20世紀の始めに合成されたケテンは4員環化合物の合成手法として利用され,数々の有用な物質を生み出してきた.しかし,その生成機構については迷走の連続であったといっても過言ではない.ほとんどの付加反応の機構がフロンティア軌道論で明快に説明できるのに反し,ケテンの付加反応は例外的な事例とされてきた.
具体例を以下に示す.
シクロペンタジエンとジフェニルケテンとの反応で3が生成する.シクロペンテンとは5が生成する.ケテンのC=C二重結合と[4+2]付加した化合物6は得られない.
反応は,見掛け上は2π+2πの反応であるが,オレフィンの二量化のように光照射を必要とせず,熱条件下で進行する.ケテンと2および4との反応では,2 (ジエン)との反応速度は4の場合より大きく異なる.その理由は,Woodward-Hoffmann則やフロンティア軌道論においては,副次(二次軌道)効果のためと説明された.しかし,その後,同位体効果の観点から協奏的機構の妥当性は疑問視され,代わって双生イオン (Zwitterion) 中間体を経る2段階反応の可能性が示唆された.
ケテンとシクロペンタジエンの{2+2]反応のフロンティア軌道法による解釈
2つの結合が直交した状態で反応すると考える.
二段階反応と解釈した場合の中間体
ところが,ケテン化学100年後の20世紀末に.シクロペンタジエンとケテンの反応はケテンのカルボニル基をジエノフィルとするDiels-Alder(DA)反応とDA付加体のCope転移の連続ペリ環状反応によるものであることが,町口氏により,明らかにされ,新しい局面を迎えた.実験的には,反応の経時変化をIRやNMRスペクトル法を用いて追跡し,中間体15の存在を実証している.
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TS1 (DA) の構造
TS2 (Claisen転位) の構造
ジフェニルケテンとシクロペンタジエンの連続反応に於ける遷移状態構造(RHF/3-21Gレベル計算)
T. Machiguchi, T. Hasegawa, S. Yamabe, T. Minato, J. Am. Chem. Soc., 121, 4771
(1999).
追補資料の座標をもとに描画.
言われてしまえば,フロンティア軌道法による解析で見事に説明が可能である.最終的には密度汎関数法による反応シミュレーションによって遷移状態構造,活性化エネルギーを求め反応経路の解析を行っている.このように反応機構が劇的に修正されたことから,以下のアズレン合成の第一段階であるケテンとシクロへプタトリエンの反応も連続ペリ環状反応を経由するものと考えられる.
出典 Wikipediaのアズレンの項目
有機合成化学協会誌の総説(1997)では,町口氏はケテンのジエン不認識問題を解決したと記している.確かに,ジエンに関しては,目立った反論は存在しないようである.一方,オレフィンとの反応については,「ケテンーオレフィン反応はケテンのC=0結 合を通 したオキセタン生成を経由する」, かどうかが今後の検討問題として残され たと述べている.
ところが,1999年のアメリカ化学会誌および「総説 ケテン化学の革新(歴史的な大きい誤りとその解決」において,オレフィンとの反応も以下に示すようにカルボニルを反応点とするStaudinger反応によるものであると記している.
オレフィンの構造により,開環体など種々の生成物が確認されている.
その間の研究動向,オキセタン中間体(21)の生成機構および21から22への変換機構についての研究報告を探してみたが,ウエブ上では見い出せていない.
追記
シクロペンテン(4)とケテン(1)の反応に於いて,反応点をカルボニルとした場合,オキセタン(中間体)は段階的な機構によって生成するはずである.さらに,オキセタン中間体からシクロブタノンへの転位?は如何なる機構によるものかも判然としない.相対安定性と反応に関与するC-O結合距離を非経験的分子軌道計算(HF-321G レベル)により求めてみた.生成物は中間帯より9.6 kcal/mol安定,中間体の>CH-O結合距離は1.491Å,かなり伸長していて切れやすいことが分かる.そこで,赤線で示すような結合の生成を仮定した反応路計算を行ってみたが,非常に大きな反応障壁が必要であり,ラジカル等を考慮する必要があることを示唆する結果がえられた.
中間体の構造 (HF-321G)
生成物の構造 (HF-321G)
参考資料
ケテン化学の革新(歴史的な大きい誤りとその解決 ... - CORE (掲載誌名 CACS forum : 埼玉大学分析センター機関誌, 出版年2000).ウェブ上でダウンロード可能.
総説 ケテンのジエン不認識問題 - J-Stage 町口,山辺,有機合成化学協会誌,55(1), 72 (1997).
シス,トランス型の2-Buteneとケテンとの反応において,シス型の方が反応速度が速いことから以下の遷移状態構造が提案されたこともあった.
総説に記載されている計算結果は以下の通りである.カスケード反応であることが理解できる.
無置換ケテンとシクロペンタジエンとの反応経路についての理論計算結果.
オレフィンとケテンの反応(オレフィンの構造によって22以外の化合物が生成する.
Staudinger反応の機構(ジエン中間体を想定し,その同旋的閉館反応として捉える)
以下はFMO解析を行うための関連化合物の資料である.
ジクロロケテンのLUMO
シクロヘプタトリエンのHMO
エチレンのHOMO
エチレンのLUMO
シクロペンタジエンのHOMO
シクロペンタジエンのLUMO
(2022/5/7)