プロジェクト始動にあたって


なぜ教師教育学において実践研究をテーマに据える必要があるのでしょうか。

課題研究Ⅰ(実践研究)部会の活動開始に際して、このテーマ設定の必要性や意義について整理します。

2種類の「実践研究」

教師教育の分野で「実践研究」という用語はさまざまなかたちで登場します。

例えば、教職大学院の院生が、ある教科で教材開発を行い、実習校で実践してその結果を論文にまとめたとします。一種の実践研究です。そうした実践研究に取り組むことは教師の専門性開発においてどんな意味をもつのかといった問いが立てられるという点で、これは教師教育学が扱う内容になります。

一方、教職課程を担当する大学教員が、担当科目のなかで新たな試みを行い、そこでの出来事をもとに論文にまとめたとします。これもまた一種の実践研究です。よりよい教職課程のカリキュラムのあり方を実践研究を通じて模索しているのであり、これももちろん、教師教育学が扱う内容です。

前者と後者、いずれにおいても「実践研究」という用語が用いられています。けれども、その意味合いは異なります。

前者の「実践研究」は、学校などで行う一般的な教育実践の実践研究のことを指しています。学校の教師が子どもたちを対象に行うものがその典型でしょう。その実践研究を通じて、当該教科の教育実践の向上などが目指されています。

後者の「実践研究」は、教師教育実践の実践研究です。教師教育実践というのは、教えることの専門家を育てるための教育実践です。担い手と対象は、大学教員-学生、実習指導教員-実習生、ベテラン教師-若手教師、研究主任-校内の教師集団、指導主事-教師など、いろいろあり得ます。その実践研究を通じて、教師教育実践の向上が目指されています。

両者(一般的な教育実践の実践研究と教師教育実践の実践研究)は区別しておく必要があります。

例えば、本学会の『日本教師教育学会年報』には「実践研究論文」という区分がありますが、この区分で想定しているのは、教師教育実践の実践研究のほうです。単に、小学校における地域に根ざした社会科のカリキュラム開発の実践研究というだけでは、それに該当しません。

ただし、教師教育分野において、しばしば両者は入り組みます。

学校や教育委員会を退職して教職大学院の実務家教員になった方から、「(自身は必ずしも研究のトレーニングを受けてきたわけではないため)院生が行う実践研究をどう指導すればよいものか…」という悩みが出されることがあります。これはたしかに教師教育実践上の悩みです。ただし、ここでいう「実践研究」は、多くの場合、一般的な教育実践の実践研究のほうでしょう(現職院生が校内研修の企画運営などをテーマに実践研究を行った場合には、教師教育実践の実践研究になりますが)。この例に関して、教師教育実践の実践研究となるパターンは、その実務家教員が、院生の実践研究に対する指導のあり方に関して、自分と院生とのやりとりなどを題材にして実践研究を行った場合です。

同じ「実践研究」という言葉を使っていても、指すものが違っていては、議論がかみ合いません。まずは、上で見たように、一般的な教育実践の実践研究と教師教育実践の実践研究の2つを区別することが必要です。

実践研究一般に共通する課題と教師教育実践固有の課題

本課題研究では、最終的には、教師教育実践の実践研究の特質とあり方を明らかにし、その活性化や質の向上を図ることを目指します。

けれども、そのために、一般的な教育実践の実践研究を含む、実践研究一般についての検討も、並行して進めていきます。

というのも、教師教育実践の実践研究をめぐっては、実践研究一般に共通する課題と、教師教育実践の実践研究固有の課題とが重なって現れるからです。