なろう
第一話 プロローグ
人類の領域、その中でも王都に次いで力を持つと言われている四大都市。
いや、迷宮があるからこそ大都市になれたのだろう。
二百年前、勇者の祝福を持つ者とそのパーティーによって発見された迷宮は、のどかな田舎町だったアメデオを大都市と呼ばれるまでに発展させた。その後、大々的に調査が行われ、二つの迷宮を発見、近年発見された迷宮周辺の町もわずか数年で発展し四大都市となった。
迷宮に出現する魔物は、倒すと青い粒子となって消えるのだが、その後に魔石と呼ばれる魔力の塊が出現する。これが、現代の生活必需品はもちろん強力な武器・防具、特殊な効果を持つ魔道具となり、高価で取引されている。さらに魔物を倒すことで職業のランクを上げることができることも迷宮の魅力だった。
地下深く何十階層にも及ぶ魔物の巣である迷宮は、一瞬の油断が死につながる。しかし、それでも富、力、名声を求めて数多の戦士が挑戦し続けている。
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迷宮都市アメデオ。そこにある冒険者ギルドからの依頼により、俺達は最古にして最大の迷宮・通称勇者の迷宮の攻略に来ていた。
冒険者ギルドとは迷宮の管理をしている機関であり、魔石の売買や迷宮にしかない鉱物・植物採取の依頼の斡旋などをしてくれる。
そういった機関であり、基本的にギルドからなんて依頼は無い。今回は特別であった。
迷宮の攻略者が、勇者に次いで二番目、二百年ぶりに現れたからである。
勇者の迷宮は全員がランク6以上の一流パーティーでも三十階層が限界とされている。最大攻略階層は三十八であった。
迷宮都市ドミトリのギルドから十のパーティー、総勢約五十名が参加し、見事攻略しきった。
もちろん、喜ばしいことである。それが別のギルドでなければ。
勇者の迷宮を管理するアメデオのギルドが、別のギルドに遅れをとった。そうなると面目丸つぶれである。
そもそもアメデオのギルドは伝承により五十階層あると考えていた。つまり、ドミトリからのパーティーに四十五階層辺りまで攻略させ、その後慎重に情報収集し、総勢六十名の冒険者により五十階層攻略を計画していた。
しかし、帰還した王都パーティーは四十五階層が最深部だったと報告した。最深部特有の大型魔物が落とす魔石を携えて。
アメデオはその審議の調査が名目であるが、そもそも我々も攻略しようと思えばいつでもできたというアピールをするためである。
そして、慌てて招集したアメデオギルドの冒険者四十五名を送り込んだというわけである。
一階層ごと広大な面積を持つ迷宮は、探索し魔石・鉱物などの素材を回収しながら降りていき、ある程度まで行けば余裕のあるうちに引き返すのが一般的だ。
しかし今回は、攻略が目的であるため一直線に降りていく。
徐々に人数を減らしながらも、順調に攻略が進み、あと最深部を残すのみとなった。
「ふぅ、やっと四十四階層も終わりね。長かったぁ」
「これからが本番だぞ、アンリ。気を抜くなよ」
「わかってるって」
ランク7の戦士であるアンリは体をほぐすようにストレッチしながら答えた。ちなみに俺はランク5の戦士である。
戦士・魔術師・商人・探索者など職業の加護を施してくれる様々な教会があり、それぞれ効果が変わる。戦士であれば武器の性能が上がる、探索者は魔物の探知ができるなどである。そして、全ての職業において身体能力が上昇する。
さらに、魔物を倒すと祝福が得られランクが上がっていくのだが、ランク1上がるごとに各職業による効果が約2倍、運動能力は約1.2倍になると言われている。
実際のところ、そこまで単純ではないのだろうが、各ギルドが検証し続けてきた結果、公表されたものがその倍率であり、自分の感覚としても納得できるため、信頼できる値だ。
ランク5と言えば一般的には優秀だが、今残っているメンバーは全員7以上。
ランク6以下の者はすでに脱落している。単純計算で運動能力がランク5で2.5倍、ランク7で3.5倍になる。さらにランクを上げた戦闘経験がある、と考えたら妥当な所である。
俺の場合はランク5から上がらなくなり、それでも鍛え続けた肉体と豊富な戦闘経験によりなんとか食らいついているのだが、戦士の効果による武器の性能は如何ともしがたく、これから戦おうとしている最深部の魔物に刃が通るのか不安であった。
「最深部の魔物との戦い方をもう一度確認したい」
休憩していたギルド職員のジョンに話しかける。
「心配性だなぁ、もう。はいはーい。じゃあ皆さん聞いてくださいねー」
俺は軽い感じが好きではなかった。しかし、ランク6探索者であり、できる限り不要な戦闘は避け、ここまで案内してきた頼れる人物だとも感じていた。
しかも、補助としてだが戦闘に加わることができ、案内役に抜擢されたのも頷ける。
俺、アンリ、ジョンの他に残っているメンバーは俺と同じパーティーであるランク8戦士のアルフレッド、そして、ギルドの依頼を受けたランク7魔術師の双子、グスタフとヘンリー、ランク7商人のシャルレの総勢7人だ。
商人は収納魔法が使えるため水や食料、備品の運搬、魔石の回収を行っている。戦闘に加わっていないが重要な役割である。
「ってな感じで説明はいいですかね。リーダー、どうです?」
俺の方を見ながら確認する。戦闘中の役割と立ち回りを説明していたが、ランク7といえど商人のシャルレは戦闘ができないため魔道具や回復薬でサポート、俺は有効打があるかわからないため臨機応変に対応という何とも言えない役割だ。
「あぁ、ありがとう。ただ、俺はリーダーじゃないからな」
「またまたぁ、何言ってるんですかぁ。パーティーのリーダーはハンスさん、あなたしかいないじゃないですか」
「ランクを見てみろ。ランク5の俺とランク8のアルフレッド、どっちがリーダーか一目瞭然だろ」
「ランクだけがリーダーの資質ってわけじゃないでしょう。おっと、アルフレッドさんに資質がないってわけじゃないですよ」
軽薄に笑いながら言うジョンにアルフレッドが答えた。
「いや、ハンスの方がリーダーらしいだろう。わかっているさ」
「おいおい。ただ俺が年を食ってるだけだろ」
「私もリーダーはハンスだと思うけどね。アルフレッドにはもうちょっとリーダーらしくしてもらわないと」
アンリも軽い口調でそう言ってくる。確かに、アルフレッドは無口な所があるが、ランクが低い時から俺とパーティーを組んで、今までやってきたところもあり、俺に対する遠慮もあるだろう。アンリはそれも分かったうえで発破をかけようとしているのだ。
「ってことでリーダーのハンスさん。そろそろ四十階層に降ります?」
今回の攻略が終わったら俺は引退して託そうと思っていたんだが、暗い表情のアルフレッドを見ると大丈夫かと心配になる。
アンリもそう思ったのだろう。上を見上げて呆れたようにため息をついた。
俺は気持ちを切り替え「そうだな。準備しよう」と答える。
見守っていた商人のシャルレは慌てて荷物をまとめ始めた。
双子の姉のヘンリーは「プクククッ」と笑いながらごそごそ弟のグスタフに耳打ちしている。グスタフは無表情のまま頷いただけだったが、ヘンリーは楽しそうにしていた。
第二話 墜ちるおっさん
パーティーは四十階層に続く長い階段を降りた。
「うわぁー、すごい場所だね」
アンリが見渡しながら感嘆する。
そこは円筒状の巨大な空間に、五人が並んで歩けるほど広い石の橋が渡された場所であった。橋の真ん中からは階段が伸びており、二人が立てる程度の円柱の台に繋がっている。
階段も円柱も磨かれたように綺麗であり、祭壇を思わせる風格を持っていた。
壁はごつごつとした岩肌だが、その祭壇の正面には巨大な竜が彫られており、その目の部分には大きな魔石がはめ込まれていた。
橋の下は見えないほど深く、暗闇が漂っており、橋の長さは俺が全力で走っても十秒はかかるほどだ。
しかし、その先は壁である。つまり、行き止まりだ。
「まさか、こんな場所で戦うのか?」
「そんなわけありませんよ。こんな落ちたら死ぬようなところで戦えません」
ジョンはニヤニヤしながら「おぉ怖い」とおどけたように言う。
俺はその態度に呆れる思いだったが、仕方なく「じゃあどうするんだ」と聞いた。
「ここにはちょっとした仕掛けがあるんです。まずは真ん中まで進みましょう」
幅広いと言っても何があるかわからないため、橋を歩くのは躊躇われ二列になり進む。ちょうどその階段の前に来たとき、どこからか声が響いた。
『勇者とその従者。我の元へ』
「ちょっと何この声。どういうこと?」
いち早く反応したアンリにジョンが答える。
「勇者と従者がこの階段の先の台に立つってことですよ。つまりは、そうですね。ハンスさん、シャルレさん、ですね。どうぞ」
ジョンは少し考えるそぶりを見せた後、俺とシャルレを勧めた。
「俺が勇者か?」
「わ、私が行くなんて恐れ多いです」
「ハンスさんは先ほど言ったじゃないですか。リーダーですよ。あと、シャルレさんの他に従者と言える人はいません」
なるほど、と思う。確かに当てはまるし、さっきの話を蒸し返しても仕方がない。シャルレも純粋にサポートのみをしているのが自分しかおらず、他の者を従者と呼ぶのは失礼だと思ったのだろう。何も言い返さない。
「一応確認だが、あそこに行けばどうなるんだ?」
「奥の扉が開きます。何やら立つことでスイッチの役割を果たしているようですね」
「まぁそうなるんだろうな。で、それだけか?」
「それは難しい質問ですね。これ以上のことは聞いていませんから」
そう言ってニヤッと笑う。
食えないヤツだと思いながらも、シャルレの方を向く。
「シャルレはいいのか?」
「その、わ、私しかいませんから」
ふぅ、と嘆息する。こんな場所、扉が開くだけで済むなんて考える方が甘い。
しかし、何とかなるか、とも考えていた。
そもそも、迷宮内で即死するような罠なんてものはない。
大抵慌てなければ対処できることだ。
それに、声が聞こえてくることも初めてではない。今まで俺が聞いたのは『侵入者をせん滅せよ』といった物騒なものばかりだということを考えると、ここは安全性が高そうである。
ただ油断は禁物だ。
「じゃあ行くか。俺が先に行く。すぐ後ろを付いてきてくれ」
シャルレが頷くのを確認し、ゆっくりと階段の強度を確かめつつ上り始める。
思ったより頑丈そうだ。円柱の上部が見え、そこには魔方陣が描かれていた。
俺はランク5の戦士であるとともにランク3の魔術師でもある。
ランク3では下層の魔物に対して全く効かないため、戦闘中に役立つことは少ない。十年前に行われた、魔族との戦争時に必要になり得た加護であった。
しかし、こういうふとした時に役立つと、学んでいて良かったと思えるものである。
これは壁を生成する魔方陣だということがすぐに分かった。
虚空に魔方陣を描き、『壁《セイン》』と唱える。丸い壁が作られ、魔方陣の下部の魔力を操作すると消滅した。予想通りだ。
階段は魔法で作った床の感触ではなかった。それとつながっているこの円柱も魔法ではないだろう。
そうなると、この円柱は実際には円筒、つまり中が空洞になっていると結論付ける。
魔法の発動を感知して、床が無くなる前に階段の方に飛び移る。
それか、落ちる前に階段を掴むか。
何とかできる自信があった。
意を決して、シャルレと共に祭壇に乗ると、声が響き渡る。
『勇気ある者たちよ。試練を与える』
竜の目が微かに輝いたのを感じ、咄嗟にシャルレの腕を掴み祭壇から飛びのいた。
その瞬間、ドンッと背中が壁に当たる。
驚きと共に振り返ると、光の壁越しに驚いているアンリと反応に変化の無い他のメンバーが見える。
足元に新たな魔方陣が輝いており、光の壁につつまれていた。
しくじった。
恐らく、壁の魔方陣の裏側に光の壁を作る魔方陣が隠されていたのだろう。
その瞬間、床が無くなった。
縁を掴もうとしたが、光の壁に阻まれる。
「いやぁぁあああぁぁぁぁ」
叫ぶシャルレを掴んだまま瞬時に頭を切り替え、短剣を抜いて壁に突き立てるが微かに傷がついた程度だ。
そのまま短剣を突きたてながら、足も使って速度を落とす。
しかし、磨かれたかのように綺麗な表面でできた石壁では止められない。
壁を作っても共に落ちるだけであり、浮遊なんて高度な魔法は使えなかった。
足で魔方陣を描いて『風《ツウル》』と唱えるが、少し速度を落としただけだった。
それでも、唱え続けたが、それ以上なすすべなく、二人は奈落の底まで落ちていった。
第三話 アンリとジョン
「ハンス!!」
ハンスが光の壁に囲まれ落ちた瞬間、階段をかけ上ったが光の壁もなく穴も無く、ただの石柱になっていた。
魔方陣は描いてあるが、アンリには読めなかった。
『勇者と共に来た英雄たちよ。先に進むがよい』
声が響くと共に、壁だった通路の先に魔方陣が輝き、道が開いた。
「ジョン! これはどういうこと!」
「先ほど申し上げた通りですが? スイッチですよ。先を急ぎましょう」
アンリは怒気をはらませて問いかける。
「あんた、こうなることがわかってたってこと?」
「いいえ。知りません」
「嘘つけ!」
「心外ですね。私は今まで嘘は言っていませんよ? 別のギルドから情報を得るのって難しいんですから、全てを知っているというわけではありませんし。もちろん、何か良くないことが起こると思っていましたがね」
「じゃあ何故言わなかった!」
「言っても仕方がないでしょう。実際何が起こるかわからなければ対策もできないじゃないですか。そもそも、誰かが行かないと先に進めないんですよ。それとも何です? あなたが落ちたかったとでも?」
アンリはジョンを睨みながらギリギリと歯を食い縛る。
「お前は、最初から、あの二人を犠牲にするつもりだったのか」
「犠牲だなんてとんでもない。それに、シャルレはわかりませんが、ハンスさんは殺そうと思っても死ななさそうですからね」
「なにを、ふざけたことを」
アンリは階段を降りてジョンに掴みかかろうとするが、アルフレッドに止められる。
「どういうつもり? あんたもグルだったってこと?」
アルフレッドは悲しそうに首を振って答える。
「アンリ、進もう。今は争うべき時じゃない」
確かに今は最後の戦いの前だ。それはわかっていた。
「だからって」
それでもなお、言い返そうとしたアンリを「うるさいなぁ」という声がさえぎった。
アンリが睨むが、声の主、魔術師のヘンリーは意に介さず面倒くさそうに答える。
「何怒ってるの? 別に縄で縛られて連れて行かれたとかじゃなく、二人とも納得して行ったんだしさ。ジョンの言ってることに嘘はないし。迷宮内で罠にかかるとか、急に襲われるとか、そういうことってあるわけじゃん? それにかかっただけなんだから自己責任っしょ。まぁあたしは行けって言われても絶対行かなかったけどね」
プクククッと笑うヘンリーにアンリは拳を震わせたが、言い返せなかった。アンリもあの場所に行くことは抵抗があったし、彼女の言うことに一理ある。おそらく、ハンスも危険を承知で自ら行ったのだろう。それを頭では分かっていても、納得はできなかった。
「アンリさん。残念に思う気持ちはわかりますが、あの扉がいつ閉まるかもわかりません。早く進みましょう。あなたまでいなくなると次のボスの攻略は難しいですからね」
笑ってこそいないが全く残念そうではないジョンの声色に、アンリは思い切り殴り倒しそうになったが、何とかこらえる。冷静になれと自分自身に言い続ける。
ジョンは無言を肯定と受け取ったのか、先に進み始め、皆もそれに続く。
アンリはもう一度階段の先、そして暗く底の見えない下を見てから、歩き始めた。
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ジョンは先頭を歩きながら考えていた。
ライバル迷宮都市ドミトリのパーティーにアメデオの職員も紛れていたのだが、四十五階層の安全が確保できるまで四十四階層で待機していたのだ。
すると攻略が終わってしまい、帰還したメンバーも、他の者は戦死したという言葉以外何も語らなかったため、ジョンは本当に何が起こるか知らなかったのである。
しかし、ランク8戦士であるリーダーを含める二人が帰還しなかったことは事実であり、あのシチュエーションになったとき、命に係わることが起こるだろうと予測できた。
そもそもランク8戦士なんて人類の領域の中で十人ほどしか存在せず、ランク7とは別格の強さと言っていい。ほとんどが王都所属で、冒険者は3人しかいない。
そんな歴戦の強者が真っ先に死ぬなんて考えられないからである。もう一人に関しては戦死したのか定かではなかった。
計画では商人シャルレを罠に掛ける予定だった。
戦闘には居なくても問題がなく、既に三十八階層で別の商人を待たせており、帰りの食料などの心配はないよう手配してあったからだ。
それに、シャルレの得体が知れなかったこともある。そもそも、戦闘に向かない商人がランク7になることなんて滅多にないし、シャルレは戦えないといっていた。しかも、出自や過去に所属していたパーティーもわからない。
少なくともそんな人物にジョンは会ったことが無かった。
ハンスのことは、予想していたことではあるが、二人を要求されたため選んだ。
ジョンとしてはハンスのことを気に入っていたし、尊敬もしていた。
アメデオのギルドでは有名人物であり、その強さは聞いていたのだが、実際に戦いを見てすごさを知ったことが大きい。
攻撃面では武器の性能的に劣るものの、魔物の注意を引き付け、仲間に注意を配り、危ういところをサポートするといった点では、トップと言って良かった。
そもそもランク5戦士がランク7や8の中、一線で活躍できることがおかしいのである。
急いで寄せ集めたため、ランク5も何人か混ざっていたが、ハンス以外は三十階層にもたどり着かずリタイアしていた。魔物の一撃に死が見えるからである。
ランクが1の差であれば努力で埋められるだろうが、2の差になると越えられないと言われている。
そんなハンスを死地に追いやることはしたくなかったが、アンリかアルフレッドがいなくなると勝てない。魔術師は一人ならいいが、双子は離れることを拒否するため両方行かせることになり、魔術師なしでは勝てない。
それに人柄の問題もある。双子が行くはずがない。
ハンス以上の適任はいなかった。
そして、それと共に、期待もしていた。
響いてきた『試練』という言葉。
ハンスなら試練を乗り越えるのではないか。
そんな期待が胸を躍らせ、あの時笑みを抑えられなかった。
このメンバーなら四十五階層の魔物の攻略は可能だろう。
帰還後、ギルドそして王都への報告がある。
ハンスが勇者として生還する可能性も考えておかなければならない。
さてどう報告するか。
そんなことを考えながらジョンは歩くのであった。
第四話 絶望と希望
何とか無事、底に降り立った俺は周囲を見渡して安全を確認した。
洞窟が目の前に続いており、その大きさは俺の身長の三倍はある半円状の巨大な物だった。左右と後ろは壁、つまり、行き止まりだ。
勇者の試練のスタート地点ということだろうか。
ずいぶんと荒っぽい招待の仕方だ。
周りに魔物の影はないため、一息ついて上を見上げる。
「こりゃ登るのは無理だな」
速度を落としたとは言え、長い間落ち続けた。元々いた場所なんて見えるわけがない。視線を下ろしシャルレを確認する。
「どうだ。怪我は無い……か?」
幻覚かと思い、シャルレの頭をじっと見る。猫のような耳が生えており、ついでに尻から尻尾も生えている。髪色も淡いオレンジに変化しており、明らかに獣人族の特徴だ。もちろん、元々は人族特有の黒髪で耳や尻尾なんてなかった。
「大丈夫です。助けていただいてありがとうございます。えぇと……ど、どうかしましたか?」
「……その耳と尻尾は?」
「ふぁえっ?」
自分の頭の上にある耳を触り、尻尾を確認する。
「えっ? あれっ? 何で何で?」
「獣人だったのか」
シャルレは何とかごまかそうと目を泳がせるが、完全に耳と尻尾が見えており、今も隠せていない。やがて、観念したように力なく頷いた。
「あの、えと、獣人族というか獣猫族です。今まで変装していました。すみません」
「いや、謝らなくていい。事情があったんだろう」
獣人族は、魔法は使えないが身体能力が高く、近接戦であればドラゴンに次いで強いとまで言われている。逆に言うと、遠距離からの魔法や体の動きを抑えられれば弱く、人族や魔族に労働力、つまり奴隷として捕えられることも多い。
「えぇと、まぁその、すみません」
なぜか頭を下げるシャルレ。獣人族の多くは温厚な性格が多いと聞いていたが、こういうところも奴隷として扱われる原因になるんじゃないだろうかと思う。
はぁ、と思わずため息をついた。
「まぁいい。変装ってどうやってしていたんだ? そうそう隠せるものじゃないだろう?」
シャルレは少し躊躇ったものの、服の中から取り出した淡い紫の魔石を見せる。
「このネックレスのおかげです。この魔石で人に変身できるんです」
「そんなものがあるのか」
「人族はしらないかも、です。獣猫の商人として生活していた時に運よく手に入れたものですから」
「変身できるのは、獣猫から人だけなのか?」
「いえ、どの種族でも人になれますし、これは人用ですが、他の物もあります。体内の魔力を使って変化させているようなので、魔力の少ない人族は難しいかもしれませんが」
「そうか。これは結構、いやかなり使えるな」
これがあれば他種族への内偵が容易になるだろう。特に敵対関係にある魔族に有効だ。逆に言うと、魔族から人に変身して送り込まれている可能性もあるのだが。
「これだけは、本当に、ご勘弁を。これがないと仕事が。他の物は全て差し上げますので」
平身低頭、全力で許しを乞うシャルレ。
「いやいや、盗らないから!」
「ほっ本当ですか?」
「もちろんだ。盗賊じゃないんだから。それに、俺は人なんだから持ってても仕方ないだろう」
「あっそうですよね。すみません。あと、私が持っていることも内密にしていただけると嬉しいんですが……」
「わかっている。そんなもの持っているって知られたら確実に狙われるだろうな」
シャルレはびくっと体を震わせる。
「脅かさないでくださいよぉ」
「いや本当のことだからな。誰かに見せたことあるのか?」
ふるふると首を振る。
「なら今後誰にも見せないことだ。そもそも使わない方が身のためだろうな」
今度はこくこくと頷く。
「ところで、何で今は変身できてないんだ?」
「それが……わからないんですよね」
思わず訝しげな視線を送ると、シャルレが慌てて言った。
「本当、本当ですよ! そもそもこのネックレスって身に着けるだけでいいんですから。それに、ほらっ、この光を出す魔道具の効果も無くなってますよ! この場所のせいかもしれませんね!」
「妙にいろいろな物持ってるんだな」
迷宮内は基本的に壁から淡い光が出ているだけで薄暗いのだが、光を出す魔道具を持つことは一般的でない。邪魔になる上に目立つ。魔物を寄せ付けるだけだ。
「今回は荷物持ちとしてギルドに雇われただけで、そもそもは普通の商人なんです! 普通は持ってますからね。もう、信じてくださいよお」
「わかったわかった。となると、俺が身に着けている魔道具も効果がないと考えた方が良いな」
「そうですね。ハンスさんの魔道具って指輪ですか?」
「あぁ、あと剣だな。剣は切れ味の強化、指輪はアルフレッドたちとパーティーを組む時に貰ったものだ。呪術や毒といったものから身を守る魔石らしいが正直わからん。どちらかというとパーティーの証だな」
シャルレは俺の指輪に付いた小さな魔石をじーっと観察し、困惑したように言った。
「これ、たぶん違いますよ」
「んっ? どういうことだ?」
「呪術防止の魔石は白地に黒い線状の模様なんです。ハンスさんの指輪は白地に黒い斑点状ですよね」
確かに他のメンバーは白地に黒い線状だった気がする。しかし、そもそも全く同じ模様の魔石なんて存在しないため、たまたま俺のは斑点になっただけだと思っていた。
「効果が変わるのか?」
「全然違います。呪術防止は『ハウライト』と呼ばれる魔石ですが、ハンスさんの魔石は祝福を与えるもの『ジャスパー』ですね。私も実物を見るのは初めてなんですが」
「……そんなはずはないと思うがな」
俺はランク5で止まっている。メンバーのアンリはランク7,アルフレッドなんてランク8まで上がっているにも関わらず。当時、戦士と魔術師の二つの加護を持っていたため、上がりにくいだろうとは思っていたが、魔術師もランク3で止まっていたのは異常だ。これにどれだけ苦しめられたか。祝福を与えるもの、なんて皮肉でしかない。
「ジャスパーの効果は、その……聞いただけなんですけど、基本的には祝福を吸収するという効果でして。ハンスさんのランクが上がらなかったのはそのせいかと」
俺はその言葉に固まる。
「あの、その、ハンスさんに渡した人も勘違いしていた可能性はあるんですが。あぁでも、祝福を与えるものと言われているのは、そもそもエルフの里で見つかるものなんですが、魔石に含まれた祝福を取り出すことが出来てですね、エルフはこの魔石から祝福を取り出し力を得ていたらしく、ハンスさんもエルフの里に行けば……」
「人族がエルフの里に行けるわけがないだろう」
なんとか言葉を絞り出す。この指輪を渡したものはアルフレッド。どこで手に入れたかは知らないが、おそらく知っていただろう。何とか冷静になろうとするが、怒りと悲しみが混ざった感情、そして今までの祝福が取り返せるかもしれないという期待がドロドロと渦巻く。
「あっ、そっそうですよね。エルフは排他的ですからね。で、でも、獣猫族はエルフと交流があるんですよ。今度連れて……」
俺は手でシャルレの言葉を遮った。シャルレはそのただならぬ雰囲気に口をつぐむ。
「魔物が来る」
俺は一言シャルレに告げた。
第五話 奈落での戦闘
遠くに魔物の気配を感じた。
洞窟は薄暗く、目視では確認できない。
「ハンスさんて高ランクの探索者なんですか?」
「ランク1の探索者だ」
ひっそりと質問してくるシャルレに答える。シャルレは疑わしげな視線を向けるが、俺だって困惑していた。
ランク1の探索者は間合いに入るくらいの距離しかわからないのだ。戦闘前の察知なんてもってのほか、目視できない部分など察知できるはずもない。
どうせランクが上がらないならと思って探索者の加護を得ただけであり、乱戦になったときに役立ったり、背後や上部からの奇襲を察知したりするためのものだった。まぁそれはそれで有用だったのだが。
ただ、今はそれを議論している場合ではない。
「中型魔物が五体いる。前に一体、後ろに四体。後ろは一回り小さい個体のようだ。移動する。少し進んでから迎え撃つぞ」
シャルレはこくりと頷いた。ほどなくして、微かに足音が聞こえてくる。
このまま行き止まりにいたら不利だ。ある程度、後ろに下がれる空間を得なければならない。
「いくら商人と言えども獣猫族なら戦闘もできるな」
「相手によりますが、中型だと本気で動いても二体相手をするだけで精いっぱいだと思います」
「俺も二体が限界だ。そっちのサポートはできない。一番前の一体を奇襲で潰しにいく。そして、その後ろにいる二体を倒しに行く。戦闘を商人に任せて申し訳ないが残り二体は相手をしていてくれ」
「了解です」
少し進んだ後、息を潜めて岩陰に隠れる。
幸いこちらに気づいていないようである。
あと十数えたら飛び出し、一体を屠る。
これが成功するか否かで生死が分かれるだろうと考えた。
そもそも相手の強さによっては奇襲したところでダメージを与えられないかもしれない。
それでも、避けられない戦いだ。
少しでも勝率を上げるため考える。
今、という瞬間に岩陰から飛び出し、一足で相手の足元に飛ぶ。
この瞬間、自分自身に驚いた。
体が軽く動く、相手が遅く感じるほど。
身体能力が飛躍的に伸びている。
漲る力に自分の体ではないような違和感があったが、しかし戦闘中に考えることではない。
相手は自分の倍以上の巨漢、一つ目の魔物サイクロプスを視認し、着地と共に相手の機動力を削ぐため足を切りつける。
再び、違和感。
抵抗がほとんどない。
剣がスッと足を通り抜けた。
サイクロプスが人の大きさもある棍棒を振り降ろそうとしたが、足が切り離されて踏ん張りがきかず、体ごと倒れそうになる。
しかし、その時にはすでに返す剣が迫っており、脇から反対の肩にかけて一閃。
サイクロプスは一瞬にして青い粒子となり、魔石を落とした。
「ウォオオオオッ……!」
後ろにいたサイクロプスの内、一体が叫び始めた瞬間、標的を変え足元に飛び込み、そいつを一刀両断で絶命させる。
残り三体のサイクロプスは戦闘態勢に入り、棍棒を振り下ろしてくる。
しかし、どれも遅い。
いや、実際には遅くないはずだ。
今まで、もし知覚できたとしても、攻撃を受ける意識を持つだけで、体が反射的に行う防御が間に合うかどうかと言うレベルだっただろう。
ただ、今は反射で動くどころか、意識して避け、攻撃に移ることができた。
サイクロプスの棍棒が届く前に足元に移動し相手を両断。
切れることが分かっているなら、狙いは首、頭、心臓など。
魔物は地上に存在するものと同じような形態をとることが多く、急所も同じだからだ。
棍棒が地面を叩いた時、隣のやつを真っ二つにし、残りの一体がこちらを見たときには、飛び込みながら心臓を一突きし、切り上げていた。
一息で全ての魔物の魔石が地面に転がった。
飛び出て来ていたシャルレが目を丸くしている。
俺自身も何が何だかわからなかったが、体の動き、武器の性能が今までと全く違うということはわかった。
「私、出る幕、なかったですね」
「あぁ、そうだな」
「今まで本気出してなかったんですか?」
「いや、今までも嘘偽りなく本気だった。なんだ、その、調子が良い」
「あぁ、調子が良いんですか、ってそんなレベルじゃないです! 商人ですがランク7で獣猫の私でも目で追うのがやっとですよ! 剣筋は見えません! あっレアな魔道具を使ったとか? って今は魔道具使えないじゃないですか!」
一人でボルテージが上がっているシャルレにハンスは呆れながら言った。
「とりあえず落ち着け」
「落ち着いてられますかっ!」
「魔物の群れが来た」
探知に魔物がかかった。今度は数が多い。
「ごまかさずに、って、えっ?」
「サイクロプスの叫びがまずかったようだな。確認できるだけで三十体。今度は中型小型混合みたいだが」
シャルレは「ひぇっ」と変な声を上げ、音量を極小にしてから答えた。
「緊急事態じゃないですか! あれっ、でも、今のハンスさんなら……いける?」
「おそらく。しかし、まだ体がどこまで強化されているのかわからない上に、この動きに慣れているわけじゃない。それに、おそらく今度は動きが速いヤツも混ざってるだろう。囲まれたら厳しいかもしれない。囲まれる前に下がるための場所が欲しい。もう少し前進して待ち受けるぞ」
「……了解です」
状況が状況だけにシャルレは素直にうなずき、黙ったまま俺に付いて歩いた。
第六話 一時休息
三十体の魔物を倒し切った後、休息を取った。
一人で三十体の魔物と戦闘したのは初めてだったが、特に危うさもなく終わった。
今の能力に慣れるための良い経験になった、という感じだ。
感覚的には今までの十倍以上動ける、くらいだろうか。
あまりにも今までとかけ離れすぎて、正確には判断できなかった。
大して疲れたわけでもないが、今後も戦闘をしながら動き続けるため、迷宮では少しずつ小休止や食事をとりながら進むのが基本である。
大きなパーティーであれば、戦闘員が見張りをするためスープなどの調理や交代でのゆったりとした食事や仮眠もとれる。
強くなった、それに探知もできるとはいえ、そこまでできない。
仮眠中に襲われ、そのまま永眠なんて笑い話にもならない。
シャルレの収納魔法でパンと干し肉、俺が魔法で水を出し、軽い食事をとる。
実は、いつもの様に一口サイズの水を出そうとしたら、人より大きいサイズの水玉になり慌てて逃げた、なんて事故もあったのだが。
やはり、魔術師としても能力が向上していることが分かった。しかし、ここまで強力になると魔法の制御を考えないといけない。
おそらく、魔物との戦闘でも使えるほどの威力があるだろうが、魔方陣の書き方を考えなければ自分達まで巻き込まれる可能性がある。
「それにしても、ハンスさん、強いです。絶対ランク5じゃないですよね?」
「ランクを低く言うメリットなんかないだろ」
「今のランクはってことですよ」
「どうだろうな」
そう言いつつ、ランクが上がっているだろうという感覚はある。しかし、ランクについては長らくコンプレックスになっていたことだ。
これだけ魔物を倒したんだ、もう上がっているだろう、せめて魔術師のランクくらいは、と考えて測定して肩を落とす、なんてことは幾度となくやってきたことだ。
今は、強さが重要であって、ランクなんて気にしない、という態度をとっているが、全く気にしていないと言えば嘘になる。
上がっていると思ったら気のせいだったなんてことになると、受けるダメージは想像を絶するだろう。
「絶対高ランクです。この空間は魔道具が無効になりますから、やっぱり、その指輪の魔石から祝福を取り出せたんですよ。さっき、その魔石のことは話しましたよね」
戦闘前の話を思い出す。魔物を倒して得る祝福によりランクが上がるのだが、この魔石は祝福を吸収するらしい。この空間によって魔道具から今まで得た祝福が俺に還元されたとするとつじつまは合う。
ただ、しっかり確認するまで気軽にランクが上がっているとは考えたくなかった。
「ランク測定の魔石で確認してみないとな」
シャルレは含み笑いをしながら「じゃじゃーん」と言って取り出した。
「もちろん持ってますよ!」
「……お前、そんなキャラだったか?」
シャルレは掲げた淡い緑に輝く魔石をゆっくり降ろしながら、顔を赤く染めていく。
「今、そんなこと言います?」
恨みがましい目を向けられ、「悪かった」と一言謝る。
「まぁいいです。ハンスさんが話しやすいというか、さっき吹っ切れたというか。もともとこんな感じなんです。それに、私これでも行商人だったんですからね。ただ、パーティーでいたときはジョンさんの目が怖いというか見透かされそうというか」
シャルレは耳を触りながら「これですからね」と言った。
たしかに、ジョンが知ったらどうなるか。分からないが、きっと良くないことになるだろうと想像できた。
落ちる瞬間に見えていたジョンのニヤニヤした顔を思い出し、暗い感情が出てくる。
こんなところでグダグダ言っても仕方ないし、イライラするだけ損だ。
強引に話を切り替える。
「そうだな。よし、ランクを測っていいか? どれだけ戦えるかの参考にしたい」
「そうですね。どうぞどうぞ」
ランクを測るときは戦士なら武器、魔術師なら描いた魔方陣に魔石を当てて、魔石の色の変化によって確認する。
もともと魔石は緑色で、ランク5もそれくらいの色だ。ランク1は赤、ランク8は青みがかった緑に変化する。
とりあえず武器に当ててみたが魔石の色に変化はなかった。
変化がないということはランク5か。
心臓あたりがぎゅっとなる。
期待しない、強ければそれでいいと思っていたものの、その衝撃は重い。
しかし、なんとか取り繕って答える。
「特に変化はないな。やっぱりランク5なのか?」
「あれっ? そんなはず……って、まさか」
そういって自分の収納魔法に当てて確認する。
そして、他の魔石も取り出して確認していた。
「どうした?」
「やっぱり、使えないですね。魔道具というより魔石が使えないようです」
「なるほど。魔道具も魔石で動いてるからな」
「ランク確認はお預け、ですね」
「そうだな。とりあえずここを出ることからか」
早くランクを確認したいような、したくないような。次の戦闘が始まるまで、ランクのことが頭から離れなかった。
第七話 次の階層
(続きはWebで)