大会長ご挨拶


日本学校メンタルヘルス学会 第25回大会

大会長  北見 由奈(湘南工科大学 工学部 / 公認心理師 / 専門分野:健康心理学)

大会テーマ「学校メンタルヘルス × 工学」について


2013年にオックスフォード大学の研究チームが,10~20年後に「なくなる仕事」と「残る仕事」を予測した研究論文は世界中を驚かせた。AI(Artificial Intelligence)が発達することにより,「今後10~20年で,日本の労働人口の約49%が就いている仕事がAIに代替可能」と言われている。一方,「残る仕事」として教師,介護職,カウンセラー,エンジニアなどが挙げられている。

著者は,工科大学の教員養成課程に携わっているが,学生から「将来,教師の仕事はなくならないですか?」と質問されることがある。そのようなときは,「皆さんは,教師の仕事はなくなると思いますか?」と聞き返すようにしている。おおよその回答傾向としては,「なくならない」が1割,「なくなる」が1割,「わからない」が8割といった様子である。胸を張って「教師の仕事はなくならない」と回答する学生が1割程度であることに寂しさを覚えつつ,「なくなる」と回答した学生に理由を尋ねてみると「単語や歴史,公式を覚えたり,計算したりする授業だったらAIの方が効率よく勉強できる」という主張である。裏を返せば,現代の学校教育は「AIの方が効率がよい」と感じさせてしまう授業をしているともいえる。この背景には,教員不足や業務過多などによって,児童生徒への個別的支援や授業準備に時間を確保できないことが影響し,教育の質の低下につながっていることが1要因と考えられる。

文部科学省は,「教員のブラック化」を改善するべく様々な施策を打ち出しているが,その1つとして「GIGAスクール構想」が挙げられる。2019年12月に文部科学省が打ち出したGIGAスクール構想の目的は,小中学生に対して「多様な子どもたちを誰ひとり取り残すことのない,公正に個別最適化された学びの実現」である。その土台として, ICT(Information and Communication Technology)を基盤とした先端技術の導入による教育の推進が図られることとなった。GIGAスクール構想は,当初5カ年計画で進める予定であった。しかし,2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により各教育機関が臨時休校となり,対面での学習がストップする事態となった。GIGAスクール構想の目玉は「プログラミング学習」であったが,コロナ禍によって「いつでもリモート学習に切り替えられる環境を実現する」といった役割が強く期待されるようになった。COVID-19の収束が見えないなか,再び臨時休校となるかもしれない状況を踏まえ,GIGAスクール構想の実現は2020年度内へと前倒しされ,2021年4月より,日本中の小中学校で1人1台ずつ学習端末が配布されることになった。これを受け,急遽,端末の購入やネットワーク工事の手配,端末の初期設定等に教職員の業務時間が割かれることとなった。COVID-19拡大防止対策に加え,GIGAスクール構想の前倒しによる環境整備は,教職員のメンタルヘルスに大きな負担を与えた。最近では,校内で感染予防対策を中心的に担った教員が精神的に追い込まれたり,休職した教員の業務をカバーした別の教員が,負担増で倒れたりするといった状況が報告されている。一方,ICT環境が整備されても,それを活用した教育を実践できる教員がいない,ICT教育カリキュラムが整備されていない,ICT教育をサポートする人材が育成されていない,情報倫理とセキュリティ教育の遅れ等の問題がある。さらに,フィンランドを中心とした北ヨーロッパ諸国では,1990年代よりICTを活用した教育が導入され始めたが,近年では,子どもたちの心身への影響が懸念され,ICTの導入に慎重になる動きもみられる。我が国においては「教育の情報化に関する手引(令和元年12月)追補版」(文部科学省)にICT活用における健康面への配慮として「目の疲れなど視覚系への影響」「姿勢などの筋骨格系への影響」「疲労への影響」「心理的な影響」が記されている。

学校現場へのICT活用は,「教員の業務軽減と効率化」「教育活動の質の改善」を図るための1つのツールであり,ICTを導入することによって,教員の負担が増加し,教育活動が滞ることは本来の目的に反することになる。さらに,ICT活用の教育的効果や子どもたちへの心身への影響が十分に検証されていない状況で,GIGAスクール構想を推し進めることに危険性はないのかといった疑問が生じる。このような背景から,Society5.0 (注)に向けて「工学が学校メンタルヘルスへどのように貢献しうるのか」,また「学校現場でICTを導入,活用していく上での課題は何なのか」を学校メンタルヘルスの視点から議論できる場として,第25回大会のテーマとしたい。


(注)Society 5.0とは,「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会(Society)」と定義されている(内閣府『第5期科学技術基本計画』)。現在のSociety 4.0が抱えるさまざまな課題に対して,最新技術を利用して克服し,社会の変革を通じて日本が目指すべき未来社会の姿であると提唱された。

第25回大会に向けて


日本学校メンタルヘルス学会にとっては,設立から四半世紀を迎える節目の大会となります。25回大会記念として,歴代理事長によるリレー講演を企画しております。未だにCOVID-19の収束が見えない所ではありますが,できるだけ学会員の皆さまとお会いできるようにICTを活用し,対面形式とオンライン形式の両方を組み合わせたハイブリット形式での開催や大会プログラム・抄録集のペーパーレス化などを検討しています。

会場となる湘南工科大学は,藤沢市に位置し,最寄りの辻堂海岸までは約800メートルの立地です。残念ながら会場から海を望むことはできませんが,風向きによっては,潮の匂いを感じることができます。また,江ノ島や鎌倉にも近く,天気が良い日には海岸沿いの国道を歩きながら新江ノ島水族館に行くのもオススメです。

大会日程は,2022年2月11日(金・祝)~12日(土)となりますので,ぜひ多くの方にお越しいただき,日曜日に湘南観光をお楽しみいただければ幸いです。


現在,大会準備委員で開催に向けた準備を進めております。

皆さまからのご意見・ご要望などがありましたら,ご遠慮なくお声掛けいただければ幸いです。

第25回大会開催形態変更のご報告 

 


 日本学校メンタルへルス学会第25回大会は湘南工科大学と全国のみなさまをオンラインで結ぶハイブリッド大会の開催を模索してまいりましたが、昨今の急激な新型コロナウイルス感染拡大の状況を鑑み、オンライン開催へと変更することを決定いたしました。

実行委員一同残念ではございますが、参加者および関係する皆様の健康を第一に考えての判断ですので、何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。

 なお、プログラムにつきまして変更はございません。コロナ禍の今こそ「学校メンタルへルス×工学」を考えるための充実した時間となるよう、準備を進めてまいりますので引き続きよろしくお願い申し上げます。

 皆様、くれぐれもご自愛ください。ご無事にお過ごしください。