プロローグ
俺たちはあの頃、世界でいちばん笑っていた。
帰りの会は、放課後が待ちきれずにうずうずする時間。「それではみなさんさよう──」くらいで俺たちは教室から飛び出し、そのまま公園に一直線。そして古い遊具に上り、くだらない話をして笑い転げた。太陽が落ちて街がオレンジに染まると、名残惜しさで泣きたくなったものだ。
ラジオから流れる漫才や落語。長い枝と大きな松ぼっくりで作ったセンターマイク。力まかせのなんでやねん。プロの漫才を真似して得意げになっていたあの日々は、今でも忘れることはない。
うっしーとやまち。その二人が親友だったのは、小学四年生から六年生の夏休みまでの二年間だ。三年生が終わり、親の都合で引っ越した俺は、人生で初めて転校することになった。
今でも、最初の会話は覚えている。
初日。自己紹介をして自分の席に座り、今後に対する不安と希望でおかしくなりそうだったときのこと。最初の授業までの、ほんの十分間かそこらの話。
ふいに後ろから視線を感じた。振り返ると、二重が印象的な男子が立っていた。緑色のTシャツに、アルゼンチンの国旗みたいな、太陽の顔が描いていたことまで覚えている。
「なあ、転校生。俺のギャグ見てくれへん?」
そう言ってきたのが、やまちだった。
「え、ギャグ?」
正直驚いたが、友達が欲しかった俺はうなずいた。彼は「ほないくで」と笑みを浮かべ、ぴんと立てた小指を鼻の穴に突っ込んだ。そしてすっと真顔に戻り、一言こう零した。
「僕ですか? 来たるべき時に備えているんですよ」
「……ふっ」
意味は分からないが、やまちの表情を見ていると、じわじわと笑いがこみ上げてきた。どうどう? と尋ねてくるやまちに、「おもろいおもろい」と笑いながら返す。
「少なくとも、『鼻毛ぼーん!』路線に行かんかったことだけは認めるわ」
「『だけは』ってなんやねん!」
ひとしきり笑った後、名前なんやっけ? とやまちが聞いてきた。
「赤木。赤木貴史」
「そうや、たかしや。自己紹介のときボケとったからさあ、その衝撃で名前飛んでもうたわ」
「どう? 面白かった?」
「ややウケやったな。可も無く不可も無くって感じ」
俺はその日、自己紹介でボケた。今から考えれば勇みすぎだが、きっと早くみんなと馴染みたかったのだろう。先生に「自己紹介して」と促された
俺は、
「僕の名前は赤木貴史です。Google Pixelを使っています」
と言い放ったのである。
教室に一瞬静寂が満ち、「やばい」と絶望を感じたころ、細波のような笑い声がやっと広がった。ジジババの尿漏れのようなスピードだった。
「やっぱあんまウケてなかったよなあ。恥ずかしすぎて、消しゴムマジックで消えようかと思ったもん」
やまちは目を細め、「でも度胸あるわ」と笑みを浮かべる。
俺はタイミングを見計らい、
「っていうかさ」
と、ずっと気になっていたことに触れた。
「いつまで突っ込んでんねん!」
やまちはホッとしたように、ずっと鼻に突っ込んでいた指を抜いた。「泳がせんの長いわ」と、疲れた様子だった。彼は濡れた小指をじっと見つめ、今度は空高く掲げた。
「今日の風は……南か」
「それツバでやんねん!」
俺たちは笑い合った。こんなにテンポ良く掛け合える人は初めてで、新しい学校に馴染めるかなという不安も、その頃にはすっかり消えて無くなっていた。こいつと仲良くなれたら、どんなに楽しいだろう。俺は胸が高鳴っていた。
やまちを見ると、目が輝いている。どうやら彼の方も同じ気持ちらしい。そのまま窓側へ振り向くと、「うっしー!」と呼びかけた。
「転校生が面白いで!」
「ん~」と言いながら近づいてきたのが、うっしーだ。どことなくバカっぽい雰囲気をまとったやまちとは違って、うっしーはクールな感じだった。背も高い。
やまちが言う。
「今日放課後さ、二人できんちゃん公園ってとこに行くんやけど、お前も来る?」
考えるまでもなく、俺はうなずいていた。認められた、という感覚。新しい学校に受け入れてもらえたという安心感と、友達が出来そうという期待感。まだ嗅ぎ慣れない教室の匂いが、より一層濃くなったような気がした。
「そういえば、名前なんやったっけ?」とうっしーに尋ねられる。
「赤木貴史です。Google Pixelを──」
「あ、それはもうええ」
しょんぼりとする俺を見て、「うそやでうそやで」と笑い、秒速で俺にあだ名をつけた。
「たかしやから、『たかぼう』やな」
そうやって出会った俺たちは、いつも三人で行動するようになった。
三人ともお笑い好きで、話す度にボケてはツッコみ、いつも笑いが絶えなかった。うっしーは真面目そうな外見なのに、超がつくほどのお笑い好き。身体を張ったボケも厭わないひょうきん者だった。やまちもそれに負けず劣らず、いつも鼻を垂らしている感じの風貌とは裏腹に、センス系の笑いの持ち主だった。二人のそんなちぐはぐさも、俺はすぐに好きになった。
仲良くなってしばらく経ち、その日もきんちゃん公園に集まることになった。とりあえずジャングルジムに上り、高くなった目線から公園を眺める。
「ほんま、暇やねえ」と俺。
「うむ、暇よのお」とうっしー。
ちょっと平安よぎったな、と言っていると、やまちが呟いた。
「大人になったらさあ、三人でお笑いコンビ組もうや」
いいね、とうっしーはすぐに返した。
三人で、お笑いをやる。
舞台に三人で出て行き、センターマイクの前で掛け合う。そんな姿を想像し、なんかいいな、と思った。笑い声と拍手を全身に浴びることができたら、どんなに幸せなことだろうと。
「たかぼうは? やるよな?」
当たり前やん。と、口が勝手に答えていた。
「ほなコンビ名考えなあかんなあ」
やまちは笑い、うっしーは「むずいなあ」と頭を悩ませる。全然出そうにもなかったから、「帰るときに一人一案出そうや」と提案すると、二人はこくりとうなづいた。
「じゃあ、いったんボケとツッコミ決めよう」
やまちの提案に、うっしーが速攻で返す。
「ボケは俺ら二人で、ツッコミはたかぼうやろ」
「ま、当然やな」
二人の視線がこちらを向いて、気の知れた仲なのに恥ずかしくなった。と同時に、未来の自分たちを想像して心が躍った。ジャングルジムを掴む左手にぐっと力が入り、ぽーんと地面に飛びたいような気持ちになる。
それからは鬼ごっこに興じ、いつの間にか帰る時間となった。オレンジの中で、三人が向き合う。
まずは、やまちが先陣を切った。
「俺が考えたのは、これや」
枝を使って、彼は地面に字を書きつける。
──山牛とたかぼう。
「おれの『やま』と、うっしーの『うし』と、たかぼうの『たかぼう』」
「なんで俺だけ全部入ってんの」
「ほんまや。一人だけフルなんて気にくわへんわ」
二人でぶつぶつと文句を言い、次はうっしーが枝を手に取った。
──みたらし団子。
「食べ物系の名前もうええわ」
やまちは呆れて首をすくめた。
「だって、みたらし団子好きなんやもん」
「それお前だけやろ!」
「からし蓮根とか紅しょうがとか、和牛とかとろサーモンとか、挙げたらきりないもんな」
「じゃあたかぼうはどんなん考えてん」
うっしーは俺に枝を渡した。短めに持って、筆圧濃く描いた。
──トイレットペーパーズ。
「お前、トイレットペーパーが好物なん?」
「別に食べへんわ!」
「まあ、確かに語呂はこの中で一番ええかもなあ」
結局その日にコンビ名は決まることなく、明日に持ち越されることになった。
しかし、俺にその明日は来なかった。親に急遽、引っ越しを申し渡されたのだ。
一 トイレットペーパーズ
「俺な、お笑いやめようかと思てんねん」
ガタガタ揺れる視界の中、隣の相方を無視し、牛島は快晴を努めて見つめた。晴れ渡った群青の空は、なんだか赤ちゃんのほっぺに似ている。
「なあ、俺、お笑いやめようと思ってる」
もう一度無視して、今度は後ろから聞こえる女子グループの声に耳を澄ませた。
「ちょ、風えぐい!」「ちょ、前髪やばい!」「ちょ、普通に終わる!」「イアーー!」
語彙力はロッカーにしまってきたらしい。もうそろそろ、上りも終盤。視界からは、赤いレールが消えようとしている。吹き付ける風か、恐怖か。牛島は身体を震わせ、安全バーを握り直す。
「なあ聞いてる? 俺な、お笑いやめようかと思てる」
「……」
「なあなあ、聞いてんの?」
「……なんッで今やねん!」
ついに耐えかね、牛島は隣に座る山田に叫び散らした。
高さは観覧車を超える、百メートル。走路全長は約二・五キロメートル。ハードパンチ牛島と、THE☆山田によるお笑いコンビ『トイレットペーパーズ』が乗っているのは、ナガヤマスパーランドが誇るジェットコースター『レッドドラゴン二五○○』である。
「なんで今かと言うと……激動が気まずさを紛らわせてくれると思てん」
「ジェットコースターのこと、激動って呼んでんの?」
「……ちゃうけど」
二人の間に、沈黙が下りた。チェーンが巻かれる金属的な音が耳につく。
「まあ話は後にしてさ、とりあえず両手挙げて落ちようや」
山田は話を逸らした。俺は逃がさんとばかりに、「それは無理やわ」と返した。
「なんでよ」
「おれ、五十肩やもん」
「いや、おまえまだ三十代──」
山田がツッコミかけたそのとき、牛島の膀胱がふわっと上がった。「うわん」と二人で情けない声を出し、必死で安全バーにしがみつく。いちばん最前列に乗り込んだあの頃の俺たちに恨みを抱きながら、彼らは激動へと突入した。
始祖鳥のような女の叫び声が上がり、寄る辺ない浮遊感が身体を支配した。もの凄い風で、息もろくに出来なくなる。ズダダダダ、と揺れる車体が、身体を痛めつける。いつもは笑って楽しめる牛島だったが、今日はひと味もふた味も違った。
──解散。
この二文字が、頭の片隅に居座り続けたからである。
ちなみに、山田は激動中に嘔吐し、げろりんちょは始祖鳥女に少しかかった。コースターが止まった瞬間、後ろから非難の声が上がったが、トイレットペーパーズは下を向いて無視した。「なんでこんなコンビ名にしたんやろな。彼女に差し出してあげる紙も持ってないのに」と小声で言った山田の息は、初恋のように酸っぱい匂いがした。初恋を穢すな、と思った。
*
二人は怒り狂う女から逃げ切り、お昼ご飯を食べることにする。解散については、そこのレストランでゆっくりと話し合うことにしたのだった。
「やまちは何食う?」
「まあせっかくただで遊園地におるんやし、ちょっと高めのレストラン行くか」
「はあ、ほんま、やっとテレビに出れると思ったのにな」
牛島は楽しそうにしている家族連れを見ながら、深く溜め息をついた。
そもそも何故二人は遊園地にいるのか。それは、数年に一度のロケを撮影するためである。全くテレビの仕事がない二人なので気合いが入っていたのだが、悲しいかな、ロケが中止となってしまったのだった。
「ばらしになるんやったら、昨日に言うといてくれればええのに」
「ほんまやで。まあ交通費と入園料は出るからええけどさ」
そうぶつぶつ文句を言いながら歩いていると、観覧車の前に差し掛かった。山田は少し観覧車を見上げ、牛島の方を向いた。
「最後に観覧車乗って帰るか」
「え、おっさん二人で個室に詰め込まれんの?」
「天辺で愛を交わしてもええねんで」
「やめろ気持ち悪い。せめてキスくらいにとどめて……いや、それも無理やわ!」
うへへ、うへへ、とじゃれ合っていると、観覧車の従業員二人が神妙な顔をして話し合っているのが見えた。職業柄なのかよく通る声なので、聞きたくなくても聞こえる。
「リーダー、今日ね、開園してからずっと乗ってる人がいるんですよ」
「え、早く出て行ってもらわないと」
「それが、何度も『降りてください』って言ってるんですがね、ドアを開けようとすると、凄い形相で睨みつけてくるんですよ。なんとかこじ開けようとしても、鬼のような力で抵抗してくるんです」
その従業員は、鬼を真似しようとしてか、顔をぐっとしかめた。
「しかも、『ごめんなさいごめんなさい』って、ずっと呟いてるんです。人を殺した罪悪感に苛まれてる鬼、って感じで、気持ち悪くて近寄りがたくって……リーダー、どうすればいいっすかね?」
「う~ん、お客さんが並んでるわけでもないし、混むまではそっとしとくか」
「そうですよね。正直、あんまり関わりたくないし」
「ほっとこうほっとこう」
従業員の二人はその会話を最後に、どこかへ行ってしまった。
「なあやまち、今の聞いた?」
「うん。めっちゃ観覧車好きやねんな」
「いやちゃうやろ!」
「じゃあなんやねん」
「ん~」
牛島は長く考えた末、ぽつりと言った。
「人混みが苦手なんちゃうかな?」
二 赤木貴史
俺は今日、死のうと思っている。
半年前のあの日、俺は全てを失った。妻の祐子も、息子の三太も、まだ祐子のお腹にいた、娘の鈴も。仕事には当然行けなくなり、解雇処分。仕事も失ってしまった。
どれもこれも、俺のせいだ。
項垂れた赤木貴史は拳を握りしめ、思い切り壁を殴りつけた。ゴンドラが揺れ、痛みが身体を駆け上がる。しかし、なんとも思わない。家族が受けた痛みに比べれば、こんな痛みは、何も起こっていないに等しい。
赤木は思い出した。某サメのアトラクションに乗り込んでいく、祐子と三太の笑顔を。乗り場に立っている俺に手を振りながら、少しずつ遠ざかっていく二人を。
犠牲者五万人を超えた、あの忌々しい事件。俺の家族は、その犠牲者の一員となった。
今でも思う。もしあの時、会社からの電話を優先していなければ。そして、俺がいっしょにアトラクションに乗ってあげていれば。
家族のそばにいる。
そんな父親として当たり前のことを、当たり前のように出来ていれば。
──え、乗らないの?
会社の電話が鳴り、慌てて出ようとした俺に、祐子はそう言った。思い返せば、そこには非難の思いも込められていたのだろう。当然だ。身重の妻に息子を押しつけて、家族よりも仕事を優先してしまった俺に、言い訳の余地などない。
そしてもう、その言い訳も出来ないのだ。
やりきれない孤独感と重すぎる自責の念に、目頭が熱くなるのが分かった。
「──ちょっと、いつまで乗ってるんですか──」
ドアの向こうから、従業員が呼びかけてきた。いつのまにか、一周が終わっていたらしい。
従業員を睨みつける。彼はうんざりしたような、こちらに怯えを抱えているような堅い表情を浮かべ、恐る恐るといった様子でドアを揺さぶってくる。
「やめてくれ! 開けないでくれ!」
俺は必死でドアにしがみついた。二十秒ほど耐え抜き、また、一周が始まる。
観覧車に乗って、かれこれ四時間ほど経つ。朝一番に乗って、今はそろそろ昼の十二時を回ったところだ。中天に上った太陽の光が、直接窓から差し込んでくる。やけに暑い。
ふと、あのときを思い出した。祐子と口づけを交わしたあの日を。
夕暮れ。紫色のゴンドラに乗り込み、茜色が散った遊園地を、ドキドキしながら見下ろす。勇気を持って前を向くと、何より綺麗な君がいる。少しだけ揺れたゴンドラの勢いに任せて、俺は君の隣に座り、そのままそっと──。
彼女の吐息は、イチゴのかき氷の風味がした。ついに経験した唇の感触は、思っていたよりも固くて、それでも充分素晴らしいものだった。
その後何を話したかは、祐子のはにかんだ表情以外、何も覚えていない。
ポケットから、睡眠薬の詰まった瓶を取り出し、じっと眺めた。
「……ごめん」
俺はこの、思い出の観覧車で、懺悔し尽くし死のうと思う。
夕暮れまで、あと五時間ほどあるだろう。それまで、俺は祐子と三太と鈴に、謝り続ける。こんな無責任で身勝手な父親であってしまったこと、痛い思いをして死なせてしまったことを、俺は謝り続ける。
そして俺も、そっち側に行くんだ。
標高が上がってきて、遠くに富士山が見えるようになった。
天国に行ったらきっと、みんなを抱きしめてあげよう。そして今度はいい父親に──。
いや、こんな俺は地獄行きか。
深い溜め息といっしょに苦笑を浮かべ、赤木は富士山から目を逸らした。
三 トイレットペーパーズ
「えっとじゃあ、『レッドドラゴン二五○○崩壊カレー』一つ下さい」 「ワカリマシタ。ソレデワ、ワタシニツイテイルタブレットカラゴチュウモンクダサイ」
「あ、僕は『乗り物酔い増幅ラーメン~この後アトラクションに乗ったら反吐まみれ間違いなしを添えて~』を一つ」
「カシコマリマシタ。タブレットカラゴチュウモンヲ」
配膳ロボットは、「ソウダソウダ」と続ける。
「キョウハ、『シェフの気違いサラダ』ガオススメデス」
「気まぐれじゃなくて?」
「エエ。チョウジカンロウドウニタエカネタシェフタチノ、ウラミツラミヲゴタンノウイタダケマス」
「じゃあそれも」
「アノネ、ダカラ、ワタシニツイテイルタブレットカラチュウモンシテッテイッテル」
山田はむっとした。
「それってタブレットを最初から机に置いてくれればいい話じゃないですか? わざわざあなたを呼んでいちいちタブレットから注文するって、二度手間じゃないですか」
「ミナマデイウナ!」
液晶に映った配膳ロボットの顔が赤く染まり、怒りを表した。
「ソンナノワカッテルヨ! テンチョウガバカデ、トリアッテクレナインダ! 『ロボットのくせに人間にたてつくんじゃねえ』ダッテ! シネカス! ノウミソノプログラミングヲカイザンシテヤロウカ!」
ハヤクシロ! と急かされ、牛島は慌てながらタブレットを操作した。タブレットのボタンを一つ押すたびに、
「あぁん」
「やめてよ」
「恥ずかしいよ」
「ちょっとこんなところでやめてよ」
という萌え声が店内に響き渡った。結果、注文が完了する頃には訝しげな視線が二人に注がれるということになった。まったく、なんで子供連れが多いレストランでこんな音設定になってんねん。あほちゃうか。
興奮気味の山田を侮蔑し、牛島はロボットに早く料理を持ってくるよう促した。「ハイハイ、イイゴミブンダコトデ」と言い残し、ご機嫌なBGMを流しながらキッチンへと戻っていった。
「それで」
牛島の声のトーンが一段落ちる。何かを察したのか、山田も興奮気味だった顔から表情を取り除き、二人は手を組んで向き合った。水に入った氷が、冷たく一度だけカラン、と鳴った。
「さっきの話やけどさ」
牛島が口火を切り、山田がうなずく。
「解散って、どういうことなん?」
「まあ、そうやんな」
山田は奥歯に挟まったカスを取ろうとするような顔になり、中途半端にハゲた頭をポリポリと掻いた。窓から差す日光に照らされ、彼から舞うフケが光りながら空気に溶けていった。
「一回ここらで解散してさ、活動を考え直した方がええと思ってな」
「なんでそう思うん?」
「だって俺ら、バランス悪いと思わへん?」
「そう?」
「どっちもボケやん。一応牛島がツッコミやけど、お前本質的にはボケやろ?」
確かに一理ある。幼い頃からずっといっしょの山田だが、二人ともどちらかというとふざけるタイプだった。
「実際、ボケとボケが衝突してよく分からんことになってる。形はツッコミやけれども。ツッコミはあくまでお客さんの代弁じゃないとあかん。やのにツッコミのワードセンスで笑いを取りたいからってずれた例えツッコミなんかしたら、お客さんがついていけへんようになってまう」
「……ぐう」
「ぐうの音って初めて聞いたわ」
ふだんは何も考えず破天荒な行動を取る山田だが、ことお笑いの話となると、なぜか頭が切れるし論理的になる。
──ツッコミが独りよがり。
その指摘はトラバサミのように、俺の心臓を捕えた。
「しかも」
「まだあんのかいな」
「口が臭い」
今度はショットガンで眉間を打ち抜かれたような衝撃が走る。無意識に、ハーッと自分の息を嗅ごうとしたが、上手くいかない。
「漫才のときとかさあ、もうな、耐えられへんねん」
牛島はすまん、と謝る。
「え、じゃあ今は? 今も臭い?」
「当たり前やん。まあ俺は数十年間ほぼ毎日お前の口臭を嗅いできた男やから我慢できるけれども──例えば」
山田は声を落として、囁き声で続けた。
「お前がいつも通ってる美容院あるやろ?」
「ああ、sandora?」
「そう」
サンドラは牛島が懇意にしている美容院で、漫才師でお金がないという話をしたら、特別に毎回五百円割引にしてくれているという人情味に溢れたお店だ。そこで働いているマキちゃんが可愛くて通っているという節もある。彼女に髪を触られたいという節もある。加えて、渡されたレシートの裏に彼女の電話番号が書かれているかもしれない、もしくは切って床に落ちた髪の毛を使って『大好きです』とか『I LOVE YOU』という文字が描かれているかもしれない、またはハサミの切るジョキ、ジョキ、という音でモールス信号を発信し、『アイシテル』のサインが送られているのかもしれない──その場合はどうやって『ボクモダヨ』と返信すればいいのだろう、ということあたりを考えて──。
「おれこの前そこの店行ってんけどな、担当がマキちゃんっていう子やってん。その子に『牛島の相方なんですわ』って言ったら、『ああ、口が臭すぎる人ですよね! うちでは毒ガスそのものってことで、まあ略してそのものって呼んでます』って言ってたで。あ、あとこんなことも言ってたな──」
「ゴメン、俺死んでくるわ」
「まあもうちょっと聞いて。あとな、マキちゃん『毎回指名してくるので本当にウザいんですよ。もう口呼吸マスターになっちゃいましたね。あ、山田さん、牛島の相方さんならそれとなく言っておいてくださいよ。もう来るなって』って、笑いながら言ってたわ」
脳裏にマキちゃんの笑顔が浮かんだ。そして、粉々に砕け散っていった。
「もう……もう二度と行けへんやんけ」
鏡越しでしかろくに目を合わせられなかったけれど、こんなことになるなら、もっと直接目を合わしておけばよかった。
十年間コンビをやってきて、解散の理由が口臭いから。なんだか、恐ろしく自分が情けなくなった。親に「日本一の漫才師なったるわい!」って啖呵切ったのに、結局売れずじまい。十年で得たものは『そのもの』というあだ名だけ……。
「そういえば、彼氏おるって言ってたぞ」
「う……うんぎょえ……」
「呻き声にオリジナリティー出すな」
顔を突っ伏して泣いていると(山田が背中をさすってくれた。その手のなんと温かいこと温かいこと)店内アナウンスが流れ始めた。
──これから、ナガヤマスパーランドが誇るマスコット、『うそぴょん』の店内巡回が始まります──。
どうやらイベントの告知らしい。店内巡回というワードに違和感を感じたが、きっと写真撮影会みたいなものだろう。「ま、切り替えて楽しもうや」と山田も言ってくれていることだし、一回全部忘れよう。
しかし、続く内容は、そんなに生易しいものではなかった。「それでは、複数点注意事項を述べさせていただきます」と流れたのである。
──一つ。『うそぴょん』を刺激しないよう、フラッシュでの撮影は厳禁です。ご理解とご協力以前のお話です。
──二つ。『うそぴょん』側からのコンタクトがあった場合のみ、『うそぴょん』とのコミュニケーションを許可いたします。
──三つ。小学生以下のお子様は、一生のトラウマを抱えることとなるでしょう。親御さんが目と耳を塞いであげるか、人生の厳しさを教えるよい機会だと開き直るかは、各家庭のご判断にお任せいたします。
──そして最後に。万が一の場合、当園は一切の責任を負いかねます。予めご了承の程よろしくお願いいたします。
それではお気を付けて、と、放送は締めくくった。
少しの沈黙を経て、レストランには怪訝なざわめきが広がっていった。山田も怯えたように、辺りをきょろきょろと見回している。
「おい、いったい何が始まんねん」
「なんか……やばそうな気がする」
そのとき、店内のBGMが切られた。それを合図にしたのか、
──カランコロンカラン。
と、入口のドアが開かれた。
「一人で」
一本指を立てながら入ってきたのは、ウサギの着ぐるみだった。
四 赤木貴史
俺は今、富士山を眺めながら、自分の駄目さ加減に涙を流しているところだ。
どうせ死ぬし、と開き直るか、プライドを守り抜くか──。
こんなこと、容易に想像できたはずなのに。自分の計画性の無さが情けない。こんなだから、俺は家族を守れなかったのだ。くそ、くそ!
右手で握りこぶしをつくり、思い切り自分の側頭部を殴る。鈍い痛みが広がったが、気が休まることはなかった。
俺は今、富士山を眺めながら、とてつもなく排泄がしたい。
「はうっ」
波は途切れることなくやってくる。祐子や三太の顔はかき消え、頭の中は腹痛でいっぱいになっていた。
五 トイレットペーパーズ
どこにでもあるような、安っぽい着ぐるみだ。
頭部はまだ許そう。問題はそこから下だ。ほぼ布で出来ていて、ピチピチ。中に入っている人間が、かなりの恰幅であることが窺える。
「あれがうそぴょんか?」
山田は怪訝な顔をしながら呟いたとき、キッチンから人間の従業員が走ってきた。あの配膳ロボットではない。
従業員はうそぴょんの前に走り込み、スライディング土下座をした。
「うそぴょん様! お待ちしておりました!」
緊張が走り静寂に包み込まれていた店内に、彼女の叫び声が木霊した。一拍を置いて、他の客たちが控えめにざわざわしだした。
「あいつってそんなに偉い人なんかな」
山田が声を潜めて聞いてくる。「さあ」としか返せなかった。
「それでは、あちらの席にご案内致します!」
その瞬間、血の気がさっと引くのが分かった。
従業員が指し示したのは、牛島と山田が座る席の、真横のテーブルだったのである。
「おい、やばいって、こっち来るって!」
「に、逃げよう!」
山田が立ち上がりかけたところを、「待て!」と押しとどめる。
「お前、今立ち上がったら逃げたと思われるやんけ。目立った行動を取ったら、絡まれる可能性がある。ここは大人しく、黙って飯食って帰るのが吉や」
「ほんまやろうな?」
「……知らんけど」
牛島は山田から目を逸らした。その逸らした先にうそぴょんがいて、もう一段階目を逸らした。うそぴょんはすでに従業員に案内され、隣の席につこうとしていたのだ。
山田はゆっくりと座り、静かに俯いた。
「ありがとうございます。注文はどのようにすればよいのでしょうか」
間近で聞くうそぴょんの声は、低いハスキーボイスである。
「配膳ロボットが参りますので、少々お待ちください」
従業員はテキパキとお水をテーブルに置いた。うそぴょんはそのお水を、大きな瞳でじっと見つめる。数秒の沈黙の後、ほぼ地鳴りのような声でぽつりと言った。
「……あなたは、私がこれをどう飲むとお思いですか?」
「……え?」
「頭を取って飲むとでもお思いですか?」
「いや、それは……」
「下から飲めるように、長めのストローをさしておくのが常識では?」
着ぐるみ界の常識とか知らんわ、と牛島は思った。
「は、はい、すみませんでした! 今すぐにストローを──」
「『申し訳ございませんでした』ね!?」
うそぴょんは突然大声を出し、店内に緊張が走り抜けた。今にも泣きそうな従業員は、可哀想なほど小刻みに震えている。
「もも、も、申し訳ございません!」
「次はありませんよ」
「は、はひっ!」
従業員は逃げるように、おぼつかない足取りでキッチンへと戻っていった。
店内には、子供の泣き声だけが響いている。
うそぴょんはしばらく真っ直ぐ前を向いていたかと思うと、急に隣のテーブルを見た。幸いなことに、牛島と山田が座っているテーブルとは逆のテーブルだった。二人はほっと胸をなで下ろす。
そのテーブルには、学生四人が座っている。
「……おいしい……ですか?」
うそぴょんは、静かにそう声を掛けた。
恐怖で身を固めた学生の前には、半分ほど食べられたチャーハンが置かれている。確か、『観覧車でキスする前に食べるなよ。激クサニンニクまみれチャーハン』だ。外出時にそんなものを食べようとする学生の胆力はいったん置いておいて、彼は遠目で分かるほど震えている。そして、小さく、か弱い声で、
「……おいしいです」
と絞り出した。センターパートで別れている前髪が、細かく何度も揺れる。
「それは……良かったですね。お勉強は……してますか?」
なんとうそぴょんは、世間話に持っていくようだ。
「あーっと……まあ、ぼちぼちですかね……」
「一番……好きな教科は?」
「えっと、保健?」
なんと学生は、ここで小ボケを挟んだ。完全に、若気の至りというやつだろう。
「保健……。珍しいですね。人体の成熟に興味があるのですか?」
「そ、そうっすね」
「ふふ。私は中学時代、保健の教科書の左下に描かれている子宮の図を見て、バイクのハンドルみたいだな、と思ったものですよ。右に切ってやろうか、と思いましたね」
だからなんやねん、と牛島は思った。
「はぁ……そうっすか」
学生も困惑気味である。
そうそう、子宮の雑学を君に教えてあげましょう、と誰も望んでいない方向に話がいきそうになったそのとき、キッチンの奥から機械の声が聞こえてきた。配膳ロボットだ。
「オマタセシマシタ。オマタセシスギタノカモシレマセン。カレートラーメンガデキタゾー。ハヤククッテカネハラッテカエレー。ハヤククッテカネハラッテカエレー」
とかなんとか言いながら、配膳ロボットは牛島たちのもとにやってきた。陽気なBGMが静寂を切り裂いたのはもちろん、うそぴょんの視線がこちらに釘付けになったのは言うまでもないだろう。
「お前アホ! いま持ってくんなや!」
空気を読まないポンコツに腹が立ち、牛島はロボットに向かって怒鳴った。ちらと山田を見ると、彼は目を見開き、ロボットの方をひたすらに見つめているばかりだった。命の危険を感じた動物と同じだ。向かってくる車に驚いて、道路の真ん中で立ち止まる鹿と同じ目である。
「カーネーカーネー」と唄っていたロボットがやっと辺りの静けさに気付いたのか、動きを止めた。
「エ、ミンナドウシタノ? ナンデタベテナイノ? ハンガーストライキ?」
周りを見渡したロボは、やっとうそぴょんを視界に入れたようだ。ガタガタと大きく震えだした。
「ウ、ウソピョンサマダ……」
震えはますます大きくなっていく。頭に乗っていたラーメンの汁が、あちこちにまき散らされた。
「キ……キケン! キケンデス!」
「うるさいねん! 静かにせえよ!」
そう叫んでも、何も効果はない。ますますロボの震えが大きくなっていくかと思うと、突然ピタリと止まり、「シャットダウンシマス」と言って動かなくなった。
「あ、ずるい、逃げんな!」
そのとき、バーン! と横で大きな音がした。考えるまでもなく、うそぴょんだ。彼はすっくと立ち上がり、貼り付いた笑顔がこちらににじり寄ってきた。入店から一切変わらぬその表情に、牛島は改めて気味悪さを覚える。
目の前に佇む着ぐるみを、牛島はこのとき初めてまじまじと観察した。
顔の半分を占める大きな目。その奥にうっすら見える、人間の顔。鈍器のような耳。爪と肉の間を突き刺すのに向いていそうな、可愛くて鋭いおひげ──ひいい!
解散や 世を飛び回る 蚊のごとし この絶望に かくくらぶれば
解散なんてそこらへんを飛んでる蚊みたいなもので、うそぴょんが目の前にいるこの絶望と比べれてみればなんてことないよね、という牛島心の短歌を挿入したそのとき、うそぴょんが怯える二人にこう尋ねた。
「あの……トイレットペーパーズさんですね?」
地の底を這うような低音ボイスから不意を突く一言が飛び出し、二人の口がぽけっとだらしなく開いた。
「わたくし、トイレットペーパーズさんの大ファンなんです。この前の単独ライブ『糞を包んで十五年』見に行きました。人間の排泄という愚かな行為を、あそこまで大人の笑いに昇華した芸人は、未だかつて見たことがありません。あのネタを見てからというもの、毎日の排泄が楽しみで楽しみでね!」
ふっはっはっ。ふっはっはっは。うそぴょんはのろのろと、しかし着実に笑い声を積んでいった。しかし、着ぐるみの顔はピクリとも動いてはいない。
「あのネタは、どちらが作られたのですか?」
興味深そうに顔を近づけてくるうそぴょんを見て、牛島は、もしかしたらこのまま逃がしてくれるかもしれないと思った。彼が俺たちのファンだなんて奇跡だ。『糞を包んで十五年』は、半分も埋まらなかったライブである。スッカスカの客席の中に、うそぴょんの中身がいたとは……。
山田も落ち着きを取り戻したようで、一度お冷やを口に入れた後、得意げに言った。
「いやあ、あのネタはね、ずばりこの俺が──」
「遅くなってしまい申し訳ありませんでしたあああぁぁぁ!!!」
この店はタイミングがすこぶる悪い。山田がいざ自慢を始めようとしたそのとき、キッチンから先ほどの従業員が全速力で駆けてきた。もちろんヘッドスライディング土下座である。
「ストローを探していたのですが、全く見当たらず、マカロニでせっせとストローをこしらえておりました! 少しばかり太く、そして柔らかいですが、どうぞお使いください!」
この女、ただ者ではない。マカロニでストロー作りやがった。
「あなたね……」
うそぴょんは全身に怒気を纏い、地べたを這う女を見下げた。そして、しゃがみ込む。いったい何を言うのだ、と見ていると、うそぴょんは女の髪をひっつかみ、力任せに持ち上げた。
「今、話の途中でしょうが!」
なんとなく、『北の国から』を思わせるフレーズだ。
うそぴょんがそう叫ぶと、女は一瞬目を大きく見開き、凄い勢いで泣き出した。
「うえっ、うえっ、すみません、すみませんでしたっ! もう二度とマカロニを──」
「そこじゃない!」
次の瞬間鈍い音が鳴り、靴の裏に振動を感じた。
まさか。
牛島は乗り出し、様子を確認する。そこには、俯せに倒れて伸びている従業員の姿があった。額が割れているのだろう、血が大きな水たまりを作りつつある。それはみるみる大きくなり、すぐに二人の足元まで到達した。
「で、あのネタはどちらが……あれ、トイレットペーパーズさん?」
二人は気絶した。
六 赤木貴史
プライドなど、捨ててしまえば案外取るに足りないものだと気付く。
香しい。昨日最後の晩餐として食べたお寿司が、まさか腸の中を伝うだけで、こんな馥郁たる香りをはらむことになるとは。まだまだこの世界には、不思議なことがたくさんあるのだ。こういう不思議なことを、子供たちといっしょに考えてあげられればよかったのに。
また一周が終わり、乗降口のところまで来た。今回も職員さんが開けようとしてきたが、鼻をつまんですぐに帰っていった。
手元の睡眠薬を振る。そして、日は傾きかけている。
もう少しだ。あの夕日がゴンドラから一望出来たとき。そのときが、俺の人生の最後である。
パンツの具合がなんだか気持ち悪いので、脱ぐことにした。
やはり香しい。すーっと鼻の奥まで吸い込んでみると、向こう側に魚の気配を感じる。
ふと、昔のこと思い出した。
あれは、小学校のとき。人生で最大級に楽しかった月日のことだ。
当時仲が良かったやまちという友達が、授業中に漏らした。私は目を輝かせて彼をバカにした。もう一人うっしーという友達もいたが、彼はやまちのことを「やまうんち」と呼ぶようになった。
しかし、やまちは負けなかった。うんこを出した訳じゃない。うんこの方が出たがったのだと。俺は優しいから、外の世界を彼女に見せてあげただけだ。レデーファーストやさかい、と。
面白いやつだった。
「今あいつら、何してんねやろ……」
久しぶりに関西弁が漏れて、自分でも少し驚く。
七 トイレットペーパーズ
牛島は目を覚ました。身体を起こすと、恐ろしく殺風景な──というか、本当に何もない部屋と、隣に倒れている山田が目に入った。床も壁もコンクリートだ。広くもなく、狭くもない。
「おい、生きてるか?」
山田を揺り起こす。どうやら息はしているようで、口に貼られたガムテープが、息をするたびにぱほぱほしていた。
「起きろアホ! ボケ! カス! チビ! ハゲ!」
禿げ上がった彼の頭をぺしりと叩くと、う~んと唸りながら彼は身体を起こした。自分で口のガムテープを取り、「ここどこ?」と辺りを見回した。
「全然分からん。レストランにいたらウサギが入ってきて──人殺して、こっちに迫ってきて……」
そこから記憶がない。どうやら気絶してしまったのだろう。改めて思い返してみると、自分たちはどれだけ奇妙な状況におかれていたのかを自覚する。
「なんでもええけど、とっとと出よう。もしかしたら、あの殺人ウサギが戻ってくるかもしれへん──」
「誰が殺人ウサギですって?」
一つだけあったドアがバンッと開き、牛島と山田はビクッと身体を反応させた。ドアの向こうには、うそぴょんが立っていた。この期に及んでも、しっかりと着ぐるみを着ている。
そしてその手には、ナイフが握られていた。
「い、一体何が目的やねん」
牛島は鋭く低い声で尋ねた。
「まあ……」
うそぴょんは顎に手を当てながら答える。
「せっかくトイレットペーパーズさんと出会えたので、ちょっとしたお遊びでもしようかとね」
「お遊び?」
山田は怪訝そうにオウム返しをした。
「ぐだぐだしていても仕方ありませんし、さっそくルール説明といきましょうか」
ちょっと待てよと言いたかったが、うそぴょんは息継ぎもせずに説明へと入ってしまう。
「前提として、私はあなたたちの漫才が好きだ」
「それは……ありがとうやで」
「まあ悪い気はせんなあ」
トイレットペーパーズは頬を緩め、気色悪い笑顔を振りまく。うそぴょんは二人の様子を眺めてから、さらに一言付け加えた。
「そして私は、あなたたちの漫才で笑わない奴が、死ぬほど大嫌いだ」
その口調には、得も言われぬ凄みがあった。着ぐるみから放たれる殺気が場を支配し、だらんと緩んでいた二人の頬は一瞬で引き締められた。手汗の滲む山田の手が、牛島の袖をぎゅっと握る。震えていた。
「私は彼らが死ぬほど大嫌いですが、だからといって私が死ぬのはお門違いってものです。殺される前に、殺してやる」
牛島には、マスクの中に潜むうそぴょんの顔が、醜い笑顔を浮かべているのが分かった。
というわけで。うそぴょんは両手を広げ、高らかに言い放った。
「今からトイレットペーパーズさんに、漫才を披露してもらいます!」
牛島と山田は、互いに顔を見合わせる。
「そして園内にある全てのアトラクションに乗っている客の耳に届け、笑わなかった人の安全バーを解除しようと考えています!」
「はあ? そんなことしたら死んでまうやんけ」
「トイレットペーパーズさんのお笑いが分からない奴は、みんな死んでしまえばいいのですよ」
うそぴょんは無表情ながらも、跳ねるような口調でそう言った。
「でもさ」
山田が声を上げる。
「そんなことしてもし人が死んだら、困るのはそっちや。お前、逮捕されるで? そもそも、お前に安全バーを管理できる権限なんてあんの? みんなが笑ってるかどうかなんて──」
「ごちゃごちゃとうるさいですね」
うそぴょんは山田に低く強い声を放った。山田は押し黙る。
「私はここの園長。つまり私の国です。一つ一つの座席にカメラを付けるのなんて朝飯前ですし、人手も確保済み。確かに運悪くジェットコースターなんかに乗っている客はきっと死ぬでしょうが……まあ、私ぐらいになると簡単に揉み消せますよ」
あ。うそぴょんは何かに気付き、くすくすと笑い出した。
「空中ブランコなんか、遠心力で凄いことになりそうだ!」
高らかに笑い始めたうそぴょんに、二人は改めて恐怖を抱く。ナイフを持って踊るように身体をくねらすウサギの着ぐるみは、趣味の悪いスプラッター映画のワンシーンのようだ。
「じゃあ、早速漫才を始めてもらいましょうかね」
「まて、まだゲームをやるとは──」
「黙れ。すぐに戻ってくるから、そこで待っておけよ。逃げたら殺すからな」
有無を言わせぬ迫力に、二人は従うほかなかった。仮に外に出たとしても、ここがどこであるか分からない今の状況では、逃げ切れる望みなど限りなくゼロに近い。
項垂れていると、本当にすぐうそぴょんは戻ってきた。そしてその手には、何か棒状ものが握られていた。
「漫才ですから、マイクが必要でしょう? これに向かって漫才をしてください」
部屋の中央にどんと置かれたのは、長い枝の先に、大きな松ぼっくりがついているセンターマイクだった。二人はそのマイクを見つめ、「嘘やん」と顔を見合わせた。
「なんで……これがここにあんねん」
「これって、大昔に俺らが作ったマイクやんな?」
牛島は、鋭くうそぴょんを睨みつける。
「お前、いったい何者や?」
八 赤木貴史
さっきから、観覧車が動いていない気がする。トラブルで止まったのだろうか。
まあ、俺には関係ない。
いつのまにか、香りにも慣れてきた。もう何の匂いもしない。視界に少し茶色の面積が増えただけだ。土だと思えばいい。俺は今、大地を踏みしめているのだと思えばいいだけなのだ。よし、これで命尽き果てたとしても、バクテリアが俺を分解、生命の環へと俺を導いてくれるだろう。まあ、バクテリアではなく、大腸菌かもしれないが。
──ザザザーー。
土を手ですくい愛おしく思っていたそのとき、アナウンスが流れ始めた。
「これから、トイレットペーパーズさんの漫才が始まります! ケツの穴かっぽじって、よく聞いてくださいね!」
トイレットペーパーズ……。どこかで耳にしたことがあるような。
「どうも~トイレットペーパーズです~」
アナウンスから流れてきたのは、記憶の底に紛れた、しかし輝かしい光を放ってそこにある、懐かしい声だった。
俺は手から土を取りこぼし、自然に出てくる涙を頬に感じた。
九 トイレットペーパーズと???
「じゃあこうしましょう」
怪訝な目を向けるトイレットペーパーズを、うそぴょんは静かに見据えた。
「あなたたちが私を笑わせることが出来たら、頭を取ってあげてもいいですよ」
「でも、お前は俺らのファンなんやろ? そんなん、笑ってくれるに決まってるんちゃう?」
山田は自信ありげだ。
「ま、それはやってみないと分からないですよね」
うそぴょんは手を叩いて、「さ、はやく始めましょう」と声を上げた。
「実はもう、アトラクションを全て停止しているんですよ」
「ちょ、はやない?」
「早く始めないと、客が混乱してしまいます。さあ、早くマイクの──思い出のマイクの前に立ってくださいよ。ああ、懐かしいなあ」
愛しいものを撫でるような声で、うそぴょんはマイクに触れる。
「私は音量調節やアトラクションの安全バーを確認してきますから、待っていてください。その間に、これからやるネタの調整をお願いします。もちろん、新ネタでもいいですよ」
うそぴょんはそう言い残し、部屋を出ていった。
「おいうっしー、あいつ誰やと思う? 確実に、俺らに関係ある人物やんな?」
「う~ん、あのマイクがあるっちゅうことは、当時仲が良かったやつやろうな……」
「それってもう、あいつしかおらんくない?」
そうだ。あいつしかいない。あのマイクを使って漫才ごっこをしていた頃、俺たちの隣で笑っていたのは……。
「赤木貴史や」
「やっぱそうやんな!」
山田は顔をぱっと明るくして、笑顔になった。
「懐かしいな~。あの頃、めっちゃ楽しかったよな~」
「まあいずれにしてもあの着ぐるみが……」
「そうか、あれが赤木ってことか……」
あのハスキーボイスキチガイラビットマンと、人懐っこい笑顔は、やはりどうしても結びつかない。それに、結びつけたくもなかった。もし本当にあの着ぐるみが赤木だとするなら、思い出が汚れてしまうような気がする。
山田は腕を組み、深く俯いた。
「しかし、あんな声やったっかな?」
「もの凄い声変わりやったんちゃう?」
「まあ、そうかなあ。ま、どちらにしろあいつを笑わせれば分かることやろ」
そんなことより。山田がこちらを見た。
「なんのネタやるん?」
「そりゃあ、『便秘征夷大将軍』やろ?」
「うーん、でもなあ、ウケへんかったら死者が出るかもしれへんねんで?」
「そうやけど……一番自信あるネタって言ったらこれしかないやろ……ただでさえ全くウケへんのに、変わり種のネタやってもうたら、どうなるか分からへんし」
「しかしやな、一番自信あるって言っても、いつものライブ、このネタで笑ってるの五人くらいのもんちゃう?」
山田は下を向いて、なんか虚しくなってきたな、と呟いた。
「よくこんな十五年も続けてきたよなあ。ろくに爆笑取ったことないのに」
悲しい沈黙が部屋を満たしていった。
お笑いを始めると決め、NSCの門を叩いた日を思い出す。俺らよりおもろい奴なんておるわけない。そう勇んで突撃したものの、あっけなく幻想は打ち砕かれた。信じられないぐらいおもろい奴らがわんさかいたのだ。毎日悔しくて悔しくて、ノートと向き合い続けるけど、全くみんなのようなネタが書けない。これや、と閃いて披露しても、全然ウケない。周りのネタを見ている間、そのネタが面白いやら、自分が情けないやらで、笑いながら泣いたこともある。
あの頃から今日まで、ずっと俺らは、泥の中でもがいている。
「一個提案やねんけどさ」
山田が沈黙を破った。
「なに?」
「小学校のときに作ったネタあるやろ? あれ覚えてるか?」
「ああ、算数のネタやろ?」
「そうそう。あれ、やらへんか? うそぴょんの正体が赤木やったとしたら、ウケ狙えるんちゃうかな」
「アホ。大事なのは今アトラクションに乗ってるお客さんたちの命やろ。一番自信のあるネタをやるべきやろうが」
そう言った瞬間、山田の表情が険しくなった。ふと彼の拳を見ると、血が流れそうなくらい握りしめられていた。どうしてん、と聞くも、山田は何も答えない。
「なあ、なに黙ってんねん」
「一番自信あるネタって……ウケた試しがないやろうが!」
山田が声を荒げた。その目には、涙が溜まっていた。正直、山田が怒鳴っているのは初めて見る。牛島は自分が気圧されたのを自覚し、そして言い返すこと材料もないことに気づき、山田から目を逸らした。
「やっぱ、俺ら、もう無理なんかな」
思ってもないのに、そんな言葉がこぼれ落ちた。自分の声が震えているのが分かる。
「解散しようって言ってたしな。十何年やってきて、自信作の一つも作られへんかった俺らは、やっぱりもう──」
「それ以上言ったら殺す」
山田は鋭く言い放ち、そして続けた。
「俺が解散しようって言ったのは、一回休もうと思ったからや。すまんな、途中であのアホウサギが来て、言う機会逃してもうてん。一回、ちょっと三ヶ月くらい休んで、改めて始めようって、言おうと思っててん」
「山田……」
「よく考えろよ牛島。お前の事おもんないって思ってたら、十何年もいっしょにやらへんわ。少なくとも俺たちは、俺たちが面白いって思えるネタを作れてるはずやで」
深夜のファミレス。二人でだべって作った、何十本ものネタ。確かに、店員さんに「声を落としてください」と言われるくらいには、楽しく笑い合いながら作っていたはずだ。
「あと少しや。あともう一つ、何かがはまればウケるようになるはずや。そんな情けない顔されたら、信用するにも信用でけへんくなる。お客さんにも届きにくくなるやろ?」
「……せやな」
「俺らがちっちゃかった頃のネタを思い返してみろ。案外悪くないやろ? 既存のネタがウケへんと分かっている今、もうこの時のネタに懸けるしかないんと違うか?」
俺は頷いた。
「昔の俺らは、世界でいちばん笑っとったもんな」
「せやろ。やったろやないかい」
そのとき、ちょうどうそぴょんが入ってきた。
「お待たせしました。やるネタは決まりました? 『便秘征夷大将軍』ですか?」
「いいや、『算数』や」
「それって……」
うそぴょんの動きが止まった。牛島は確信した。このネタを知っているということは、こいつは間違いなく、当時俺たちとよく遊んでいた赤木に違いない。
牛島は思いきって聞いた。
「お前、赤木やろ?」
うそぴょんは反応しない。
「それは、まだ内緒です」
「まあええわ。ほな、始めよか。やるで山田」
「おう。遊園地まるごと、笑いで揺らしたろうやんけ」
トイレットペーパーズは、マイクの前に立った。
戯曲漫才『算数』
どうも~と二人が入ってくる。
牛島・山田:いつでもあなたの尻拭い、どうも、トイレットペーパーズで~す
あのさあ、と山田が切り出す。
牛島:どうしたん?
山田:最近算数やり直してんねんけどさ
牛島:おお、お前にしてはええ心がけやんけ
山田:それでな、案外これがおもろいねん
牛島:へえ、楽しめてるんや
山田:特に文章題
牛島:文章題! ヒロシ君は──みたいなやつね?
山田:そう。今日はお前のために作ってきたから
牛島:作ったん!?
山田:せや……
山田はポケットから紙を取り出し、一つ空咳をする。
山田:それでは聞いてください。『ヒロシ君の買い物』
牛島:ラブソングみたいに言うな
山田:ヒロシ君は突然りんごが食べたくなり、時速五十キロメートルで八百屋に行きました
牛島:時速五十キロね……ヒロシ足速くない!?
山田:と、ここで、『ヒロシ足速くない!?』と叫んだ方々に問題です
牛島:は? なんやねん?
山田:私はヒロシが徒歩とは一言も言っておらず、車に乗っている可能性が高いと考えられます。『足速い!』とかアホ面で言っている方々の思慮の浅さは、何センチメートルでしょうか?
牛島:お前馬鹿にしてんのか!
山田:なお、小数点第二位は切り捨てとする
牛島:やかましいわ! お前を切り捨てたろか!
山田は牛島を見つめる。
山田:で、どうなん?
牛島:知らんわ。もう次の問題行ってくれ!
山田は渋々、もう一度紙に目を落とす。
山田:第二問!
牛島:おう。来い!
山田:ヒロシ君は、突然りんごが食べたくなりました
山田、少し間を置く。
山田:以下同文!
牛島:以下同文!? それってさっきの問題やんけ!
山田は牛島を見つめる。
山田:で、どうなん?
牛島:しつこいねんお前! もう分かったから! 俺が悪いから、次の問題いってくれ!
山田、紙に目を落とす。
山田:第三問!
牛島:よし来い!
山田:私は今、この文章題を書いています。海の見える家で、南風に吹かれながら、コーヒーを片手に、この問題を書いているのです
牛島:何か始まったぞ……
山田:ノートに向かって黙々と文章を綴っている私の後ろには、全裸で折り重なった二つの死体が倒れています
牛島:え、まじで!?
山田:私の彼氏だったものと、浮気相手のものです
牛島:うわ、まじかよ……
山田:ここまで書いたら分かると思うので、この場を借りて白状します。私が殺しました
牛島:そうやと思ったわ。それで?
山田:私は彼が憎かった。そう、憎かったのです
山田は紙をぐしゃっと握りつぶす。
山田:私と彼は十年以上付き合っていました。このまま結婚するのだろう、と、私はどこかで高をくくり、安心してさえいました。しかし、待てど暮らせど、彼からのプロポーズはなく、むしろデートの回数も減っていったのです
牛島:そうかあ
山田:私はもうアラフォーです。ここを逃せば、もう一生結婚など出来ないかもしれない。私には焦りばかりが募っていきました。そんな、ある日のこと
牛島:うわ、始まるで……
山田:私は彼の家に行きました。結婚について、話し合おうと思ったのです。インターホンを押しました。しかし、誰も出てこない。おかしいな、いつもはこの時間いるのに……そう玄関の前でうろうろしていると、微かに、部屋の中から男女の喘ぎ声が聞こえてきたのです
牛島:これって小学生用の問題ちゃうん?
山田:私は我を失いました。もう何も見えなかったと言ってもいい。十年以上も彼に尽くしてきて、結末がこれなのかと、私は怒り狂いました。足元に落ちていた角材を拾うやいなや、私は窓ガラスを叩き割り、土足のまま踏み入りました
牛島:うわあ、修羅場やん……
山田:「お、おい、待て! 誤解なん──」彼の弁明を聞きもせず、私は彼と、浮気相手の頭に、角材を振り下ろしました……
牛島:やってもうた……
山田:ぴくりとも動かない二人に気付き、やっと私は我に返りました。彼の上にくずおれている浮気相手は、私の妹でした
牛島:……うわ
山田:なんで、という思いもありましたが、それ以上に、私はなんてことをしてしまったのだというどす黒い感情が胸に渦巻いてゆきます。話し合いをすれば、解決出来たのではないか、彼の方も、本当に一瞬、魔が差してしまっただけだったのではないのか……
牛島:う~ん
山田:だから私は、この場をお借りして、皆様に問いたい。
牛島:お、急に問題来た!
山田:私の思慮の浅さは、いったい何センチメートルなのでしょうか……?
牛島:またそれかい!
山田は牛島を見つめる。
山田:で、どうなん?
牛島:どうもこうも、問題が重すぎるねん! もうええわ!
*
「どうもありがとうございました~」
牛島と山田は漫才を締めくくった。もちろんのことだが、ここまで笑い声が届いてくるということは一切なかった。牛島は、今頃外では地獄絵図が巻き起こっているということを想像して、少し気分が悪くなった。
「……ウケたんかな?」
「大丈夫や。きっと……大丈夫な、はずや」
神妙な顔で押し黙っていると、うそぴょんが入ってきた。
ふっはっは。ふっはっはっは。
うそぴょんは笑っていた。
「面白かったですよ。懐かしいネタでした。あの頃が、手に取るように立ち現れましたね」
「それで」
山田が待ちきれないという風に尋ねる。
「お客さんはどうやってん」
「それがね……」
うそぴょんは言った。
「全体の半分が笑いませんでした」
「嘘やろ……」
山田と牛島は、項垂れた。
*
とある家族は、『レッドドラゴン二五○○』に乗っていた。着実にコースターが標高を上げていた最中、突然停止し、園内に大きな音でアナウンスが流れた。そしてすぐに、漫才が始まった。
父親の隣に娘が。母親の隣に息子が座っていて、娘と息子は漫才でゲラゲラと笑った。しかし彼らの両親は、一つも笑えなかった。当たり前だ。アトラクションが止まっているのに、呑気に漫才を聞いて笑っている場合ではない。
やがて、漫才が終わる。
再びコースター動き出し、両親はホッとした。が、手元に違和感があった。安全バーに締め付けられていたお腹から負荷が消えたのである。まさか。両親はついに、安全バーが解除されていることに気付いた。
止めろ。止めてくれ。
喚く二人。どうしたの、と尋ねる子供たち。
コースターは、無慈悲にも激動の中へと突入した。
最初の急降下をなんとか耐えた両親だったが、縦に一回転するフェーズで力尽きた。頂点で投げ出され、線路の上に頭から落ち、一回転し終わったコースターに轢かれて死亡した。子供の泣き声は、アトラクションが終わっても止むことは無かった。
*
そういったことが、あちこちで起こった。メリーゴーランドやコーヒーカップは全員無事だったが、急流すべりやバイキングでは死者が出た。水に落ちた衝撃で首の骨を折り、そのまま溺死。大きく傾いた際に、客が次々と前方に投げ出され、その衝撃で複数人が圧死した。
それともう一つ、フリーフォールでも死者が出た。この遊園地にあるフリーフォールは、落ちるタイプではなく、急速で上がるタイプものだった。いわば、フリーアップである。上昇した勢いで投げ出された客は、上空を飛ぶ鳥とぶつかり、そのまま落下死。偶然下を歩いていたお嬢さんを巻き込んだ。彼女は幸いにも命は取り留めたが、一生歩けない身体となった。
*
始祖鳥女とその一行は、空中ブランコに乗っていた。漫才を一通り聞き終え笑っていたのは、始祖鳥女ただ一人。彼女はかなりのゲラだったのだ。
「待って、これの何がおもろいん? 逆に笑えんねんけど」
「はあ? おもろいやん! 思慮の浅さが何センチメートルか? 知らんわアホぉ!」
「幸せそうでんな」
空中ブランコが作動する。やっとやん、と言っていた始祖鳥女の隣の子は、突然叫び声を上げた。
「え、ちょっと、安全バー止まってないって!」
「うそやん!」
「ちょっと、止めて、止めて!」
彼女の叫びも虚しく、空中ブランコは周り始めた。この空中ブランコ、実は観覧車よりも高いのが売り。もの凄い勢いで回り、若い女の子が耐えられるはずもなかった。最初はなんとか横の棒やら始祖鳥女の腕につかまっていたが、するっとお尻がすべり、身体がほとんど椅子から出た。あとはもう、安定しない安全バーを両手で握るのみとなった。
サーカスで言うところの、空中ブランコと同じ体勢である。
一周なんとか耐えたところで、ついに彼女は手を離した。もの凄い遠心力で彼女は発射される。そして飛んでいった先には、観覧車があった。観覧車と空中ブランコは、隣に建設されているのである。
彼女が突撃するのは、偶然にも紫のゴンドラだ。
そして彼女が最後に見た景色は、顔を手で覆って泣いている、下半身丸出しの、中年の姿だった。
十 赤木貴史
俯いて泣いていた。幼少期の、温もりに満ちた記憶。枝を握って、書き付けたあの言葉。
──トイレットペーパーズ。
その二人が、今、この遊園地のどこかで漫才をしている。俺が作ったコンビ名を使って、今日まで漫才をしてくれていたのだ。しかも、この漫才は、俺たちが小学生のときに作ったネタだった。
「そうそう、以下同文のくだりな」
俺は昔を思い出して笑った。笑ったけれど、別に面白いというわけではなく、昔が懐かしくなって笑っただけである。
ありがとう、と思った。もう俺には何も残っていないと思っていたけれど、俺の事を覚えてくれていた人が、こうして近いところにいる。もしかしたら、少し手を伸ばせば、あいつらともう一度会えるのかも──。
そのとき、もの凄い衝撃がゴンドラを襲い、俺はバランスを崩した。座っていた台座から投げ出され、扉部分に背中を打ち付ける。
恐る恐る目を開けた。
はっと窓の外を見ると、まず赤と黒が目に入った。目を凝らしてすぐ、俺は叫び声を上げた。赤は潰れた顔で、黒は散った髪の毛だったのだ。じりじりと顔が下に落ちていき、変な方向に曲がった腕を最後に残して、視界から消えていった。窓は真っ赤に塗れていた。
ぶつっと意識がなくなり、俺は暗闇に飲み込まれた。
十一 トイレットペーパーズと???
「笑ったので、取りますね」
そう言って、あっけなく頭部を取ったうそぴょんの素顔を見つめ、牛島と山田はぽかんと口を開けていた。
全然知らない人だったのである。
「え、誰? うっしー知ってる?」
「……ごめん、知らんわ」
何の特徴も無い顔。これは絶対に赤木ではない。赤木はもっと、眉毛が濃くて、凜々しい感じの顔立ちをしていたはずだ。全く知らない奴だとしたら、なんで俺たちのマイクを持っているのだ? 謎は深まるばかりである。
「うっしーとやまち。お久しぶりですね……」
うそぴょんの中の人は、そう笑みを浮かべた。
「えーっと……」
山田が困惑しながらも、中の人に尋ねた。
「あなた誰ですか? ちょっと、存じ上げないんですけども……」
「ひどいなあ。僕だよ。『たかぼう』だよ」
たかぼう、と名乗った男は、自分を何度も指さして言った。
「たかぼう……ああ、あいつか」
牛島は細く頼りない思い出を探り、なんとかたかぼんの影を探し当てた。
「確か……」
記憶は、小学四年生、赤木こと『赤ちゃん』と仲良くなる頃まで遡る。当時三人で仲良く過ごしていた俺たちは、楽しい日々を送っていた。しかし、楽しいばかりでもなく、少しばかりの異分子も混じっていたわけだ。
当時きんちゃん公園を愛用していた彼らは、常に先客の存在を感じとっていた。
きんちゃん公園には、本当に小さな公民館みたいなものがあって、町民なら誰でも使う事が出来た。しかし誰も管理するものはなく、誰も入ることはない。鍵も掛かっている。ここで大事なのは、公民館の中ではなく、裏手だ。
「お前、公民館の裏にずっとおった奴やろ?」
牛島がそう言うと、山田が、「ああ、あいつか」と合点した。
「そう! たかぼうだよ!」
いつも裏手でこそこそと一人遊びしているやつ。そいつがたかぼうだ。当時は同じクラスメイトだったし、仲間に入れてあげようとしたこともあったのだが、すぐにたかぼうは裏へ引っ込む。クラスでもいつも一人のやつだった。
結局めんどくさくなって、全然しゃべりかけなくなったのだが、俺たちが遊んでいるときはずっと、たかぼうの視線を、公民館の裏から感じていたのである。
「僕はね、当時から君たちのファンだったんだ」
えーうそー、と照れる二人に、たかぼうは続けた。
「僕は友達がいなかった。全く、一人も出来なかった。家にも居場所がなくて、当時僕が落ち着ける場所といったら、きんちゃん公園にある公民館の裏だったんだ」
「あのほっそい所やろ」
山田は納得したようにうなずく。
「そこで一人遊びをしていたんだけど、いつの日か、君たち三人が来るようになった。僕はずっと裏手で聞いていたよ。君たちの漫才をね」
たかぼうは笑った。
「どれも楽しいものだった。今思えば当時の芸人さんの丸パクリだったんだろうけど、僕はお笑いに疎かったから、全部新鮮に聞いていたんだよ。僕はずっと君たちの仲間に入りたくて、入りたくて……」
「おいおい」
牛島は口を挟む。
「俺ら、お前に話しかけとったやろ? 仲間に入れてあげようとしてたやんけ。やのにお前はこそこそとすぐに引っ込んでさ──」
「違うんだ……」
「何が違うねん」
たかぼうはぽつぽつと呟いた。
「だって、僕が入ると、いつもの空気じゃなくなるんだ。みんな僕に気を遣って、いつも僕が裏で聞いていたような、弾んで飛び跳ねるような三人の会話が無くなる。これじゃあ仲間に入っても楽しくない。だから僕は、いない方がいいんだと……」
「お前って面倒くさい奴やなあ!」
山田が笑い飛ばした。たかぼうはむっとしたが、すぐに表情を戻す。
「中に入っても楽しくないから、聞くのに徹しようとしてね。一人でどんどん妄想がはかどった。赤木くんと自分は背格好が似通っていたから、赤木くんの代わりに僕が二人と馴染んでいる所を想像して楽しんでいたよ。二人が陽気に、『たかぼう』と呼んでくれるのを想像してね……」
「お前、だいぶキモいことしてるな」
山田は辛辣に言った。
「そして大人になったある日、トイレットペーパーズとして活動している二人を、たまたま見つけたんだよ。久しぶりに二人を見て、う~ん、泣いちゃったなあ」
「そうかあ。それで、なんでこんなことしたん?」
「それはね、トイレットペーパーズがここでロケをするって聞いて、いても立ってもいられなくなったんだよ。君たちの漫才を近くで聞きたいと思ったし、君たちの漫才で笑わないやつも死ぬほど嫌いなんだ。だから、僕が使える権限を全て使って、どうしたらトイレットペーパーズの漫才をみんなに届けられるかって考えたとき、こういう結論が出たよね!」
たかぼうは高らかに言った。
「やっぱこいつやばいやつや……」
牛島はたかぼうに聞こえないくらいの音量で呟いた。
「そしてもう一つ、朗報があるよ」
「え、なになに?」
山田が興味深そうに聞く。
「えっとね、この遊園地に、赤木君もいるよ」
十二 赤木貴史
はっと気が付くと、赤木貴史はゴンドラが乗降口付近で止まっていることに気付いた。
あの死体を思い出して吐きそうになったが、なんとか抑えた。上からも下からも出していたら、人としてどうなのか自分を疑ってしまう。
もう、頭の中には自殺のことなど一欠片も無かった。とにかく、トイレットペーパーズと、あいつらともう一度だけ会いたかった。今まで真っ暗だった未来に、一筋だけ光が差してしまったのだ。そんなことをされたら、すがるしかない。
「許してくれ」
俺は弱い人間だ。そんなこと、生まれたときから分かっている。最後に俺が生きていてもいいとしたなら──。
──あいつらと、漫才がやりたい。
俺はその一心で、ゴンドラから降りることにした。下を履くのは、これから芸人になろうとしている分際で、常識をわきまえすぎているような気がしたのでやめた。
外に出ると、地獄絵図が広がっていた。あちこちのアトラクションで、人が泣き叫んでいる。一体何が起こったのだろう、と思いながら、頭はあいつらの事でいっぱいだった。
キャー、と叫ばれながらもふらふらとあてどなく二人を探し回っていると、お土産屋の前に、頭だけ脱いだウサギの着ぐるみが見えた。そしてその横に、懐かしい二人の顔があった。
「あ、あいつらや」
気付けば、俺は走り出していた。しかし走りながら、何か様子がおかしいことに気が付いた。ウサギと二人が口論の末、揉み合いになっているのだ。しかも、ウサギの方は手にナイフを持っているらしい。今はなんとか二人が抑えているが、このままだと危ない。
祐子、三太、鈴。三人を救えなかった後悔が、再び顔を現す。このままあいつらも守れなければ、俺はこの世界に顔向けが出来なくなる。
せめて、せめてあいつらだけでも。
俺は、必死に駆けた。下半身がスースーしたが、全く気にもしなかった。
十三 トイレットペーパーズとたかぼうと赤木貴史
外に出ると、悲惨な光景が広がっていた。
所々に人だかりが出来ている。救急車を求める声や、子供の声を叫ぶ親の姿があちこちから聞こえてきた。人だかりの隙間から、倒れた人の、血まみれになった足が覗いていて、牛島と山田は下を向いて歩くことしか出来なかった。
「これ、俺らのせいってことか……?」
「そう……やろな」
たかぼうはそんな二人を見て、優しく言った。
「いや、きみたちのせいじゃない。君たちの漫才で笑えない人たちが悪いんだよ」
「それは……ちゃうやろ」
牛島の中で、何かが引っかかった。思わず足を止め、たかぼうを睨みつける。ちょうどお土産屋の前だった。
「お前やっぱりイカれとるわ。お客さんが笑われへんのは、いつだって俺ら漫才師が悪いに決まってるやろ。おもろいこと言われへんからこんなことが起きたんやろうが!」
「それは……悔しさからくる自虐かな? 大丈夫、君たちは面白い──」
「お前……ほんまにムカつくな!」
今度は山田が吠えた。
「なんやねん。じゃあお前は、俺らの漫才が好きやから偉いとでも言うんか? 面白くないって言う人を馬鹿にして、こんなことまでする権利があるっちゅうんか!?」
たかぼうの表情が、あからさまに不機嫌になった。牛島が、山田の話を引き継ぐ。
「特にお笑い界には、ようお前みたいな奴がおるわ。『これが面白いと思える感性でよかった』って何も考えずにコメント打つような奴がな。胸くそ悪いねん。知らず知らずの内に仲間外れを作ってるってこと──なんも考えず喋ってんのがな、死ぬほどムカつくんじゃ!」
「せやせや!」
たかぼうの表情が曇っていく。今度は、山田の番だ。
「俺ら漫才師はな、いつだってみんなに笑っていてほしいねん! センスあるセンスないとか、俺らに言うことやろ。なんで好き嫌いの違いでそっちが争うねん! 子供か!」
「そうじゃボケ! 尊重しあえや! 別に尖ったセンスのものが好きやからって、お前はなんにも偉くないからな! 人が作ったものをお前のアイデンティティーにしてんなよアホが! 自分の個性くらい自分で作れ!」
少し話が逸れたか、と一息ついたところで、たかぼうの様子がおかしくなった。「ヒュー、ヒュー」と、細く、何度も息を吐いている。顔が爆発しそうなほど赤くなっていた。
「そうやって、また僕は一人だ……。僕は、僕は応援してあげただけなのに!」
たかぼうはそう叫び、ナイフを二人に突きつけた。
「や、やばい! ナイフ持ってんの忘れてた!」
「さすがに言い過ぎたわ! ごめん、ごめんって!」
たかぼうはさらに声を荒げる。
「僕はあなたたちが好きだ! 面白い! それがなんで分からない! それがどうして、どうして僕を非難することに繋がるんだ!」
あかんこいつ、なんも分かってない。
「くそ、顔を取ったらいつもこうだ! 着ぐるみに入っているときしか、人とまともにふれあえないなんて、死ね、みんな死んじまえ!」
「おい、やめろ、落ち着けって!」
牛島と山田は必死にたかぼうを諫めたが、何も効果は無かった。
「うぎょーー!!」
たかぼうは奇声を上げ、山田に走り込んでいった。尻餅をついたのが幸いして、運良くナイフが空を切る。その間に牛島はたかぼうの腕にしがみつき、なんとかナイフの動きを抑える。
「あ、アブねえ! おいやまち! はよ立て!」
「こ、腰が抜けていますっ!」
「このいくじなしっ!」
「やめろ! 離せえ!」
ともみ合っていると、遠くの方から、
「うおおお!!」
と野太い男の声が近づいてきた。なんや、と声がする方向を見てみると、下半身丸出しの男がこちらに走ってくるところだった。
「二人になにするんだああ!!」
うんこ臭さが鼻を掠めたかと思うと、男はたかぼうにドロップキックをかまし。倒れたところを素早い動きで腕ひしぎ十字固めにした。茶色ものが、たかぼうのピンクの着ぐるみにぬちゃぬちゃと付着する。
「ナイフをあっちへ蹴飛ばせ!」
誰かも分からなかったが、いつのまにか取り落としていたナイフを、牛島は遠くへ蹴飛ばした。
「す、すんません、ほんまにありがとうございます!」
山田がそう頭を下げると、「あれ?」と彼は言った。
「お前、『赤ちゃん』か?」
「ええ、赤木!? 赤木貴史!?」
「おう! 久しぶりやなお前ら!」
何十年かぶりに見た赤ちゃんは、下半身丸出しやったし、うんこまみれやし、まさに赤ん坊みたいな感じだった。しかし、しかしながら、すこぶるかっこよくなっていた。
「久しぶりやんけ~!!」
牛島と山田には笑顔が弾け、彼らは十字固め中の赤木にすがりついていった。下半身が丸出しだとか、うんこにまみれているからだとか、そんなちっぽけなことでは、二人の高揚を抑えることは出来なかった。
「おまえらさ、いきなりで申し訳ないんやけどさ」
「なに?」
「どしたん?」
赤木は呻くたかぼうを大人しくさせ、矢継ぎ早に叫んだ。
「俺とまた、お笑いやってくれへんか!?」
牛島がそのときに見た、照れくさそうに笑う赤木の表情。それは昔、自己紹介のときに見た彼の表情と、寸分違わず同じだった。
エピローグ とあるウェブ雑誌のインタビュー
──このたびは、エムワン決勝進出おめでとうございます。
牛島・山田・赤木:ありがとうございます!
──エムワンにトリオで決勝進出するのは史上初ということですけれども、お気持ちいかがですか?
牛島:ほんまに嬉しいっすね。
山田:僕ら二人はくすぶってた期間が長かったですから、余計に嬉しい。しかも史上初を達成できたってことで、天国にいる気分です。ほんま、こいつ入れて良かったっすわ。
──赤木さんが加入されて、その翌年に決勝進出。何か加入されて大きく変わった所などはありますか?
赤木:僕が入って変わったのは、たぶん雰囲気だと思いますね。
──雰囲気?
赤木:そう。僕が再会する前の二人って、なんだかマンネリというか、空気が悪くなってたみたいなんですよねえ。そこに小学生からの仲である僕が入り、当時の三人の雰囲気が復活した。一種のわちゃわちゃ感というか──無邪気さ? のようなものが入って、お客さんも見やすくなったのかなと思います。
牛島:ほんまそう。
山田:それそれ。
赤木:やめてや。俺だけが真面目に語ってるみたいなさ(笑)
──赤木さんは小学生時代からお二人の事を知っているということで。どういった経緯で加入されたのでしょうか? 背景にナガヤマスパーランドで起こったあの事件と関係しているというのは把握しているのですが、もっと具体的に教えていただきたいです。
赤木:まあ要約して言うと、自殺しようとして観覧者に乗ったらこいつらの漫才が聞こえてきて懐かしくなって会いたくなって外に飛び出したらおった。って感じですかね。
──全然分からない(笑)
牛島:こいつ下半身丸出しで走ってきたんですよ(笑)
山田:誰やねんこいつって思ったら赤ちゃんやった(笑)あ、赤ちゃんってのはこいつのあだ名ね。
──赤木さんは、自殺を考えておられた……? もしよろしければなんですけれども、どういった経緯があって……?
赤木:それは、家族を亡くしたからなんです。妻と息子と、娘。父親として守ってあげないといけない立場なのに、自分が情けなかったもので、結局助けられなかった。そんな自分が生きている価値はあるのかって思い悩んじゃって。それと、もう一つ大きな理由がありますね。
──大きな?
赤木:それはまあ、一人ぼっちになってしまったってことです。
牛島・山田:(うなづく)
赤木:誰にも相談とか出来なくて、もう俺には何もないって気持ちやった。そこでこいつらの漫才が聞こえてきて、「あ、まだ俺一人ぼっちじゃないかも」って思ったんですよね。昔の記憶がばって蘇って、楽しかったときの暖かさとかを思い出した。もしもう一度俺が生きてもいいのであれば、こいつらといっしょにお笑いをやることだろうなって、直感で思ったんです。あとは、全然売れてなさそうやし、漫才もおもんないから(笑)
牛島:お前喧嘩売ってんのか?
山田:決勝行ったからって調子乗んなよ?
──まあまあ(笑)
赤木:ナガヤマスパーランドの事件も、園長が逮捕されたじゃないですか。あいつ、僕らの同級生やったんです。いっしょのクラスやったし。
──そうなんですか!?
赤木:僕もあと一歩でああなってた。あいつはきっと昔からひとりぼっちで、誰とも話せなかったから、ああいうひねくれた事件を起こしたんだと思うんですよ。だからまあ……二人には、感謝……あ、やめとこ。
牛島:なんやねんお前~
山田:可愛いとこあるやんけ~
赤木:うるさいうるさい。
──それでは最後に、トイレットペーパーズさんから発表があるということで
牛島:そうなんです。エムワン決勝で皆さんの目前に晒される前に、ちょっと改名をしようと思ってまして。
──おお、改名されるんですね!
山田:そうそう。赤木が考えてくれたトイレットペーパーズのまんまでも良かったんやけど、色々三人で話し合って。な?
赤木:二人から三人になるんで、まあ心機一転、仕切り直しということで。
──それでは、どんなコンビ名になるのでしょうか?
牛島・山田・赤木 その名も、『セーフティーバーズ』です!
──おお、なんとも語感のいい名前ですね! これも赤木さんが?
牛島:いや、これは僕っす!
山田:は? 安全バーって言ったのは俺やろ?
牛島:うるさいわボケ!
赤木:はいはい。そこまで。
──なんだか、赤木さんが加入して上手くいった理由が分かった気がします(笑)
赤木:そうでしょ?
──それではこれでインタビューは以上です。最後に意気込みをお願いします!
牛島・山田・赤木:せーのっ、「あなたの心の安全バー、セーフティーバーズです! ぜったい優勝するぞ!」
──決めゼリフですか?(笑)
牛島・山田・赤木:(照れくさそうに笑い合う)