新規薬剤の開発においては、疾病の原因となるタンパク質に結合・阻害するリガンドが求められます。阻害効果の強いリガンドを見つけるには、タンパク質との親和性および結合ポーズの予測が必要ですが、正確な予測には状態空間を広くサンプリングする必要があります。私は拡張アンサンブル法を用いることで、効率的にサンプリングし、結合ポーズ・親和性の高精度予測に成功しました。リガンド結合過程における自由エネルギー地形を計算し、結合パスウェイや結合メカニズムの解明にも成功しました。実験で見られない状態を観測できており、創薬への示唆が得られています。
炭化水素鎖の水素をフッ素に置き換えたものをPFAS(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物 )と呼びます。PFASは高温、強酸/強塩基、酸化剤への耐性および撥⽔・撥油性などの性質を持ち、その化学的安定性からフライパンの表⾯加⼯や泡消化剤など我々の⾝の回りに多く⽤いられています。一方、PFASの中には生体内に取り込まれると有害性を示すものがあり、PFASによる環境汚染が近年問題視されています。しかし、PFASがなぜ生体にとって有害なのかは不明な点が多く、分子レベルでのメカニズムは何もわかっていません。そもそもフッ素化合物の物理化学的な基礎が確立しているとは言えない状況です。本研究室ではPFASの有害性のメカニズムを明らかにするために、PFASとタンパク質の結合シミュレーションを行っています。また、PFASに汚染された水を浄化するための吸着剤の基礎研究も行っています。
新しい拡張アンサンブル法を開発することで自由エネルギー計算の効率化を行っています。開発した手法はMD計算ソフト「GENESIS」に実装・公開しています。CHARMM-GUIを開発しているWonpil Im教授(米国リーハイ大学)とセットアップシステムを構築し、GENESISの入力ファイルを作れるようにもしました。また、これまでGENESISは生体分子のみに利用されてきましたが、現在材料科学分野への拡張を考えています。GENESISのユーザ会であるGENESIS Users’ Groupも立ち上がり、GENESISは今後多くの企業で利用されていくと考えています。
構造生物学の実験研究者と共同で研究しています。MDシミュレーションは原子レベルで運動および自由エネルギーが求まるため、実験結果の解釈や分子メカニズムの解明に役立ちます。また、実験データと一致するように計算を行うデータ同化・データ駆動のシミュレーションも行っています。実験に対応する微視状態を人工的に生成することで、実験のみでは決定できない生体分子の構造と機能を明らかにすることができます。
溶媒和熱力学量を積分方程式理論を用いて正確に求め、溶媒のエントロピーが生体分子の折り畳みや結合で支配的な役割を果たしていることを明らかにしてきました。このエントロピー効果は分子モーターの運動にも重要な役割を果たしています。水は水結合によって常温・常圧で高密度な溶媒として存在できますが、そのことが水のエントロピー効果を高め、生体分子機能の実現に関わっています。
連想記憶ニューラルネットワークは、自由エネルギー地形を記憶させた状態に対応するように学習させています。従来は密なネットワークを仮定していましたが、実際の脳はスモールワールド性を持っています。ネットワーク構造の連想記憶への影響を明らかにしました。ニューラルネットワークは近年注目されており、物理化学・分子シミュレーションにおいて不可欠なものとなってきています。