シンポジウム

 シンポジウム1 「音を楽しむメカニズムと効果: 基礎研究と医療応用をつなぐ試み」

企画者

松井 淑恵(豊橋技術科学大学)

田部井 賢一(東京都立産業技術大学院大学)

企画趣旨

感覚器に入力された物理刺激は、環境の情報を伝え、情動を引き起こし、記憶されます。末梢から大脳皮質までの感覚システムは、多種多様な体験を形作ると同時に、こわれやすい身体の一部で医療の対象にもなります。

聴覚分野での医療応用研究としては、音楽を利用した運動、発話、認知症のリハビリテーションや、失音楽症を通した脳機能研究といった多様な実例があります。音楽は、聴覚の基礎研究分野で最近注目されている人工内耳に関する研究でもたびたび登場し、聴知覚の再獲得にあたって音楽体験が良い効果をもたらす報告もされています。これらの臨床応用に用いられる音刺激は、理解できることが前提になっていますが、これが加齢等によって明瞭に聞こえにくくなる症状から、聞こえにおける聴覚機能の推定とモデリングを行う研究も多数発表されています。

このように、臨床現場における医療応用と基礎研究はグラデーションを成しています。しかし、方法も目的も異なる研究から得られた結果を利用することは簡単ではありません。本シンポジウムでは、音楽をひとつのキーワードとする多様な研究例を紹介した上で、基礎から応用へ、あるいは応用から基礎へ、どのようにすればお互いの知見を活用し、協力できるかを議論したいと思います。

講演者および講演内容(敬称略)

田部井 賢一(東京都立産業技術大学院大学)

非薬物療法としての音響的要素:EBMとMBIsの観点から

長い間にわたり、音や音楽に関連する音響的要素は、治療においてその効果が広く認識されてきた。そして、今日においてもその有用性はますます注目されている。音響的要素を治療に適用する際には、対象となる疾患や症状、適切な治療方法、そして効果を明確に評価することが欠かせない。パーキンソン病におけるRhythmic Auditory Stimulation、失語症に対するMelodic Intonation Therapy、認知症の症状に対する効果など、エビデンスが確立されつつある。音響的要素が患者の生活の質を向上させ、症状を軽減する方法を具体的な症例を交えて紹介する。また、音響的要素を活用した治療の現在の状況と、克服すべき課題について概観する。

中田 隆行(公立はこだて未来大学)

人工内耳を装用する難聴児と健聴児を対象にした、音楽と音声言語の知覚、表出の発達

ルの獲得を期待できる。電極数の少なさや電気刺激の特性などの要因により、人工内耳の周波数分解能は限定的であるため、装用者によっては韻律検出、雑音下での音声認識、抑揚などの韻律、音楽のピッチなどの知覚が困難となる状況も指摘されてきた。本講演では、主に実験的手法による実証的研究をもとに、小児の人工内耳装用者の音楽と音声言語の知覚、表出に関する知見を紹介する。定型発達児を対象にした実験的手法による研究により、音楽体験はタイミング知覚、ピッチ知覚や音色知覚課題における成績を高めることが明らかになってきた。音声言語の獲得後、小児人工内耳装用者の多くが音楽活動を楽しんでいることも知られている。人工内耳装用児医療・教育・音楽療法の専門家と共同で行うことで明らかになった音楽体験が聴取成績を高める可能性についても紹介し、この研究領域の将来の展望について考察する。

角南 陽子(東京都立神経病院)

失音楽症例からみた音楽の脳内メカニズム

脳損傷により音楽能力が障害されることが最初に陳述され、100年が経つ。失音楽以外の高次機能障害を伴わない純粋症例(pure amusia)が存在することから、音楽は脳内で独立した情報処理過程を有していると推察される。歌唱が拙劣になる表出性失音楽は右半球損傷に多く、馴染みの楽曲を聴いて同定ができなくなる受容性失音楽は一側または両側の側頭葉損傷に多い。音楽の脳内メカニズムは未解明な部分が多いが、今回、失音楽を呈した自験例と既報告をもとに、病巣研究をすすめる。

古川 茂人(静岡社会健康医学大学院大学)

「聞こえ」の困難への心理物理学的アプローチ

音が「聞こえる」からといって「わかる」とは限らない。音を「わかる」ためには、音に含まれる様々な形の多様な情報を分析する必要があり、それは精巧な末梢・内耳の機能と多段階の中枢神経情報処理によって成り立っている。講演者は特に時間情報処理メカニズムに着目し、心理物理学やモデリングの手法によって、聴覚におけるその機能や役割にアプローチしてきた。音楽の要素であるピッチは時間的周期性と対応している。音の時間的変調が言語情報を表現するという知見が、現在の人工内耳技術の基盤となっている。ある種の聞こえの困難の背景に、時間情報処理機構の問題があることも示唆されている。本講演では、これらに関連する講演者の取り組みを紹介し、臨床的な課題や展望と合わせて論ずる。

パネルディスカッション

田部井 賢一(東京都立産業技術大学院大学)

中田 隆行(公立はこだて未来大学)

角南 陽子(東京都立神経病院)

古川 茂人(静岡社会健康医学大学院大学)

司会(ファシリテーター)

松井 淑恵(豊橋技術科学大学)

 シンポジウム2 触覚・身体感覚の心理物理

企画者

久方 瑠美(東京工業大学)

企画趣旨

知覚や認知システムが、環境から情報を取得する行動のためのものであるとする知覚循環モデルは、1970年代にナイサーが提案したものである。近年、身体をもたない機械が人が作るような自然な文章・会話・絵画を生成できるようになってきた。このような人工知能研究の流れから、知能には身体性が必要かどうかという疑問が生まれ、また一方で人間の認知が寄って立つところの身体性が見直されている。本シンポジウムでは身体性をもつ人間の認知特性を考えるきっかけとして、末端の触覚から、触覚間統合、そして多感覚統合から身体制御まで、触覚・身体感覚の心理物理の最新の知見を紹介していただく。

講演者および講演題目(敬称略)

黒木 忍(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)

指腹における空間パターン認識についての考察

Hsin-Ni Ho(九州大学)

Multisensory interactions between thermal and tactile stimuli / 温・触覚間の多感覚相互作用

松宮 一道(東北大学)

 身体意識と運動制御—身体の気づきはどう動きに関わるのか—


 シンポジウム3基礎心理学によるもう一つの社会貢献:大学と企業の共同研究 

企画者

谿 雄祐(北陸大学)

企画趣旨

文部科学省が大学に対して知の社会還元と戦略的な経営(財政的自立化)を促すようになり,各大学は教育・研究面で独自性を発揮するための戦略の企画とそれらを実現するための人材の確保・育成に努めています。文部科学省による「研究大学」,「社会共創」,「産学連携」といった教員の新たな活動(主に外部資金獲得に関する活動)をシステマチックに支援する部署の設置,URA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレータ―)という「第三の職種」の配置もその一つといえます。

しかし,このような取組みは大学内外の環境と密接に関連するものであり実に多様ですし,研究者の意識・認識も経験や立場により様々です。とは言え,研究者・大学にとって,社会貢献・広報戦略や資金獲得手段として企業との共同研究の重要性が増していることは紛れもない事実です。そこで,本シンポジウムではURA,大学の研究者,企業の研究員のお三方から制度の概観や現状の解説,事例紹介をいただいた後,パネルディスカッションを通じて企業と大学の共同研究のあり方について,皆様と考えたいと思っています。

講演者および講演題目(敬称略)

畑山 佳紀(豊橋技術科学大学)

豊橋技術科学大学の産学官連携の取組み

四本 裕子(東京大学)

錯視研究から共同研究へ:ストーマ装具を目立たせない入浴用シールの開発

松嵜 直幸(サントリーグローバルイノベーション株式会社

食品開発への心理学の活用

パネルディスカッション

畑山 佳紀(豊橋技術科学大学)

四本 裕子(東京大学)

松嵜 直幸(サントリーグローバルイノベーション株式会社)

司会(ファシリテーター)

谿 雄祐(北陸大学)