「宇爾櫻神社 天王踊」(別名:「有爾中かんこ踊り」)は、三重県明和町有爾中にある宇爾櫻神社の天王祭(例祭)にて、疫病退散・五穀豊穣・氏子安全などを願って奉納するもので、音頭取り・ほら貝・シャンギリ・竜笛による演奏に乗せ、小学校低学年の子どもたち(綾子)は花や扇を持って踊り(綾踊り)、高学年以上は腰蓑をつけ、大人は赤熊も被り、かんこ(鞨鼓)を叩きながら踊ります。
例年、7月14日に近い日曜日の例祭に合わせていましたが、熱中症対策の観点から令和6年度より10月に奉納しています。
「宇爾櫻神社 天王踊」の起源ははっきりしていませんが、神社の幟を立てる石柱から宝暦7年(1757)には天王踊があると読み取れることから、江戸時代中頃が起源と考えられています。
かつて熱病が流行した際、奉納していた有爾中村には影響がなかったため、村が3軒になるまで絶やさないと決められました。
他所へ流出しないよう、練習を見せず、書き物をせず、氏子の長男に口伝えのみで受け継がれ、明治41年の神社合祀以降中断となっていましたが、敬神の熱意から昭和12年に復活していることが「宇示中青年團復興第一回天王踊昭和十二年度」と記された資料から確認できます。
その後、年々盛大になり、昭和31年に伊勢神宮へ奉納。昭和35年からの22年間は踊り手不足で中止にしていましたが、昭和57年の神社の宮建ち(20年に1度の建て替え)を機に復活。以降、ほぼ毎年行われるようになり、現在は有爾中天王踊保存会が中心となって、奉納と保存活動を行っています。
昭和60年には「宇爾櫻神社かんこ踊り」として、明和町の無形民俗文化財にも指定されています。
宮川流域の行事がまとめられた冊子(平成19年編纂)には、周辺調査として、かつて58箇所あった「かんこ踊り」のうち24地区で残っていること、有爾中のように神社の行事として残っているものはほとんどなく、多くは寺院の初盆供養行事であることが記されています。
他地域のかんこ踊りは猛勇な印象を抱くのに対し、泰然とした、しなやかな動きが多いのが特徴です。
天王祭の天王は須佐之男命:牛頭天王のことだと伝えられています。
入り込み
みないち→流願※→みないち→流願→みないち
みないち→世の中→小拍子→世の中打ち抜き
(ザイトリ)
みないち→きょまくま→頭打ち→三つ願→小拍子
みないち→回りズーデン→小拍子→綾踊り
みないち→流願→みないち→流願…
(もちまき)
※流願(りゅうがん):昭和57年に"立願"に変わるが、「願いを立てる」のではなく、「願いが達成され、流す」が本来の意義であることから、平成20年に”流願”に正式に変更。
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