学生による書評

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1 植民地遊郭:日本の軍隊と朝鮮半島


朝鮮半島における大日本帝国の植民地支配は数え切れないほどの「負の遺産」を残したが、そのひとつが、日本で性売買を公認していた公娼制度であった。この制度が導入されたことで性売買が拡大し、植民地支配の強化に伴い遊郭が発展していった。本書は史料や聞き取りから、当時の遊郭の状況や劣悪な待遇に置かれた女性について述べている。日本軍が設置した遊郭の多くは、植民地解放後も、性売買が行われる場所として残ったことが指摘されている。日本軍の戦時性暴力については証言の信頼性について疑問を呈されることも多いが、本書のようにオーラルヒストリーから明らかにされる事実に対して、私たちは敬意を払い語りついでいくべきだ。

2 「慰安婦」問題と未来への責任:日韓「合意」に抗して 総合グローバル学部 岩下雅


「慰安婦」問題とは何か、2015 年に日韓「合意」が結ばれたのにも関わらず、なぜ今も問題になっているのか、では日韓「合意」は誰のための何の「合意」だったのか、日韓 18 名の執筆者の主張を通して問題の流れを把握し、根本から学ぶことのできる本。日本政府の動きや、被害者の方々や国際社会の反応、メディアの報道のあり方など、様々な流れを把握できる。日本政府が主張し続ける「解決済み」とは何が根拠で、ではなぜ「解決済み」の問題が国際社会で批判され続けるのか、日本政府はなぜ謝罪を拒み続け、日本では慰安婦像の設置ばかりが注目されるのか。現代日本人として知っておくべき事実が多く記されている。

3 画家正子・R・サマーズの生涯:沖縄からアメリカ 自由を求めて!


沖縄戦を生き抜き、戦後は米兵の花嫁の第一号として渡米しアメリカで画家として活動していた正子・ロビンズ・サマーズの自伝。貧しい家庭に生まれたため、4歳にして両親と別れて那覇の辻遊廓に身売りされた。沖縄戦を苦しくも何とか生き抜き、日本軍の慰安所での経験、米兵花嫁第一号として渡米したこと、離婚しシングルマザーになったこと、そして画家として活動したことなど彼女の壮絶な人生のすべてが、淡々と綴られている。沖縄戦、女性の一生、そして芸術家の生きざまなど、様々なことが学べる。打たれ強く芯のある彼女に大変感銘を受けた。彼女の証言はすべて貴重だが、とりわけ那覇の遊廓での経験が彼女の心情とともに非常にリアルに述べられている。

4 朝鮮人「慰安婦」と植民地支配責任 : あなたの疑問に答えます : Q&A


日本が残した加害の歴史を、24のQ&Aとインタビューやコラムで紹介している。「慰安婦」の概念や朝鮮人強制連行、国家の解釈における矛盾など幅広いトピックを通じて朝鮮人「慰安婦」の存在を伝える。日本軍・国家の発想の基盤に「民族差別意識」があったことが、植民地朝鮮の女性を「慰安婦」にしてもかまわないことの理由になっていたのではないかと示している。朝鮮「慰安婦」の問題が戦後解決したわけでは決してなく、現代の日韓の国家間関係や在日朝鮮人、在日コリアンに対する民族差別などとも密に関連している問題だと考えられる。日本の加害の歴史を知ることや現代の義務教育では教わらない事実に触れることは、現代の民族差別を語る上で非常に重要である。

5 性奴隷とは何かシンボジウム全記録


「慰安婦」問題webサイトFight for Justiceの開設 1 周年として 2014 年 10 月 26 日に行われたシンポジウムの記録。「性奴隷とは何か」というテーマのもと、戦前の公娼制度、国際法における軍の性奴隷制、現代日本における性的搾取を中心とした人身取引問題についての報告がまとめられている。そもそも「慰安婦」問題はどのように始まったのか、「慰安婦」問題を世界は、日本はどのように認識してきたのかなど、これまで知る機会の少なかった事実への理解を深めることができる。

6 「慰安婦」・強制・性奴隷:あなたの疑問に答えます:Q&A 

総合グローバル学部 斎藤ましろ


「慰安婦」とは何か、基本的な情報がわかりやすく記述された本である。23の質問で構成されているが、気になる質問から読むことができる。「慰安婦」問題についてこれから学びたい人や内容を整理したい人にお勧めだ。「慰安婦」問題の本質や公娼制、北朝鮮の拉致問題との共通点や相違点のほか、「慰安婦」を否定する人がどのような経緯や考えをもとに否定し、なぜ否定している人の意見が妥当ではないのか解説されている。他国の事例も含め様々な視点から「慰安婦」について学べる。私自身「慰安婦」に対する誤った認識を改め「慰安婦」問題を次の世代にも伝える重要性について考えることができた。

7 日本軍「慰安婦」問題すべての疑問に答えます。


「慰安婦」問題についていくらかの知識は持ち合わせていても学校で習ったことがある人は少ない。本書は、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」が開催した中学生のための「慰安婦」展用に制作したカタログを基にした書籍で、制度や実態、被害者・加害者の証言、教科書問題などが簡潔にまとめられている。写真が多く、問題に関する動向が年表として示されているため、学生も無理なく読み進めることができる。私は本書を読んだことで、慰安所が作られた複数の目的や近年の国際社会の関心など新たな気づきがあり、この問題に真摯に向き合うことに繋がった。

8 「慰安婦」バッシングを越えて:「河野談話」と日本の責任 

総合グローバル学部 福島なな


「慰安婦」問題に関する情報を整理し、問題解決の道しるべを示した本。「『河野談話』と『慰安婦』制度の真相究明―何がどこまでわかったのか?」、「日本政府の法的責任―なぜ『国民基金』は解決に失敗したのか?」、「『慰安婦』問題の解決―今何が必要か」の3点から研究者と支援者が被害者の存在を否定する人々の主張の問題点と間違いを明快に説明している。

ドイツの歴史教育や「植民地責任」を追及する世界各地の例を提示し、「慰安婦」問題を「過去」の問題ではなく「今」の問題として考え、これまで「何が なされなかったのか」を考える必要性を訴えている。

9 20 年間の水曜日-日本軍「慰安婦」ハルモニが叫ぶゆるぎない希望


日本軍の「慰安婦」に対する残酷行為を言葉で表現するだけでなく、ハルモニたちの絵画からは言葉にもできない当時の苦痛が痛いほど伝わり、想像するだけで涙してしまった。絵画の描写からは絶望や深い憎しみが感じられる。日本政府は「慰安婦」問題は解決済みだと、何をもって主張できるのか疑問がぶつけられる。彼女たちが欲しいのは本当にお金なのか。被害者たちの 20 年間にもおよぶ水曜日デモからは決して賠償金の支払いだけを求めているわけではないことがよくわかる。本書末尾につづられたハルモニの遺言から、日本軍「慰安婦」問題だけでなく世界の紛争解決、平和構築に向けられた強く普遍的なメッセージも読み取れる。

10 ポストコロニアリズムとジェンダー


現在フェミニズムを取り巻く情勢は混沌としている。かつての女性運動のうねりは消え、今フェミニズムは不要だとも言われる。しかし、本当にフェミニズムは必要でなくなったのか。日本軍「慰安婦」問題と軍事占領期沖縄の「売春」を取り上げ、フェミニズムの分断を中心に据えて、性差別が解決されていないことがわかる。本書は、ポストコロニアリズム研究とフェミニズムを結び付けた思考法に可能性を見いだし、分断を越えて私たち自身の望ましいあり方を提示しようとしている。著者が言う、女性の同一性を求めることがジェンダーとセクシュアリティの抑圧を呼び込んでいるという指摘に賛同する。

11 日本軍「慰安婦」制度とは何か 総合グローバル学部 小林美紗


「慰安婦」制度がなぜ問題になっているのか疑問に感じている人は少なからずいるのではないか。第1章では日本軍「慰安婦」制度の何が問題かを提起している。第2章は「慰安婦」制度の検証、すなわち「慰安婦」とされた多くの女性たちの名誉と尊厳の回復のために史料を用いて説明をする。「慰安婦」制度が本人の意思に反して行われていたのかを、実際に慰安所にいた女性たちの証言や日本軍の軍人による記録や証言をもとに検証し、日本は「慰安婦」制度に道義的責任を持つべきと論じている。

12 沖縄おんな紀行 光と影


著者である女性史研究者もろさわようこは、1994 年に平和と沖縄の生活様式を学ぶ場として「歴史を拓くはじめの家うちなあ」を開き、女性たちの交流の場の役割を果たしている。本書は、沖縄の女性と解放にまつわるエッセイを集めた本である。「米兵乱暴事件に思う」という章で、米軍による少女のレイプの事件をとりあげている。著者曰く、今まではこのような事件は「基地被害」として扱われていたが、近年では女性の「人権」を訴える動きも出てきており、性のダブルスタンダードに対する告発も行われているという。これを解決するためには、まずは「男女の伝統的なジェンダー役割」を変える必要があると述べている。米軍が駐在する沖縄だからこそ感じるジェンダーの問題を知ることができる本である。

13 脱帝国のフェミニズムを求めて朝鮮女性と植民地主義


フェミニズムとは性差別にもとづく搾取や抑圧の構造の変革を求める思想のことである。しかし「第三世界」でのフェミニズム運動は、植民地宗主国の支配に上手く組み込まれ、結果的に新たな構造的暴力を生み出してしまったのだ。帝国日本の支配下で植民地主義と性差別の複合的な搾取を経験し声をあげた朝鮮女性の一人、黄信徳さんは、女性の権利拡大を目指し、女性教育の必要性を訴えたがゆえに、植民地主義の教育の近代化を助長することになった。つまり、性差別の解放を求めることが、日本帝国の支配を認めることになったのだ。脱帝国とフェニミズムが共存するためには、国家主義にとらわれない国境を越えたフェニミズムを確立させる以外の手段はない。

14 軍事主義とジェンダー


第二次世界大戦中の日本・ドイツ・アメリカの比較から、女性の戦争への参加と、現代社会における暴力に関するシンポジウムの記録である。戦時中に発行された雑誌の表紙や内容から、それぞれの国の社会で女性にどのような期待がされていたのかを紹介している。三つの国を比べたことで、戦時における女性の扱われ方に対する共通の問題が浮かび上がり、普遍的問題を考えるうえで参考になる。過去の話だけでなく、現代の女性の戦争参加についての議論と陥りがちな主張が示され、今後の私たちが目指すべき社会と暴力について学ぶことができる。

15 女子大生と学ぼう「慰安婦」問題


神戸女学院大学の学生が、韓国と日本の歴史学習を通じて抱いた思いと問題を4つのステージに分けて述べられている。ステージ1では「慰安婦」という言葉の説明、ステージ2では、戦後から現在まで、韓国ではどのように「慰安婦」問題が扱われているかを伝えている。ステージ3では、靖国神社問題や日本の「慰安婦」問題に関する教育問題について議論しており、ステージ4で「慰安婦」問題の意見のまとめがなされている。一方的な主張だけでなく、多様な意見を載せているため、多角的に問題を理解し、歴史を学ぶことができる本である。

16 戦争とジェンダー 戦争を起こす男性同盟と平和を創るジェンダー理論


戦争システムは家父長制的男性支配国家によって生み出され、維持されてきた。女性は男性の私的所有物とされ、社会的意思決定の場から排除され、周縁化され、暴力によって従順を強いられ、身体、精神、労働面で日常的に搾取されてきた。ジェンダー分業に伴い、暴力的であることが男らしく、優しさや思いやりは女々しいとする男性中心社会文化が作られた。家父長制は人種・階級差別といった他者差別、権力欲と掛け合わさって生命を破壊する戦争を繰り返すこととなった。すべての人が安全で平等に生きてゆくためには、家父長制から脱し「人間の安全保障」構築が必要であること、日々の生活で意識していくことの重要性を感じさせられる。

17 黄土の村の性暴力大娘(ダーニャン)たちの戦争は終わらない 総合グローバル学部 志摩悠花


第二次世界大戦中の中国山西省における日本兵による性暴力の実態をインタビューによって描いた本。第一部は、個人の性暴力被害や目撃体験の詳細な聞き取りの記述。第二部は、それらが起きた背景を、資料から解き明かす。個人の経験から出発し、日本軍の戦争犯罪を考察する。個人の証言は貴重な一次資料である。

18 近代帝国日本のセクシュアリティ


明治維新後の近代日本におけるセクシュアリティについての考察。近世と近代との間にセクシュアリティにかかわる断絶が顕著になり、夫婦同姓が民法により制定されたことなどの歴史をふまえ、近代日本におけるセクシュアリティが父系的、家父長的、帝国主義の暴力の色彩が反映されたものへと変化したということを主張する。一方、江戸時代までの伝統的慣習も残っていたという事実を外国人の見聞を多用しつつ、近世における日本特有のセクシュアリティや、一夫多妻制、同性愛などにも焦点を当てている。公娼制の廃止など近代的なセクシュアリティは改革されたものの現状は米国をお手本とした社会構造であり、むしろ劣化しているのではないかと主張している。

19 ハルモニの絵画展 : 1 万 5000 の出会い


「慰安婦」となった体験についてハルモニ(韓国語で「おばあちゃん」)が描いた絵画が 1997 年から1998 年にかけて日本全国で展示された。その絵画と、それを見た老若男女の感想が本書にまとめられている。日本の教科書では学べないことが描かれており、日本人が 1 度は目を通すべき内容である。百聞は一見にしかずというが、ハルモニたちの絵は文字からの情報以上に心に訴えかけるものがある。現在でも世界中で性暴力によって傷ついている人がいる。「慰安婦」問題は決して過去の問題ではない。現在、そして未来への課題である。戦争、そして性暴力の廃絶に向けて改めて決心させられる作品である。

20 ある日本軍「慰安婦」の回想 フィリピンの現代史を生きて


フィリピン人元「慰安婦」マリア・ロサ・L・ヘンソンさんの自伝の邦訳である。彼女は、1927 年マニラ首都圏パサイで生まれ、太平洋戦争中に抗日ゲリラに参加した経歴を持つ。15 歳のときに日本軍に捕捉され「慰安婦」として 9 か月間虐待を受けた。本書では、著者と母親の生い立ち、戦時中の体験、戦後の生活、体験の告白が詳細に語られている。著者の人生から、フィリピン社会、貧困、戦争の残虐さが見える。一方、人権、平和、正義のために活動する著者の強い姿も語られている。戦時中ゲリラに参加し、戦後に貧しい生活の中で子育てに励み、未来の人々のために自身の体験を全世界に発信する彼女は、社会的に脆弱な女性像を払拭する。

21 フィリピンの日本軍「慰安婦」:性的暴力の被害者たち


日本の占領下のフィリピンで、日本軍兵士らが起こした現地女性への暴行事件は極めて残虐であった。銃剣によって暴力的に拉致・監禁され、人間以下の扱いを受け、強姦を繰り返されたその様子は、我々の 想像を絶する「性的奴隷」の姿である。解放された後も、性的に「穢れた」とみなされ、家族との別居や周りからの嘲りと非難の目にさらされた者が大半だ。 45 人の被害者らが、今なお癒えない傷と共に勇気を出して赤裸々に語った数々の証言と、 名乗りを上げるきっかけとなった「フィリピン人元『慰安婦』のための調査委員会(タスク・フォース)」、「リラ・ピリピーナ」など、当事者と彼女たちを支える人々の活動と歴史が描かれた 1 冊である。

22 戦争が作る女性像:第二次世界大戦下の日本女性動員の視覚的プロパガンダ


戦争における女性の役割と、それがどのようなイメージで戦時中の作品に表れているかについて書かれた本。女性は、国家に兵士として生命を奪ったり奪われたりしながら戦う男性と対極に、生命を生み出すことや平和のイメージが持たれる。絵画では、平時は女性のか弱さが、戦時には慈愛深さ、力強さ、たくましさ、気高さが表現された。しかし、これらのステレオタイプに反する、子どもを産まない女性は良しとされなかった。現在につながる男性らしさ、女性らしさという男女二元論が見られる。

23 朝鮮人従軍慰安婦 岩波ブックレット


真相の解明、罪の承認と謝罪、そして再発防止措置への取り組みはいつやってくるのだろうか。一体どれだけの日本人がこの問題について知り、真剣に向き合っているのだろうか。この本は、被害者の体験談、そして日本の陸軍等の関与について、公文書を丹念に分析しながら「従軍慰安婦」を描いている。性病の拡大防止や強かん防止を目的に、女性は兵士や将校の性欲を満たす道具として使われた。ほとんどの女性がだまされたり、おどされたりして「慰安婦」となり、戦後も後遺症やトラウマに悩み、社会的差別に怯えながら生きている。日本人として知っておくべき内容が詰まっている1 冊。「日本の過ちを知ってほしい」との声にぜひ耳を傾けてほしい。

24 日韓の歴史問題をどう読み解くか : 徴用工・日本軍「慰安婦」・植民地支配


本書は植民地支配の歴史を振り返り、日本の対応を批判的に論じている。日本政府は解決済みの態度をとっているが、過去の暴力を覆い隠すことは、被害者を排除するというもう一つの暴力となる。メディアは二国間関係として解釈し、日本社会の根底にある朝鮮への差別感情や日韓対立へとつなげている。しかし、これらは、被害者の人権問題である。どの問題でも共通しているのは、被害者は受けた屈辱を忘れないということだ。彼らの訴えには社会全体が向き合わなければいけない。すべて現在にも続く問題であり、私たちは当事者意識を持って取り組まなくてはいけない。そのためには真実について理解する必要性を感じさせてくれた一冊である。

25 性暴力被害を聴く 「慰安婦」から現代の性搾取へ


近年、性暴力に対する抗議が可視化され、#MeToo 運動などが盛んに行われている。一方、依然として性的搾取に寛容な社会の風潮があり、被害者は沈黙を強いられ、性暴力被害のほとんどが語られていない。本書は先駆的な取り組みとして「慰安婦」の「被害を聴く」ことにフォーカスし「慰安婦」問題から現代の性搾取被害まで幅広く取り上げている。満蒙開拓団による性暴力被害、韓国の基地村での米軍兵士向けの性的サービス提供、現代の AV 出演強制など多様な被害の詳細が述べられている。被害者が声を上げられない社会で、この問題を無くしていくためには、周りの人が被害の声を「聴く」姿勢を持ち、性搾取ビジネスで買う側の責任を問う社会を築いていく必要があると考えた。

26 買春する帝国日本軍「慰安婦」問題の


江戸時代から近現代までの買春の歴史がまとめられている。幕末以来、北海道・沖縄・朝鮮・台湾・満州・中国本土・南樺太・南洋群島・東南アジア・太平洋地域などで公的な性買春のシステムが作り上げられ発展した。貸座敷娼婦制度のほかに、性売春を隠ぺいする芸子・酌婦制度、公権力が直接推進する軍の「慰安婦」制度、企業「慰安婦」制度など男性の性的慰安、社会の秩序維持、性病予防を名目に維持されてきた。女性たちの人権は考慮されず奴隷状態に置かれていた。日本の性暴力の歴史を振り返ることで、戦時中はもちろん戦後も性売春を拡大していった執拗さ、問題の根深さに気づかされる。「慰安婦」問題の解決には負の遺産を見つめ、再発防止措置を含めた克服が不可欠である。

27 〈平和の少女像〉はなぜ座り続けているのか


平和の少女像は日本軍「慰安婦」制度の被害者の人権と名誉の回復のために行われている韓国の水曜デモ1000 回を記念して 2012 年に建設された。20 年近く毎週続くデモの中心となった元「慰安婦」のハルモニたちの声、平和の少女像の作者たちが像の細部に込めた思いに加え、中国やベトナムなど外国とのモニュメントの共同制作、学生が主体となった少女像の普及や保護活動について記されている。少女像は韓国国内外で注目を集め、多くの人々に「慰安婦」問題について考えるきっかけを与えるものになっていることが分かる。「慰安婦」問題を韓国や諸外国の市民の動き、被害者の証言に注目して再考することで、平和の少女像が座り続ける意味を理解することができる。

28 折られた花 : 日本軍「慰安婦」とされたオランダ人女性たちの声 

文学部英文学科 沓名彩花


純潔そのもののオランダ人の少女たちは、第二次世界対戦中、旧オランダ領東インドで、本人の意思に反して売春宿に連れられ、日本軍の性奴隷とされた。抵抗しても暴力を振るわれ、兵士たちに来る日も来る日も犯された。その後の人生も「疵物」としての烙印を押され、元の姿には戻れない彼女たちはまさしく「折られた花」だった。幸運なことに理解のある伴侶を見つけ、幸せな人生を歩んでいる最中でも、過去の亡霊が悪夢として容赦無く彼女たちを襲うのだった。強制売春の歴史性が認められ、二度とこのような悲劇が起こらないことを願って、彼女たちは奥底にしまっていた悲哀に満ちた過去を、再び傷つく覚悟を持って証言する行動に出た。

29 花に水をやってくれないかい? : 日本軍「慰安婦」にされたファン・クムジュの物語


教科書にない「慰安婦」のこと、日本政府が口を閉ざし続けている「彼女たち」のことに、どうして目を背けていたのだろうか。ファン・クムジュハルモニの物語を知った今、無知で無関心であった以前の私に腹が立って仕方がない。ハルモニは18 歳で人生のどん底に落とされた。日本軍に騙され「慰安婦」にされたのだ。必死に暴力に耐え生き抜いた彼女が得たものは、子どもが産めない体、喪失感、羞恥心、そして恐怖であった。日本軍による残忍な行いには、思わず目を背けたくなる。しかし、私たちは向き合わなければならない。加害国として、事実を認め、謝らなければならない。なぜなら、それこそが「彼女たち」の望みであり、傷を癒す唯一の薬であるからだ。

30 占領軍慰安婦 総合グローバル学部 久保田優芽


本書は戦後一般女性への性犯罪を防ぐために、政府が募集した米占領軍慰安婦の実態を映した証言記録である。戦後占領下の日本の生々しい現実を知ることができる。また、慰安婦だった女性たちの声やエピソードは、みな、ひとりの人間であることを教えてくれる。

現在の私たちから見て身近に感じる点もある。占領軍慰安婦制度は現代の風俗業に対する差別意識や人身取引に通じる。生活のために娘を売るなど家族の裏切りや、一度犯されてしまった彼女たちの精神的なダメージの大きさなど、多くのことが共通している。当時の実態を通して、現在の私たちが考えさせられることが多くある本である。

31 だれが日韓「対立」をつくったのか徴用工、「慰安婦」、そしてメディア


日本で韓流の人気が高まる一方、日韓の政治的対立は激しくなっている。ネットだけではわからない偽りの対立を、多くの執筆者の視点から見ることができる。日韓対立の背景には「反日」という決めつけで「嫌韓」を扇動するメディアの存在があり、それがいかに関係性の構築を阻んでいるのかがわかる。さらに、自分がその歴史を知った責任、そしてその責任をどう果たすべきかという問いにおいて、事実を伝え、歴史を語り継ぐという作業が自分自身の自由と平和を守ることになると結論づけられている。日本政府だけではなく、私自身も歴史を知ったことに対して無責任になっていたことに気がつくことができた。

32 もうひとつの占領 セックスという名のコンタクト・ゾーン


GHQによる日本占領期、米兵の相手をして稼ぎを得る「パンパン」という街娼がおり、世間から「穢れた女性」としてスティグマ化された。本人たちの証言や資料、欧州の事例との比較から重層化されたスティグマの制度的背景を解き明かし、彼女たちの行為主体性に焦点を当てることで、占領下の被害女性としての当事者の語りを可能にし、彼女たちの経験を再定義しようとしている。パンパンは、占領期の政策の産物であり侮蔑されるものでなく、占領という圧倒的暴力、権力の非対称の被害女性であり、彼女らの主体的な生存戦略であることがわかる。占領期の社会の問題、家父長制的特徴を知ると同時に、自分の無意識の彼女らに対する偏見について考えさせられた。

33 花ばぁば


被害者が経験した痛みに対して誠実に向き合い、寄り添うような絵本である。花が大好きなシム・ダリョンさんは、戦時中姉と共に日本軍にさらわれ、12、13 才にして「慰安婦」となった。色柔らかな絵で、彼女の心が壊れてしまう情景と心情が絵本に描かれており、彼女が抱えた不安や恐怖に胸が痛んだ。この本の特徴点は、加害者である日本兵には顔が描かれていない点である。個人に対しての怒りではなく、国やその支配構造に問題があることが提起されているように感じた。この本を読み、被害者の痛みに共感することで、二度とこのようなことを繰り返さないよう歴史の教訓として学ばなければならない。

34 あれからルワンダ ジェノサイドから生まれて 総合グローバル学 今野優子


1994 年にルワンダで起こったジェノサイドで性暴力の被害を受けた女性と、その結果、生まれた子どもたちにインタビューを行い、傷つき葛藤しながら生き続ける親子の姿を描いた本。性暴力は人々を精神的に殺すためにジェノサイドの武器として使われた。時間が経っても心に負った傷が癒えず、トラウマを植え付けるだけではなく、人生における様々な機会や自己肯定感を奪う。性暴力は被害を受けた本人だけでなく、その息子や娘にも精神的なダメージを与える。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、性暴力の加害者を裁くことが大切ではないだろうか。

35 すべては救済のために:デニ・ムクウェゲ自伝 経済学部経済学科 北川紫乃


コンゴでは、豊富な鉱山資源の支配権をめぐって武装勢力間の争いが起こっている。戦闘の一つの手段として性暴力が蔓延している。 手軽に人々を武器で蹂躙するのと同じダメージを与えることができるからである。性暴力は女性の心身に多大な苦痛を与えると同時に女性の家族にも屈辱感を与える。武装勢力は性暴力という恐怖で人々を服従させ、支配しているのだ。

2018 年にノーベル平和賞を受賞したコンゴ出身の医師デニ・ムクウェゲ氏は、女性たちを「修理」し命をかけて性的テロ撲滅のために闘っている。暗殺未遂を経験しながらも多くのレイプ被害者を救っている。彼の揺るぎない信念と活動は多くの人々から支持をされ、国際社会を動かそうとしている。

36 ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための 60 章(うち「第13章 ボスニア紛争における暴力-民族浄化とジェノサイド、性暴力」) 総合グローバル学部 石田瑠梨


ボスニア・ヘルツェゴビナが、どのように紛争を乗り越え、新たな国の在り方を模索しているかが述べられた本である。第13章では、ボスニア戦争の際「民族浄化」政策の一環として、またはその効果的な遂行のために性暴力が利用されていた事実が書かれている。著者は性暴力がボスニア紛争を特別なものにしたと論じている。兵士の性欲的欲求を満たすためだけでなく、民族浄化のために性暴力が組織的に行われ、戦時性暴力に関する国際世論を活発化させる契機となった。「戦後欧州で最悪の紛争」と称されたボスニア戦争では、旧ユーゴスラビアでおきた他の紛争と異なる暴力が使われたことが書かれている。

37 ジェンダー研究 第22号(うち「武力紛争下の<女性>とは誰か―女性・平和・安全保障アジェンダにおける主体の生産と主権権力」) 総合人間科学部教育学科 竹内愛喜


女性・平和・安全保障における<女性>主体が持つ意味とその機能に注目し、武力紛争下の<女性>に対する二つのイメージを取り上げている。第一に、性暴力被害者としての女性である。筆者は、紛争下の女性が「強力な道徳的訴求力を喚起する有効手段」として描写される傾向を指摘するが、メディアや教育現場におけるこのような限定的関心こそが女性の表象を犠牲者に偏重させ、主体性を失わせる要因となっていると私は考える。第二に、ピースメイカーとしての女性である。コミュニティとの密接度が高い女性は合意を調停できる、平和構築における重要なアクターであると筆者はいう。捉え方次第で、女性を受動的な性暴力被害者としてではなく、ピースメイカーという役割を担う主体的存在として認識することができる。

38 ジェンダー研究 第22号(うち「保守のアジェンダへの女性・平和・安全保障の再構成 ―カナダのハーパー政権を事例に」)


本稿はカナダで 20015 年まで続いた保守党ハーパー政権の外交、安全保障政策についてジェンダーと LGBT 問題の視点から分析を行い、女性や LGBT 当事者が犠牲者というレトリックに当てはめられることによって、人権保護の名の下に国家の暴力を正当化しようとする現象について説いている。

著者はハーパー政権の政策における積極的な LGBT 人権保護の訴えを自国の軍事主義を正当化する道具にしていると指摘し、反イスラムを訴える勢力による LGBT の人権保護の政治利用を意味するピンクウォッシングの概念を読者に紹介している。カナダの先進的国家というイメージ構築の背景にあった保守層の動向とそれに対応しようとする政党の動きがわかる。

39 The last girl: イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』


2018年にノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドがイラクの集団虐殺や人身売買の事実を綴った一冊。彼女の属する宗教マイノリティ、ヤジディという少数民族は、イスラム過激派組織 ISIS によって、その平穏な日々を奪われた。大切な人々が目の前で襲われ、自身も人身売買による性的虐待の被害を受けたナディアのありのままの体験が語られている。彼女が自身の体験を振り返り、発信することは同時に、彼女の心の傷をえぐっている。この事件はたった 5 年前の事である。彼女が自分を犠牲にしてまで伝えたい思いを受け止め、同じ悲劇を起こさないために考える必要があるのではないだろうか。

40 戦争は女の顔をしていない 法学部国際関係法学科 徳永恵美


私たちはこれまで「戦争」と語られるものをそのまま受け入れてきた。しかし、筆者はこの「戦争」にひとつの問いを投げかけた。これは戦争そのものではなく、男の言葉に形取られた何かではなかろうか?本書には、語られてこなかった戦争が詰め込まれている。女狙撃手として誇りを貫いた戦争。小枝をアクセサリーに、絶望の中でも女の子の憧れを守り抜いた戦争。一生忘れられない恋をした戦争。多様な色彩を持っていた戦争が、戦後「女であれ」という社会からの要請によって色を失い、男の語る「戦争」に押し込まれていった。私たちは、日々問いかけ続けなければいけない。これは私自身の言葉であろうかと、私は誰かの声を抑えてはいないだろうかと。

41 世界最悪の紛争「コンゴ」平和以外に何でもある国


コンゴ民主共和国は資源が豊かで楽園と言われたが、資源をめぐって世界最大規模の紛争が勃発した。その後、周辺国、欧米諸国、多国籍企業、国際機関など様々なアクターが関わり、長期化した。あまりにも利害関係が複雑すぎることから、誰の手にも負えなくなりコンゴは国際社会から見捨てられた。コンゴでは歴史的に人権侵害が行われてきたが、中でも最も被害を受けているのは、女性であり、性被害に遭っている。このような構造的な暴力に対して、軍事ではなく政治的な対話による解決が求められている。長期の紛争によって疲弊し、あきらめの雰囲気も漂う中、移民や難民も含めたコンゴ市民に対していかに復興の希望を持たせるかが紛争解決の鍵になる。

42 今、はじめて語られる歴史−−クメール・ルージュ時代の性犯罪・女性に対する暴力


カンボジア内戦時の性暴力について、被害にあった人や性暴力を目撃した人へのインタビューをもとに書かれている。これまで性暴力について扱った調査が少ない原因は、被害者が殺害されているからだと考えられていたが、実際は被害者が名乗り出られない環境にあることをインタビューでの悲痛な語りから読み取ることができる。インタビューでは内戦時代における性暴力の実情が細部に渡り描かれており、被害者の辛い心情や、当時いかに人間としての尊厳が存在していなかったかを痛感させられる。露呈している事の裏には何かが隠れているかもしれないということを考えさせられる本である。

43 策略 : 女性を軍事化する国際政治 総合グローバル学部 吉井睦月


迷彩柄は軍事服の柄である。それを選択する人々の存在によって社会に浸透し、人々はそれが軍事主義の推進に加担する行為であることを考えなくなる。また、軍隊は男らしさを確認する場として存在し、同時にそれは女らしさの確立によって成り立つ。軍の女性兵士は男性と共に軍事化された存在である。直接軍に関わらずとも、未来の兵士を生み増やせという政策に応じたり、息子や娘の入隊を奨励したりする「軍国の母」も同様に軍事化された存在である。筆者は「女性の軍事化」という理論装置において、9.11 以降増加する女性兵士だけにそれを見い出すのではなく、女性はずいぶん前から軍事化に巻き込まれた存在であることを指摘し、国家の策略の中で軍事化される様々な女性たちの存在を論じている。

44 国際関係論とジェンダー安全保障のフェミニズムの見方


本書では、男性と男性的価値を軸とする近代思想に基づいた国際政治学を、女性と女性的価値を用いて評価し直していく。なぜ国際政治学の分野に女性が少ないのかという問いに始まり、政治軍事的、経済的、環境的局面をジェンダーの視点から捉え、男性中心的な理論と政策を、女性を組み込んだ普遍的なものへと革新させていく。近代の価値観で描かれた国際政治学と現代のずれと、今後どのような変化が求められているのかを確認する作業である。最終章では従来の国家安全保障論に代わる、人間と環境に目を向けた 9.11 後の世界のための新たな基軸を示していく。

45 軍事組織とジェンダー自衛隊の女性たち 外国語学部イスパニア語学科 稲村ほのか


女性自衛隊員の現状の考察から、自衛隊の枠を超えた社会全体の問題が示した本。一つ目の論点は、女性が利用され、二流の戦力として扱われている現状である。二つ目は「男性からも男性と同等の存在として認められる優秀な女性たち」と「男女の差異を受け入れ、それに甘えて特権を利用してきたと評価されてしまう女性たち」の間の分断である。筆者は、女性同士の連帯を求めていく必要性を主張する。無意識のうちに女性は男性の思考の影響を受けている。自衛隊の外にいる女性も、自分にとって身近なジェンダー意識に改めて気づかされる。

46 グローバルジェンダー・ポリティクス-国際関係論とフェミニズム


国際関係論の視点からフェミニズムを紐解いている。国際関係論という学問領域においてジェンダーに注視した研究の出発が遅れた理由は、この学問領域が男によって支配されているものであるため女性は蚊帳の外に置かれるからであるという。グローバル化及び情報・ネットワーク技術の進歩により、フェミニズム運動はトランスナショナルにものとなったことから、いわば理想であるように思えると述べるも、構造的権力から逃れようとする動きは結果として世界資本主義へと取り込まれることを危惧しているのが本書の核である。

47 ナチズムと強制売春強制収容所特別棟の女性たち


ナチズムによる大量虐殺等の歴史的事実とその残虐性が既に検証される一方、ナチス時代に行われた性暴力に関しては十分に取り上げられていない。著者のクリスタル・パウルはナチス時代の国策強制売春を初めて取り上げた人物であり、犠牲者たちから得られた貴重な証言や報告、強制収容所の資料等の調査をもとに、強制収容所内に設置されていた売春宿で働いていた女性たちの実態についてまとめた。戦時下の性暴力史について学ぶ上で欠かせない一冊であることはもちろん、性暴力被害を公言することに対するタブー視や被害者女性の自発的同意といった問題は現代社会においても通ずるものがあり、考えさせられることの多い作品。

48 DVD "記憶"と生きる


姜徳景さんなど「ナヌムの家」で暮らす6人の「慰安婦」被害者であるハルモニたちのドキュメンタリー映像。ハルモニたちは、当時の状況を思い出すだけでも辛かったはずだが、「慰安婦」になった経緯からその後までをさらけ出してくれている。これは貴重な映像であり、感謝すべきことだ。その意を無駄にしないためにも、歴史を風化させない努力を我々はすべきである。また、「慰安婦」問題は、被害に遭った数か月だけが被害でなく、その後の彼女たちの人生に大きく関わり、深く傷つけたことが本当の慰安婦「問題」であり、彼女たちが主張する被害なのだという背景がわかる。「記憶と生きる」というタイトルの意味の深さに気づかせられた。

49 DVD 沈黙−立ち上がる慰安婦


在日 2 世の朴壽南監督による作品。北満州の日本軍慰安所へ強制連行され、日本人兵士による性暴力に苦しみ続けた朝鮮人女性たちの実態を明らかにするとともに、日本政府に公式謝罪と個人補償を求めるため被害者の会の結成し、主張を続けた彼女たちの闘いの様子が記録されている。日本人兵士による残虐な性暴力や「慰安婦」としての役割を強いられた朝鮮人女性たちの映像は、日本が今まで背けてきた事実を真っ向から突きつける。政府及び天皇からの公式な謝罪及び補償の必要性を訴える内容である。民族差別とジェンダー差別による「慰安婦」問題を理解し、人としての尊厳を求め続ける彼女らを受け入れることこそが問題の解決の第一歩であると考えさせられた。

50 DVD 女を修理する男


コンゴで、性暴力を受けた女性の治療を行なうムクウェゲ医師の活動を描く。女性たちは鉱物を略奪するための手段として、組織的に性暴力を受けた。性的欲求からではなく、家族や共同体、特定の民族を精神的にも破壊する手段として行われた。彼女たちの中には家族や世間から見放されてしまった人もいる。治療により女性たちが自己愛を取り戻し、自分たちのためだけだけではなく、子どもたちや仲間たちのために立ち上がって世の中を動かす姿が描かれている。過激で残酷な描写が多く、見終わった後は陰鬱な気持ちになるが、それほど残酷な現実が世の中にはまだあるということ、そしてそれに立ち向かう人々がおり希望はあるということを知ることができる。

51 DVD ぬちがふぅ(命果報)-玉砕場からの証言


戦時中の沖縄を生き延びた朝鮮人軍属や日本兵が壕やガマに足を運び、記憶をほり起こしながら証言する様子を記録した朴壽南監督によるドキュメンタリー映画。1944 年、朝鮮半島から数万人の若者が強制連行された。阿嘉島には 350 人の軍属と 7 人の慰安婦が連行された。15 歳から 23 歳という若さの娘たちは名前や故郷を奪われ、言葉の通じない沖縄で日本兵の相手を強いられた。日本兵はお金で娘たちを買うために、慰安所やガマに長い列を作った。軍属も最期は爆雷を背負って戦車へ体当たりを命じられた。沖縄での朝鮮人の扱いは酷いものだった。日本兵や島民に焦点を当てて沖縄戦を扱う作品が多い中、朝鮮人軍属などを取り上げている点が貴重である。

52 DVD カタロゥガン!ロラたちに正義を!


太平洋戦争時、ある日突然日本軍の「慰安婦」となったフィリピンのロラ(タガログ語でおばあさん)たちを追ったドキュメンタリー映画。歳を取っても鮮明に残る残酷な記憶を持っているが、差別や周りの冷酷な目を避けるために彼女たちは戦後長らく受けた被害を公表してこなかった。1990 年代になり、悲しい歴史を語り継ぎ、二度と過ちを繰り返さないためにと、カタロゥガン(正義)を求め「リラ・フィリピーナ」という「慰安婦」被害者の会が設立された。被害女性の高齢化から、当初の 170 人が 20 人ほどに減った。老いや一生消えない傷と戦いながらカタロゥガンのために立ち上がる彼女たちを見て、この歴史をなかったことにしてはならないと感じる。

53 DVD オレの心は負けてない–在日朝鮮人「慰安婦」宋神道のたたかい


1938 年、16 歳の時に日本軍によって「慰安婦」となることを強要された宋神道さんに着目し、その後を追ったドキュメンタリー映画。妊娠、出産、死産を経験した宋さんは、人間不信になる。日本の敗戦後、日本で暮らした宋さん 1993 年から日本政府を相手取り公式謝罪と謝罪文を求めて裁判を起こす。しかし、2003 年に敗訴が確定してしまった。圧倒的に弱い立場にある性暴力の被害者は、肉体的にも精神的に深く傷を負っており、それが癒えることはない。「慰安婦」問題を「戦時中に起きた昔の話」と考える人が多いが、本作の最後に宋さんが「日本の恥と思わないで、考えることが必要」と話すように、一人一人がこの問題を捉え、被害者に歩みよることが重要である。