主な研究プロジェクト

レイヤーfMRI技術を新機軸としたヒト脳の多階層な機能の解明

本研究は、7テスラ超高磁場MRIを用いたヒト大脳皮質層(レイヤー)の活動を計測できる革新的なfMRI技術を研究開発し、ヒトの大脳皮質レイヤー間の神経回路機能の解明を通じて、ヒト脳の多階層な機能の解明を目指しています。また、ヒトの様々な精神活動とその異常を各階層の脳機能に結びつけて理解し、認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患の病因解明および画期的な早期診断・治療・予防法の開発への展開が期待できます。

JST創発的研究支援事業

具体的な研究例

ヒトの第一次体性感覚皮質の層別活動:予測と予測誤差

脳は、感覚器官から入力を受けると同時に、入力される刺激を予測する内的モデルを構成し、それによる予測と入力された刺激を比較し、両者のずれ(予測誤差)の計算に基づいて、知覚や行動を能動的に創発しています。この予測の脳神経基盤を明らかにすることはヒトの精神や社会的行動の解明に必要かつ喫緊の課題ですが、未だ不明な点が多く更なる科学的探究が不可欠です。本研究は、最先端の7テスラ超高磁場レイヤーfMRIを駆使して、ヒト一次体性感覚皮質の深層が予測誤差の処理に関係していることを証明しました。この研究は、「予測する脳」の神経基盤解明に貢献しており、ヒト脳機能の全容解明に新しい視点を提示することが期待されます。

Yu et al. (2022) NeuroImage 248,118867

ヒトの第一次体性感覚皮質の層別活動:感覚入力と予測フィードバック

大脳表面には、厚さ2〜4mm程度の灰白質で覆われており、特徴的な形態と役割を持つ神経細胞が6層(レイヤー)の層構造を成しています。この秩序だった神経回路により、学習、記憶などの高度な情報処理を可能にしています。本研究は、最先端の7テスラ超高磁場レイヤーfMRIを駆使して、世界で初めてヒト第一次体性感覚皮質の中層に触覚信号を入力され、高次領野からの予測フィードバック信号が上層と深層へ投射されることを明らかにしました。またこの研究はレイヤーfMRIによるヒトの大脳皮質内局所神経回路の詳細に迫る可能性を示したものでもあります。

Yu et al. (2019) Science Advances 5,eaav9053

触覚による対象形状と表面粗さ認知の脳内処理ネットワーク

我々は机の上にあるコップに手を伸ばして持ち上げる際に、対象との接触により皮膚内部にある触覚受容器が刺激され、その情報は脳幹や大脳辺縁系を経由して一次体性感覚皮質に到達します。その一方で手や指などの動きに関する情報は一次運動皮質へ送られます。さらに他の高次領野と交互作用して対象を認識することが知られています。本研究は、fMRIを駆使して対象のグローバルとローカル脳内情報処理の違いを明らかにしました。この研究は、触覚による対象認知の脳内神経基盤解明に有用な知見を見出しました。

Yang et al. (2021) NeuroImage 231,117754

高磁場環境に使用できる視・触覚刺激装置の研究開発

1990年代に脳神経活動に伴う血液中酸素濃度変化(Blood Oxygenation Level Dependent,BOLD)を視覚化する方法として機能的磁気共鳴画像法(fMRI)が確立され、脳科学だけでなく認知心理学や人間工学といった広い分野において使われています。一方、MRI装置の中に磁性体を含む機器を持ち込むことは、危険であると同時に計測結果の機能画像にノイズを与えるという問題があります。我々は、個々の実験目的に合わせて、高磁場環境(3テスラ、7テスラ)に使用できる視覚・触覚刺激呈示装置の開発を行っています。

Wu et al. (2022) Journal of Magnetic Resonance Imaging 56,1055–1065

視触覚クロスモーダルな対象認知の脳機能の解明

ヒトはある物体を見ただけで、その素材を認知できます。また、その物体を触ることにより、物体表面の滑らかさなどの複雑な状態を正確に判断できます。このように、ヒトの対象認知は一般的に複数の感覚が同時に働いています。本研究では、触覚がどのように対象の情報を処理し、それを視覚と結びつけるかに注目しています。本研究は、fMRIによる触覚と視覚の記憶の継時的形成過程が検討され、見てから触ると触ってから見るの過程を比較する際に、違う脳領域が関係していることが検証されました。

Yang et al. (2021) Brain and Behavior 11:e02033

触覚による対象刺激の弁別のトレーニング効果

記憶は、我々にとって重要な高次脳機能であり、あらゆる対象の知覚や認知に関わっています。もちろん触覚による対象の素材と形状の総合的な認知にも記憶は重要であります。近年、脳イメージング技術の進歩により、記憶の形成と保持には低次感覚皮質、前頭前皮質や後頭頂皮質など含む複雑なネットワークによって達成していることが明らかにされました。またトレーニングすることで記憶関連の脳領域間の結合が強くなり、記憶能力の向上として現れます。本研究は、触覚による対象識別のトレーニング効果を検証することにより、トレーニングの回数が記憶能力に関係していることが見出しました。この研究は、記憶能力の向上メカニズム解明に貢献できました。

Wang et al. (2022) Journal of Neurophysiology 127(5),1398-1406

触覚認知機能検査による認知症早期発見への応用

世界的な高齢化の加速に連れて、認知症をはじめとする脳神経変性疾患患者の増加は大きな社会問題となっていますが、認知症の早期診断技術と抜本的な治療法が確立されてないのが現状です。認知症は、記憶障害、行動障害、高次脳機能障害をはじめとする様々な症候が、個々の神経細胞・皮質層・領域が構成する多様・多階層のネットワークの破綻を原因として現れます。本研究は、アルツハイマー型認知症の病状進行と触覚認知機能の低下関係をもとに触覚認知機能検査装置を開発しました。この研究は、2009年からスタートした研究プロジェクトを発展させたものであり、現在の臨床診断法より早い段階での認知症の診断が可能とする手法を探索しています。

Liu et al. (2021) Applied Sciences 11(15),7049