Rさんは2018年9月に埼玉県の派遣会社に登録し、自動車部品製造会社に派遣され、トラック用シートの部品補助作業に従事した。2019年4月派遣先工場構内で右肩腱板を断裂、さらに、同年9月に同社工場構内で右肩を庇い作業を続ける中で左肩腱板断裂の労災が発生した。
Rさんは首都圏移住労働者ユニオンからの紹介で、2020年1月にJMITUに加入。2月に派遣会社との団交で、「①派遣会社は、Rさんの労災期間中は法に従い雇用を維持し、解雇及び不利益な取り扱いを行わず契約更新を維持していく。②労災手続きについて支部と協力し、すすめていく。③労災事故の原因及び対応など経緯について、事実関係を明らかにするため、引き続き支部との協議をすすめていく。④Rさんの傷病状態を確認しながら、処遇について支部との協議を重ねていく」を確認した。右肩腱板断裂の再手術が2020年9月に行われ、自宅での療養およびリハビリがすすめられてきた。2020年10月左肩の腱板断裂に関しても労災申請を行い、会社は否定したが所沢労基署は医師の判断のもと認定した。2023年5月で労災補償打ち切りとなり、人工関節置換のための健康管理手帳交付は2023年12月に(アフターケア制度)、右肩の障害補償給付は4月に、左肩の障害補償給付は7月に決定通知がおりた。
労災打ち切りとなったものの、就業できる状態でなく、2025年4月に福生市に生活保護を申請し認定された、合わせて水道料金の無料化も申請し認められた。5月にMRI検査を行い、右肩人工骨手術を6月に入院し行うこととなった。術後、病院から、この手術は再発による労災療養支給で対応すると言われ、5号様式の請求書を病院と調剤薬局に提出した。7月に退院し、以降リハビリ通院をしている。
人工関節は一定期間で入れ替えの手術が必要となり、そのための経過観察と手術費用がアフターケア制度により無償で行われる。今年6月に通院し、次回は1年後の予定である。医師とのコミュニケーション補佐のため支部役員が同行している。健康管理手帳は最初が3年、以後5年ごとの更新となり、今年11月までに更新となる。更新時には労基署から案内が届く。更新を怠ると以後受けられなくなるので注意が必要である。
訪問看護で働くSさんは、訪問回数が少なく赤字だから賃上げは難しい、賃金を下げて傘下の別法人への転職を勧める、との面談や就業規則の不提示などを不満としてJMITUに加入しました。支部は、状況を聞取り、就業規則一部変更にあたって意見聴取がされていないこと、時間外労働の時間把握が30分単位となっていること、雇用契約書に示された通勤手当がいつの間にかなくなっていること、等の是正と、会社経営資料を示しての賃上げ額のカットに関する説明を求めて団体交渉を申入れました。9月に行った団体交渉では、労働時間管理を1分単位とする回答はありましたが、通勤手当は労基署に確認したが問題ないと言われたと対応を拒みました。団交を受けて、支部は未払い残業代の計算を行い、また、通勤手当が時給制から月給制に雇用条件を変える際の賃金目減り分の救済処置と言えるものであり書面で提示されていること、労働者の合意なく減らされていることを文書で明らかにし、労基署からも不利益変更であり回復されるべきとの助言も得て、2023年11月17日に団体交渉を申入れた。会社は時間外労働時間の精査と業務多忙を理由に団体交渉開催を延期し続け、やっと2024年4月26日に団体交渉を開催したものの、精査したはずの時間外労働に関しては定性的な説明のみで、会社側の把握時間の提示も行われず、通勤費に関しては会社の考えを繰り返すのみの不誠実交渉であった。
その後、担当者のもたつきによって、都労委へのあっせん申請が2025年3月18日と大きく後れたが、会社もあっせんを受け入れた。しかし、6月3日のあっせん日直前に社長がコロナにかかったとキャンセルとなり、その後の2回日程調整でやっと決まった9月11日は当日キャンセルという不誠実な対応であった。支部は12月22日に都労委に救済申立を行った。2月20日、3月23日の2回の調査を経て、和解による解決となった。
Oさんは、2019年11月に精神障害者等級3級の障がい手帳を交付され、2022年6月1日に日本冶金工業(株)川崎工場に障害者枠で雇用された。その後、4回の更新をして2023年10月1日~2024年3月31日の5回目の契約期間満了時に雇止めされた。
2023年2月頃、有給取得計画提示に関して精神障害の同僚女性に対するジョブサポーターのあまりに高圧的な物言いで、女性はそれに耐えられる人ではないこと、並びにそばで聞いていたOさんも体調を悪化しそうになり、緊急対応として「有給休暇はいつでも認められるはず」と口をはさんだが、ジョブサポーターは「会社には伝統がある」と言い、態度を改めなかった。この件について、Oさんは人事部次長に報告し是正を求めたが、改められなかった。
その後、Oさんは6月1日より他の場所に異動となったが、9月になると、ジョブサポーターのパワハラの対象になっていたこの同僚女性から、パワハラに耐えられない、助けてほしいと救済を求められた。Oさんは、会社に対しパワハラの実態を伝えたが、会社はパワハラ事実を否定し、改善せず、この女性は退職していった。
その直後の11月9日、Oさんは人事部次長から、会社の女性からセクハラ被害の申し立てがあったとして、事実確認もせずOさんがやったと決めつけ解雇通告し、自主退職するのであれば以後は出社不用と通告してきた。
この相談を受け、申し入れた団体交渉で、この人事部次長は解雇通告はしていない、退職勧奨をしただけであると申し開きをした。退職勧奨であるなら拒否する、その場合どうするのか、11月9日の面談でOさんは強いショックを受け主治医から安静加療の診断を得ている、休職扱いにするのかを確認したところ、会社は了承した。
ところが、2月に復職を申し出ると、会社は雇止めの通知をしてきた。組合は雇止め理由書の提出を求め、この理由書は事実誤認やセクハラ調査対応の基本も踏み外し、一方的にOさんがやったと決めつける異常なものであることを指摘し、雇止め撤回を求めたが会社は撤回しなかった。
Oさんは自らの潔白を証明すると共に、障害者の最後の砦である障害者雇用枠が、会社にとって都合良く使われないようにすることは労働組合員の役目であると考えており、これを受けて裁判準備を進め、地位確認とバックペイ並びに将来賃金の支払いを求めて、2024年11月19日に訴訟を東京地裁立川支部に申し立てた。2025年3月4日第1回弁論以後、組合出席の上で10回の弁論準備として審理が進められ、2026年5月21日東京地裁立川支部にて和解解決した。和解内容は、「①労働契約法19条の要件を満たさない雇止めであったこと②被告が雇止め理由としたセクハラについて、セクハラにあたるような身体接触はなかったこと、原告への事実確認をせず退職勧奨したこと、繰り返し指導した事実はないことを認めたこと③被告は障がい者の職業の安定をはかるという障がい者雇用促進法の趣旨に基づき、障がい者の長期職場定着に向け、職場環境の整備に努める」という原告の主張をほぼ網羅する画期的な勝利和解であった。
廃棄物処理・総合解体業の事務員として勤続8年超のSさんは、経営困難を理由に2025年6月半ばに同僚の女性とともに6月末解雇を通告された。Sさんは、解雇自身は争わないものの納得のいかない点を解決したいという要求をもって相談に来た。①5月まで支給されてきた特別手当を「前の社長がやったことで自分はしらない」と1年前に就任した社長に6月分だけカットされたが払ってほしい②解雇予告手当が必要ではないか③うちには有給はないと言われ、1回もとったことがない、やめるならそれなりの対応をしてほしい、という要求を持っていた。
①は労働条件の合意なき不利益変更、②は労働基準法違反、③は労働基準法違反で30万円の過料を科せられるものであり、それぞれ支払いを求めて団体交渉を申し入れた。
2回の団体交渉を経て、解雇予告手当、特別手当減額分の支払いを認め、和解協定書の調印をしたものの、2026年1月になって、破産申立て手続きを予定するという代理人弁護士からの債権調査票が送られてきた。支部は、事実上の労働債権として調査票に回答したが、その後、代理人弁護士からの連絡はない。
派遣元S社からP社に派遣されたYさんは、一度の契約更新で契約が打ち切られました。本人の勤務態度に問題があったとの担当者の説明に納得できないと、派遣元S社社長に要求を出し説明を求めました。回答は、勤務態度と共に契約時にも更新時にも話の無かった正社員が入る迄の短期契約との末端の社員作成のA4一枚のものでした。会社の対応に納得できないと当支部I組合員の紹介で組合に加盟しました。P社にはYさんの後も派遣元S社から別の人が派遣されていました。P社の取締役からは正社員の話もあり仕事の上では評価もされていました。派遣元S社ではコロナ下でも問題となる対応がされるなど、Yさんの怒りは強く、その思いを団交にぶつけ3回の団交と窓口折衝の結果4月2日に和解協定を結び解決しました。
試用期間を3カ月として期間の定めのない雇用契約を結んだYさんは3ヶ月の試用期間をさらに3ケ月延長する中で、未経験の仕事に取り組んでいたところ、試用期間延長直後に、能力不足を理由に解雇されました。組合に加入後、試用期間を残しての解雇は雇用契約法違反で無効であり、能力不足についてもYさんの経歴を見れば業務に習熟するためには、それ相応の期間を要することは入社時に会社も理解していたはずで、解雇は一方的で、撤回するよう求めました。経営者と弁護士同伴の最初の団体交渉で、試用期間満了までの賃金を含む解決金を支払うことで解決しました。その後Yさんは新しい職場で働いているとのことです。
Iさんは、2020年10月以来2025年4月まで、4年半にわたって夜勤専門で働いてきました。そうしたところ、日勤のシステム課の職員を探していた会社に働きかけられて、異動しました。Iさんは明るさに過敏で昼間の業務は難しいことを告げ、週3日1日7時間の雇用契約にて異動しました。昨年中はなんとか頑張って働いたものの、今年1月以降は疲れがひどく、家に帰ると眠ってしまい、食事もとれず、体力が落ちてしまいました。3月の帰社時に貧血を起こし、起き上がず出社できなくなりました。夜勤に戻してくれるよう会社に申し出ましたが4月に戻す職場はないと拒絶され、休職となっていました。さらに、契約期間満了が5月に迫っていました。
町田地区労経由で、Iさんを紹介され、町田地区労と共に労働相談をした結果、JMITUに加入して団体交渉で解決を目指すことになりました。すでに5年以上働いていましたので、急いで無期転換の申し入れを行なったのち、団体交渉を申し入れました。7月の第1回団体交渉で、傷病手当金他の要求は認められたものの、夜勤職場への復職は、現在空きがないという返答でしたので、引き続き復職職場の協議を進めています。
20年勤務していたNさんは、会社でのストレスが原因の疾患のため、治療に専念する必要から欠勤を余儀なくされました。Nさんは会社からの直接の働きかけが治療に支障をきたすとのことから、組合に加入し、会社とのコンタクトを組合に依頼して治療に専念することになりました。現在治療のための休職に入っており、治療の状況を見ながら組合として必要な対応を検討していくこととなっています。
Mさんは、教育機関への派遣を行う派遣元から、8年半に渡って高等学校に派遣されてきた派遣労働者です。ところが昨年4月に派遣先が雇用した講師によるパワハラが始まり、5月には休まざるを得なくなりました。派遣先にパワハラの訴えを行い、6月下旬に行為者との分離をおこなうという派遣先からの改善策提示があり、復職したものの、その日のうちにパワハラにあい、数日で休業を余儀なくされ、派遣先の相談窓口に正式に訴えを行いました。10月になって報告書が出て、パワハラは認めたものの、改善処置は取られませんでした。Mさんは派遣先から、ごく少ない出勤日を指示され、その中でもパワハラ被害を受け続け、12月からは出勤日がなくなりました。こうした苦情を派遣元にも伝えていたにもかかわらず、派遣元は派遣先に対し社員の安全を求めることもせずに放置しました。こうした事件を背景にMさんは派遣契約の更新をせずに、派遣元の責任を問うて労働局あっせんを行いましたが、派遣元は拒否してきました。
こうした相談を受けて、支部は派遣元と派遣先に対し賃金不足分と医療費の支払い、慰謝料を求めて団体交渉を申し入れました。