて出ようと試みるも、思うように体が動かず、苦しんでいると声が聞こえた。
「お目覚めかねイエローモンキー君」
「貴様は誰だ」
「俺は先程お前が全滅させた太陽の船に乗っていた幹部のリーダーだよ」
「なんで俺はカプセルの中にいるんだ」
「それは貴様を押さえる為さ」
「何」
「貴様をこれ以上暴れさせると危ないと思ってな。なんせうちにある50隻の太陽の船のうち半分を破壊してしまったんだからな。放っておくわけにはいかないよ」
「何だと。俺はそんなのした覚えはないぞ」
「そうか。貴様の意識が消えて夢を見るまでの間、貴様はずっと大暴れしていたんだ。冥界の俺らの所へ乗り込み、次々と俺らの仲間を殺していき、それと並行してロケットランチャーで太陽の船を破壊していったのだ」
「おまえらが悪いことをしたから当然だ」
「まあ聞け、お前が破壊を繰り返している間、俺たち幹部はどうやってお前の動きを止めようか考えた。しかしついぞ思いつかず、最終的にはお前をロケットランチャーで殺して動きを止めるしかなかった。しかし。お前は運のいいやつだ。ロケットランチャーを見事にかわすと、そのまま疲れたかのように眠り始めた。さすがのお前もこれだけ暴れたんじゃあ体力が持たないだろう。」
彼は早口でしゃべった。
「それで眠ったお前を暴れないようカプセルに入れた。勿論脳の一部をいじって体を動かないようにしてな、へっ」
「どうにかしろ」
「無理だ。貴様には永遠にこの場所で働いてもらう。もちろんただでな」
「嫌だ。いずれお前らを皆殺しにしてやる」
「その体で何を言う。つまらん」
「さあ、どうかな」
彼は自分の両足でカプセルを突き破ると、外に出て腰についていたレイピアで彼に反撃した。
「貴様、なぜ動ける。眠らせたはずだぞ」
「ところがどっこいこれが眠らせたのは隣の奴だったわけ、勿論脳をいじったのも」
「なぬ」
「動けないフリも見抜けないようじゃ、リーダー失格だな」
「ぐぬぬ」
「さあ貴様には死んでもらう。可哀そうだからまあ最後に死に方だけでも選ばせてあげるよ。鞭、剣、銃、毒、どれがいい」
「どれも嫌だな」
「じゃあ剣で」
「選ばせろっ……」
彼の意識は途絶えた。その後彼はリーダーの脳みそをいじくりまわすと、火をつけ、脳みそに燃え移った火でタバコに火をつけると、煙をくゆらせた。だめだ、悪魔的だ、うますぎる。彼はそう思うと残りの偽物の太陽の船を一隻だけ残し、ロケットランチャーですべて破壊し、彼らのアジトから脱出した。
その後彼は冥界を破壊せぬようアジトの破壊はやめ、残しておいた一隻の船で現生へ戻ろうとした。
しかし、途中で船から落ちて…
彼は気が付くと自室にいた。さっきのはなんだったんだろう。いろいろ考えているうち友達から電話が来た。
「お前今日講義来なかっただろ。心配したぞ。真面目なお前が休むなんて」
「ああ寝坊だよ」
「あーね。おつかれー」
「おつかれー」
その後彼は全く訳が分からず困惑した。冥界に行ったのは夢、じゃあ車に轢かれたのは…
その瞬間彼の目に時計が目に入る。よくあるタイプの、デジタルで2000何年何月何日何曜日何時何分何秒と表示されるやつだ。
「嘘だろおい」
なんと何年の所を見ると、表示が一年前となっている。そうか、俺は一年前にタイムスリップしたんだ。こんな事あり得るのか。そう思った瞬間、体が急にズキズキと痛み始めた。
「うあぁぁぁぁ」
「目を覚まされました。もう少しで死ぬところだったんですよ」
「何が」
「私があなたの事を治療しなければ、あなたは死んでいたんですよ」
「ああ」
「ああとは何ですか。もう少しご自分の命を大切になさったらどうですか」
「ああ」
「だから」
「ああ」
「なるほど、あなたは病気の後遺症でああとしか言えないという事ですか」
「ああ」
「まあ生きていただけよかったじゃないですか。せいぜい残りの人生楽しんで」
こんな人生嫌だ。残りの人生ああしか言えないなんて。
「嫌だぁぁぁぁ」
「しゃべれるじゃないですか。」
「ありがとうございます」
「いえいえ。やはり私の手術にミスはなかった」
「さすがです」
「ところで治療費の話ですが」
「治療費」
彼は驚いてベッドから落ちそうになった。
「そんなに驚かなくても、入院費込みで25万円です」
「二十五万円」
「はい、保険適用価格でそうなります」
「承知しました」
「はい」
その後彼は退院し、大学に通う。
「にしても暇だなー」
「仕方ないだろ。コロナのせいでオンラインになっちゃったんだし」
「にしてもなーんかつまんねーな。お前とのこの電話も」
「なこというなよ。電話してるだけありがたいと思え」
「はいはい。ありがとう」
「何だその言い方は。まあ好きだからいいけど」
電話が終わるとまた彼はつまらないと言い出した。ブツブツブツブツつまらないというのも飽きたので、またスリリングなことがないか考える。
「そうだ、また飛び出せばいいんだ」
そう思うと彼はすぐさま実行に移した。さっき言ったように轢かれればいいので、彼はさっそく車に轢かれた。
そうすると意識が飛ぶどころか、急に目の前に聖霊が現れ、
「あなたはまた何をしたのですか。この前痛い思いしたでしょ」
「そうですけど」
「だから2度と痛い思いはしないと思ったんじゃないですか」
「それは…」
「なのになぜ」
「つい魔が差して」
「違うでしょ。毎日がつまらないからでしょ」
「なんでそれを」
「私は聖霊ですから、それくらいわかりますよ」
「なるほど」
「そんなに暇なら私が話し相手となりましょう」
「ありがとう」
「いえいえ、では毎週月曜日に伺います」
「よろしく」
そこから月曜日からの聖霊との対話が始まった
「なあ聖霊」
「なんでございましょう」
「死後の世界とは何だ」
「私が思いますに死後の世界とは理想郷、つまり何もかも欲しいものが手に入り、毎日好きなものを好きなだけ食べ、好きなことをする場所だと思います」
「なるほど」
「聖霊はなぜそこにいかないんだ」
「私は物欲や食欲などは煩悩で、そればかり求め続けると腐ってしまうと思ったので、それを追い求めるよりかは、現生でこうして生きている人々のサポートをした方がいいと思いまして」
「なるほど」
このような感じで聖霊は毎週月曜日に彼の部屋にあらわれては彼と対話して彼の悩みを取り去っていく。
その夜、彼は再び夢を見た。そう、今度は探検家となって世界中の秘宝を見つける。
彼はバケットハットにピチピチのTシャツ、ピチピチのスキニージーンズ、蛍光色のスニーカーを履き、恋愛対象である男のパートナーと共に旅をする探検家という設定だ。
まず彼は洞窟へ向かう。そう、これも私利私欲のために財宝を手に入れ売りさばき大金を得て豪華な家に豪華な車や金時計、ジュエリーなどなどすべてを手に入れるために。
彼が洞窟に入るとまずクモの巣が張り巡らされている。彼はそれを手に持っていたライターで焼き払う。危うく木に燃え移るところだったが、なんとか放尿により消火した。見た目だけじゃなく、行動まで品が無いとは。
その後彼はサーベルを振り回し奥へと進む、奥にはたくさんの骸骨が転がる。それを見て彼は無性に興奮した。ここは天国かと彼は思った。
壁には多くの穴が開く。そうか、ここからは毒矢が発射されるのか。
彼は骸骨をじっと見つめる。なんだ、女の骨か。
「ちっ。つまんねーの」
そう思うと彼は壁に骸骨を投げつけた。そうすると当たり所が悪かったのか壁が少しへこみ、ギギギと音が鳴るとともに周りの壁から一斉に彼めがけて毒矢が発射され、危うく彼の体に刺さりそうになるが、彼はうまいことそれを避け、前に進みお宝でもなく考古学的遺物でも何でもないただの金の塊を取りに行く。それもこれもブランド物の服を買うため。なんて不純な動機なんだ。彼は金塊を手に入れ売りさばき男と遊ぶことを考えると気が緩んだ。
しかしそれが仇となった。気が緩んでいたのか地面の割れ目に気付かず彼はその上を歩いてしまい、真っ逆さまに落ちてしまった。うわぁぁぁぁという声と共に彼の意識は途絶えた。
気が付くと見慣れた光景が目に入る。そうだ、あれは夢だったのか。それにしても寝汗でびっちょりだ。着替えなくては。洗面所に行き濡れた。服を脱ぎ捨てると、彼はブランド物のスエットを手に取る。被って袖を通そうとした瞬間、べちょべちょの服で足を滑らせて再び意識が途絶えた。
目を覚ますと彼は医者となっていた。離島に住まう天才医師となっていた。彼は電話や郵送で依頼が届くと患者の容体が重いものを優先して依頼を受けていた。離島に住んでいる理由は彼の手術料の徴収方法に原因がある。彼の手術料は絶妙に難しく尚且つ手に入れづらいのである。そして法律すれすれ、というか普通に考えてアウトな品物もある。具体的には世界に1本しかない高級腕時計、象牙でできた仏像、大統領や爵位、大臣としての位などなどどれもそう簡単には手に入らない。なおかつその法外な手術料を取ることがマスコミに取り上げられ、鬼医者、守銭奴、金の猛者などの罵声を町の人から浴びせられ、助手がメンタルを病んでしまったのとそんな環境では患者に悪い、患者が罵倒されてしまうとして離島に住んでいる。
今日も彼のもとに1本の依頼が届いた。
「なになに。洞房結節に刺さった銃弾を取り除いて患者をよみがえらせて欲しいだって。そんなの無理だ」
そもそも洞房結節とは心臓のペースメーカーであり、ここを打ち抜かれると人は死んでしまう。そんなところに刺さった銃弾を取り除くなんか不可能だし、ましてやよみがえらせてほしいなんてどうかしている。
数日後、彼の島に依頼主が訪れた。依頼主は患者の姉らしい。
「どうか、治して頂けませんかね。報酬はいくらでもお支払いいたします」
「そんなこと言われてもあんたZ人だろ。俺はZ人とY人は手術しないって決めてるんだ」
「そこをなんとか。弟X人なんです」
「嘘つけ。なんで姉がZ人で弟がX人なんだ」
「二人とも母が違いまして。父はZ国の政治の中枢を担っていて、1人目の妻との子が私、2人目の妻との子供が弟という事なんです。なんとかお願いできませんか」
「そもそもどうしてこうなったんだ」
「ある日政治の在り方について父と弟で議論になってそれが口論、殴り合いと発展して、遂には父が弟をライフルで打ち抜いてしまったんです」
「なるほど。わかったいいだろう。報酬はお前の親父の生首だ、いいな」
「そんなことできません」
「なぜだ。お前の弟を殺した醜い父だぞ」
「わかっています。でも父にはいろいろと恩があって。育ててもらった恩、養育してもらった恩などなど。それにあなただってZ人やY人を差別しているじゃないですか」
「うるさい。育ててもらった恩、養育してもらった恩って一緒じゃねえか。それと俺がZ人とY人を差別しているのには理由がある。どちらも患者として100名以上俺のもとを訪れたが、どちらも偽物の報酬を渡してきたり、俺を母国に誘拐しギロチン刑に処そうとしたり、猛獣だらけの檻に閉じ込めたりとろくな目にあわせなかった。だから、俺はそいつらの依頼を受けねえんだよ。わかったかこのタコが」
「わかりました。もうあなたには頼みません」
「分かったならとっとと帰れ」
このようなことばかりしているので、最近では彼のもとに月1回患者がくればいい方で、長い時だと半年に1回しか来ない。それもそのはず、人種差別はする、手術料はイカれている、サイコパス、守銭奴などなど。
「先生。今月も赤字ですよ。先生がそんなんだから」
「うるさい。今日の奴はむしゃくしゃした。酒だ酒だウイスキーもってこい」
「はあ、先生は全く。昔はこんなんじゃなかったのに」
彼は昔、大学を首席で卒業したエリートであり、その後も町の大病院で働き続け、癌患者や外傷の患者を治し続けたが、いまいち儲からないことに気づき、なおかつそのことで医院長と大モメし、病院を出ていき、フリーランスになることを決めた。
しかし、フリーでも金はたまったが好奇心が今度はなくなり、働く意欲も低下した。そこで彼は各地の珍しく手に入らない物を入手しようと躍起になった。
そこから10年。最初はうまくいっていたものの、次第に町の人から不満を買い始め、だんだん活動しづらくなり患者も激減した。とはいえ彼も人間なので腹は減るしストレスはたまる。
そこで彼はこれまで報酬として頂いたものを売りさばきタケノコの皮をはぐような生活を繰り返した。それとストレスは酒で解決し、破滅の道にどんどん近づいて行った。
ある日、彼はとうとう倒れた。原因は酒の飲みすぎだ。
「ううっっっ。ううう」
朦朧とする意識の中、彼は考えた。俺は生きていて正解だったのか。本当に医者として成功できていたのか。などなど。
その後浩一は目を覚ました。床はぐちょぐちょで、ブランド物のスエットには汗がべっとりとついていた。彼は気持ち悪くなりそれらすべてを洗濯機に入れると、洗濯機を回し、シャワーを浴びた。シャワーは酷く冷たく、まるで彼の孤独を表すようだった。外には出られない。鬱憤はたまる。仕送りとバイト代は十分あるがいかんせんさみしい。彼女とも会えない。なんてさみしいんだ。それに聖霊は月曜日にしか来ないのに今日は水曜日。ああ、なんとみじめだ。
もう我慢できず遂に彼は聖霊を呼び出すことにした。
「聖霊―。来てくれー」
そう叫ぶと彼の部屋が光に満たされ、聖霊が現れた。
「まだ月曜日じゃないでしょ。何呼出してんの。こっちも忙しいっつーの」
「いや、暇だから」
「だから夢を見せてあげたでしょ。探検家と医者の」
「なんちゅー夢だよ。探検家はゲイでやりらふぃーだし、医者はサイコパスで守銭奴で差別主義者だし。ほんとにろくな夢じゃねえな」
「そうです。私的にとても好きなんですけど」
「どこがだよ」
「だってゲイでやりらふぃーって設定が面白いじゃないですか。サイコパス医者もかなり行けてたでしょ」
「どこがだよ。どっちも中途半端なシーンで終わるし」
「あのオチがバットエンド的でいいんじゃないですか」
「どこがだよ」
「では帰ります」
「急に帰んなよ。まだ話は終わってねぇよ」
「話ってなんでしたっけ」
「だから、つまんねーから話しよーぜってこと」
「嫌ですよ。仕事忙しいですし」
「嘘つけ」
「いや本当です」
「何の仕事だよ」
「あなたみたいな人生につかれた人と対話して希望を持たせる仕事です。今日のストレス社会、あなたみたいな人は何百、いや何千万人いるんですよ。ほんとにもう」
「なるほど。それで」
「それで、あなたみたいな人と毎日面談しているんですよ」
「なるほど。それでそれで」
「私みたいな聖霊も何千万もいて、地区ごとに担当を分担して仕事しているんですよ」
「ふうん。それで」
「きょうはたまたま予定が空いてたから来れましたけど、今後はこういうことは無しでお願いします」
「ではバンドでも始めてみたらいかがでしょうか」
「バンド。なんでまた急に」
「浩一様の歌声は素晴らしく、見た感じ音楽センス良さそうでギターも弾けそうだからです」
「なるほど。いっちょやってみっか」
「はい。その方が良いと思います」
それから彼は毎朝毎晩バンドの練習に明け暮れた。SNSでバンドメンバーを募集し、オンライン上でセッションし、曲も書いた。詞も書いた。そしてついにコロナも明け、大学で発表できる機会ができた、ついにみんなの前で発表する
彼はもちろんリードボーカル。ギターを弾きながらジャンプしながら派手に動き回る。服装はダブルのスーツの上下に、ペイズリー柄のネクタイ、髪はオールバックにティアドロップ式のサングラス。なぜかこの服装がウケにウケた。
肝心の歌の方ももちろんウケた。最高だ。彼はこの上ない幸福感に満たされた。しかし、人気はそう長くは続かなかった。バンドのメンバー同士で喧嘩が起き、バンドは解散。彼はソロで活躍しようとするも、なぜか彼が解散原因といううわさが流され、周りもそれを信じ込み、総スカンをくらい人気は地まで落ちた。
その後彼は精神を病み大学に行くのもおっくうになりやがてうつ病になり大学を休学することとなった。休学中は音楽のトラウマからギターすら触れることができず、なおかつ聖霊が来てもストレスのあまりまともに話せず、他人を信じられなくなり聖霊にも心が開けず、非常にしんどい思いをした。ついには死のうと再び交差点へ向かうも聖霊との約束を思い出してはやはり死ねないという思いが強くなり、家に帰ると死にたいという思いが再び強くなった。
彼はどうすれば良いのか本当に悩み、悩み切ったのち聖霊に別れを告げる事にした。これまで自分が生きてこれたのは聖霊のおかげ、しかし聖霊を失っては自分は何もできない。このままではもし何らかの理由で聖霊が自分の目の前からいなくなってしまえば自分は今のように再び引きこもってしまうだろう。自分を強くするためにも聖霊に別れを告げよう。
思い切ると彼の行動は早かった。まずメンタルを鍛えるために大学に復学し、厳しい環境に身を置き精神を強くするために厳しいアルバイトをし、厳しいゼミに入り自分をしごきにしごきまくった。
そして、数週間後の月曜日、ついに聖霊に別れを告げる日が来た。
「聖霊、もうこなくて大丈夫だ。これからは一人でやっていける」
「本当ですか。まだまだ心配です」
「この数週間聖霊も来ずに俺の事を見てくれていただろ。俺はもう大丈夫だ」
「わかりました。またメンタルが弱ることがあればいつでも駆け付けます」
「その必要は無い。俺はもう最強だ」
こうして聖霊に別れを告げると、彼は冒険に出ようと決心した。そうだ、冥界への冒険だ。これまで誰もなしえたことのない冥界へ冒険してやる。その為にはまず現生を冒険し訓練せねば。
そう思うと彼は早速図書館にこもり、お宝があるところをリストアップし、リストアップし終わると早速冒険へ出かけた。
まずはアフリカである。アフリカの財宝を手に入れるためにアフリカまで貨物船に隠れて移動し、アフリカでは車を強奪し、お宝のある場所へ向かった。
そしてついに神殿についた。彼ははしゃぐことなく冷静に神殿の中へと進んだ。そう、夢で見たような冒険家にならぬように。
神殿の奥まで進むと、床には石板が多数はめ込まれていた。この中から一枚の石板が外れ、その石板の下の穴がお宝のある場所に繋がっているらしい。このことは図書館の書庫の奥の方に落ちていたボロボロの本に書いてあった。しかし、弩の石板をはがしていいかわからず、一枚ずつはがしてみるもどれも穴にはつながっておらず、しまいには警備員に捕まった。
彼は遺跡盗掘の罪で裁判にかけられることとなった。裁判当日彼は心の中でつぶやいた。
あの本は単なるボロボロの小説だったのか。よくよく考えればスピルバーグ映画のようなことが起こるわけがない。私は馬鹿だ。死んでしまいたい。それと俺はどんだけ自信家なんだ。これじゃあただの全速力の阿保じゃないか。今どきの小学生でもやらないぞ。カス。
裁判が始まる。
「只今より裁判を開始する。被告人は前へ」
浩一は前方に移動する。
…
裁判は着々と進み浩一は死刑となった。遺跡がアフリカではかなり重要な遺跡だったらしく、彼はなんちゃら法とやらで死刑になったらしい。屈辱、屈辱、屈辱、しかし、それでいい。彼は心の中でそう思ったがよくよく考えると死ぬのが怖くなり暴れだした。しかし、ひょろがりの彼はゴリゴリマッチョのアフリカ人護衛に捕らえられ、刑務所に放り込まれ、死刑まで待つことになった。彼はどうにか刑務所から出れないかどうか画策する。
まず初めに彼は床の穴を掘ることにした。しかし、道具がない。その次に看守をそそのかして油断させて脱出することにした。しかし、看守は癖の強い方言をしゃべる人なのでそもそも日常会話すら苦労する。なんて辛いんだ。最後に彼は死を覚悟した。誰かに殺されるなんてカノッサの屈辱並みの屈辱だ。どうせなら自分の手で死んでやる。彼は食事用の果物ナイフで死のうとした。彼はコンクリートか石かよくわからない壁で果物ナイフを研ぐ。彼は3日3晩研ぎ続けた。そしてナイフはついに首を掻っ切れるほど鋭くなった。
彼はそれをそっと首に当てる。その瞬間周囲が眩い光に包まれた。
「死んではなりません」
「お前は、聖霊、聖霊なのか」
「さようでございます。やはり私無しではダメですね」
「そうだったな。自信過剰な俺が馬鹿だったよ」
「分かっていただければよかったです。では脱出しましょう」
「どうやって」
「ひとまず私が武器に化けますのでその武器を使って逃げてください」
「おう、わかった」
そうすると聖霊はまずリボルバーに化け彼はそれを用いて看守を打ち抜いた。
「やりましたね」
「ああ、俺の腕をなめるなよ」
その後彼は釣り竿で看守の腰のカギをゲットし、それを用いて牢のカギを開け、刑務所の外へ出ようとするも前には多くの看守が立ちはだかる。
「いっちょやってやるか」
「はい」
聖霊はロケットランチャーに化け、それで看守らを一網打尽にした。
「めんどくさいですね。核に化けた方が良かったですか」
「何を考えてるんだ。馬鹿か。こいつらに罪はない。まあ殺しちまったんだが。お前の力でよみがえらせてくれよ。もちろん俺が遺跡盗掘したことを含め記憶の消去もな」
「勿論です」
その後彼は刑務所を出て日本に帰ろうと試みる。
「疲れました」
「おお、おつかれ。そりゃあれだけ武器に化けると疲れるよな。お疲れ疲れ。じゃあ飛行機でも乗っ取りますか」
「はい」
「その前に俺の体をゴリゴリマッチョに変えてくれ」
「わかりました」
そしてゴリゴリマッチョになった彼は車を一般市民から奪うと、空港へ向かい車を飛ばした。車の性能がポンコツなのか、全然進まない。これじゃあしょうがないので、金持ちからスポーツカーを奪うよう試みる。奇跡的に郊外をドライブする金持ちのスポーツカーを見かけ、彼は強奪を試みる。
車を幅寄せし、隣の建物にスポーツカーを寄せると、いったん距離を取り、ドアを開けると、開いたドアのへりにつかまり、隣の車の窓ガラスを体重をかけて蹴破ると、乗っていた車を乗り捨て、運転手をボコボコに殴り、車から時計や財布をむしり取り、車から殴り落とすと、空港へ向かった。
道中警察の追手が来るかと思ったが、聖霊の粋な計らいで、来なかった。
「さすが、記憶消去有難う」
「おう」
「なんかキャラ変わってね」
「そりゃこれだけワイルドな経験をすれば変わりますよ」
「そうだな」
「はい」
「ところでトニーの奴は何してる」
「トニーって誰ですか」
「ふふっ、冗談だよ」
「何の冗談ですか」
「さあ、俺にもわかんねぇ」
「もうなんなんですか」
そうこうしているうちに空港についた。
「さてこれからどうするか。聖霊は疲れてるし、空港はセキュリティ堅そうだし」
「最後の力を振り絞れば時間を止めることぐらい可能ですよ」
「いや、それはいい。まだ力を使う場面じゃない」
「はい。承知しました」
そうすると彼はスポーツカーで滑走路に侵入し、飛行機を盗もうと試みる。しかし、空港の職員が気づいたのか、近づいてくる。
「貴様、そこで何をしている」
「やばい、見つかった」
彼は急いで飛行機に飛び乗ろうとするが、どれも旅客機ばかりだ。さすがに一般市民に迷惑をかけるわけにはいかない。さて、どうしたものか。
そうこうしているうちに職員がトランシーバーで管制塔に連絡し始めた。やばい、早くせねば。そうすると彼はひらめいた。
「そうだ。いっそのこと旅客機をハイジャックして市民を別のマイナーな空港でおろしちまえばいいんだ。そうときまったらさあ行動だ」
「さすがにそれは可哀そうでは」
「しゃーない。早くしなければ俺は死んじまう。どうせ刑務所送りになるなら逃げた方がましだ」
「はい」
彼は急いで旅客機の方まで走り、旅客機に乗り込む。そして旅客機を離陸させる。
「皆様、本日は当機に乗っていただきありがとうございます。残念ながら当機は目的のロサンゼルスには行きません。途中のどこかに着陸します。もし逆らえば私共々海の藻屑と消えますのでご注意を」
当然乗客は機長室に来るが、機長室の扉は聖霊の化けた溶接の器具で溶接されているため開くわけがない。
そのまま飛行機は本来とは逆方向の日本へ向かうが、燃料が足りなくなったのと、どこの空港にも連絡が言っており警官隊が待ち伏せているので着陸できない。
彼は仕方なく飛行機をUターンさせロサンゼルスへ向かう。しかし、ロサンゼルスまで絶対に燃料が持たない。さてどうしたものか。そこで彼はまたまたひらめいた。アラブで石油を盗もう。彼はギリギリの燃料でアラブの空港につき、乗客を全員下ろすと、彼自身も飛行機を降り、滑走路内の車を奪い、他の到着したばかりの飛行機に突っ込む。
飛行機はとてつもない煙を上げた。その後炎が全体を覆い、それは空港に飛び火した。
職員は空港にいる乗客を逃がすのに精いっぱいでこちらに意識は向かない。そうだ、待っていたのはこれは。彼は別の飛行機から燃料を移すと飛行機に飛び乗り聖霊と共にロスへと向かった。
「さあ行くぜ相棒、トニー」
「トニーって飛行機の名前だったんですか」
「そうだよ」
「てっきり友人の事かと」
「そうだよ」
「?」
「昔飛行機に乗った時トニーていう少年に会ってすっかり意気投合してさ。それから俺の中では飛行機=トニーなんだよ」
「にしてもなんでロスに向かってるんですか」
「もちろん、人生を充実させる為じゃないですか」
「なんでコロナ渦なのに人がいっぱいいるんでしょうね」
「そりゃ並行世界だからだろ」
「並行世界」
「そう。俺らが生きているのは並行世界。そもそも致死状態から治せる医者なんていないのと、聖霊と会話するのは通常世界だと無理だよ」
「という事はあなたは」
「そうだよ。俺は現実世界から来たんだよ」
「どういうことですか」
「俺はトラックにひかれて死んだんだ」
「それでそれで」
「途中の松本人志が出てきて冥界へ連れていかれいる所は全て並行世界への移動中の夢でさ、医者と対話した時にはすでに俺は並行世界へついていたわけさ」
「なぜわかったんですか」
「そもそもコロナって何ってなった」
「どういうことですか」
「俺がいたのは2007年、しかし、並行世界では2022年、コロナで暇なとき過去の情報について調べた見たんだけど、明らかに俺のいた世界と違ったんだよ。小泉政権は2018年まで続いてるし、松本人志は黒髪坊主のままだし、浜田は黒髪マッシュになってるし、ほんとに並行世界についたんだなって自覚したよ」
「私はなぜここにいるんでしょう」
「聖霊は多元的世界を行き来するんだろ。だから並行世界と現実世界を行き来していたんだろう」
「なるほど」
「てかなんでわからないんだよ」
「わかってましたよ。ただ浩一様がどれほど認識されているか知りたかっただけです」
「ふうん」
そうこうしているうちにロサンゼルスにつきそうだ。しかし、ここでよからぬ報告が無線で入る。
「こちら管制塔。当機の着陸を許可する。空港には警備隊配置済み」
「やべーな。どうする聖霊」
「どうしましょう」
「そうだ。たしかこの飛行機にはパラシュートが積んであったな。とりあえずニューヨークまで飛んで飛行機を飛び降りて乗り捨てよう。確か聖霊は空を飛べたよな」
「はい。さようでございます」
「よし。じゃあニューヨークへ行くぞー」
「はいー」
「てかニューヨークで降りてどうしよう」
「考えといてくださいよ」
「わかったよ」
「もう、適当なんだから」
そうこうしているうちにニューヨークについた。目の前には無数のビルが見える。
「さあてどのビルにしようかなぁ」
「まさかビルを破壊する気ですか」
「その方が面白くない」
「でもそれだと人が死にますよ」
「うーん。そうだなー。飛行機を自動操縦にしたままニューヨークに降りるのはどう」
「いいとおもいます」
「残りの燃料の事を考えると飛行機は自動操縦を続けたまま太平洋へドボンだ」
「はい。でも環境が」
「それもそーだな。じゃあ日本まで飛ぶか」
「燃料持つんですか」
「まあ何とかなるだろ」
「はい」
「じゃあいっそのこと俺んちまでいくか」
「はい、そうしましょう」
その後彼らは会話を続けながら、日本へと向かった。しかし、太平洋に入って数時間してから、燃料が残りわずかであることに気付いた。
「くそう。なんでだ。俺の計算が正しければ燃料は太平洋を越え中国まで持つはず。勿論省エネモードで」
「どうやら燃料給油口の蓋がしっかり閉まっておらず外れたようです」
「なにぃ。じゃあ仕方ないか。ひとまずハワイの人気のないところに着陸しよう」
「そんなところないです」
「うーん。ハワイの自然を壊すのはなんか違うしなー」
「悩みますね」
「そうだ、飛行機をビーチに乗り捨てればいいんだ。今は真夜中の3時、恐らく、いや絶対人はいないはずだ。さあいくぞ」
「はい」
彼はそのままハワイのビーチに急降下するよう飛行機を操縦し、急降下する状態になったところで聖霊と共にパラシュートを用いて飛行機を脱出し、命からがら逃げおおせた。
「いやー、案外行けるもんだな」
「びっくりしましたよ。まさか成功するなんて思ってもいませんですし。どうせバードストライクして終わりかと」
「なわけないじゃん。心配しなくても俺は死なないよ」
「それならよかったです。にしてもすごいですね。旅客機が砂浜に垂直に刺さるなんて」
「ああ。もうじき爆発するはずさ。みてろ。ほらっ」
轟音を立てるとともに飛行機は砕け散り、ビーチは火祭りの如く化した。
「後処理大変そうですね」
「なーに。人が死んだり環境破壊してないだけましさ」
「そうですかね。ううん」
「そう悩むなって。そういえば聖霊体の調子どう」
「おかげさまで回復しました、ありがとうございます」
「それはよかった。これからどうするか。ううん」
「そんなに考え込まないで下さいよ。リーダー」
「リーダーって。おう。ありがとよ」
「はい」
「それでいいんだぁぁぁぁっ」
「どうしたんですか」
「なんじゃこりゃぁぁぁ」
そうである。浩一の体からはボタボタと血が滴るではないか。なんと痛そうな。いや、今はそういうことを言っている場合ではない。いったい彼の体に何があったのか。
「さすがの浩一君も俺の銃の腕前にはかなわないか。まあ不意打ちだから仕方ないか。にしてもなんて無様なんだ。数多くの危機を乗り越えてきた君が俺みたいな殺し屋に殺されるなんてね」
「貴様は誰だ」
「俺は霧島アキラ。殺し屋さ」
「だからそれはさっきも聞いたって。にしても聖霊、何で止めてくれなかったんだ」
「私たち聖霊は運命を変えることは禁止されていますので」
「運命。なんじゃそりゃ」
「はい。私たち聖霊はあなた様がどうなるか5年後まで読み取ることが出来ます。そして暗黙、いや絶対のルールとして5年後までの未来は絶対に改編してはならないのです」
「なるほど。どうりで俺を殺したわけか」
「はい。そうなります」
「ふうん」
「しかし残念だったなぁ。これから日本で大悪事を働く前に殺されて。さぞ悔しいだろう」
「いや、全然。いずれこうなることは分かっていたよ。殺してくれてありがとう」
「こいつ、なんて冷静なんだ」
「聖霊、今何曜日だ」
「はい、月曜日です」
「これで俺もついに月曜日からの死者になるってわけか。くう、なんて皮肉だ。聖霊が月曜日にきて最終的に月曜日に死ぬなんて」
「これも運命ですからね」
「ふん。残念だったな」
「それはお前もだよ」
「何」
「お前の墓もここだ」
「うぁっぁ」
「これも運命ですからね」
なんと聖霊は自らジャックナイフに化け殺し屋霧島を殺したのだった。
「これでようやく冥界に帰ることが出来ます。ありがとう、浩一様。ありがとう、霧島様、ありがとう、地球の皆様」
そうして二人と聖霊は冥界への旅を開始した。冥界へはもちろん太陽の船で行くわけだが、その中は彼が並行世界への移動中の夢で見たものと違い、実に厳かな物だった。実際はエジプトの壁画や副葬品の物と違いより現代的で、中には寝泊まりできる船室があり、プールやレストラン、バー、さらには劇場まであった。
「なあ聖霊、こんなに豪華でいいのか」
「はい、浩一様は現生でさぞ苦労なされたでしょう」
「ありがとう。俺はこれからどうなるんだ」
「はい、これからは冥界で楽しく永遠に暮らして頂きます。冥界は、仏教、キリスト教、イスラーム、エジプト神話世界などなど様々な世界から選んでいただけます」
「じゃあ仏教かな。一番身近だし」
「はい。ではそのように伝えておきます」
「おう、ありがとよ。ところで俺を殺した霧島の野郎はどうなったんだ」
「はい。彼は船内に銃を持ち込み乱射した罪で太陽の船の後ろに紐で逆さ吊りの刑に処されています」
「逆さ吊りの刑。なんてユニークなんだ」
「はい」
聖霊は部屋の中の時計を見る。そしてぱっと口を開く。
「もうこんな時間。失礼。あと5分でコンサートが始まるので」
「コンサート」
「そうです。現生の現実世界にいるミュージシャンを劇場に映写機で映し出してあたかもそこで生演奏しているように見せるんです。ここで注意点はアーティストの名前を言ってはいけないことです。わかりましたか」
「はい」
「では行きましょう」
彼らは劇場へ移動する。劇場では坊主頭にダブルのライダースを着たガリガリのイケメンが立っていた。彼は口を開いて歌いだす。
「んんんん、んんんんん、んんんん、んんんんん、んんんん、んんんん、んんん、んんんんん」
そうすると見ているものの同じように歌いだす。
「んんんん、んんんんん、んんんん、んんんんん、んんんん、んんんん、んんん、んんんんん」
そうするとライダースの彼は続きを歌いだした。
「らららら、ららららら、らららら、ららららら、youは、youこそは、ららら、らららら」
「なんだこれ、どこがおもしろいんだ」
「面白いじゃないですか。冥界では著作権が厳格で、歌詞をぼやかすことで著作権法をぎりぎりすり抜けているんですよ。著作権法が厳しいのは…」
「もういい。理屈はうんざりだ。まあいい。この歌は元はどういう歌なんだ」
「はい、もともとはとある芸人を讃える歌でして。しかしその芸人はまだ現生に存在するのでこうやって歌詞をぼやかしてyouはyouこそはの部分で死者を讃えているんですよ。鼻歌っぽい部分は適当に自分で歌詞を埋めて自己肯定感を上げろという事です」
「なるほど」
「ね。面白いでしょう」
「確かに面白いかも」
その後も劇場には顔をアイライナーで黒く塗った集団のミュージシャンや、草原で赤い車に乗り赤と白のセーターを着て歌うミュージシャン、さらには歯が特徴的な日本でも3本の指に入る芸人の真似をする高音が出にくいカラオケがうまいミュージシャンを出てきた。
「こいつは需要があるのか。ものまね芸人だしつまらないとか現生で言われてたし」
「実際ウケてるじゃないですか」
「ふうん。なんでだろな」
「さあ」
「そこはかばってやれよ。にしてもたのしいなぁ。冥界ってどんなところなんだろ」
「今の10倍は楽しいですよ」
「それはよかった。冥界に着くのが楽しみで仕方ないなぁ」
「あと数百年掛かりますけどね」
「数百年」
「そうなんですよ。冥界に簡単に行こうとする犯罪者がいまして。人をたくさん殺しておいて自殺して冥界に行こうとする奴が。それでそういうやつらを裁判するのに数百年かかるんですよ」
「へぇー。そこまでエジプト的とは。てかその理論だと俺は大丈夫なの」
「はい、浩一様には私がついていますし万一何かあれば私が浩一様の身の安全を保障します」
「ありがとよ」
「はい」
「もうすぐ冥界ですね」
「早っ。数百年じゃなかったの」
「あれは現生で大罪を犯した場合です。浩一様はアフリカで車を強奪しただけですし、強奪した車の運転手も泥棒で、あの車自体盗難品だったので特に罪には問われません」
「なるほど。もうすぐ冥界かぁ」
「冥界には浩一様のご先祖の方と、浩一様の為の住居、食料、娯楽が用意されています」
「仏教の世界じゃなかったのか」
「はい、あれはあくまでモチーフにしているだけで、実際はとても愉快で楽しい場所となっております」
「なるほど。ますます楽しみになってきたなぁ」
「はい」
はたして、冥界とはどのような場所なのだろうか。それは皆さんのご想像にお任せするためにあえてここでは書きません。皆さんそれぞれの冥界の理想を壊してはいけないので。でも、これだけは言えます。冥界には生老病死、孤独、人間関係のストレス、将来への不安、財政的不安、環境問題への不安は一切ないこと。なので我々はのびのびと第2の、いや永遠の素晴らしい人生を送れることを。おっと、これは私の理想でしたね。でも恐らく皆さんの理想も先程述べた私の理想と被っているでしょう。私も浩一のような充実した人生の後に死を迎えたい、そう思っていただければ幸いです。今回の物語の続編はあるかもしれないしないかもしれない。それは作者次第です。以上聖霊からもあとがき的説明でした。
※この物語はフィクションで実際の世界とは関係ありません。