宣教75年第46号
主題聖句
平和を実現する人々は、
幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。マタイ5:9
主題
神様の平和に生き
平和をつくる
牧師 光延 博
音羽町礼拝所 420-0834 静岡市葵区音羽町8-16
Tel&fax (054)245-2517
ひかり礼拝所 420-0812 静岡市葵区古庄3-18-12
Tel&fax (054)261-5566
ホームページ
https://sites.google.com/view/jelcshizuoka
み名による祝福 【司式】父と子と聖霊のみ名によって。【会衆】アーメン
神様。あなたは、私たちの希望の源です。さまざまな困難が襲う時も、いつも共におられるあなたを信じ、互いに愛をもって仕え合うことができるよう、私たちを導いてください。
聖書朗読 福音書 ルカ21: 5~19 (新151)
21: 5ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。 6「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」
7そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」 8イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。 9戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」 10そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。 11そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。 12しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。 13それはあなたがたにとって証しをする機会となる。 14だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。 15どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。 16あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。 17また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。 18しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。 19忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」
天にまします我らの父よ。願わくは み名をあがめさせたまえ。
み国を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
われらの日ごとの かてを きょうも与えたまえ。われらに罪をおかすものを
われらが赦すごとく、われらの罪をも赦したまえ。われらを試みに会わせず、
悪より救い出したまえ。国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればな
【主題聖句】「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」(ヤコブ4:15)
〇 高齢の方、病気療養中の方、悩みのうちにある方を主がお支えくださいますように。
〇 新しく教会に来られる方の心に、主が信仰を興してくださいますように。
〇 社会の大きな変化に教会が柔軟に対応して行く勇気と力を主が与えてくださいますように。
もしよろしければどなたさまもお気軽にお越しください。
「教会バザー」 於:音羽町礼拝所 手芸品、クッキーやパウンドケーキ(小分け)、炊き込みご飯などの手作り食品、日用品・雑貨、カレーライス、焼きそば、コーヒーなどを販売します。教会堂設置のテーブルでお召し上がりいただけます。◎この日は10:30~音羽町礼拝所での合同礼拝で、15:00~ひかり礼拝所での礼拝はお休みです。
袋井市のデンマーク牧場福祉会から、家庭のご事情で入居した子どもたちと長年関わられた、小久保秀樹所長からお話をお聞きします。◎この日は10:30~音羽町礼拝所での合同礼拝で、15:00~ひかり礼拝所での礼拝はお休みです。
☆12月21日(日)10:30~ 於:音羽町礼拝所
クリスマスの喜びを共にします。◎この日は10:30~音羽町礼拝所での合同礼拝で、
☆12月21日(日)10:30~ 於:音羽町礼拝所 クリスマス主日礼拝(降誕祭)・祝会
☆ 12月24日(水)19:00~20:00クリスマスイヴキャンドル礼拝 於:音羽町礼拝所
☆ 12月25日(木)19:00~20:00 クリスマスキャンドル礼拝 於:ひかり礼拝所
礼拝後、お時間があればお茶をいただきながら少し歓談の時を持ちます。
◇ビスケット(微助っ人)の会は11/23(日)に行います。
ユダヤ人にとって神が臨在される場所として信仰の拠り所であり民の誇りであったエルサレム神殿が破壊されることを主イエスは語られました。
神殿は紀元70年にローマ軍によって破壊されました。
今日の聖書箇所は、当時またルカによる福音書が書かれた80年代までの状況について書かれています。
神殿は崩壊し、自分こそが長年待望されていたキリスト(メシア 救世主)であると言う者が出て来、戦争、暴動、地震、飢饉、疫病が起こりました。
ユダヤ教社会でキリストに従って生きる者が迫害を受けたことが使徒言行録に書かれています。
殺されるかもしれない大きな困難の中で、キリストを証しする機会になるとの肯定的な言葉が語られます。
すべての人に憎まれることになるが、「あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」と約束されます。
周囲には困難だらけがある中を信仰者は生きて行きました。
しかし物事には普遍的な意味がありますので、過去の聖書の記述にも今日にも通じることがあります。
ヨハネの黙示録も過去のお話ですが、将来の予言として読む方もあるようです。
過去のお話の中に今日にも通じる普遍的な意味を読み取ることが大切です。
生きる上での困難というものは二千年ほど前だけにあるのではなく、それと同じような状況ではなくても、個々人それぞれが困難を抱える中で御言葉に励まされて生きるという点で受け止めることができます。
おどろおどろしいいわゆる「終末論」を振りかざして恐怖を煽り困難を増幅する宣教者は悪に仕えていると思います。
私たちが覚えるべきことは、有限の物は終わりを迎えるというごく当然の事柄、永遠なる命の働きから生み出された存在は有限の命の終わりを迎え、永遠に帰っていくという事柄です。
いつか滅びる物が私たちの存在の根拠ではありません。
命の根源を指し示されたイエス・キリストに従う者は主と共に、破壊されず、滅びない支えに依拠している真実に立って歩みます。
ここでも主イエスは、神様という命の足場に立っている存在として歩むことを求められます、それがまことの幸せだとして。
マタイによる福音書7章24節以下では、人生の嵐が来た時でも「岩を土台として」生きる人のことが語られています。
神様がひとときも離れず守り、導いて下さっていることを見つめるときに人はそこで生きてゆけるのだと。
「あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない」とは、永遠なる神の中に在って瞬間瞬間覚えられている命の真実を現わしていると思います。
自己中心の我欲の力が氾濫しているのを自己の内外に見ます。
有事を煽り戦争の準備に動かされる中、儲けを得てほくそ笑んでいる者らがいることを見ています。
権力者は戦争を止めず戦地に行かずゲームのように人を戦地へ送り込みます。
困窮の犯人を作って自分を守ることを最優先にする排外主義が幅を利かせています。
これらのような性質は私の中にもあることをしっかり見つめ、命そのものが求めている自他をおんなじ命だから大切にし合うという性質にこそ目を向け歩みを進めたいと思います。