茨城県立石岡商業高等学校硬式野球部
〜新たなる伝統の始まり〜
石岡商業で野球をやりましょう!
心身ともに鍛えて、野球での勝利を目指しましょう。
下手でもいいです。必ず上手になれる。自らの努力で自分を磨き上げよう。
現在野球部員はわずか1名。令和4年度入学生に大きな期待をしています。
1年生のうちから実践経験を積み、野球部をともに創造していきましょう。
学校を盛り上げ、県内最大の下剋上を達成しよう。為せば成る。青春を石商で!!
※髪型は清潔感があり、高校生らしい姿であればOKです
広大なグラウンド
両翼95メートル、中堅120メートル
ナイター照明完備 野球をやる環境整っています☆
Before
After
令和4年度の入学生に向けて、得点板をピカピカに磨き上げました!
ブルペン①
ブルペン②
ブルペンが完成しました!3人の投手が同時に投球練習をすることが可能です☆目指せ150km/h☆
雑草との格闘
この夏は、外野の雑草と日々戦いました。水戸商業のOB達も手伝ってくれたおかげで、外野の雑草はなくなりました。炎天下のなか、ともに汗を流してくれました。感謝です☆
素晴らしいグラウンドに変貌しております!
グラウンド整地
グラウンドの土が流れ出ないように工夫しました。
水はけを考え、平らなグラウンド作りを心がけています。
夢を見てしまう記事です。挑戦したいなぁ。。。
「ちゃんと卒業したのは3年間で4人」ヤンチャ集団だった高校が決勝戦で大阪桐蔭と対戦するまで…この10年で何が?
11/5(金) 11:05配信
「空気、読まんでしょ、ウチって」
今秋の和歌山大会準決勝で、今夏の甲子園で優勝した智弁和歌山を5-4で下した後、取材対応のための部屋に入ってきた時、和歌山東の米原寿秀監督が、開口一番に発した言葉だ。
智弁和歌山は、夏の甲子園のレギュラーメンバーで現チームに残ったのは3人とはいえ、この日登板した塩路柊季は準々決勝の石見智翠館戦で先発して6回2安打無失点、武元一輝は最終回にリリーフで投げてストレートが148キロをマークするなど、すでに全国区と言ってもおかしくない戦力が残っていた。
甲子園V智弁和歌山に仕掛けた“奇策”
だが、和歌山東打線は序盤に先発の武元の速球をうまくとらえ、2回に1点を先制し、3回に2点、5回には1点を加えて4-0とリードしていた。直後の5回裏にすぐに1点を返されると、6回には2点を返され1点差に。2死一、二塁のピンチで1番の清水風太を迎えたところで和歌山東は先発のエースの麻田一誠がレフトへ向かい、左腕の石野涼にスイッチ。清水を空振り三振に斬って取りピンチを脱すると、7回に麻田をマウンドに戻した。
しかし、7回表に1点を加点して5-3で迎えた直後の裏にも同じようにピンチとなったため、今度は麻田がライトの守備につき、投手を左腕の山田健吾に交代。犠飛を打たれ1点差となったものの、次打者の青山達史で麻田をマウンドに戻すという“奇策”を講じたのだ。
中盤以降、どちらに流れが転がってもおかしくなかったが、打者のスイングや相性などを見て、小刻みな継投で難敵の打者の目を惑わせ、接戦をものにした。全国制覇帰りの智弁和歌山のその後を見ようとして集まったであろう報道陣が、自嘲的なコメントを発した米原監督に選手へどんな言葉を掛けたのかを尋ねるとこう口にした。
「選手らには“魂の野球”をやろうと言っているんです。気持ちでは負けないでいようと。この言葉は実は昨日思いついたんです」
その理由は? との問いにこう続けた。
「このチームは成功体験が少ない子ばかりで、自分の気持ちを秘めてしまう子が多い。だから、自分の魂を呼び戻して欲しいなと。怯まない、諦めない、そういう姿勢を出して欲しいと思ったんです」
和歌山東は元々野球部は軟式のみだったが、2010年に軟式から硬式に移行した。県立和歌山商で07年にチームを率いてセンバツ出場した経歴がある米原監督が和歌山東に異動となったのがちょうどその2010年4月だった。
だが、当時の和歌山東はいわゆる“ヤンチャ”な高校生が集い、本気で上を目指すどころかまじめに練習に向き合う選手は少なかった。
「自分が赴任した時は3年生1人が夏まで硬式で続けましたが、7人いた2年生は1人、12人いた1年生は2人だけですね、最後まで続けたのは。ちゃんと(野球部を)卒業したのは3年間で計4人だけでした」
タバコやケンカで問題になる選手や、保護観察のついた選手もいた。最初の数年は野球にならない時期もあったが、米原監督は頭ごなしに怒ることはなかった。
「そういう子ばかりなので、こちらの思い通りにならないのは分かっていること。それくらいの(問題を起こす)ことは予想できましたしね。流すところは流して、彼らと同じ目線になって、まず会話をすることを心掛けました。そもそも彼らには毎日練習をする習慣がなく、“なんで毎日こんなしんどいことやらなあかんねん”というのがあったようで、中途半端な子はどんどん辞めていきました。だから、まず野球を好きになってもらわないといけないと思いました」
高校生を惹きつける米原監督の人柄
同じ目線になることで指揮官と選手の心の距離は少しずつ近くなった。ボールはわずか1ケースしかないうえ、練習では県立和歌山商でやれていたことは全くできない。集中力も10数分が限界だった。それでも選手にぶつけたい言葉を胸にしまい、米原監督は選手らと向き合いながらノックバットを手にした。
ただ、甲子園に出場実績のある米原監督を、県内の中学生も見逃してはいない。就任2年目の春には18人の新入生が入部。その学年が3年生になった夏に県でベスト4まで勝ち進むなど、チームは徐々に前進しているようにも思えた。だが、幾度かあった監督の“行き過ぎた指導”で謹慎処分を受け、チームの進撃に影響を及ぼすこともあったという。それでも「数年ごとにヤンチャな気質は少しずつなくなってきています。今年のチームは、そういう子はもういません」と指揮官は明かす。
何より、米原監督のざっくばらんな人柄が、高校生を引き付けているのかもしれない。時には冗談を交えて、選手たちを叱咤激励する。投打で傑出した能力を持つ選手がいる訳ではないが、この秋も“魂の野球”の大切さを説きながら、選手らと歩み、考えながらひとつずつ勝ち進んできた。
今夏は智弁和歌山の甲子園制覇に加え、市立和歌山の小園健太はDeNA、松川虎生はロッテからドラフト会議で共に1位指名を受けるなど、和歌山の高校野球は嬉しいトピックが盛りだくさんだった。
「今回、近畿大会で準優勝できたことは自分たちの力ではないよ、と子供らに言うています。今年は智弁和歌山の優勝や市和歌山のドラフトのことを思うと、和歌山の年やったのかな……と。その流れにウチも乗せてもらっただけ。だから(決勝の翌日も)休まずにミーティングをやりました。コイツら、準優勝言うてたら調子に乗りますから」
驚かされた大阪桐蔭の行動
ただ、公式戦で並み居る強豪校と対戦したことは何よりの糧となっている。近畿大会の準決勝のことだ。第2試合で試合予定だった和歌山東は、三塁側ベンチ後方で開始を待ち、第1試合を終えた大阪桐蔭とベンチを交代する時に米原監督が目についたことがあった。
「大阪桐蔭の選手がベンチを空けるのが、ものすごく速かったんです。素早い、無駄のない動きを見て、そういう姿勢を見習わないといけないと話しました。大阪桐蔭の戦力がすごいことは分かっていること。智弁和歌山の戦力の凄さをウチの選手は普段から見ているので、プレーに驚きは少なかったようですが、試合では声掛けのタイミングやしっかり準備、行動ができるチームを見て何かを感じて欲しいです。野球は勝つためだけにやるものではない。これからの人生にも生きていくものなので」
ようやく聖地への扉の前に立った秋。私学、公立と古豪がひしめく和歌山からまた新しい学校が、令和の球史に“その時”を刻もうとしている。
(「甲子園の風」沢井史 = 文)
NumberWebより引用
中学生諸君!石岡商業で挑戦してみよう☆
和歌山東高校に訪問(2021.12.28~)
2021年の最後に今年できなかったことを実現させました。
和歌山東高校に訪問し、多くのことを学ばせていただきました。
学んだことを本校で発揮したいと強く決意いたしました。
4月に出会うであろう選手たちに還元していきます。
和歌山東高校の米原監督、南部長、誠にありがとうございました。一期一会。大切にしていきます。
覚悟を決めて
2022年、心燃え尽きるまで挑戦いたします!
2022.2.3~ バッティングゲージ内の整地を始めました。
4月に向けて、全力で整備いたします☆変化の過程をご覧あれ。
【作業手順】①スコップで根っこからすくい上げる。
②土をふるう。(水色の箱のやつ)
③土に残った根っこを分断する。
④塩化カルシウムを混ぜ土をならす
⑤次の日に向けて入念にストレッチ。(特に腰)
初日。根っこがすごい。
3日経過。まだまだ。
7日経過。果てしない戦い。
草・草・草・草・草
1か月経過。やばい4月まであとわずか・・・。気合い入れ直します。
完成!
春 爛 漫
14名の新入部員を迎え入れました。
1日1日、一瞬一瞬を大切にしていきます。
百折不撓の精神で頑張ります。
※随時更新いたします。