ファンタジーの書き方を教えてくれと後輩から頼まれたのでしぶしぶ書きます。
以下のことは異世界ファンタジーを書く上での基本事項です。
1カタカナ語や宗教用語はできるだけ使わない。現地にないものを書かない。
現地の言葉は地球の言語ではありません。カタカナ語の大半は外国由来の言葉なので、平仮名や漢字で説明できるのに、わざとカタカナ語にしているだけで違和感が出てしまいます。現地にその言語を使う国はないでしょう? ならその国の言葉が出るだけで違和感が生じるのです。現実の地球との交流関係からして、その言語を使う国があるのは現実的にはあり得ません。どうしてもカタカナ語を使いたいなら世界観設定から考えましょう。なろう系なんかここら辺がよくおかしいことになっています。地球から召喚された人がカタカナ語を話すことは分かりますが、どうして現地の人が理解できるのかが分かりません。現地の言葉で対応している言語があることも驚きです。それでも異国の言葉交じりに話したら文法がおかしなことになりますから。それとも現地人は皆それが理解できる教養があるのでしょうか? もしくは日本語と似ていいかげんな文法なのでしょうか。
同様に「未曾有」とか「愛嬌」とかいった宗教用語も同様です。現地にその宗教はないでしょうという訳です。その宗教がなければ当然、その用語もありません。どうしても使いたいなら現地の宗教を教義や聖書、神話に値するものまで作りましょう。また宗教は基本的に第三勢力であり、国の方針を無視して独自の利益のために動くことが多いのでかなりややこしいことになります。歴史でも宗教論争や宗教戦争とかいろいろありますしね。あれも基本的に国の利益のためではなく、宗教の利益のために宗教がやっていることです。国教とかで国が関連していることもありますが。このように宗教を出すことはただでさえ面倒な政治をより複雑にすることに繋がり、非常にややこしくなります。それに国や宗派との力関係や対立関係も考えなければなりません。それどころか基本的な風習や文化にも影響を与えます。つまり、ものすごく扱い難いものなのです。はっきり言って、これらの要素から宗教を織り込むことは初心者向けではありません。宗教用語を使うためだけにこのような苦労をしたいと思いますか? 私は楽をしたいです。ですが、こういったことを加えるとよりリアリティは増します。宗教って基本的にはどこにでもある物ですしね。しかし出すならストーリー上の目的をもって出しましょう。途中から空気になったら存在意義がありません。
少し脱線してしまいましたが、宗教用語にはかなり一般化しているものも多い(特に仏教用語)です。そのため筆者の匙加減でも変わります。しかし「地獄」とか「輪廻」とかいった、どこをどう見ても宗教用語なものは基本的に使わない方がいいでしょう。
また、基本的に現地にないものも同様です。現地にないなら、その地にはそのものを示す言葉はありません。たとえ現地にあるものでも存在自体が秘匿されているものや、開発直後の物を説明するときも同様です。それを説明したい場合、その言葉を使わずに説明をする必要があります。
2ジャガイモ警察にどやされないようにする。
ジャガイモ警察とは、時代考証とは明らかに合わないことを声高に批判する集団です。古くからいる集団で、今でも異世界ファンタジーを語る上では必須の存在です。どんなことを批判するかというと、例えば次のような文があったとします。
ここは地球とは異なる異世界だ。生活レベルは中世ヨーロッパ程度である。そのため人々の主食はジャガイモだ。
ジャガイモは南米原産の作物で、中世ヨーロッパには存在しません。ジャガイモがメジャーなものになったのは一八世紀ごろであり、近世です。つまりこの文章は時代考証上間違っていることになります。
ではどうすれば起こらないでしょう。前文に対する答えの例としていくつか挙げます。
イ) そもそもジャガイモを出さない。
ロ) ジャガイモではなく、異世界原産のジャガイモに似たオリジナルのイモにする。
ハ) 設定を組み替え、原産地に行く道を作る。
ニ) 文明レベルを発展させる(中世ファンタジーではなく近世ファンタジーにする)。
これらのことを考えたうえで世界観を作りましょう。この批判を避けようとすればするほどファンタジーの世界観は緻密になり、対応する知識も増えていていきます。彼らに怒られなくなって初めて一人前のファンタジー作家と言えるでしょう。
3メートル法は使わない。
メートル法は地球の大きさを基準にしており、舞台が地球でなければ成立しません。キログラム原器を基準にしているキロも同様です。これらの対策としては、オリジナルの単位を使うか、ヤード・ポンド法を使う必要があります。ヤード・ポンド法は人の大きさを基準にしているので、人っぽい生き物がいれば成立します。一つの基準といったらあれですが、宇宙人のテンプレの一つであるタコ星人は人っぽい生き物とはみなしません。あれはどう見てもタコです。
4暦の問題
この問題も大部分はメートル法と同様です。地球と違う舞台だから地球と同じ時間を使えません。特に「年」や「日付」は兎も角、「分」や「秒」の扱いには苦慮することになります。これを完全に回避するためには完全にオリジナルの暦を一から作るしかありません。「少しの時間」や「刹那」でいい? それは甘えです。長くなればなるほど粗や違和感が出ます。暦を作ることは時を支配することであり、それが採用されるということは自身の権威を示す方法の一つだからです。因みに、「刹那」は仏教用語なので1に引っ掛かります。
5物理や科学の法則にはたとえ神であっても逆らえない。
要するに、理論上可能なことをやりましょう、ということです。そしてその基準は地球です。特別な説明がない限り、人の基本スペックは地球人のそれです。現地人がそれを上回るならそれができて当然というべき説明や法則を用意しましょう。
他にも質量保存の法則や感性の法則を無視したり、斬撃をとばしたりするということは基本的には不可能ということです。もしこのような不可能なことをやりたいなら、それが可能となる設定や論理を作りましょう。
人によっては他にもあるでしょうが、とりあえずこれくらいにしておきます。それでは我流ですが、異世界ファンタジーの書き方を説明します。因みに、文量としては多くても数万字を想定しています。
また、今回異世界ファンタジーと何度も書き、現代ファンタジーと明確に区別している理由は、現代ファンタジーは世界観を書く必要が限りなく薄いからです。そりゃあ、舞台が現代ですから文化や風習なんて書かなくても分かります。それにいくつかのオリジナルの設定を足せばいいだけです。異世界ファンタジーと比べるとはるかに楽です。
先の説明を見て、異世界ファンタジーはとにかく多方面に深い知識を要することは分かるでしょう。文化や社会ではなく、時には科学や技術、物理の知識も要します。そこら辺の知識は頑張って身に着けてください。ネットで必要な情報を検索すればすぐに手に入る時代です。比較的楽だと思います。私もネット片手にファンタジーを書きます。
ではどうやって世界観を作ればいいのでしょう。一部の人は想像力を働かせればいいと言いますが、実際はそうではありません。そんなことをやると脳がパンクしますし、たとえプロットを用意しても国史大辞典のように厚くなります。そこで、私が異世界ファンタジーを書く上で、大事にしていることを言いたいと思います。
異世界ファンタジーは世界観から作る、時代小説である。
これは私の持論です。反論は構いません。ですが何となくでもいいから納得した人はしっかりした異世界ファンタジーを書いてきた人か、書く才能がある人だと思います。
それでは、書き方を説明するといいながら、長々と話をした私なりの異世界の作り方を載せます。あくまで我流ですのでより詳しい話やしっかりした内容はちゃんとした本でも読んでください。分かりやすくパイで例えます。ゲームパイ食べたい。
まずは世界観です。パイでいえばフィリングを囲う生地に当たる重要な部分です。ファンタジーの世界観の設定はモデルとなった世界を基準にしましょう。中世ヨーロッパがモデルなら中世ヨーロッパを参考にしましょう。一見手抜きと思われますが、この手法はプロの作家も採用しており、例えば『十二国記』や『八咫烏シリーズ』といった有名な作品にもモデルとなった時代があります。よって恥じる必要は一切ありません。それに風習や文化などをあれこれ考えずに済みます。基本的な骨子はこれで十分です。
ですが、それだけでは味気ないのでオリジナルの設定を作りましょう。この部分は生地の飾りつけにあたります。要するに魔法とか異能とかの要素です。ただしこの要素によっては、文化や風習をいじる必要も出てきます。例えば、体を清潔にする魔法が日常で使われているのに食事の際にはフィンガーボウルを使う、などです。簡単に清潔にできるのにわざわざフィンガーボウルを使う理由は何ですか? となる訳です。これを採用する場合、同じ理由でお風呂や温泉も成立しません。こういった点を注意しながら世界観を作ります。この点は、その気になればパイ生地が簡単に手に入ることも似ていますね。自分の用途に合わせて加工するところも似ています。知識は必要ですが、これなら世界観を一から考えずにすみます。
次はストーリーです。パイではフィリングに当たる部分です。ストーリーと言えば、多くは主人公とその周りのことだと思います。その際、そこら辺のプロットは皆さん書くと思います。ですがそれと同時に、歴史的な年表や主人公の一生を作りましょう。少なくとも舞台となる時間の前後数十年の年表を作りましょう。それ以前に主人公たちにとって重要な出来事があるのなら、そこまで作りましょう。例えば主人公の先祖が外部から移住してきたのなら、移住する前、少なくとも移住した原因や理由から記しましょう。そうやって年表を作ると、それにはいくつもの事件があるはずです。その事件も、その事件だけを一つの作品にするつもりで大雑把な設定を練りましょう。そうすると、世界に深みが生じると同時に、設定だけでは見えてこなかった大まかな世界が見えてきます。大きな事件が与える影響は大きく、それに伴い、物語に描かれない人々はすこしずつ作者の手を離れて動きだしていきます。つまり、あなたのイメージした世界に、自然な形で歴史が生じるわけです。こうすればそうなる、ああすればこうなるという感じに、世界が動き始めていきます。もちろん主人公以外の人物も書いてもいいですよ。増えれば増えるほど深みが増します。増やしすぎるとパンクしますが、そこら辺もフィリングですね。ほどほどにして溢れないようにしましょう。
こうしてできた世界と設定が矛盾していることもあるでしょう。その場合、設定をいじりましょう。設定をいじるのは簡単ですが、世界を変えるとそれに伴い、別の矛盾が生じる可能性が高いです。設定をいじっても同じことが起こる可能性はありますが、致命的でない場合ガンガンいじりましょう。経験上、そちらの方が被害は少ないです。その結果世界が全く別の物になった場合、あなたの最初にイメージした世界は失敗だったということです。この設定の組み換えはパイ生地のから焼きに当たります。生地やフィリングをだめにしないためにもから焼きは必須なのです。
次にやることは、なぜ、どうして、を突き詰めることです。この部分はパイでいえば香辛料です。事件の原因から、魔法が使える理由まで徹底的に突き詰めます。これは重厚な世界をつくるためにも必要です。先の年表にでてきた事件も、事件が生じた原因があります(これは現実の歴史でも言えます)。魔法も、論理体系から作りましょう。例えば普段使っている言語だけでいいなら「うっかり」その言葉を発しただけで魔法が出ることになります。そんな世界だと魔法の暴発だらけになってしまい、日常生活に支障が出ることになります。これを突き詰めれば突き詰めるほど、世界観は深くなり、重厚になります。まさしく香辛料です。下手を凝ると複雑になりすぎてダメになるところも似ています。
最後にやることは書くことの厳選です。パイでいうならパイを上から覆っている生地に当たります。つまり生地の中でもから焼きしない部分ですね。ここまでやってきたことから膨大な設定ができているはずです。それらをすべて書くと莫大な字数を要します。そのため厳選しようというわけです。ストーリーを選んで書くことを決めます。そうすることで字数をぎゅっと縮めるとともに、深い世界観を維持することができます。いろいろと匂わせておけば、フロム脳のような考察好きの読者も満足するはずです。一見すると短いストーリーだとしても、開けると重厚な世界が存在している。読むまで中身を見せない点が覆いにそっくりです。
ここまでやれば一つの世界ができてくると思います。あとは、文章を書くだけです。完成したら、パイの出来上がりです。それと推敲という名の焼き時間には気を付けましょう。改変しすぎると設定そのものがだめになる可能性があります。そうなると焼きすぎというわけです。
ここまでの話を聞いて、やってみたい。でも難しそうだという人は時代小説で練習するのもありです。時代小説は最初から世界観が約束されています。歴史上の人物を主人公にすれば物語も決まります。あとはひたすら考証して文章を書くだけです。そうすれば大体の書き方は分かりますし、知識も身に着きます。
ここまでがファンタジーの書き方についてです。
おまけになりますが、ファンタジーを書く上での参考書を何冊か挙げたいと思います。全てを挙げるわけではありませんが、比較的有名かつ面白いものを何冊か上げたいと思います。
理科の参考書は薬理凶室先生が書かれている『アリエナイ理科』シリーズが非常に分かりやすくためになります。あちこちから有害図書指定を受けていますが、マッドというだけで発禁処分にするには非常に惜しい作品です。一部の業界では非常に有名な本であり、ミステリーの参考書としても時折使われています。内容としては昆虫の飼い方から核兵器の作り方まで載っており、幅広く対応しています。とにかく読みやすく分かりやすいため、一読するのがおすすめです。ファンタジーにはあまり役立たない? 失血死するメカニズムや剣に炎を纏わせてパワーアップすることは不可能といった説明もあるので一概にはそうは言えません。
中世ヨーロッパの知識に関してはグレゴリウス山田先生が書かれている『中世実在職業解説本 十三世紀のハローワーク』や『竜と勇者と配達人』が役に立ちます。前者は職業一覧で、剣闘士からマッチ売りまで幅広く対応しています。もちろん載っていない職業もありますが、泣き女などマイナー所が数多く載っており、読みやすさもあっておすすめします。後者は漫画ですが、一話ごとに中世ヨーロッパに関するうんちくが載っており、世界観構築の助けになること間違いなしです。もちろん、漫画の内容もファンタジー好きにはたまらないものがあります。
他にも優秀な参考書はいろいろあります。あなたの世界観に合ったものを選んでください。そして、できたファンタジーを読ませてください。
この拙文が一人でも多くのファンタジーを書く人の助けになることを願っています。