村社「諏訪大神社」の八坂祭
旧暦六月十五日から、現在の七月十九日、二十日となる
諏訪大神社 村社創立不詳
安永年間、大正寺境内にあった恵日明神地内にあり
明治三年春、諏訪前の現在地に移転
明治四年(1871年)四月七日、村社として届け出
大里郡玉井村大字新堀字諏訪前七六五番地
明治四十二年(1909年)四月十六日、無格社で八坂神社 天神社 及び境内にあった天神社(北原)、山神社、合祀
昭和十七年(1942年)本殿・拝殿 新築
「御祭神
一、建御名方命(たけみなかたのみこと)稲、水の神 諏訪神社
二、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)武芸に猛た勇ましい神 八坂神社
三、菅原道真公(すがわらのみちざねこう)学問の神 天満宮
四、山神社」(1)
「昔、当社の地形は恐らく長野県の諏訪地方とよく似た所であり、諏訪地方から移り住んだ人たちが開発を進め、祀ったものであろうといわれている。」(2)
『拝殿社号額の裏には「防蝗壤疫(ぼうこうじょうえき)」と記され、当社が稲の神として信じられてきたことを物語っている。』(3)
《参考文献・資料》
(1)諏訪大神社拝殿案内板から
(2)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月_30ページから
(3)JR籠原駅北口ロータリー案内板から
新堀(にいぼり)
『地名の由来は、「新しい堀」から来ており、古くは「畑村」であった。』(4)
農業が盛んに行われていた。
慶長年間に奈良堰用水が新設されて、『「新井堀村」と改称し、後に「新堀村」になった。』(5)
籠原(かごはら)
『当地の古い字名である「籠原」(こもりはら)に由来している。
「籠り」とは沼地の意であるとされ、また、水を分配する水分(みくまり)の神が住む所で、「みくまり」から「くまり」「こもり」になったともいわれている。これらの伝承は古代の当地の様子を連想させるとともに、沼の岸に諏訪神社が祀られたことを想起させる。』(6)
案内板
昔の参道の位置
高崎線が通る以前、神社の参道は籠原駅北側から、神社(南側)へと続いていた。
《参考文献・資料》
(4)(5)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 5ページから
(6)JR籠原駅北口ロータリー案内板から
八坂神社神輿(天王様)天保十年(1839年)製作 作者不明
明治四十二年四月の八坂神社合祀前にできた神輿となるので、合祀前のお祭りがいろいろと気になります。
こども神輿 昭和十年代製作
少し昔の夏祭り
「戦前・戦後を通じて存在した青年団が戦後の混乱期に活躍し町内や神社の行事に参加、盛り上げに一役買っていた。」(7)
七月十九日 神輿清め、トンボの取り付け、飾り付け、神うつし
「新堀青年団員の大多数の者が神社集合。御輿を出して神社南側を流れる川(増田堀)まで担いで行き解体出来る物は解体して川水で洗い清め御輿の屋根は磨き粉を使って綺麗に磨き上げる御輿の清掃が終ると神社境内に安置」(8)
七月二十日 神輿渡御、神もどし、神輿収納
早朝出発した神輿は、当地一帯を巡幸したとのこと。
『世の中が安定すると共に青年団も解散となる、若者が町を出て行き夏祭りも昔のあばれ「てんのう様」の姿を見る事は出来なくなってしまった』(9)
籠原駅南側から中山道まで
※経路・場所ともに、参考文献・資料を参考に推測したものです。
《参考文献・資料》
(7)(8)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月31ページから
(9)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月32ページから
「御輿に郷愁はあるが担ぐ人がいない昭和四十年~六十年代、又、道路事情も悪くなた為神社境内や、駅前広場に安置した時代」(10)原文ママを経て、八坂神社神輿(天王様)渡御復活の機運が高まり、昭和五十五年(1980年)「神道高揚に努め御神威を仰ぎその恩恵に感謝し八坂祭典に万全の協力との趣旨に」(11)正式な祭り団体「神燈会」が発会。
発会当初独自製作の万燈みこしで夏まつりに協賛・六年の経験を得て、(12)昭和六十一年(1986年)歴史ある八坂神社神輿(天王様)の渡御が復活した。
平成七年(1995年) 神輿の宮出・宮入が復活した。
《参考文献・資料》
(10)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連行会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 32ページから
(11)(12)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連行会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 34ページから
昭和三十ニ年(1957年)に籠原本町が祭り屋台を造った。籠原町の屋台の製作は、昭和二十年代後半から三十年代と思われるが、詳細は不詳。神輿と共に、現在の籠原夏祭りの形態の礎となった。
たくさんの子供達が、屋台でお囃子を披露してお祭りを盛り上げた。
籠原本町の屋台 昭和三十二年製作
「もっと籠原本町を賑やかにして皆さんの生活の安定を計らう、其れには町起しとして本町の象徴として又、商売繁無病息災で過ごせる様」(13)屋台を造った。
「山車製作発起人本町々内会 十九名
棟梁 四名
彫刻師 一名」(14) 佐藤正貫(熊次郎)氏(玉井村生まれ)
《参考文献・資料》
(13)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 33ページから
(14)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 33ページから
籠原町の屋台
一台目の屋台 昭和二十年代後半~三十年代に製作(詳細は不詳)
「子供たちに ふるさと祭りに参加する楽しさを体験させようと籠原町の有志が協議して荷車を利用して屋台風に仕上げた、祭り用具である太鼓・小太鼓鐘等を新調して飾付け町内を子供達が一緒になって町内を巡行したのが始まりであった。」(15)原文ママ。
《参考文献・資料》
(15)書籍 ふるさと新堀の歴史 新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 34ページから
二台目の屋台 昭和二十年代後半~三十年代に製作(詳細は不詳)
車体を改造した屋台を新調。
三台目の屋台 昭和五十九年(1984年)から
二台目屋台の老朽化に伴い、新調の機運が高まり、祭事委員会を中心に話が進んでいた中、熊谷祇園会が製作を進めていた屋台を翌昭和五十九年に譲り受けた。
その後、改修をおこなった。
熊谷市の美土里町へ譲渡。
現在の屋台
平成二十年(2008年)熊谷市佐谷田地区から譲渡
熊谷うちわ祭り、筑波区から銀座区、銀座区から佐谷田地区へ譲渡された屋台、大正十三年製作の屋台と聞く
平成二十一年 ㈱國分工務店にて解体調査、改修決定
平成二十二年 伊勢神宮へ改修祈願、組立。その後、五年間で改修を行いながら巡行を行う
平成二十七年(2015年)第一期の改修完了 現在に至る
佐谷田地区から当町に譲渡された時のまま残しているもの
鬼板・懸魚・脇障子 彫刻 ⋯ 鬼板・懸魚は譲渡時、前側についていたが、現在は後側に取り付け。現在の屋台前側の鬼板・懸魚は新調したもの。
彫金(一部)
台棒
後輪車軸
前輪・後輪(焼嵌め、束詰、埋木、ヒビ埋、塗装等実施)
当町で行った主な改修
囃子台、欄干、屋根ほかを新調:㈱國分工務店
彫刻(屋台前側 鬼板・懸魚・台輪・後方欄干):㈲豊田彫刻工房(大里郡寄居町)
前輪・後輪 焼嵌めほか:㈲社寺建築戸部(大里郡寄居町)
始まりは、埼玉県深谷市新井「新井橋七夕祭りのお囃子」を新井地域に縁のあった人物が、当町に伝え指導したと聞く。
現在、以下の二つのお囃子が継承されている。
地囃子
鉦について、新井橋七夕祭りでは、ちちちち(スリ スリ スリ スリ)と鉦を摺っているところを、当町では、ちゃん(打つ)ちゃん(打つ)ちち(スリ スリ)と演奏している。どのような経緯があり違っているのかは不明。
きざみ
附け(小太鼓)、当初は、新井橋七夕祭りと叩き方(右手・左手の打ち方)が違っていたため、当町のお囃子の先達者が新井橋七夕祭りの打ち方に直したと聞く。その後、昭和五十年代から六十年代に、腕の上げ方を大きく変更している。
新井橋七夕祭りにおいて、「じばやし」「きざみ」と称しているかは確認しておりません。
その他のお囃子
籠原のお囃子の先達者達が、周辺地域(熊谷・深谷・群馬)のお囃子を見に行き、聞きに行き、昭和五十年代、昭和六十年代から籠原で演奏するようになりました。
正しいお囃子の名前(各地域でどう称されているか)につきましては、確認をとっておりません。良否あると思われますが当町では、元のお囃子から抜粋や変更をさせていただき、演奏させていただいております。
出囃子(ぶっつけ)
元のお囃子不詳
はや
新井橋七夕祭りのお囃子から
しげ
熊谷銀座区から籠原本町へ、籠原本町から当町へ
かまくら
熊谷本石区から籠原本町へ、籠原本町から当町へ
ころがし
群馬県太田市世良田地域のお囃子から
かわちがえ
深谷市明戸地域のお囃子から、かわちが「い」と称するとも聞く
ぶっきり(締めのお囃子)
元のお囃子不詳
これからも大切に演奏させていただきます。
笛について
すこし昔まで、籠原には笛を吹く人がおらず、「籠原夏祭りに笛の音を」という機運が高まり、籠原本町も籠原町も周辺地域のお囃子(熊谷本石区、深谷地域など)の笛を聞きに行き、手の動きを覚えて、練習して、徐々にお囃子に笛が加わり、籠原に笛の音が響くようになりました。
地域の先人たちが残してくれた籠原の夏祭りについて、ここにまとめてみました。
引用の間違い、事実と違うこと、ご存じのことなどございましたら、訂正・更新させていただきますので、ご指南、ご指摘賜りますようお願い申し上げます。
むかしの写真や資料をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただければ幸甚に存じます。
先人たちのおかげで、当地に歴史あるお神輿と二台の屋台があり、大人から子供まで楽しい時間を共有できる、ふるさとのお祭りがあることに感謝し、後世に引き継いでまいります。
「小さくてもいいお祭り」が挙行できますよう、精一杯、尽力してまいります。
令和七年六月吉日
籠原町祭事委員会
主に『ふるさと新堀の歴史』(書籍)新堀自治会連合会 編集委員制作 発行年月日 平成14年3月 から
神社境内案内板、諏訪大神社社務所新築記念碑
籠原駅北口ロータリーの案内板 などから