X線散乱法は、原子内の多数の電子による散乱情報から、物質の構造/周期性を知る有力な手段である。しかし、物質のさまざまな性質(物性)に重要な役割を演じる、電荷・スピン・軌道の自由度を担う電子は、原子あたり数個の電子である。従って、それらの電子軌道の状態を反映するX線散乱強度は極めて小さく、この電子状態を直接探ることは難しい。
X線のエネルギーを変えていったときに、あるエネルギー以上になると電子が軌道の間を飛び移る現象(軌道間遷移/吸収端)を利用するのが「共鳴X線散乱(RXS)法」である。この場合、電子が飛び移る先の軌道状態を反映した情報が得られ、物性を担う電子軌道の情報を感度良く得ることができる。従って、任意のエネルギーのX線を取り出すことのできる放射光が利用できようになり、初めて実現された実験手法である。
上述のようにRXSは、元素の吸収端を利用することで、 元素だけでなく、その軌道選択的に電子状態の周期構造を 調べることができる実験手法である。 従って、観測したい元素・軌道を指定すると、実験に利用するX線エネルギーは 必然的に決まる。その結果、硬X線を利用した実験だけでは、 観測できる電子状態が限られてしまう。例えば、3d遷移金属酸化物は、超伝導、巨大磁気抵抗効果、 巨大電気磁気効果など多彩な物性を発現し、注目されている系である。 ここでは、3d電子状態の持つ電子自由度である電荷・軌道・スピンの 多様な振る舞いが、多彩な物性の起源であることが解明されつつある。 従って物性発現の微視的な解明には、3d電子状態の観測が、 本質的に重要と言える。 硬X線領域でのRXSでは、3d遷移金属のK吸収端を利用することができ、 電荷・軌道秩序の研究が行われてきた。 しかしながら、K吸収端は1s→4p遷移であり、 4pの電子状態は観測できるが、3dの電子状態そのものの観測はできない。 (K吸収端でも四極子遷移過程を使うことで、 3d電子状態を観測することができるが、非常に弱い。)一方、L2,3吸収端は2p→3d遷移であり、 3dの電子状態が直接的に観測できる。 さらにK吸収端では微弱な共鳴磁気散乱が、 L2,3吸収端では非常に強く観測されている。 このような背景もあり、軟X線領域(200 eV < E < 5000 eV)での RXS実験を推進している。
またSPring-8が稼働している現状では、軟X線領域で輝度でなく強度を利用した研究が、 PFならではの研究の1つと言える。 加えて、次期光源の建設の話が出ているが、そちらで利用可能となる 世界最高レベルの軟X線の光を使った先端的研究展開を考える上でも、 軟X線領域での回折・散乱実験は重要と考えている。
これまでに建設してきた共鳴軟X線散乱実験用の真空中X線回折計群は、こちら。