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関西大学文化会文芸部文学パート
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関西大学文化会文芸部文学パート

灰

石川新

 狭い部屋の小さな窓から、雪のような、白い灰が降っているのが見えている。

 天井から吊るされた先が丸く括られた首吊りロープが風に吹かれてプラプラと揺れている。私は椅子からから動かずじっとそこにあり続ける。首吊りロープはプラプラと揺れている。この部屋は、エアコンが利きすぎている。

 視点の先には窓と机以外にはない。机には原子核物理学の学術書が崩れ落ちそうなほどつまれている。本は灰により傷んでいて、文字のほとんどが霞んで読むことが出来ない。だから、何が書いてあるかは分からない。

 窓の反対側には冷蔵庫がある。冷蔵庫の中には灰が、他に何も詰め込めなくなるくらいに入り込んでしまっていて使い物にならない。それでも冷蔵庫は電源が切られていないから、もがき苦しむような嫌な音を立てて懸命に灰を冷やし続けている。隣にはテレビ台があり、上には数か月前に電波を受信しなくなったテレビがある。テレビは電源がついているのか砂が擦れ合うような雑音を鳴らし続けている。音は非常に細かく、しつこい。

 私の隣のナイトテーブルには、錠剤が二種類、テレビとエアコンのリモコンが置いてある。錠剤は随分と前に「政府」から支給されたものだが、中身はわからない。幾日か前に出来心でそのうちの一つを飲み、便意や飢餓などを感じることなく座り続けている。日が経つほどにあらゆることが億劫になり、今では冷蔵庫とテレビの電源や、エアコンを止めることも億劫になった。

 不意にテレビが商品アナウンスを流し始める。なぜ電波を受信できたのかはわからない。私は振り向かずにじっと椅子に座り続ける。テレビはとても愉快そうな声の男を映しているらしく、愉快そうな声の男は政府が作り上げたという「黒い塔」について話し始める。わたしはじっと窓を見つめる。小さな窓からは白い灰が降っているのが見え、その奥に薄っすらと塔のような見えることがわかった。あれがきっと男の言う「黒い塔」で、世界で唯一灰から身を守れる場所だということも、話の中からなんとなくわかった。

 商品アナウンスを終えたテレビは、またも砂が擦れるような音をしつこく鳴らし続ける。気づくとナイトテーブルには痩せたマウスが乗っていて、私が飲んだ錠剤を呑もうとしている。灰に埋もれた世界でやった見つけた食糧を一生懸命に飲み込もうとしている。私はそれをじっと見つめ、私が飲んだものではない、もう一方の錠剤を幾つかマウスの前においた。マウスは驚き、持っていた錠剤を落としてしまったが、すぐに私が置いた方を手に取り食べ始めた。しかし、食事を終えたマウスは苦しみ始め、次の錠剤を呑むことなく死んでしまった。この錠剤は自殺用なのかなと意識の隅で思ったが、そんなことはすぐにどうでもよいと思った。そう思うとナイトテーブルに乗った死骸を払うのも億劫になり、私は以降肘掛けから手を挙げることはなかった。

 小さな窓からは白い灰が降っているのが見え、天井からつるされた首吊りロープがプラプラと、力なく揺れている。私はじっと椅子に座っている。背後で冷蔵庫は苦しみ、テレビは雑音を鳴らし続ける。部屋はエアコンが利きすぎていて、外は白い灰で埋もれている。

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