突然、七色の光が目の端に入ってきてひゅっとどこかへと去っていった。驚いて顔を上げると、もう夕刻らしく空が黄色に染まっている。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

ぼんやり下りた目蓋をこすり、ほっぺたについてしまった服の皺を撫でて窓の鍵をガチャリと外す。勢い良く窓を開けて外を覗きこんだら、なるほど確かに遠くの屋根の向こうがキラキラと光っているように見えた。――この分では、どうせ仕事にならない。

消しゴムのカスが散らばった机の上を手早く片付けて、お気に入りのコートと帽子だけを洋服掛けから奪うように取り上げると、ドタバタと扉の外へと飛び出す。安普請のアパートの階段をカンカンと音を立てて飛ぶように走り降り、角にある赤いポストを右に曲がった。行きつけのパン屋にどうしたのかと聞かれ、ちょっとそこまでと言って手を振り歩道にまで張りだした木の枝をくぐって、大きな橋でできたトンネルを駆け抜ける。しばらく走り続けると、だんだんと息が上がってきた。

あの光の見えた方向に来てみたものの、それらしいものを発見することができない。街はいつもどおりの落ち着きで、何かが起こったようには見えなかった。

おかしいな、 星が落ちたと思ったのだけど。

やはり夢だったかしら、期待に弾んだ心が傾き沈みそうになった時、目の前が紺色に染まってふっと身体が軽くなった。感覚の掴めない体がぐらりと揺れて溺れるように沈んだ時、向こうから宝石のような光が飛んできて、体が包み込まれる。ルビーの赤やサファイアの青、琥珀の黄色に、水晶の紫。色とりどりのその色は、音符のようにぴょんぴょんと飛び跳ねると後ろに去っていった。

宝石箱には音が入っていた。

いつの間にか方向感覚を取り戻した体が、水の上に漂うように音に浮かぶ。辺りは色とりどりの音の光に照らされていたが、目の先の少し向こうが一際に輝いているようだった。

目を凝らすと光の向こうにピエロが見えた。赤色の星に縁取られた愉快な目を閉じて、 白い燕尾服に身を包んだピエロが、古そうなバイオリンを首に押し当てて右に左にと忙しそうに体を動かし楽しそうに弾いている。音符はそこから流れてくるようだった。

思わずその場に座り込み、澄んだ音色に耳を澄まして聞いていると、ピエロが気づいてにっこりと笑った。

ピエロが笑うと音も笑い、ピエロが回ると音も回る。現れては消え現れては消えるそのまあるい音の雫は、綿菓子のように甘くて優しい。

昔聞いた子守唄のような音が、万華鏡のようにくるりくるりと表情を変えた。音の光に照らされた宝石箱の内側は、まるでビロードのようにつやつやとしてとても居心地が良く、いつまでも座っていたい。

曲が山場に入ったようで、色のついた音符がポップコーンのようにぽんぽんと弾ける。遊園地のパレードのような音の粒が、洪水のようにこちらに押し寄せ、最 後に花火のように大きく打ち上がると、辺りを七色に染めてぴたりと止んだ。バイオリンを置いたピエロが静かにこちらに一礼すると、踵を返してどこかへ去っ ていく。光もピエロに付いて行くようで、一歩踏み出すたびに、辺りが元の色へとかえっていった。

そうして虹色の光が青色に変わり切った頃、一筋の星がスーッと上から落ちてきて、真暗なトンネルの向こう側に消えていくのが見えた。そこでようやく、一日が終わるのを知った。

長いのトンネルの向こうからピアノと犬の声が聞こえる以外には音がなく、それも次第に濃さを増す空へと吸い込まれていくようだった。

静かに光る星や、滲んだように浮かぶ家々と電柱の影。切り詰めたような冬の空気は少し動くだけで何かが張り裂けてしまいそうで、そんな中をずんずんと風を切って歩くのはすこぶる気分がいい。

誰か来ないかしら、と思った。そうしたら、さっきの事をおもしろおかしく聞かせてあげるのに。

夜の中で、橋の向こうの工場だけが所々オレンジ色に染まっていた。