私は軋む門戸の音を背にして、祖父母の家から出ると、おもての開けた土地に面した道を神社の方角へと歩きだしました。日はまだ少し高いくらいでしたが、祖父母の家では夕食を早くとるので、大した用がないときは大抵こうして腹ごなしの運動として散歩に出るのです。
神社につくとひょんな思い立ちから、いつもの散歩のコースを少し曲げてみることにしました。神社の背にそそり立つ山々を見ていると、彼らの足元をまた覗いてみたくなったのです。神社のわき道に入り、右に曲がり、しばらく山を左手に歩いていくとみかん畑に出ました。公道には干渉できないようで、道の両側が落ちくぼみ、そこにみかんの木がぽつぽつと植わっていました。みかんは存外大きくて、水滴のような形をしたものもありました。果実の重みで枝がしなっていたので、実を引っ張って離せば投石器のようにしてよく飛ぶかもしれないなどと考えていましたが、触れることはよしておきました。万一誰かに見られでもして、あらぬこともない疑いをかけられるのは嫌でしたから。
またしばらく進むと見覚えのある水田が見えてきました。山から田に水を引いているのであろうパイプの周りは水田から盛り上がって人が通れる道のようになっています。私の記憶によれば、このパイプを頼りに真っ直ぐ山へ向かうと登山道ではない山への入り口があって、進んだ場所には奇妙な祠があったはずなのです。私がほんの小学生の頃、父と弟と三人で辺りを散策したときに見つけたものでした。実はまたそこへ行こうかという暇な人間のとってつけたような冒険心みたいなものがあってここまで歩いてきたのですが、あのときの記憶よりも遠く見える山までの道のりに面倒くさくなって祠のあるであろう場所に遠くから目星をつけるだけで満足してしまいました。
さっさと引き返して、さっきのわき道とは反対側の道から神社の真横に出ると、結局いつもの散歩コースに準じることにしました。神社の真正面からずっと真っすぐ舗装路が伸びていて、その奥に石浜があります。浜に続く道の突き当りには大きな石製の鳥居がそびえたっていて、神社からはその鳥居がかぶさるようにして水平線が見えるのでした。松林に囲まれたその道を海に向かって歩きます。広い道で車もあまり通らないので、車道にまで飛び出して蛇行歩行を試みるのが好きです。ふらふらと酔っ払いのように歩いて鳥居の下に着き、突き当りの道路を注意深く横断すると、堤防を飛び越えて石浜に到着しました。すでに空はさっきのみかんを思わせるような色合いをしていて、ぽつぽつと海岸に並ぶようにして居る釣り人達も逆光にさらされて奇妙な影法師のように見えました。広い浜を歩いている、釣り目的でない人間は見る限り私を含めて数人しかいませんでした。私はいつもそこから南西の方角にある磯に向かって歩きます。
海風は私の髪を無邪気な子供がするようにぐしゃぐしゃに撫でます。夕日の刺すような日差しは水面に反射して、海に光の道を作るようでした。石浜を踏みしめる度に鳴る音は面白く、歩調でリズムをとりながら、好きな歌を口ずさんで歩きました。やっと辿り着いた磯に登って、注意深く進んでいくと堤防と荒磯に囲まれた小さな入り江のような場所があります。時々テントを張ってキャンプをする人もいますが、その日は見当たりませんでした。その入り江から少し歩いた場所で腰を落ち着けて、考え事をするのが私の散歩の習慣なので、人がいなかったことは幸いというべきでしょう。
傾斜のついた岩の一つに座り込むと、目の前に広がる海をじっと見つめました。すぐ前の水面は絹のような微妙な質感をもって日差しをちらちらと反射しています。すでに落ちかけている夕日にさっきまでの勢いはなく、燃え残った線香花火の玉を想起させます。日の色につられて空も茜色に……。
私は私を取り囲むものに気が付きました。磯を形成する無骨な岩達、彼らに迸る亀裂に身を寄せ合う稚貝達、入り江に転がる流木。彼らもまた没しゆく太陽を憧憬の面持ちで眺めていました。私は座った岩に背を持たせかけて日が海の底へ沈んでいくのを見ました。目をつむって、磯にぶつかる波の、満ちた水の弾けて崩れる音に集中しながら、しばらくそのままにしていました。その音を聴いていると、なぜだか懐かしく、なぜだか落ち着いた心持ちになるのです。まるで海が私を包んで、鼓動しているようでした。ここにずっと居られればと思いましたが、待つ人もいることだし、それは明らかに叶わない願望でした。
私はゆっくり目を開いて、立ち上がると同じ道を歩いて帰りました。立った時、空のはるか向こう側は未だ茜色に染まったままでしたが、真っ暗になるのも時間の問題でした。神社を曲がったところで私を迎えに来た祖父と会いました。
「歩いてたんか。もうめしやから、ばぁばに呼んでくるよう言われてよ」
「ちょっと磯まで行ってきてん」
「よう歩いたなぁ。今日は海の方ぎょうさん青物釣れとったみたいやなぁ……」
祖父と並び歩いて帰った家からは魚の焼けるいい匂いがしました。
……海から帰る道の途中、祖父とはち会う少し前。鳥居から神社にかけて続く道の最中に私は呼ばれたような気がして、既に暮れた海を振り返って見ました。海は何も応えず、松林のそよぐ音だけが聞こえました。私は酷く拒絶されたように感じました。そのまま帰ったのは、むしろ私にとって消極的な選択と言えるのでしょうか。