なぜ微生物除草剤の研究?(1)
なぜ微生物除草剤の研究?(1)
微生物除草剤の研究に至るまでは、大学と企業で化学除草剤の研究に取り組んできた。大学では化学除草剤のシード化合物探索と作用機構解明、企業では化学除草剤の探索研究と開発研究に取り組んでいた。ずっと化合物の畑で研究をしていたが、博士課程で心機一転して微生物の研究に着手し、微生物除草剤の研究を始めることとなった。
私が考える微生物除草剤研究とは①伝統②時代性③素朴な疑問に応えようとするものであり、④企業と大学のエコシステムを意識したものである。
① 伝統について
1940年代に世界初の化学除草剤「2,4-D」が開発され、作物と共存する雑草のみを見分けて枯殺する「選択性」という概念が実現した。化学除草剤の効力は凄まじく、手取り除草のような重労働から人々は解放され、飛躍的に労働生産性が上がった。我が国においても、2,4-Dを導入し産官学が手を取り合って、国内の農業においても適用できるような施用技術を開発した。その後、次々と新しい除草剤が生み出され、官学でも除草剤の作用機構や選択性についての研究が当時の最先端の技術を用いて精力的に行われた。
私が博士前期課程で所属していた筑波大学 植物機能制御学研究室は、理化学研究所で除草剤の研究に取り組んでいた石塚晧造博士が当時の東京教育大学に1975年に創設したことに端を発している。そこでは、除草剤の作用機構や選択性についての研究が活発に行われていた。当時の最先端技術であった放射性同位体を用いて除草剤の植物体内での動態を追跡し、植物体に付着した除草剤が真っ先に直面する「吸収・移行」の概念を科学的に示した。加えて、植物体による解毒代謝や作用点に対する阻害活性を調べ、「解毒代謝・作用点阻害」の役割も明らかにしてきた。除草剤の作用機構を「吸収・移行・解毒代謝・作用点阻害」の要素に還元し、それら要素が植物種ごとに異なることから除草剤の選択性は生じると科学的に示した。当然ながら、東京教育大以外にも様々な大学や研究機関が研究に取り組んでおり、それら活動が総体となって、現在の除草剤という研究分野の基盤が国内に形成されてきた。
一方で、除草剤という研究分野は、農薬科学のみならず雑草学においても大きな役割を果たしてきた。除草剤による選択性が認められるということは、それら植物種間で何らかの差異が存在することを意味する。すなわち、除草剤は植物の種特異性について、異物への対応能力という観点から明らかにする研究資材であると捉えることができる。イネやヒエは何が違うのか?と問われれば、ゲノムの塩基配列が違うという風に言われてしまうかもしれないが、それだけでは不十分であり、やはり形質の違いからも考えていく必要がある。「異物への対応能力」という形質は、動くことができない植物が特に発達させてきた生存戦略である。除草剤のようなこれまで自然界に存在しえなかった化合物に対してさえ対応できてしまう雑草の柔軟な環境適応能力には目を見張るものがある。抵抗性発達のような小進化ではなく、予めそのような能力を兼ね備えているという点で、その生存能力の高さを感じざるを得ない。
以上のように、農薬科学と雑草学の両面から学術に寄与してきた除草剤であるが、化学農薬全般への逆風は強く吹いている。多くの伝統は時代の変遷とともに全盛期を終え、文化として保全されるか、時代性を踏まえた新たな形での再興を目指すという運命を辿ってきた。除草剤研究もどのような道を辿るか、考える必要がある。
(2)につづく。