何歳になっても、綺麗になることを諦めないでほしい

はじめまして。
40代からの大人女性の隠れ家サロン「ビショウアン」を営んでいる、谷口清恵です。

現在57歳。
一男一女の母であり、二人の孫のおばあちゃんでもあります。

少し長くなりますが、私がなぜエステの仕事を続け、今こうしてビショウアンを営んでいるのか、
私自身のことを少しお話しさせてください。

「綺麗になりたい」と思った原点

私は幼少期、ものすごいアトピーでした。

薬だけに頼らず、いろんなことを試してくれた両親のおかげで、今では跡形もなく、「え?アトピーだったの?」と驚かれるほどです。

その経験もあってか、昔から「食べるもの」や「身体を整えること」に興味があったのかもしれません。

そして、子どもの頃の私は、コンプレックスだらけでした。

牛乳瓶の底のようなメガネをかけていて、あだ名は「メガネザル」(笑)

ご飯が大好きな子供で、股ズレができるほどのおデブちゃん。制服のボタンが飛ぶこともありました。

そんな私にも思春期がやってきて、

「可愛くなりたい!」

という気持ちが芽生えました。

昭和時代のスパルタなテニス部に入り、だいぶスリムになり(笑)、女子校に入ると綺麗なお姉様たちがたくさん。

必死にダイエットをして、なんちゃってメイクを覚えたのもこの頃です。

短大時代には、当時ものすごく高額だった永久脱毛にローンを組んで通いました。

これが、私と「エステ」との出会いです。

そして、この頃には人生初の「モテ期」もやってきたような……(笑)

エステの世界へ

短大時代に出会った9歳年上の男性と結婚。

「なんか違うな」と思いながら数年が過ぎ、25歳のとき、思い切って外へ働きに出ることにしました。

そこで初めて、某有名高級エステサロンに勤めました。

ところが、私が思い描いていたエステの仕事とは少し違っていました。

コース販売、化粧品販売、今月はいくら売り上げるか。

いわゆる「ノルマ」の世界です。

今になれば、お手入れは継続してこそ意味があること、ホームケアが大切なことも理解できます。

でも当時の私は、あまりにも高額な商品を前に、

「これ、本当にお客様のためなのかな?」

と疑問を感じていました。

労働時間も過酷で、主婦の私には続けることが難しく、また専業主婦に戻りました。

その後、二人の子どもに恵まれました。

でも、心の中の違和感は少しずつ大きくなっていきました。

「この人との老後は見えない」

そう思い、離婚を決意。

長女3歳、長男1歳。

ここから、私の人生は大きく変わっていきます。

「私には何もできることがない」

「この先、何をして食べていこうか」

「二人の子どもをどうやって育てていこうか」

「私には何もできることがない」

そんな不安の中、友人に勧められて美容関連の仕事に就きました。

でも、そこでもやっぱりノルマ。

仕方がないとは思いながらも、しんどかった。

養育費もなく、派遣の仕事やアルバイトを掛け持ちしていた時期もあります。

そんな頃、某高級サロン時代にお世話になった先輩がエステサロンとスクールを開いていることを知り、弟子入り。

そこで、エステをいちから学び直しました。

数年間、アルバイトと勉強を掛け持ちしながら学び、認定エステティシャンとなりました。

そして36歳になった翌々日、

無謀にも、いきなり自分のサロンをオープンしました(笑)

最初のコースは、たしか3,500円。

勉強を重ねながら、5,000円、8,000円と少しずつ価格も上げていきました。

友人や母の知人など、まだまだ未熟だった私のサロンに、よく通ってくださったなぁと思います。

20年経った今でも、本当にお客様には感謝しかありません。

お金に悩み、働き続けた時期

サロンを初めて2年くらい経ったころでしょうか、

リーマンショックや投資詐欺なども重なり、借金を抱えることになりました。

思えば、世の中のことを何も知らなったんですね~~それだけ守られて生きてきたということですね。

知人の税理士さんや弁護士さんに助けていただき、債務整理をすることに。

そして、母が着付け教室をしていた実家の長屋へサロンを移転しました。

そこが、現在のビショウアンの場所です。

当時は子ども達も小学生。

二人を塾に通わせながら、

「お財布に200円しかない!」「明日、遠足やのにおやつを買ってあげるお金がない」

なんてこともありました。

夕方まで自分のサロンで施術をして、夕方から23時まで大手サロンでアルバイト。

今思えば、若かったから頑張れたんでしょうね(笑)

コースは売れるのに、化粧品が売れない。

「谷口さん、ここの化粧品どう?使ってるの?」

と聞かれても、私は嘘がつけませんでした。

自分のサロンで使っている商品があったため、他の商品を知らないのに「おすすめです」とは言えない。

当然、お給料も上がりません(笑)

だんだん、これもしんどくなって、辞めることにしました。


「綺麗」だけでは足りない

40代半ばになった頃。

自分自身も、明らかに若い頃とは違う変化を感じるようになりました。

そして、お客様も少しずつ更年期の年代へ。

「お顔やボディのお手入れ以外に、何かできることはないのかな?」

そんなことを考え始めた時期でした。

そこで、ロシアの波動機器、中医学、酵素栄養学、ホルモン免疫学など、さまざまな学びとの出会いがありました。

そして改めて感じたのが、

「食べることって、本当に大切なんだ」

ということ。

この頃からファスティングにも取り組み、体質改善のお手伝いもさせていただくようになりました。

美容だけではなく、身体そのものを整えること。

私の中で、少しずつ「美」と「健康」がつながっていきました。

人生は、次から次へとやってくる

その後、今の夫の母が骨折して入院、リハビリ。

お世話をするため、一時サロンを休業しました。

その後は、夫と始めた健康サロンをメインに仕事をすることに。

「お手入れしてほしい」と、以前からのお客様が新しい店舗まで来てくださったのですが、

個室ではなかったため、どうしても落ち着かない。

そこで離れてしまったお客様もいました。

そうこうしているうちに、コロナ。

店舗は開店休業状態となり、結果的にその店舗を閉めることになりました。

コロナが始まったちょうどその頃、母の末期がんが発覚。治ると信じて九州で治療、療養。

残念ながら、間も無く自宅で母を看取りました。

続いて義母のお世話と看取り続き、その直後、夫の難病が発覚


「次から次へと、いろんなことが来るもんですね〜」


今ではそう言えますが、その時は毎日必死でした。

店舗の借り入れもあったため、またパートを掛け持ちして、家計をなんとか切り盛りする日々。

本当なら「もう一度サロンをやれば」と思うところですが、新しいお客様を集める時間的な余裕も、

経済的な余裕もありませんでした。

そんな頃、東京で法律家を目指していた長男から電話が・・・

「お母さん、破産してもう一回、人生をやり直したほうがいい。恥ずかしいことじゃない。

破産は法律で認められた権利やから」

悩みに悩んで、決断しました。

会社の破産。その手続きは簡単なものではありませんでしたが、3年後、免責を受けることができました。


父を看取り、立ち止まった時間

母が亡くなって3年後。

父も少しずつ弱っていきました。

約1年間、自宅で介護をして、父を看取りました。

朝、父のことをして仕事へ行く。

仕事から帰って、着替えやお風呂、食事のお世話、

そして、また仕事へ。そんな毎日でした。

そして父がいなくなったあと、

私は、しばらく心が動かないような状態になりました。なにもする気になれない・・・

「私ってなに?」「いつ死んでもいいのに、なんで毎日生きてる?」そんなことを考えてしまう日々。


元気で、健康で、ずっと走り続けてきた自分には、こんなことは無縁だと思っていました。

でも、

「誰にでも起こる可能性があるんやなぁ」と、大きな気づきになりました。


「結局、この壁は自分の心の中にあって、乗り越えるのは自分」

本を読んだり、一人で散歩したり。「このマイナスの気持ちの出どころは?」と考えてみたり、

何もせず、ぼーっと自分と向き合う時間を作ったり。

4ヶ月ほどかかって、ようやく少しずつ前を向けるようになりました。


「同じ生きるなら、機嫌よく生きよう」

そのとき、心から思ったことがあります。

死ぬまで、生きていかなあかん

だったら、

同じ生きるなら、機嫌よく生きないと、もったいない。

74歳で亡くなった母。

母の年齢まで生きるとしたら、私にはあと約20年(その当時の計算です)

「20年」と考えると長く感じるけれど、日数にするとたった約7300日

そう思った瞬間、

一日一日を、もっと大切に生きたい。

そう思うようにもなりました。

母は亡くなる直前、私たち弟妹にこう言いました

「いい人生やったよ、死ぬのは全然怖くない、ただ、あんたたちと離れるのが寂しい・・・」と


「私は、この先の人生で何をしたいんだろう?」「私は母のようにいい人生やった」といえるのか?

「この世に生まれてきた自分の使命って、何なんやろう?」「誰のお役にたてるのか」

そんなことを今も考え続けています。


これまでの人生、本当にたくさんの人に助けられ、支えてもらってきました。

まだまだ、人にも社会にも恩返しができていません。

でも「お顔のお手入れ」を通してきっと私にもできることがあるはず!

これから出会えるお客様、そして今来てくださっている大切なお客様のお役に立ちたいと思っております。


お肌を綺麗にすることは、もちろんエステシャンの仕事です

でも、

身体の健康と心の健康があってこそ、本当の美しさがある

と思っています。

女性の身体はとてもデリケートです、誰もが通る「更年期」これは乗り越えるものではなく、

第2の人生に向けて整えていく期間だと考えています。


「幸年期」をすごせるようにお手伝いができれが幸いです


「ここに来ると、なんだかホッとする」「気軽に相談できる」

「ちょっと頑張りすぎたな、もう少し自分を大切にしてあげよう」

そんなふうに思っていただける場所でありたい。

お客様のお肌だけではなく、その方自身に寄り添える人でありたいと思っています。


「もう歳だから」と、綺麗になることを諦めてほしくない。

年齢を重ねることは、ただ老いていくことではありません。

いろんな経験を重ねてきたからこそ出てくる美しさがあります。

私自身、57歳になった今も、まだまだ「綺麗になりたい」と思っています(笑)

だから一緒に、楽しみながら歳を重ねていきましょう。

これからもビショウアンで、皆さまの「綺麗になりたい」に寄り添いながら、心と身体がほっとできる時間を

お届けしていきたいと思っています。

「何歳になっても、綺麗になることを諦めない」「毎日をご機嫌に大切に生きる」

それが、私自身の人生であり、これからもビショウアンが大切にしていきたいことです。

ビショウアン
谷口 清恵


長文を最後までお読みくださってありがとうございます

心から感謝♡



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