趣旨
プログラム委員長 中川 涼司 (立命館大学)
多国籍企業の母国はかつては先進国が大半であった。しかし、「発展途上経済(developing economies)」の対外直接投資のフローは1990年代から顕著に増加しはじめ、2003年以降は先進国を上回るペースで伸びてきた。2010年代以降はアメリカに匹敵する規模になっている。その中心となったのは中国そしてインドであるが、その他の新興国もその列に加わった。
この現象は、多国籍企業の見直しを迫るものとなった。レイモンド・バーノンのプロダクト・ライフサイクル理論やダニングの折衷理論などの主流の多国籍企業論は先進国において企業特殊優位が形成され、それを土台に市場の不完全性に対応し、立地優位や内部化優位などを活かすため対外直接投資を行うと想定してきたからである。その理論では、新興国が先進国に達しないまま対外直接投資を行う理由が十分に説明できなかった。Wells(1983)は「小規模技術」(Small-scale Technology)論を展開し、Lall(1983) も「ローカル化された技術革新」(Localized Technological Change)論を主張した。これら新興国企業は先進国企業以上に他の途上国の条件に適合的な優位を有していることを主張するものである。また、Dunning(1990) は,さらに「創造性資産(Created Asset)」の概念を提出した。それは,対外直接投資の以前にすでに所有特殊優位があることを前提にするのではなく,むしろ,その獲得や発展のために対外直接投資を行うタイプの対外直接投資であった。ダニングらの議論は,途上国からの多国籍企業をテーマにしたUNCTAD のWorld Investment Report 2006(UNCTAD[2006])に結実した。同書は,発展途上国からの多国籍企業化の動機と戦略として,市場追求(Market-seeking),効率性追(Efficiency-seeking),資源追求(Resource-seeking),創造性資産追求(Created asset-seeking),その他(国家の戦略資源の獲得,国家としての後発性利益としての知識獲得目的)を挙げた。創造性資産獲得理論は戦略的資産獲得理論ともされた。
これらをベースに対外直接投資が逆向きの技術移転をもたらすという逆技術スピルオーバー理論も展開された。
Mathews(2006)は創造性資産獲得をプロセスとしてとらえ、リンケージ(Linkage)、を梃子(Leverage)としつつ、学習(Learning)をするというLLLフレームワークを提案した。それに対しNarula(2006)は,伝統的なレディング学派の観点からLinkageとLeverageは新しいものではないとコメントした。
Buckley et al[2007] は中国企業の多国籍企業の決定要因について,12 の仮説をたて,かつ,それらを年代別に数値的に検証した。
Ramamurti(2009)は新興国発多国籍企業は①天然資源分野の垂直統合型、②途上国市場に適した製品開発型、③低価格製品の供給型、④グローバル規模の業界再編主導型、⑤新産業のフロントランナーの5類型を提示している。
これらの世界的な研究動向をうけ、日本でも新興国発多国籍企業論が大きな研究分野となっている。
このように新興国発多国籍企業の現実の発展と理論の発展は同時並行的に進行してきた。しかし、新興国発多国籍企業といっても一様ではなく、また、母国と受入国の組み合わせも多様であって、まだまだ多くの研究の余地が残されている。
以上の点から、この統一論題ではインド、中国、ASEAN発の多国籍企業の現状とその理論化について議論する。
第1報告 藤澤 武史(大阪学院大学)「インド系多国籍企業の市場参入方式決定に関する理論 —スプリングボード理論との対比—」はインド系多国籍企業の発展を説明する理論としてスプリングボード理論があるが、その理論の妥当性を検討する。
第2報告 小林拓磨(松山大学)「中国企業の国際化 —多国籍企業の深化段階論による分析—」は新興国発多国籍企業の中心的存在となった中国多国籍企業を深化段階論的に考察するものである。
第3報告 牛山隆一(敬愛大学)「拡大の後の国際経営―ASEAN新興多国籍企業の海外事業再編―」はASEAN発多国籍企業の二類型である「グローバル型」と「リージョナル型」が今日再編されつつあることを明らかにするものである。
討論者は藤澤報告、牛山報告については穴沢眞(小樽商科大学)、小林報告については中川涼司(立命館大学)が担当する。
報告の司会は米田康彦(広島修道大学)、パネルディスカッションのモデレーターは黒川 基裕(高崎経済大学)が担当する。
本会のこれまでの多国籍企業に関する議論は日本企業のアジアへの進出という視点が主であった。しかし、今回はアジア発で世界に進出する企業に焦点を当てている。アジア企業を総合的、多面的に捉えることを趣旨とする本会にとっては、アジア企業の国際展開をとらえることはもはや不可欠の課題である。
新興国発多国籍企業論の泰斗であるRavi Ramamurti氏の特別講演と併せて、新興国発多国籍企業論の活発な討論が行われることを期待したい。
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