多くの小規模社会において、人々はクランと呼ばれるいくつかの文化集団に分節化されている。同一クランに属する人々は(神話的な)祖先を共有する同胞として互いを認識している。そこにおいて、クランAの男性はBの女性と結婚せねばならず、CやDの女性と結婚してはならないといった規則が存在する。そのような規則の総体は親族構造と言われる。人類学者たちは世界各地で多様な親族構造を発見したが、一方で南米とオーストラリアの先住民の親族構造などがよく似ていることも発見した。つまり、親族構造にはいくつかの取りうる普遍的なパターンがあって、そのどれを採用するかによって多様性が見られていることを示したのである。そこで私は、カップルが結婚することで両配偶者の親族同士が連帯すること、親を共有することに同胞が協力すること、配偶者を巡って争うことでライバルが競争することという、結婚に関して多くの人間社会に一般的な観察事実に基づいてモデルを構築した。すると、進化シミュレーションにより多様な親族構造が自発的に生起することを示し、その多様性が協力の必要性と競争回避の必要性という環境要因への依存性として説明されることを明らかにした。ここで示された理論の結果は、民族誌データベースの統計解析によって支持された。
関連文献:
レヴィ=ストロース『親族の基本構造』1987年(原著は1947年)
Kenji Itao and Kunihiko Kaneko. “Evolution of kinship structures driven by marriage tie and competition.” Proceedings of the National Academy of Sciences 117.5 (2020): 2378-2384.
Kenji Itao and Kunihiko Kaneko. “Emergence of kinship structures and descent systems: multi-level evolutionary simulation and empirical data analysis.” Proceedings of the Royal Society B 289.1969 (2022):1-10 .
Kenji Itao and Kunihiko Kaneko. “Formation of human kinship structures depending on population size and cultural mutation rate.” Proceedings of the National Academy of Sciences 121.33 (2024): 1-9.
贈与は多くの社会に見られる現象である。与えられることによりお返しをせねばならぬという義務が発生することで、それは単にものの移動のみならず、社会関係を変化させる動因としても機能する。例えば、受贈者が適切なお返しをできた場合には贈与者と受贈者は対等に連帯するが、できなかった場合には受贈者が贈与者に従属的になる。そのような個人間の社会関係の総体はネットワークをなす。そのネットワーク構造にはいくつかのタイプがあり、親族関係に基づく小さな集団を多く含むバンド、経済的な格差があり大規模な集団が連合した部族、経済的にも社会的にも格差がある階層的な首長制社会などがある。この研究では贈与による人々の社会関係の変化をモデル化することで、贈与の頻度や適切なお返しのための利率などを変えた時にさまざまな社会構造が進化することを示した。特に、贈与の頻度や規模が増大するに伴って、社会はバンドから部族、そして首長制社会へと遷移する。このことは、人類史上で牧畜や農耕の開始などにより交換材が増大し、技術革新により物流や人流が加速することで贈与による相互作用が頻繁になり、社会構造を変化させていったということがありうるという歴史のシナリオを提案している。
既刊論文:
マルセル・モース 『贈与論』 2014年(原著は1924年)
エルマン・サービス 『未開の社会組織』 1979年(原著は1962年)
Kenji Itao and Kunihiko Kaneko. “Transition of social organizations driven by gift relationship.” Humanities and Social Sciences Communications 10.1 (2023):1-10.
Kenji Itao and Kunihiko Kaneko. “Emergence of economic and social disparities through competitive gift-giving.” PLOS Complex Systems 1.1 (2024) 1-16.
家族形態の進化
家族のあり方には多様性があることが知られている。子供が結婚に際して親元を離れるのか(核家族)、結婚後に三世代同居するのか(拡大家族)、また兄弟姉妹が独立するときに親の遺産は平等に分割されるのか後継が独占的に相続するのかといった違いがその例である。人類学者、人口学者、歴史学者などはそのような家族形態の違いが社会構造の違いや近代化時のイデオロギーの違いにまで反映されうることを明らかにした。しかし、それがなぜいかにして反映されるのかはよくわかっていなかった。そこで私は農村社会における家族の振る舞いをモデル化することで、土地が希少なときに拡大家族が、土地が十分にあるときに核家族が生まれることを示した。また、生存に必要最低限な富が多い時に平等な遺産分配が、少ない時に独占的な相続が進化した。それに加えて、拡大家族が進化する時に貧困層が厚くなり、独占的な相続が進化するときに格段に裕福な層が現れることがわかった。ここで、貧困層が厚い社会では保護的な政策が支持されやすく、富裕層が厚い社会では平等主義的な政策が支持されにくいという傾向があるであろうことは想像に難くない。これを思えば、家族形態とイデオロギーが関係することは自然な現象だといえる。以上の結果は、民族誌データベースの統計解析とも、いくつかの社会についての経済史の記述とも整合的である。
既刊論文:
エマニュエル・トッド 『世界の多様性 家族構造と近代性』2008年(原著は1999年)
Kenji Itao and Kunihiko Kaneko. “Evolution of family systems and resultant socio-economic structures.” Humanities and Social Sciences Communications 8.1 (2021):1-11