主要な研究テーマ

真社会性昆虫の同巣認識のメカニズム

 シロアリ(左)やアリ(右下)などの真社会性昆虫は、同じ巣にすむ個体を「同巣仲間」として認識し、異種個体や同種の異巣個体から識別する能力をもっています。これを「同巣認識:Nestmate recognition」といいます。

  同巣認識は、化学刺激;いわゆる種内交信化学物質であるフェロモンを基盤として成り立っています。その活性成分は、種間のみならず巣間でも異質性を保ち、なおかつ同巣仲間 同士では共通性をもつものと考えられます。

  そこで、これらの社会性昆虫を研究対象として、同巣認識にかかわるフェロモンの活性本体をつきつめるだけではなく、集団に属する各個体がそのフェロモンを正しく認識できるようになるプロセス:学習の機構等についても考証を進めています。

  また、集団生活を営むにあたっては、巣仲間同士での「労働分業」や「発育段階」を各々に識別しあうことも重要であり、それぞれに寄与するタスク認識フェロモンカスト認識フェロモンについても、その解明に取り組んでいます。巧みな協調作業を司る認識機構の理解を通して、個体集団で構成される社会全体を円滑に動かすためのギミックを解き明かそうとしています。

  近年、そうした“体臭”の形成に腸内共生細菌の寄与が不可欠だとわかってきました。真社会性昆虫においても、腸内共生細菌関与の重大性はシロアリの仲間を中心に検証が進んでいます。私たちのラボでは、アリを主対象としてその社会行動に腸内細菌が及ぼす影響の評価検討も試みています(共同研究:森林総合研究所関西支所)

採餌探索などに関わる情報交信 ~“あいまいさ”を伝えるテクニック~

採餌探索や巣移動に際して、アリは同巣仲間に、目的地までの道のりに関する情報を伝えます。そのときに、情報の媒体となるのが、フェロモンです。


 トゲオオハリアリなどでは、目的地を把握している個体(リーダー)が、先導しながら、巣仲間を一個体づつ連らなって目的地に連れて行きます。これをタン デムランニングといいます(写真A)。追従個体は、リーダーが分泌するフェロモンを頼りに後を着いていきます。この行動を指標に、タンデムランニングに関わるフェロ モンを解明しています。(共同研究:琉球大学)


 クサアリやケアリ、シワアリ類などでは、道しるべフェロモンをつかうことで、一時に大量の個体を目的地に誘導します(写真B)。このときに、いわゆるアリの行列ができます。行列形成のために用いられている「道しるべフェロモン」を精製することで、任意に人工的なアリの行列を作ることもできます(写真C)。

 この道しるべ動員システムは、安全な交通網を確保するために、様々な情報システムを内包しています。それらの一つ一つを検証することで、アリの社会の交通事情を解明すると同時に、アリの帰巣能力の評価をこころみています。有名になった話に ”8割のアリはサボっている”があります。すべてのアリが働きづめになることはなく、”働いていない”ように振る舞うアリがかなりの割合で存在しているというのです。そればかりではありません。懸命に働いているアリの中には、かならず”ちょっと間の抜けた”アリが存在するのです。言い方を変えると、多勢には従わない身勝手なアリ。効率的社会を目指すにしては、一見無駄を抱えるアリ社会の秘密については、げんざいも鋭意探索中です。そこには、どうなるのかその時になってみないとわからない‥そんな不確実な情報に対する的確なふるまいを促すヒミツが隠れているのです(共同研究:広島大学、日本大学)

Identification of methyl 6-methylsalicylate as the trail pheromone of the Japanese pavement ant Tetramorium tsushimae Emery (Hymenoptera: Formicidae). Nakamura T, Harada K, and Akino T (2019) Journal of Applied Entomology and Zoology 54(3):297-305

Identification of the tandem running pheromone in Diacamma sp. from Japan (Hymenoptera, Formicidae). Fujiwara-Tsujii N, Tokunaga K, Akino T, Tsuj K, Yamaoka R (2012) Sociobiology 59: 1281-1295 (link)

誘引と忌避にかかわる化学情報 ~母子の強いきずなを探る~

生物種間での誘引と忌避は、多様な相互作用の中で見ることができます。

 たとえば、配偶行動において、雄が同種の雌を、あるいは雌が同種の雄を、性フェロモンなどを用いて正しく誘引することによって、交配が起こり子孫を残すことが可能になります。その一方で、好ましくない相手:捕食者や寄生者に対しては、それぞれがもつ化学シグナルを利用することで、直接の接触に至る前に遭遇そのものを回避することができます。このように、相手を寄せ付けない、あるいは寄り付かないようにする忌避因子と、相手を誘う誘引因子を解明する試みを続けています。

 ヨコヅナサシガメは日本最大級のサシガメで、近年はその分布の北限を広げつつある種です。サクラなどの樹木のうろを利用して集団越冬することが知られています。この種は、孵化直後の若虫による共食いが多いことが知られていますが、同じ卵塊から生まれた個体間ではその率が低くなる傾向があります。そこで、その至近要因の解明を踏まえたうえで、このサシガメ雌雄の行動を詳細に観察し配偶行動解発の機構解明を目指しています。(共同研究:KIT高分子機能工学研、昆虫生理機能研等)

共生・寄生者による対アリの化学戦術

アリは、自然界で非常に大きなインパクトを他種生物に与えている生き物です。そのため、アリと積極的な関わりをもつことを選んだ生物種も数多く知られます。

 シジミチョウ(写真A)やアブラムシ(写真B)は、アリと積極的な関わりあいを持つ生き方を選んだ生物に含まれます。それぞれ、アリに随伴されることで、寄生蜂などの天敵による攻撃から保護されています。一方、その見返りに甘露などを提供すると考えられています。

 しかし、この両者の関係は、本当にGIVE and TAKEの相思相愛型共生関係なのでしょうかアリに取り入ろうとする生物たちは、アリの持つ化学情報網をたくみに利用しています。そこでは、絶え間ない化学情報戦がくりひろげられているのです。私たちの研究室では、かれらの相互作用を行動観察や化学実験を通して明らかにし、その根底にある化学戦術を解き明かしています。その対象はさまざまです。好蟻性シジミチョウやテントウムシなど、多様な蟻客の生き様を探る旅は続きます(共同研究:昭和大学、九州大学、大阪教育大学)


Varied effects of attending ant species on development of facultative myrmecophilous lycaenid larva. Mizuno T, Hagiwara Y, Akino T (2019) Insects 10(8), 234

Chemical tactic of facultative myrmecophilous lycaenid pupa to suppress ant aggression. Mizuno T, Hagiwara Y, Akino T (2018) Chemoecology 28(6): 173-182

Combined use of two defensive traits in pupae of Scymnus posticalis ladybirds. Mizuno T, Hayashi M, Akino T (2018) Ethology 124(7): 468-474

コオロギの闘争フェロモンと求愛フェロモン ~鳴く虫だって匂が大事~

コオロギでは、雌雄が出会うと配偶行動、雄同士が出会うと闘争行動が繰り広げられます。これは、雄が瞬時にして出会った相手の性別(雄か雌か)を見分けられることを意味します。さらに、雄は相手の雄が自分よりも強いか弱いかも瞬時に判断し、勝ち鬨の歌を奏でたり、いち早く逃走したりと、それぞれに合った行動をとります。

 私たちの研究室では、(1) クロコオロギの雄が出会った相手の性別や強さを識別する際に鍵刺激となる化学シグナルや、(2) クロコオロギの雌を認識し求愛行動を解発させるための鍵刺激となる化学シグナルについて、その正体と機能をさぐってきました。(共同研究:北海道大学、筑波大学)


ハダニによる対捕食者化学戦術


普段はあまり気に欠けることのない小さな生き物:ハダニ。ダニと聞くだけで嫌がる人もいますが、ハダニは農作物を含む植物を加害するダニです。葉につくダニ、ハダニ。あまりに小さいので、人が手でつぶして回るわけにはいきませんが、このハダニは多種の栽培作物に多大な被害を及ぼすことで知られる重要農業害虫です。

 ハダニ防除には、化学農薬も広く用いられてきましたが、薬剤耐性を獲得してしまうなど、人との争いは鼬ごっこの連続でした。しかし、そこに導入されたのが生物農薬。ハダニを食べる捕食性ダニのカブリダニです。カブリダニはハダニを追い詰め、襲いかかる有能なハンターで、非常に優秀です。しかし、その活用にあたっては、さらなる高次の捕食者の影響を無視することができません。

 私たちの研究室では、長年にわたって、ハダニによる捕食回避戦術を始めとする行動特性や反応性に関して、ユニークな視点でハダニ研究を進める京都大学と共同研究を進めてきました。近年では、ハダニ・カブリダニの相互作用系におよぼす高次捕食者のアリ類による影響に着目した研究をすすめています(共同研究:京都大学)

天然資材による害虫防除 ~阿蘇リモナイトの効能を探る~

 化学生態学グループが取り組む歴史的研究テーマ・・魏志倭人伝に記される頃より、その様々な効能に着目されてきた阿蘇リモナイトは、古来より防虫効果・防腐効果をもつとして、塗料として広く用いられたり、薬として重宝がられてきた素材です。地元阿蘇地域では虫を寄せ付けないとして住宅建築時にも重宝がられるほどですが、謳われる様々な効能に関する科学的な検証は始まったばかり。しかし悪臭吸着効果や水質浄化効果など、その確かな機能が明らかになりつつあります。

 私たちのラボでは、害虫を寄せ付けない効果について、南国阿蘇地域でも困らされてきたであろうシロアリ害に着目し、実証的な検証を行っています。その成果はまもなく公表する予定です(共同研究:京都大学生存圏研究所、日本リモナイト・KIT細胞機能学研)

古の神事を支えるアロマの機能 ~御神花ササユリの花香の秘密~

奈良県大神神社は、大宝令で定められて以来1300年以上の永きにわたって国家神事として疫病退散を祈願する鎮花祭と三枝祭を行ってきました。三枝祭は、別名「ゆり祭り」として知られ、奈良市内にある大神神社の摂社:率川神社で催行されますが、神前に御神花として三枝の花;ササユリを奉じます。なぜ「ササユリ」なのか。その清浄な香りの謎を解き明かし、神事との関連性を明らかにする研究に取り組んできました(共同研究:大神神社・近畿大学)

三枝祭の御神花ササユリLilium japonicumの花香が示す抗菌性. 花﨑 直史, 岩佐 郁, 藤澤 瑞希, 高橋 康樹, 柳川綾, 梶山慎一郎, 瀧川善浩, 松川哲也, 荒井滋, 秋野順治 (2019) アロマリサーチ 78(20-2): 137-143 


三枝祭御神花ササユリ Lilium japonicum花香 が有する心理的なリラクゼーション効果. 藤澤瑞希・花崎直史・瀧川 義浩・柳川 綾・松川 哲也・秋野 順治・梶山慎一郎・荒井 滋 (2019) 生薬学会誌 73(1)1-6

捕食戦術 ハナカマキリの攻撃的化学擬態と隠蔽的視覚擬態

“Double-Trick” Visual and Chemical Mimicry by the Juvenile Orchid Mantis Hymenopus coronatus used in Predation of the Oriental Honeybee Apis cerana. Takafumi Mizuno, Susumu Yamaguchi, Ichiro Yamamoto, Ryohei Yamaoka and Toshiharu Akino: Zoological Science, 31(12):795-801. (link)

ハナカマキリは、その見た目から、花の形を擬態することによって、花に紛れ込み、訪花昆虫を捕食するのだと信じられてきました。確かにその姿は花に似ています。また最近の研究で、ハナカマキリの生息地に咲く植物の花と同じように、ハナカマキリの体は紫外線を吸収して居ることがわかってきました。つまり、紫外光まで見える昆虫の視覚をもってしても、ハナカマキリと本物の花とは見分けるのが難しいのです。しかし、だからといって花にまぎれることで狩を成功させているかどうかはわかりません。野外調査の結果、実はハナカマキリの幼虫は花の周辺よりも、葉の上に滞在することが多く、しかもその採餌対象としてトウヨウミツバチを高頻度で捕獲していることが判明しました。

 体の小さなハナカマキリの幼虫が効率よくトウヨウミツバチを捕獲できるのはなぜか。その秘訣は、ハナカマキリが大顎から分泌する匂いにあります。ハナカマキリは、トウヨウミツバチがフェロモンとして活用しているものと同じ物質を分泌し、巧みにミツバチをおびき寄せていたのです。

 この例に見られるような、捕食採餌行動における化学的な戦術について明らかにしていきます。