植物の繁殖システムの進化や、その進化がもたらす生態学的な帰結について興味を持って研究しています。
1.ツユクサ‐ケツユクサ系を用いた繁殖干渉下における近縁植物種の共存機構の解明
開花植物の多くは、昆虫や鳥といった動物(送粉者)に花粉を運んでもらうことで繁殖を行います。そのため、よく似た花が同じ場所で花を咲かせる場合には、送粉者が異なる種間で花粉を運んでしまうことがあります。このとき、異なる種の花粉がめしべを覆ったり、異なる種の花粉管がめしべ内へ発芽・伸長してしまうことで、その花の生産できるタネの数が減ってしまう悪影響が発生することがあります(繁殖干渉)。この繁殖干渉は強く競争排除を促進するため、「よく似た花は同所的に共存することが難しい」「同所的に共存する植物種は、花の色・形・匂いなどが異なり、送粉者の使い分けを行っている」というアイデアが、これまでの植物生態学では広く受け入れられてきました。
私の研究しているツユクサとケツユクサは田畑や道端に普通に生育する植物ですが、非常によく似た花を同じ季節に同じ場所で咲かせる一方で、雑種をつくらず、お互いの花粉がめしべに付くとできるタネの数が減少する繁殖干渉が存在します。学生時代には、この両種の開花期間・生育環境・送粉者相や、両種の頻度と繁殖干渉の強度の関係について調査を行いました。さらに、これまで送粉者が少なく花粉が運ばれにくい状況に適応して進化したと考えられてきた、自動自家受粉(同じ花の中でおしべとめしべが接触し、送粉者を伴わずに自身の花粉で受精を行う仕組み)が、送粉者が異なる種の花粉を運んでくる状況で、繁殖干渉による悪影響を軽減する機能を持つ可能性があることを発見しました。また、DNA情報を用いた集団遺伝学な調査を兵庫県と岡山県で行い、”他種と同所的に生育する(繁殖干渉がある)生育地”では”単独で生育する(繁殖干渉がない)生育地”と比べて集団の自殖率が高い傾向があることを示し、自動自家受粉が繁殖干渉の悪影響の軽減に貢献している可能性が集団遺伝学的な観点からも示唆されることを発見しました。
ツユクサとケツユクサの野外調査から着想を得た、”自動自家受粉の進化がよく似た花の共存を促進する”という仮説は、数理モデルを用いたコンピューターシミュレーションから検証を行いました。この研究を通じて、「送粉者を共有し、互いに繁殖干渉の悪影響を及ぼしあう植物2種」の新たな共存メカニズムを示すことができました。”自動自家受粉の進化”というややマニアックな着眼点からのアプローチでしたが、結果的に、「ニッチ分割も空間構造も伴わない競争種の共存メカニズム」を発見でき、新規性の高い内容になりました。
2.キノコバエ媒植物コチャルメルソウにおける目立たない花びらの機能
”花びら”は、植物においてもっとも多様な器官のひとつです。これまで花びらは、送粉者を視覚的に誘因する(めだって、送粉者に見つけてもらう)ために進化してきたと考えられてきました。一方で、視覚に頼らず、匂いを用いて送粉者を誘因している植物も多く知られています。私は、匂いを用いてキノコバエ(蚊の仲間)を誘因するコチャルメルソウという植物を用い、花びらの切除実験を行うことで花びらの機能を調査しました。結果から、花びらのない花では、送粉者が花に接近してくる数は変化しない一方で、その後で花に取り付くことができる確率が減少するということが明らかになりました。タネの数や持ち去られた花粉の数も調査をし、花びらが”送粉者の取り付き場所”として機能していることを定量的に示すことができた初めての研究になりました。
3.都市生態系・農業生態系の人工構造物・人為的生育地が植物の成長や繁殖に与える影響
研究対象としてきた”ツユクサ”は、本当にどこででも花を咲かせている植物で、都市域の側溝の中やコンクリの割れ目に生育している様子もしばしば観察されます。最近は、このような人為的に創出された局所的な環境で生育することが植物にどのような影響を与えているのか、あるいは、どのような特徴を持った植物がこのような人為的に創出された局所的な環境に適応し存続しているのか、等に興味を持って研究を行っています。