少年法適用の上限となる年齢を引き下げるための法改正を行うことに反対する刑事法研究者の声明

要旨

法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(「部会」)における少年法適用年齢の上限となる年齢を引き下げる立法措置の是非に関する審議がすすめられているところ、このような立法措置には重大な問題があるため、私たち刑事法研究者は強い反対を表明する。

1 部会では現在まで少年法適用年齢の上限の引下げに関して十分な審議が行われていない

少年法適用年齢の上限の引下げの問題が、部会で正面から取り上げられ、検討されたことは、2018年10月末日まで1度もない。少年法適用年齢の上限は、本質において、刑事政策のみならず青少年政策上も極めて重大な問題であり、関係する専門的知見を十分に踏まえて、多角的かつ慎重に検討を進めるべき問題である。拙速な審議は厳に避けるべきである。

2 少年法適用年齢の上限の引下げには積極的な根拠が必要である

部会設置後に行われた民法改正をめぐる国会審議では、民法上の成年年齢は単独でさまざまな取引行為ができ、親権に服さなくなる年齢であり、少年法上の成人年齢の引下げを必然的に帰結するものではないことが確認されている。18歳、19歳の若年者がいまだ成長の過程にあり、引き続き支援が必要な存在であり、社会全体として支えていかなければならないという視点が重要であることが説明されてもおり、複数の参考人からは少年法適用年齢の上限の引下げることへの反対意見が表明されている。

こうした説明が国会において公式に行われた以上、なぜ少年法適用年齢が引き下げられなければならないのか、立法措置としての合理性がより一層積極的に示されなければならないはずである。しかし、その合理性は今日まで示されていない。


3 部会において構想されている「若年者に対する新たな処分」は、現行制度の代替にはなりえない

部会が構想する「若年者に対する新たな処分」は、現在の少年司法制度と同等以上に有効な刑事政策措置にはならない。部会の審議のように民法上の成年は刑事上も大人として扱うことを前提とする場合、「新たな処分」のあり方は自由権保障との関係で問題が生じる。行為責任主義や比例原則に鑑みれば、施設内で身体拘束を行う少年院に相当する施設への送致や少年鑑別所送致を「新たな処分」の中に含めることができなくなる。適正手続保障の観点からは、家庭裁判所における非形式的な非公開の手続で審判を行うことにも問題が生じ、無罪推定の法理から、事実認定前に社会調査や鑑別が行われることにも問題が起こる。

こうした自由権保障を無視する場合、「新たな処分」は実質的には保安処分となる。民法上の「成年」を少年法上の「少年」として扱うことが許されないという前提に立つ以上、少年法の理念が及ばないこととなると考えるのが自然である。そうである以上、「新たな処分」においては、本人の成長発達を促すための働きかけに限定されることなく、再犯を防止するための措置がとられることになろう。これが他の年齢層に拡大しないという保証はない。

自由権を保障するための刑事上の諸原則にしたがい、「新たな処分」の内容を社会内処遇である保護観察に限定しても、問題は解決しない。この場合、家庭裁判所における調査と審判は事実上保護観察を課すか否かを判断するものとなり、教育的働きかけのプロセスではなく、すでに決まった結論へと向かう形式的なものになってしまう可能性が高い。現在非行少年に対する家庭裁判所の調査と審判が有している教育的な働きかけが失われる。

さらに、検察官が起訴猶予相当と判断することなく、刑事裁判所に起訴した事件については、「要保護性」の科学的調査とそれに応じた教育的な処遇を受ける機会を失うこととなる。


4 民法上の「成年」を少年法上の「少年」とすることはできない、とすることの誤り

部会で検討されている「若年者に対する新たな処分」が、いずれにしても、現在の少年司法制度と同等以上に有効な刑事政策措置とはなりえないという隘路は、民法上親権者の監護が及ばない「成年」を少年法上の「少年」として扱うことは許されないという前提に部会が立っていることから生じている。

そもそも、民法上の「成年」を少年法上の「少年」とすることはできない、との前提自体に重大な疑問がある。民法上の「成年」を少年法上の「少年」とすることはできない、との考えは、少年司法制度の形成および発展の歴史からみても正しいとはいえない。