INTORODUCTION
◆物質の非対称性と円偏光
キラリティとは、鏡像に重ね合わせることができない構造を指し、身の回りにも多く存在します。例えば手の形やネジの向きなどが代表例です。このような非対称性は、分子やナノ構造においても重要な性質であり、特に生命現象や機能性材料に深く関わっています。
こういったキラリティという概念は、最近の物質や生体科学の研究動向、特にナノ・マイクロスケールの構造化した物質による科学技術の新たな可能性から注目されています。
こうしたキラリティを調べる代表的な方法の一つが「円偏光」です。円偏光とは、電場がらせん状に回転しながら進む光であり、右回りと左回りの2種類が存在します。キラルな物質はこの2つの円偏光に対して異なる応答を示すため、その違いを測定することで物質の非対称性を調べることができます。
川野研では、「キラルな物質が円偏光の吸収することによって生じさせる力学的・機械的作用の解明」と、「流体中でのキラルな物質の動的な現象の円偏光による観測」を行っています。
RESEARCH CONTENTS
◆光で非対称な物質を操る
光トラッピング:キラルな物質に働く光圧
物体に光を照射すると、光のエネルギーだけでなく運動量も物体へと伝達されます。この運動量の変化に伴って物体に生じる力が「光圧」です。
この力を利用してナノ物質をレーザー光の集光点に捕捉する技術(光トラッピング)は、2018年にノーベル物理学賞の対象となりました。
こういった力は、これまで直線偏光を照射することで議論されてきましたが、キラルなナノ微粒子に円偏光を照射すると、左右の円偏光で異なる力が生じることが明らかになってきました。
川野研では、物質の非対称性と光のねじれの作用を明らかにすることを目指しています。
この物理的起源を解明することは、生体内における物質の光操作や、ソーラーセイルと呼ばれる宇宙空間で光によって推進する衛星の制御技術などへの応用につながることが期待されています。
Yamanishi, Junsuke, et al. "Optical gradient force on chiral particles." Science advances 8.38 (2022): eabq2604.
光トラッピング:キラルな物質に働く光トルク
さらに、光はエネルギーと線運動量に加え、角運動量を有する電磁波です。
光トラッピング技術の発展に伴い、研究の焦点は単に物体の位置を固定する(捕捉する)ことから、光の角運動量を利用して物体の姿勢や回転を制御する(操作する)ことへと広がってきました。
これは、光が物質に吸収される際、エネルギー保存則だけでなく角運動量保存則も満たされる必要があり、光の角運動量が物質の機械的な角運動量へと変換されるためです。
キラルな微粒子においても、左右の円偏光に対する吸収が異なるため、発生する光トルクにも差が生じると予想されます。
現在は、キラルな微粒子に働く円偏光による光トルクの差異の観測を目指すとともに、液中における運動機構の解明にも取り組んでいます。
◆光で物質の非対称性を観る
円二色性光学顕微鏡法の開発
物質は、その立体構造や電子状態、磁気構造に応じて、円偏光の回転方向(右回り・左回り)に対して異なる吸光度を示します。この性質は「円二色性」と呼ばれ、物質構造の特徴を表す基本的な観測量の一つです。
しかし、円二色性信号は通常、全吸収の1%未満と非常に小さいため、顕微鏡で空間的に分布を観測することは極めて困難であり、未開拓の研究分野となっています。
そのため、物質の円二色性を空間的に可視化できる市販の顕微装置は現在のところ存在していません。
川野研では、円二色性を光学顕微鏡で観測するための装置開発と、それを用いたイメージング解析を行っています。
円二色性光誘起力顕微鏡法の開発
探針(ナノスケールの微小な針)と試料に光を照射し、探針に働く光圧を検出することで試料の光応答を観測する顕微鏡技術が「光誘起力顕微鏡」です。
ここでは、さらに右円偏光と左円偏光を照射した際に生じる光圧の差を検出することで、物質のキラリティに由来する光の力を観測し、従来の限界を超えた空間分解能で試料のキラリティ分布を可視化することを目指しています。
Yamanishi, Junsuke, et al. "Optical force mapping at the single-nanometre scale." Nature Communications 12.1 (2021): 3865.
Yamanishi, Junsuke, et al. "Nanoscopic observation of chiro-optical force." Nano Letters 23.20 (2023): 9347-9352.