〇今までの僕の生活
僕はいままで学校から莫大な課題を出され自分で考えることも忘れてただただ答えをうつして帰るだけの生活をしてました。僕の学校は上のクラス真ん中のクラス下のクラスに分かれていて、最初は上のクラスで入学しました。どんどん成績が下がっていき真ん中のクラスになり、高2のクラス替えで上のクラスに行こうと中学に入ってから初めて自主的に学習を始めました。かなり自分では頑張ったと思っていたのですが、結果は真ん中のクラスそこで担任の先生を見返してやると勉強へのモチベが最高潮になり上のクラスを倒すには京大にいくしかないと考え、
今考えたら無謀すぎますが、共通テスト一年前で400点だったのに本気で目指していました。僕はあまり人の話を聞いておらず、友達が無理じゃないといってもこいつおちょっくてくる 性格悪 と現実もみずいいように解釈していました。3月から毎日休み時間も自習室に行ったりほぼ勉強に費やしましたが夏の模試を見ると成績は上がっておらず京大を本気で行けると考えていたので模試の成績のデータとかでも前年には合格者がいなかったり実力がかけ離れていて授業を受けてたら悲しくないのに勝手に涙が出てきたり限界を感じて担任に心の病院行かしてくれと言いに行ったりしました。担任の先生と3時間話し合ったことでだいぶましになりました。その後つらいときはいつでも先生が話をきいてやると言ってくださりとても励みになりました。友達にも支えてもらって何とか共通テストを迎えました。
・トラウマ
共通テスト本番は緊張を和らげるために友達とずっと遊んでました。今考えるとそれが正解だったかはわかりません。国語の時間になり、自分的には当時はまだ得意だなと思っていたんですが、そこで悲劇が起こりました。最初に漢文からとくと決めていて漢文を開いていい感じにすすみ、ある問題で急にぺんがとまりました。今でも覚えてます比較の用法でどっちが上の立場かという今考えればしょうもなすぎることで漢文のところで17分目標だったのに20分たっておりやばいと思って違う問題を解きましたが比較用法のところが気になりすぎて集中できず頭が真っ白になり、そのあとは記憶がありません。いままで頭が真っ白になるって言葉は比喩表現すぎるだろと考えていましたが、ほんとに真っ白でした。その後、国語から調子を崩し、最終的に直近では過去一悪い成績を取ってしまいました。教室での自己採点は地獄でした。横の友達も点数悪いはとガチ落ち込みじぶんはガチ落ち込みどころか悪すぎて笑ってました。点数悪い人を見たら今回は難しかったんだと思って安心してしまいました。実際は、悪いと言いながらもみんな共通テストの点数が上がってはいました。一緒にテストを受けた友達は自己ベストを更新しているのを見て、とても気持ちが落ち込みこんなんで受かるわけないと絶望して、授業から勝手に抜け出して図書館の空きスペースで、時間をつぶしに行きました。その時、ある本が光っていました。その本に気がひかれてみたら、東大メンタルという題名の本でした。そこで、初めて自分を分析したり、まともに振り返ることがなかった学習法について考えることになりました。そこからやり方を直し、二次試験まで勉強しましたが、結果は九大経済工学科不合格。滑り止めの同志社も45点落ちという惨敗をして、行くところがなく浪人をすることを親にお願いして、なんとか浪人を許してもらいました。
・浪人
僕は、河合塾大阪校に入りました。最初は、浪人することにわくわくしていてテンションがずっと高かった。
実際河合塾大阪校には学校の友達が5人くらいいて、浪人期はかなり友達に助けられたと思います。
毎日9時間勉強を何があってもやるというルールを決め頑張っていました。自分にとって毎日12時間やるのはかなりきつくそれならメンタル安定させてなんとか9時間をやり切ろうと考えました。
余談ですが、
目標とかけ離れすぎてない場合は12時間以上もやらなくていいと思います。自分は現役の時焦りすぎて休みの日は13時間とか時間があるときはすべて勉強に費やししていましたが、成績はまったく上がらなかった。結論学習法があっててやっと勉強量が効いてくるのであって必ずしも勉強量がすべてではないということです。文系科目だと勉強量がやはり肝になりやすいので、勉強量だけで受かった人たちが間違ったことを教えて勉強量がすべてだって言い、彼らは体力が本当にあるので常人にはきついような学習量を進めてくる。それを真に受け自分は失敗した。数学や理系科目は時間がすべてではない。人にはそれぞれの最適な方法があるのでそれを見つけてあげたい。
5月からはヨミさまという東大生がオンラインで国語を教えてくれるものにも入りました。そこで国語の基礎や知らなかった価値観も教わり国語の苦手意識を減らしてもらいました。このけいけんはかなりたいせつなものになりました。なんだかんだ毎日ほぼ勉強しかしてないものの楽しく時を過ごし、共通テスト本番まで100日ってなってから急にプレッシャーが自分にかかりそこから気づいたらやんでいました。何とか勉強を継続をさせようと勉強の本を読んで、いろんな勉強法を試しながら何とか勉強をつづけました。去年の共通テストで、下見などしていなかったせいでとても緊張したので、下見に3回くらい行ってシミュレーションをして時間配分を考えたり、ベストを尽くそうとしました。しかしストレスで自律神経が乱れ集中があまりできず、化学の名前書き忘れたと思い込みそれが気になったりしてあまり点数は振るいませんでした。しかし、下見など対策をしてなかったらもっと低かったと思います。やっぱり浪人という後のない状況で受ける共テはかなりきつい。また間に挟んで悪いですが、やはり現役で受験を終わらせるのを勧めます。共通テストが終わると私立の対策が始まりました。ここで私立を必ず押さえるとかなり自信がつきます。
・浪人期の私立受験
僕はここからかなりしんどかったという思い出しかありません。関西学院を受けた時に配点のデカい英語で大失敗して次の国語の時間に死にたいとかなり本気で思って飛びたくなり、発作みたいなのが15分くらい続きました。そのくらい追い込まれていました。二日後に同志社を受けに行きました。関西学院大学は確実に落ちたと思っていたので心配していましたが、なぜか同志社を受けた時は体調がよかった。『運命なのかな?』同志社を受け終わった時かなり合格を確信して元気が出ました。その後同志社の合格発表をみて合格と分かったときはあまりうれしさを感じませんでしたが、徐々にうれしくなり、浪人の時、とにかく大学生になりたく少し私立へのあこがれもあり、九大と同志社どっちでもいいやと考えて、九大に対しての対策が緩くなり、あの時気持ちで負けていたなと思います。九大本番得意の数学で差をつけて受かろうとしていたのですが、2026の九大理系数学はだいぶ難しくその難しさに混乱し、差をつけようとしていましたが、なんなら数学で差をつけられるくらいできませんでした。自分でいうのはなんか違うと思いますが、やはり最後は運だなと思いました。九州大学の試験が終わったときは落ちるのを確信していましたが、暗かったモノクロの世界に光が差されたような感覚を得ました。
・自分の体験談から思うこと
いまは、心が健康です。この心が健康になるまで約3か月かかりました。そのくらい病んでました。助けてくれるような友達や親や先生がいなかったりしたらもしかしたら本当に命をないがしろにしていた可能性は否定ができません。勉強によって病んで命をないがしろにするような人が減ってほしいと考えています。なので勉強だけではなく人生の役に立つような勉強の仕方や考え方などを教え、きついときはサポートできるような教師でありたいと思っています。