私がトリビアを話していて、今日、気づきがあった。いわゆるトリビアの「へー」よりも、それを調べて「なるほど」という瞬間が大好きということだ。勉強しているとき、人と話すとき、ニュースを見るとき、頭のアンテナと回路は常に動作中だ。そして、なにか閃く感じでそうなんだという感覚が花火のように浮かび上がる。そういう繰り返しで世界の構造が見えてくる、それが私という人間の思考の在り方のようだ。
「人が絶対的に逃れられない運動(法則)」と「人が社会生活の中で築き上げてきたルール(法律)」、その二つに私は惹かれる。電子が原子を結びつけ分子を成し、分子の相互作用によって機能がでる。ときには分子の結合の組み換えが起きることで、エネルギーの蓄積、または、放出がなされる。そういう動きを自然科学の視点で理解する。この自然法則は不変だが、技術や科学の進展とともに拡張されていく。これはまるで大樹の枝がのびていくような安心感と心地よさがある。そして原理はほぼ不変で解釈は、日々の反証可能性によって改良という波に侵食されていく、それがついに耐えられなくなったとき新しい強固な礎が覆うように立ち上がるのだ。
いっぽう、社会科学では人類の歴史、思想、社会の在り方によって流転していく。そして、あるときばっさりと変わる例えば 狩猟、農耕、封建、王制、民主制などだ。革命などで法律や社会システムのありようは激変する。昨日の常識は今日の非常識なのだ。革命でなくても、昭和のパワハラはいまではコンプライアンスの問題になる。しかし、その変化の経緯には人々の営みの痕跡を感じることができる。
自然と社会という2つのシステムのありようをルールとその枠組みいう視点でみれば、構造の類似点が浮かび上がる。両方みることで世界がより立体的になるのだ。科学と法律とか、科学と政策とか、科学と倫理とか、そういう境界の部分は、自然科学と社会科学が交わる場所で、私にとって興味深く構造的アプローチを刺激される。これを言語化して文章にまとめて、人の役に立つ形にできたらいいな。
仕事柄、電子の動き、その反応の駆動力、触媒の仕掛けを探ることをしており、その営みが普段の生活にもしみだしていく。そうして、思考がぐるぐると回転する。そのため、なにかとるに足らないものでも起点にして思考が自動で回転していく。そして構造が見えた時、ばらばらなものがつながるのだ。こんなことでも意味があるんだと世界の理解が深まった感じがして世界がまたおもしろくなる。それは別視点の自分が思考を拾うことで理解される。この視点はとても便利で感情と意識を分離し、私を自由にする。
私は「理解することをライフワークにしている人」だと。大げさな哲学ではなく、ただ、世界の深いところに流れているものを感じたい。これからも、自分のペースで、世界を少しずつ深く見ていきたい。その積み重ねが知識と人生かなと授業で感じたのでここに記録しておく。
そうするうちに最近考えていたことを思い出した。これいいたくてこのコラム書いたんだけどね。。ロッサーによる不完全性定理の拡張と、レヴィの束縛探索による密度汎関数理論の再構築に共通する「外的制約から内的構成への移行」という構造は、自律を内因化プロセスとして理解する枠組みのもとで比較可能か? 自分でも冴えてると思った。そうしてるうちに思考が深くなり、これってカントの自律と同じ構造だし、学習の初期過程の模倣から離脱とらえることも可能だから いわゆる守破離に収束するかな? カントのほうが包括的かな?と思考が回転していく。
結局、「システムが外的制約を脱し、自体の法則を自己樹立するプロセスには、領域を横断する共通の数理的・構造的トポロジーが存在するか?」 つまり、数理(ロッサーの論理拡張)、物理(レヴィの束縛探索)、そして、認知(メタ認知による自己言及の解除)は、カントの超越論的枠組みに包含され、「守(他律的制約)・破(内的探索・メタ認知)・離(自律的自己完結・内因性ドミナント)」という動的プロセスとして再定義する自律性生成の普遍方程式として記述可能かという問いに変化した。つまり、内的自由とは理論の制約や記憶の束縛からの自由として自ら立ち上がることで得られるのだ。
私はうれしくなった。今日はいつもより猫が可愛く、もらった河内晩柑が、やけに美味しく感じた。和製グレープフルーツのような、あの独特のほろ苦い手応えが、乾いた喉に心地いい。世界は美しく、楽しいものですね。
2次元結晶群/2次元格子並進群 ≅ 2次元結晶点群であり、文様群(2次元結晶群)17から並進対称をとりのぞくと結晶点群10がでてくる。この7はフリーズ群の分類と一致するのは必然である。文様群はふすまの模様の分類です。
いつも長い行列ができている「安全食堂」の前に学生と並んでいる。
行列が長く、待ちながら学生ととりとめもない話をする。 そして、学生に注文するメニューを決めておくように指示をだす、自分もいちおうはメニューを考えてみる。この待ち時間ではだいたいは、日常のトリビアを披露したり、何かの文句を言っていることが多い。 ここでは、研究の話はご法度だ。 せっかく学外に出たのだから、普通の日常の空気を大切にしたい。 まあ、マイペースだから、どこにいてもあんまり変わらない気もするけれど。そうこうするうちに行列の前方になり、活気のある店内に案内される。ここでの私の動きは完全に最適化されている。
「どうぞ」と言われてただ席につくような無駄な動きはしない。 真っ先に向かうのは、給水機だ。 ここはセルフサービス。 初見の学生がオロオロしている横で、美しい無駄のない動線でお手本を見せるのだ。コップに水を注ぎ、席につく。 そこへ、女性店主(ビッグママ)がやってきて「いつものやつ?」と声をかけてくる。「はい!」思考も、完全にパブロフの犬状態だ。 反射的に元気よく返事をしてしまう。(何にしようか考えていた濃密思考はここで破棄される。)結局、ちゃんぽん大盛りなのだ。
ちなみに学生は普通の並ラーメン。
目の前に2つの丼が並ぶ。一見、大盛りちゃんぽんの器は、並ラーメンよりひと回り大きく見える程度だ。だが、脳内はすでに計算を始めている。直径の比率の3乗が、総容量にきいてくる。 つまり、直径がたった1.3倍になるだけで、そこには約2倍の空間がある。 この器は、並の2倍のエネルギーを統治する巨大な宇宙なのだ。さらに、問題は器の形状と、その上にうず高く盛り出している具材の山だ。普通のラーメンは、いわば「円錐型」の器。 だが、この大盛りちゃんぽんの、上に突き出した山部分は一体どうだ? 円錐として近似すべきか(1/3)、それとも球として近似すべきか(2/3)。 係数が 1/3 か 2/3 かでは、体積の計算に決定的な違いが生まれる。器は錐か、盛り出しは球か。 脳内で激しい幾何学のシミュレーションが駆動する。
しかし、猶予がない。 ちゃんぽんは、あつあつだ。
のんびり計算していると、麺がスープを吸って伸びてしまう。空間の近似を思考しながら、同時にあつあつのちゃんぽんを伸びないように、中身から「麺だけ」を優先して引きずり出し、口へと運ぶ。 給水から始まった、我ながら素晴らしい、完璧なシークエンスで食事が展開していく。ハフハフと麺をすすり、上の具材をだいたい食べ終わる。 ここで味変だ。 胡椒を振り、紅生姜をガサッと追加する。スープの水位が下がり、視界が開け、ようやく「器の全貌」が見えてきた。 その瞬間、私は箸を止めてフリーズした。大きさが違うだけじゃない。 描かれている模様(幾何学)の「対称性」が、ぜんぜん違うのだ。学生の並丼は、双喜紋 (囍)がただ横にスライドしていく鏡映面をもつ並進対称性(p1m1)。 対して、大盛りちゃんぽんの丼は、模様が上下に鏡映反転しながら交互に繰り返されている(p11g)。
「フリーズ群が相転移している……!」
数学の世界では、帯状の模様の対称性は世界にたった「7種類」しかないと証明されている。 教科書で「群論」の数式をガリガリこねくり回して勝ち誇っている講義室の住人たちには申し訳ないが、私に言わせれば、この紅生姜の赤に映えるどんぶりの模様すら、空間のルールを体現する生きた意匠なのだ。なぜ、3乗のダイナミズムによって体積が2倍になり、境界線の幾何学が変わった瞬間、異なる対称性のフリーズ群の模様が選ばれたのか。 学生が「チャーシューうまっ!」と無邪気にスープを飲んでいる横で、紅生姜の混ざったスープ越しに、大盛りちゃんぽんの湯気の向こうにある宇宙の方程式を凝視している。
研究室を飛び出しても、結局、私の脳内はこれだ。
普通の日常の空気を大切にしたいなんて、どの口が言ったのだろう。でも、これって量子論のクラスでいつも学生に教えていることと同じなのだ。 空間の広さやエネルギーのレベルが変われば、安定する結晶構造や電子の軌道の「対称性」はダイナミックに変化する。 器が大きくなるということは、システム全体のエネルギー状態が変わるということ。 だからこそ、どんぶりの模様という共通言語も、その空間にふさわしい群へと姿を変えたわけだ。
そうして、最後まで綺麗に食べ終わる。
ふう、と一息つきたいところだが、お腹がパンパンだ。 私は彼らのボスのため、支払い担当(財源)であると同時に、彼らを送り届ける「運行責任者」でもある。 このきついお腹を抱えながら、安全運転で研究室に戻らなければならないのだ。車へ向かう道すがら、いつもの後悔がじわじわとやってくる。 「普通(並)にしとけばよかった……」しかし、たった100円アップするだけで、空間のキャパシティが2倍に跳ね上がるあの快感には、どうしても抗しがたい魅力がある。
そこで、ハッと気づいた。
店に入ってからメニューを決めたんじゃない。 あの「ちゃんぽん」が食べたいという強烈な目的があったからこそ、安全食堂という空間に足を運んだのだ。これって、我々がいつもやっている「DFT(密度汎関数理論)計算」とまったく同じじゃないか。最初に「知りたいエネルギーや電子状態(目的)」が明確にあって、それを解くために最適な交換相関汎関数(手法)を割り当てていく、あのプロセス。 ちゃんぽんへの欲求は、まさに脳内DFTが叩き出した最適解だったわけだ。そう思った瞬間、すべてが腑に落ちて、妙にスッキリした。お腹はパンパンのままだが。あとは、ゆっくり消化するのを待つだけだ。
このとき私は、大きな獲物を丸呑みして、お腹が膨れたヘビの気持ちに深く思いを馳せる。
まあ、私は量子論と点群の化学の先生で、数学やどんぶりデザインの門外漢だけど。 いつも学生には「先生の言ってること、わからない」って言われてるけどね。まあ仕方ないさ、私には、君たちがどこで詰まっていて分からないかわからないんだから。君たちも呼吸の正しい方法なんて、わざわざ他人に教えられないだろう?
(注 内容は一部フィクションを含みます。)
猫が使いこなすイプシロン・デルタ論法
猫は数的センスを持つ生き物だ
YouTubeでなんとなく猫の動画を観ていた。
縁側のいちばん日が当たる、きもちよい昼寝の場所をめぐる小競り合いだ。先客の猫に向かって、新参者がじりじりと間合いを詰めていく。 「シーシー!」 先客が首をすくめて威嚇の声を上げる。おもしろい。彼らは場所を譲る気もなければ、泥沼の大喧嘩をしたいわけでもないのだ。 相手の出方を見ながら、「ここから先に入ったら猫パンチだぞ」、「じゃあ、このラインならどうだ?」と、ミリ単位で見えない境界線を探り合っている。あの緊張感。時折、電光石火で繰り出される猫パンチ。 観ながら、私は思った。 「あ、こいつら今、完全にイプシロン・デルタ(ε-δ)論法をやってるな」と。
大学の数学で誰もが絶望するあの最難関概念。
数式を追っただけで理解した気になって、上からマウントをとってくる自称秀才くんの説明などはこの前には霞んでしまう。 概念さえ掴んでしまえば、数式なんてただの便利な言語だ。いくら綺麗な「空手の型」を覚えたところで、彼らの生ぬるい論理では、現場の電光石火の猫パンチには絶対に対抗できないのだ。 YouTubeの猫のほうが、きもちよい昼寝の場所を守るために、この強力なシステムデザインをよっぽど直感的に使いこなしている。
簡単に説明すると、こういうことだ。
イプシロン(ε)は「出力の誤差」であり、猫にとっては「内なる快眠クオリティ」だ。 「私はこれくらいの静けさとスペースをキープして、気持ちよく寝たい(イライラ度をこの範囲に抑えたい)」という、結果側の許容誤差の基準である。対するデルタ(δ)は「入力の誤差」であり、相手に提示する「猫パンチの射程距離」だ。 相手との物理的な位置という「入力」をどれくらいの誤差(距離)に抑え込めるかという、能動的な防衛線のことだ。
数学の教科書を開くと、このイプシロン・デルタ論法の定義は、次のような冷たい数式で書かれている。
「任意の正の実数 ε に対して、ある正の実数 δ が存在し、0 < |x - a| < δ ならば、|f(x) - b| < ε が成り立つ」
この数式が言わんとしている本質は、「出力の誤差(ε)は、入力の誤差(δ)によって完全に制御可能である」という強力なコントロールの意志だ。
猫たちの会話に翻訳すれば、こうなる。
「あなたが『私のイライラ(出力誤差)をこれくらい(ε)の微々たる量に抑えたい!』とワガママに望むなら、それを実現するために『相手を近づける距離(入力誤差)をこれくらい(δ)の狭さに制限しなさい』という具体的な境界線が必ず決定できる。その入力の防衛線(δ)さえしっかりコントロールして守れば、結果としての出力の乱れ(ε)は、自動的にあなたの理想の範囲内にピタリと収まる」つまり、結果(ε)をコントロールしたければ、原因(δ)を制御せよ。猫パンチの射程を厳密に管理すること(入力の制御)で、己の心の平穏(出力のキープ)を100%保証するシステムなのだ。この学理の本質は、どこか1点に重なること(収束)ではない。 完璧な正解(実体)が真ん中になくても、お互いの許容誤差を連動させることで、関係性を破綻させずに駆動し続けるための「コントロールの真なる定義」なのだ。
そして面白いのはここから。
この「昼寝の場所を守る防衛線」をひっくり返して、「どうしてもあの人に近づきたい、高解像度で理解したい」という純粋なアプローチの情熱を数式にのせた瞬間。 あの δ と ε は極限までギュッと絞り込まれ、美しい「収束」へと姿を変える。相手のすべてを誤差なく理解したい(出力誤差 ε を極限までゼロに近づけたい)と願うとき、私たちは自らのアプローチの間合い(入力誤差 δ)も、無限にゼロへと絞り込んでいく。 「これだけ近くにいるんだから(入力誤差ほぼゼロ)、私の気持ちもこれだけブレない(出力誤差ほぼゼロ)」お互いの境界線が消え入りそうなほど小さくなったとき、数式は「限りなく近づく」という極限の美しさを描き出す。 画面の中で、猫たちは「シーシー」と言いながら互いの δ を微調整し、世界のピントを合わせ合っている。
概念さえ掴めば、理解は一瞬。難解な記号の檻から解放された瞬間、世界はこんなにもおもしろい物理現象の縮図に見えてくる。数式はモデルであり、枠組みでもある。それを感じとり、生活に生かしてこそ人間の知恵だね。
修理可能な障害 叩いたら治った
対応するのがめんどくさくて放っておいたけど、やらざるを得なくなったので対応することになった。AlmaLinux 10.0をインストールして、やれやれとまとめてアップデートしたら、なんか変なのが出た。画面を埋め尽くすのは、yum(dnf) が吐き散らす無機質なスタックトレース。
Traceback (most recent call last):
File "/bin/yum", line 61, in <module>
from dnf.cli import main
File "/usr/lib/python3.12/site-packages/dnf/__init__.py", line 30, in <module>
import dnf.base
File "/usr/lib/python3.12/site-packages/dnf/base.py", line 29, in <module>
import libdnf.transaction
File "/usr/lib64/python3.12/site-packages/libdnf/__init__.py", line 14, in <module>
from . import conf
File "/usr/lib64/python3.12/site-packages/libdnf/conf.py", line 10, in <module>
from . import _conf
ImportError: /lib64/librpm_sequoia.so.1: undefined symbol: EVP_PKEY_verify_message_init, version OPENSSL_3.4.0
まあ、ガウシアン(Gaussian)は動くから放っておくことにした。
研究の計算さえ回っていれば、OSの機嫌なんて二の次だ。学会や締め切りを控えた研究者にとって、パッケージマネージャの反抗期など「部屋の掃除」くらい優先度の低いノイズでしかない。しかし、パッケージを一切入れることができなくなった。これではさすがに不便極まりない。「新しいライブラリを一つも追加できないサーバー」は、ただの豪華で大喰らいな暖房器具だ。春の嵐のような新学期もようやく一息ついたので、重い腰を上げて対応することにした。
白昼、静かに熱を発する50台のクラスターを前にして、私は思った。
1台なら「ちょっとした不運」だが、50台同時に沈黙している目の前の光景は、なかなかに壮観なディストピアだ。「あ、これ、完全にゲーデルの不完全性定理の罠に捕まってるな」と。数学の歴史をひっくり返したあの難解な定理。数式をパズルのようにこねくり回して悦に浸っている「論理学おたく」の静かな説明なんてどうでもいい。あれは、システムを限界まで効率化しようとするすべてのエンジニアが、いつか現場で直面する「構造の呪い」なのだ。
この構図をそのままあてはめてみよう。
ゲーデルの不完全性定理とは、乱暴にいえば「ある論理システムの内側には、そのシステム自身のルールだけでは、正しいとも間違っているとも証明できない命題(矛盾)が必ず存在する」という真理だ。今回の AlmaLinux 10.0 の世界が、まさにその「閉じられた論理システム」だった。インフラ を健康な状態に導くための「証明(プロトコル)」にあたるのが、他ならぬ yum コマンドだ。システムは「自分自身を常に最新に保ち、不整合を修復する」という完璧なルールに従って動いていた。/bin/yum から始まり、Python 3.12 のモジュールたちを順にインポートし、パッケージを調定していくはずだった。しかし、そのルールを動かすための根本の土台である OpenSSL がバグった瞬間、最下層のライブラリ librpm_sequoia.so.1 は EVP_PKEY_verify_message_init という未定義のシンボルを吐いて絶命した。この瞬間に、システムの内側からは「自分が正しい状態であることの証明(=修復のためのプロトコルの実行)」が論理的に不可能になってしまったのだ。
医者が全員病気で倒れた病院で、「医者の診察を受けなさい」というルールだけが虚しく響いているような絶望感。
スタックトレースの最後の1行は、内側のルールに縛られて一歩も動けなくなった論理の断末魔だった。だが、この袋小路の先にこそ、真のブレイクスルーが隠されている。ゲーデルの定理は「内側では解決できない」と言っているだけで、「絶対に解決できない」とは言っていない。「そのシステムの外側にある、より高次元のルール(メタシステム)から介入すれば、その矛盾は嘘のように解決できる」という、大逆転の裏口を残してくれている。
だから、私は「内側のルール(プロトコル)」に従って優等生的に直すのをやめた。
インストールメディアを挿してレスキューモードで……なんていう、システムが用意したお行儀の良いレールはすべて無視した。外側の神(メタ視点)として、直接物理層に手を突っ込む。NFSという共通インフラ領域から、最新の 3.5.5 のバイナリを引っ張ってきて、システムが求めている 3.2.2 という偽装名を貼り、cp コマンドで回路ごと強制的に上書きしてやったのだ。
システム本来の論理回路を、外側から物理的に「殴って」ハッキングする。
やっていることは最高に知的な数理パズルのようでいて、実態は「動かないテレビの横を叩いたら直った」のLinux版である。一瞬だけシステムの嘘に付き合って辻褄を合わせ、電流を通す。するとデッドロックしていた論理の歯車がガチリと噛み合い、死んでいた yum が息を吹き返した。あとは、動き出したシステム自身に公式リポジトリの正規版を踏ませ、その「偽装」ごと綺麗に押しつぶして上書きさせるだけだ。
手元の画面で、50台の接続が「パツン、パツン」と小気味よく自動で切れていく。
強制調律を終えた彼らが、次々とAlmaLinux 10.1へと自動アップデートされ、真の意味で蘇生していく合図だ。それは、システムが内側の屁理屈を諦め、外側からの強制調律を受け入れて自律進行を始めた、何よりの「成功のビート」だった。完璧なシステムなんて存在しない。どんなに美しいシンメトリーで整えた50台のクラスターでも、いつか内側から破綻する。大切なのは、システムの内側のルールに盲従して溺れないことだ。いざという時は、システムごと論理回路をひっくり返し、外側から物理的にケリをつける。インフラ運用はこんなにもスリリングで、最高に痛快なゲームに変わる。
ちなみに、このとき私は、万が一 ssh まで巻き添えで死んだときのために、ftp や rlogin、果ては telnet といった往年のロートルたちをシステムに忍び込ませていた。暗号化という最新の「知性(OpenSSL)」がバグで自縄自縛に陥っているとき、パスワードも通信内容もすべて平文でぶちまける、あのセキュリティ意識ゼロの昭和のベテランたちが、唯一の命綱になるのだ。最新の暗号化技術が全滅し、すべてのレーダーが狂った戦場で、すっ裸の telnet が悠然と立っている。その姿には、妙な頼もしささえあった。そう、五感さえ研ぎ澄まされていれば、ミノフスキー粒子環境下の白兵戦など怖くはないのだ。
つまり私が何を言いたいかというと。最新のスマートな技術に頼りすぎるな、ということ。そして、泥臭く激動の時代を生き抜いてきた「ベテラン」には、いつでも帰ってきてもらえるよう、最高の敬意を払っておくべきだということだ。
非線形な動的挙動から見える調和された人生
(挿絵はK先生よりもらいました)
そうして基幹教育の場で始まった思考の回転は、一つの知的なノイズによってさらなる加速を見せることになる。それは、最近ニュースや日常の議論でよく耳にする「派遣の隷属」という、極めて他律的で不条理な社会問題の言葉だった。労働者が外的なシステムに縛り付けられ、都合よく使い捨てられる歪んだ他律の構造。だが、私の頭にあるアンテナは、この地上の泥臭い言葉を拾い上げた瞬間、仕事柄いつも追っている電子や触媒のミクロな駆動力を超えて、理論物理学におけるもう一つの、しかし全く異なる美しき「隷属」へと回路を繋げてしまった。ハーケンが提唱した複雑系科学の核心、「隷属原理」である。
ハーケンの隷属原理とは、非線形動的システムにおける「時間スケールの分離」を解き明かした数理である。多数の構成要素からなるシステムにおいて、ミクロな各要素の運動変化は非常に「速い反応」を持つ。一方で、システム全体を俯瞰したとき、全体のパターンや秩序を決定づけるマクロなモードは、非常に「遅い反応」を持って現れる。数理的には、システムが相転移する領域に達した瞬間、変化の速い無数のミクロ変数は、変化の遅い少数のマクロ変数――「順序パラメータという支配因子」――の方程式によって完全に規定されてしまう。物理学において、この速い変数が遅い変数へと一瞬で追従し、数学的に消去可能になる現象を「断熱消去」と呼ぶ。つまり、少数のパラメータが方程式の骨格を決定し、この式が支配的に振る舞うことで、個別のミクロな運動データの追跡、すなわち「個別の記憶」は不要になり、バラバラなものが一つにつながり、無秩序から美しい秩序への変化である自己組織化が生まれる瞬間の、完璧な設計図なのだ。
この構造は、化学におけるボルン・オッペンハイマー近似と本質を同じくする。電子という「速い変数」と原子核という「遅い変数」。これらが織りなす多電子系において、電子は原子核の配置に対して即座に応答し、エネルギー状態は原子核の座標のみをパラメータとする関数――ポテンシャルエネルギー面――として描き出される。近似が許されるとき、電子系は原子核の運動に隷属し、断熱的に追従する。フランク・コンドン定理に見られる遷移の速い電子過程と遅い核振動の重なりも、この階層的支配の帰結だ。
この型は、生命の発生にも通底している。受精卵の増殖という指数関数的な「量の蓄積」が限界に達し、胞胚から原腸胚へと至る「形成」の転換点。ここでも少数の転写因子が順序パラメータとして立ち上がり、細胞の運命を規定する。細胞群は自らの位置と役割を把握し、複雑な器官へと分化していく。
同様に、植物の細胞壁形成もこの数理を体現する。セルロース繊維が強靭な骨格を構築し、そこへリグニンという高分子が浸透・硬化することで、細胞は木質という不動の構造を確立する。セルロースがミクロな方向性を規定し、リグニンがマトリックスとして全体を固定する。この骨格と充填の物理がなければ、系は自律的な形態を維持できない。
それらはそのまま、私達の思考形態へと写像される。「骨組み」を決め、マクロな順序パラメータを確立してから、詳細を肉付けする。段取りという支配因子を確定させてしまえば、細かい調整は臨機応変に追従させれば良い。この論理の順序こそが、あらゆる情報の断片を統合するための基盤なのだ。このハーケン的相転移の視点を通すことで、前編で私が直感した「ロッサーの論理拡張(数理)」「レヴィの束縛探索による密度汎関数理論の再構築(物理)」「メタ認知による自己言及の解除(認知)」という三軸の問いは、カントの「超越論的枠組み」という器の中で、「守(他律的制約)・破(内的探索)・離(自律的自己完結)」という自律性生成の普遍方程式として、パズルの穴が埋まるように美しく収束した。カントの言うア・プリオリな認識の形式とは、人間の思考システムにおける「究極の順序パラメータ」に他ならない。この少数のパラメータが支配する方程式が立ち上がったとき、システムは外側の制約を内因化し、完璧に閉じられた自己完結を果たすはずだ。
この普遍方程式は、私たちの生きる生活世界において、驚くほど美しい「時間と空間の調律」として具現化している。
例えば、私たちの学習のプロセスがそうだ。初期の「掛け算九九の暗記」や「受験勉強」は、理屈抜きに大量の基礎データを脳にインプットする他律的な「守(詰め込み)」のフェーズである。ここでは「数は力なり」の圧倒的な量とエネルギーが主役となる。
この詰め込みが次の応用へと向かう臨界点が、社会的に設定された「修養年限」という、圧倒的に変化の遅い時間軸のダムが満たされることによって必然的に訪れるという点だ。(この学習スタイルは歴史の中で教育効率という点において最適化されている。)小学校の6年間、中学高校の3年間というマクロで遅い時間が満期を迎えた瞬間、学力や親の意見といった少数のコントロール・パラメータによって、人生に大域的な「分岐(Bifurcation)」が発生する。学校という保護区を飛び出し、「社会という巨大な規範を規定するマクロの方程式」という新たな重力場へと足を踏み入れる瞬間である。
分岐の瞬間の激しい混迷(カオス)を通り抜け、新しい所属が確定した瞬間、システムは新しい安定状態へと引き込まれ、「決まったら、しばらくまた安定。人生だね」という定常状態を取り戻す。「離」に達した知性は、型に盲従しない。脳内に数理の骨格が完成していれば、現実に直面した瞬間、複雑な演算を意識せずとも最適な解が自動的に出力される。個別のデータなど不要。少数のパラメータが方程式を統御しているからだ。それはまるで、現実の状況という「硬貨」を一枚投入するだけで、内部の複雑な構造をいちいち意識せずとも、数式から最適な答えが自動で構築されて出てくる全自動の自動販売機、あるいは完全にチューニングされた遊戯機器のようなゾーンの状態である。少数のパラメータが方程式を決めて支配的に振る舞うことで、個別の記憶や微細なデータは不要になるのだ。
大域的な拘束力と日々の即応的な挙動が1つの運動方程式として統合されるとき、我々は生活の他律的束縛から解放され、精神は自己規定法則に基づく自律的な秩序へと再編される。つまり、世相という動的なシステムの中で人が持ちうる揺るぎない安定の論拠となるのだ。
天体の運動において、月のような衛星は数日単位の「速い反応」で惑星の周りを猛スピードで周回するが、それらを抱く巨大な星雲や銀河のネットワークのうねりは、何百億年という「超鈍足」でゆっくりと動く。宇宙全体の運行を支配しているのは、この圧倒的に動きの遅い巨大な銀河の配置(支配因子)である。したがって、天文学者が銀河の運行を計算するとき、衛星のミリ単位の細かい現在位置をすべて追跡・記憶する必要は全くない。「衛星の細かい位置がわからなくても、惑星の近所にいるだろう」という大枠の確信さえあれば、決定論的な宇宙のシステムは完全に成立する。マクロな重力場の方程式が、細部を優しく束縛しているからである。
そしてこれこそが、私が日常の中で直感した、「子どもの細かい場所はわからなくても、家のどこかにいるから、家がわかればOK理論」の本質そのものなのだ。
子どもというミクロな速い変数は、毎日「学校と家の往復」という日々のハイスピードな移動を繰り返しながらも、「所属(家族・学校)」という、滅多に変わらない変動の遅いパラメータに完全に支配され、優しく守られている。親は、子どもが今この瞬間に通学路のどの電柱の前にいるかという秒単位の細かなデータをすべて記憶・追跡する必要がない。「家」というマクロな骨格が確定しているため、細かなカオスは自動的にその近所へと収束することが保証されているからだ。
「派遣の隷属」とは、企業側が都合よく作った偽物の局所的な数式に個人の時間を縛り付け、そこからの大域的な分岐、すなわち人生の「引っ越し」や応用を許さない、数理的なバグに他ならない。数年に一度しか起きない圧倒的に変化の遅い現象であるはずの「引っ越し」を封じられ、ミクロな変数の檻に閉じ込められること。それこそが他律の本質なのだ。
しかし、私たちが他律の檻を抜け出し、社会という本物の巨大な規範をリスペクトしながらも、自らの中に「世界を統御するより高次の普遍方程式」を自己組織化させるとき、私たちは他者の命令や微細なデータの奴隷という重荷から完全に解放される。
私たちは、修養年限という遅い時間をかけて数を詰め込み、やがて自らの意志で所属の引っ越しという大域的な分岐を起こす。その時、個別のデータの奴隷であることをやめ、「家がわかればOK」と言えるだけの強固な骨格を胸に抱く。これこそが、非線形動的システムとしての人間が他律的な隷属を越え、真の意味で自律的な自由を手にするための、冷徹かつ美しき人生の方程式なのである。この完璧に自己完結した論理の調和の中にこそ、揺るぎない内的自由が確立されたのだと、その時の私は確信していた。
修理不可能な障害 沈黙の円盤
きょう、HDDが死んだ。
その冷徹な事実が目の前に突きつけられた瞬間、私の脳裏でひとつの言葉が発火した。『きょう、ママンが死んだ』。カミュの『異邦人』の、あのあまりにも有名な書き出しだ。
きょう、/homeが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。システムからメッセージをもらった。「(fatal error -- Input/output error)ディスクノシヲイタム。ディスク、チンモク、データハショウメツ」。これでは何もわからない。恐らく昨日だったのだろう。昨日まで完璧に機能していたものが、ある日突然、前触れもなく沈黙する。そこには悲しみや焦りといった人間特有の感情が入り込む余地すらない。ただ、「壊れた」という圧倒的な事実だけがそこにある。世界の根源的な「理不尽さ」が、私の手元で牙を剥いた瞬間だった。
/homeの中には、4年生と新M1の新しい仕事と過去の膨大な資料が入っていた。だが、この出来事は新人にとって忘れられない何らかの教訓になる、と考えるしかないのかもしれない。単独のデータはいつか失われる。格納先を忘れるか格納先が壊れるかのどちらかで、だからこそ備えるべきだという、ごく当たり前で、しかし当たり前すぎて忘れられがちな事実。
そこでふと考える。HDDが死をもって伝えたかったこととは何だったのか。おそらく、何もない。それはただ壊れるべくして壊れただけであり、そこに意図も意味も含まれてはいない。にもかかわらず、私はそこに「伝えられた何か」を見いだそうとしている。教訓や必然性、あるいは小さな物語を与え、この出来事を理解可能なものにしようとしている。けれども、それはすべて後付けにすぎない。HDDはただ沈黙しただけだ。そして世界は、それについて何も語らない。まあ、無理に意味を与える必要などないのだろう。事実に意味など、そもそも必要とされていない。
事実の羅列に法則や再現性が見いだされるときにはじめて、思考は濃密さを帯び、意味が立ち現れる。だが、目の前のこれはそうした類のものとは異なる。予測も体系化もされない、ただ一度起きただけの出来事。それは事故ですらない。ただの事実だ。
ここで思考が回転し始め、マーフィーの法則を思い出す。世間ではこれを「不運の法則」のように扱うが、これは世界の性質ではなく、我々の脳が持つ「認知のバグ」にすぎない。この現象は、条件付き確率、すなわちベイズの定理を用いて論理的に整理できる。
P(A|B) = P(B|A)P(A)/P(B)
ここで、A を「故障という事象」、B を「重大な損失という観測結果」と定義する。我々は「不運により故障した結果(A)、データ損失(B)が起きた」という事後確率 (A|B) を目の当たりにすると、まるで「故障は当初から必然であった」かのように過大評価してしまう。ここで分母の P(B) は、「損失が発生するすべてのケース」を指し、以下の二つの項で構成される。
P(B) = P(B|A)P(A) [故障に起因する損失] + P(B|ーA)P(ーA) [故障に起因しない損失]←無視されやすい
我々が陥るバイアスの正体は、この分母を正しく評価できないことにある。
第一に、我々は圧倒的な「何事もなかった時間」である事前確率 P(ーA) を軽視する。これは生存者バイアスの一種であり、平穏な時間は記録に残らず、壊れた瞬間だけが標本として切り取られる。その結果、記憶に打ち込まれた「壊れた事実」という楔(くさび)だけが、あたかも歴史のすべてであるかのように固定化される。
第二に、P(B|ーA) P(ーA) を無視あるいは過小評価している。すなわち、「故障は起きていないのに損失が発生した」というケースだ。人為的ミスや外部環境など、故障以外の要因で損失に至る可能性を計算から排除することで、我々は P(A|B) ≒ P(A)「故障によるデータの損失の確率≒故障の確率」、すなわちデータ損失は故障時の必然という物語を完成させてしまう。
これまで何事もなく動き続けていた時間は忘却され、壊れた瞬間のみが特別な意味を帯びて立ち現れる。我々が「必然」と感じているものは、分母である全事象 (B) を偏った標本で矮小化した結果、計算された認知上の幻影に過ぎないのである。
この構図に以前のパッケージマネージャーの反抗期を重ね合わせ、ゲーデルの不完全性定理の罠を思い出す。システムが「自分自身を常に正しく保つ」ルールに従っていたとしても、その内側には論理的に証明不可能な矛盾が必ず存在する。前回のOpenSSLのバグで死んだシンボルがまさにそれだった。内側からは自分が正しい状態であることを証明できない絶望。しかし、ゲーデルの定理が救いなのは、「そのシステムの外側にある、より高次元のルールから介入すれば矛盾は解決できる」という裏口を残している点だ。
続いて、ウィトゲンシュタインの論考のような静的な世界観が心に浮かぶ。彼は「論理空間における世界の写像」として、世界を事実の総体と捉えた。しかし、私たちの直面するマーフィー的な事故は、静的な論理空間に突如闖入する「動的なノイズ」である。我々は、この予期せぬノイズと論理的整合性のズレを埋めるために、必死に物語を紡ぎ出す。
なぜ、人はかくも執拗に、意味の欠落した事実に対して、ランダムな粒子の輝点に対して刻む星座のように『法則』という名を与えようとするのか。
「純粋理性の拡張」への欲望――私たちが不条理に意味を求めようとするのは、カントが批判した「理性の必然的誤謬」そのものである。また、ウィトゲンシュタイン的に言えば、その意味付けは言語の論理の外側へ行こうとする「ナンセンスな記述」に他ならない。人間は、カントが批判した理性の幻想を抱かずにはいられず、かつ、ウィトゲンシュタインが沈黙を強いた「語り得ぬもの」をどうしても語ろうとしてしまう。これは人間の知性に刻まれた宿命的な「バグ」である。
恐ろしいのは、この歪みの中にいる限り、自分自身がバイアスそのものになっているという事実を認識できないことだ。だが、メタ視点から外側へ出ることで、私たちは不条理を飼いならすことができる。私の今回の実践――物理層へ直接手を突っ込み、回路をハッキングするように現実へ介入し、バックアップを実装する――は、カント的理性の限界とウィトゲンシュタイン的言語の限界を理論として受け入れた上で、その行き止まりから現実を駆動させるための、唯一の実践的プロトコルであった。
しかし、先日の「鯖缶のシステムエラー」のときとは何かが違う。 あのとき、私は論理のバグを物理的な介入で「殴り、直した」。論理はシステムの外部からハッキング可能であり、私たちの知性は矛盾を克服できるという万能感を、私はあの時確かに味わった。
だが、この沈黙したHDDはそうはいかない。 これは、論理のバグではない。物理的なエントロピーの増大であり、宇宙の不可逆的な摂理そのものだ。ここでは、いかなるハッキングも、いかなるメタ視点の介入も、失われたデータを物理的な過去から呼び戻すことはできない。「外側のルール」など存在しない。ただ、データが物理的に消滅したという絶対的な事実が、沈黙としてそこに横たわっているだけだ。ソフトとハードの違いをここに痛感する。
科学者として、私は常に世界を記述し、制御し、書き換えようとしてきた。だが、世界には「記述も制御もできず、ただ受け入れるしかない領域」が、ある。 鯖缶の不完全性定理において私が勝利したのは、相手が「論理」だったからだ。しかし、この沈黙の円盤を前にして、私は敗北を認めるしかない。論理の檻を突き破る強さは、物理的な喪失の前ではあまりにも無力だ。
科学の探求者として末席を連ねるものとして、即興で意義を与えよという大喜利のお題が未解決では、いささか後味がよくないのも事実である。そこで、とっさの取り繕いが以下の羅列になる。
一、不幸中の幸い。データ蓄積の少ない新人の学生にはよい教訓になるだろう。
(最初の2ケ月などはトライアンドエラーとケアレスミスの連発なので、現在ならすぐリカバーできるだろう。)
二、smartctl -H をログイン時に起動させ、監視を常態化した。
(一般ユーザーでは usermod -aG disk username ;setcap cap_sys_rawio+ep /usr/sbin/smartctl が必要だ! )
三、バックアップという概念が、現実の重みとして理解された。
(知識の伝播とは情報のコピーが本質だ。)
四、システムの信頼性は永続的であるという幻想と、故障の必然性。
(形あるものの命運だ。特に親と健康は昔から永遠でないといわれているものの一つであり、それをよく忘れる例でもある。)
五、時間を離散化し数学的帰納法を導入すればHDDは永続する。だが、その寿命が有限なのはポアッソン分布からも明らか。低確率の故障が平均寿命tのn倍となる確率はexp(-n/t)であることを忘れていたという自省
(故障したときに数学的帰納法が崩壊し「ω矛盾」をわたしに突きつける。低確率とみてその挙動を忘れ安穏としていた自分が情けない )
六、説明不能な出来事に意味を与えずにはいられないという人の営み。
(語呂合わせを発動できるかはセンスによる。)
七、再現性のない事象にすら、法則の影を見ようとする、思考の癖の露呈。
(これは単なる職業病だろう。。。)
八、「バックアップは取るものではなく、取っておくべきだったものである」という格言の再確認。
(備えとは、戒めであり、未来への警告である。)
と、まあ、この程度の意味であればいくらでも捻出できる。しかし、それらはどれも出来事の側に属しているのではない。あくまで、こちら側が付け加えたものにすぎない。
今、学生には再計算と、今後はバックアップをきちんと取っておくよう指示を出し、もう一度、練習できる機会はそうないのだからと、励ました。攻撃こそ最大の防御ではなく、備えこそが最大の防御だったのだろう。
問いに対して、私は二つの答えを書いた。 どちらも正しく、どちらも不完全だ。
1.自由落下という「不自由」
先日の講義の後に書いた、あの「内なる自由の普遍方程式」についてのコラム。自分でもなかなか冴えていると思ったし、理論の制約から脱皮して自律していくプロセスの美しさに、しばらく一人で居室で悦に入っていた。
しかし、私の思考の回路は、一度回り始めるとそう簡単には止まってくれない。大学院の分子電子構造論でレヴィの束縛探索に触れ、学部3年生の統計力学で熱力学の基盤を予習し、1年生の身の回りの化学で世界のルールを語る。そんな日々のなかで、あの理論のその先にある奇妙な違和感が、頭のアンテナにずっと引っかかっていた。
「完璧に自己完結したシステムは、本当に自由なのだろうか?」
大学の廊下を歩きながら、ふと物理における「自由落下」の錯覚を思い出す。アインシュタインの言う通り、自由落下するエレベーターの中にいる者は、重力を感じず「自分はふわふわと完全に自由だ」と錯覚する。しかしそれは、外から見れば重力という冷徹な外的制約に100%支配され、あらかじめ決められた軌道方程式の解となる軌跡をただ受動的に、盲目になぞらされているだけだ。中にいる者がどれだけ自由を叫ぼうとも、そこには自らの意志で進路を選ぶ「逃げ道」など一切ない。自由落下という名の無重力空間では、人間は自力で加速することも転換(姿勢は変更可能だが)することもできず、むしろ因果律にトラップされている。それは自由の形をした、因果律の囚人に過ぎない。
では、真の自由とはどこにあるのか。それは、空中をラクに流されるのをやめ、コンクリートの大地に自分の足で立ち、世界からの激しい反作用を感じた時にこそ現れる。水中では抵抗を感じ、水を押し出すときにこそ人は推進力を得る。因果律のレールから方向転換を果たすための反作用とは、人間にとって、自分と交わる他者という存在であり、ぬかるんだ小道に残る足跡のような経験であり、未だ見ぬ未来への憧れとなる希望に他ならない。世界を踏みしめ、その跳ね返ってくる手応えと衝突したその瞬間、システムは初めて自らの意志で、用意された決定論的なルートをねじ曲げ、新しい軌道を切り拓くことができるのだ。
すべてが完全系のまま、閉じられた軌道の上で終わるなんて、そんなものはちっともおもしろくない。
数理論理学を眺めれば、完全に閉じた体系は第二不完全性定理の壁にぶつかり、自らの無矛盾性を内側から証明できなくなって硬化する。これを統計力学に重ね合わせれば、外部との熱や揺らぎのやり取りを断絶した孤立システムは、エントロピーが最大化して「熱的死」を迎える。エネルギーの総量はあっても、そこから活動のための「仕事」を取り出せる有効なエネルギーは残らない。完全な孤立、完璧な自己完結という名の「逃げ道のないシステム」は、ロジックにとっても物理にとっても、ただの窒息死を意味する。真の自律とは、自らが構築した論理という名のドグマから、自分自身を解放し続けるプロセスそのもののはずだ。
だからこそ、私たちは自らの系の中に、あえて引き算としての「揺らぎ」を、外部への窓口として指先に少しだけ残しておかなければならない。
そう思ったとき、目の前で私の拙いトリビアを一生懸命ノートに書き写している1年生たちの姿が、まったく別の意味を持って立体的に見えてきた。私が授業で語る知識や型は、最初は彼らにとっての単なる情報集合体に過ぎない。しかし、彼らがやがてそれを理解し噛み砕いていく過程で、彼らは私の想定を軽々と飛び越え、予測不可能な、瑞々しい「外部の揺らぎ(反作用)」となって私の思考へ還流してくる。文系の学生が提出したレポート「おじいさんの農薬の話」にジャーナリズムの萌芽を見て私が震えるとき、私は彼らというリアルな人間の営みから、強烈な反作用を受けているのだ。
私はそれを受け取ることで、自分自身のシステムを錆びつかせることなく、更新し、生存し続けることができる。教育という営みは、他者を自分の型に嵌めることではなく、世界に優しくエラーバーを伸ばし、自らも生き続けるための壮大な「生命維持装置」だったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、今日の授業はいつもより少し熱が入ってしまった。
独立しつつも、宇宙の果てまで広がる波動関数のごとく世界と繋がっている感覚。到達できぬ地平線を目指し、独自の曲率を描き続ける終わりなき周回運動。世界は美しく、そして何よりも、今日の地面はいつもより固く、私の足に心地よい安心感を返してくれる。この静かな反作用。これこそが、因果律のトラップを抜け出した私が手に入れた、真の自由なのだと思う。
「閉じられた論理の檻から脱出し、世界を踏みしめて自律せよ」
2.制御された揺らぎのなかで
昨日まで完璧に機能していた社会のルールが、ある日突然、誰かの都合で書き換わる。人間の営む世界は流転し、理不尽で他律的だ。一方で手元にある自然科学の世界は強固で反証可能であり、決して嘘をつかない。私はいつもこの二つの境界を歩いている。科学の厳密さで現実を切り取りながら同時にその自分を冷徹に俯瞰するもう一人の自分がいる。この二つの視線が交差するとき世界は平面ではなく立体的な構造として立ち上がり、ばらばらに見えていた地上のバグたちが天の法則とカチッと結びつく。その瞬間だけが退屈な日常から私を救う。
私の思考は理論化学で扱う自己無撞着場(SCF)に似ている。多電子系をそのまま計算しようとすれば相互作用は爆発的に増えすぐに破綻する。粒子はあまりにも予測不能だからだ。それは日常で次々に降って湧く理不尽なトラブルや感情で動く「困ったちゃん」たちと同じであり、彼らの動機や不条理をいちいち計算しようとすればこちらの脳が先に焼き切れてしまう。そこでSCFは「個々の衝突を捨てて全体を場として扱う」という割り切りを導入する。
この発想はそのまま日常の防衛策になる。他人の思惑や予測不能な出来事、感情の揺らぎといったノイズを丸ごと一つの環境ポテンシャルとして抽象化し、その中に自分の論理を投げ込む。そして問うのはただ一つ、「この場に対していまの自分は整合しているか」だけだ。個々の細部は切り捨て場とのすり合わせに集中すると混沌としていた世界は静かに整理され、脳内を占有していたノイズが消えて思考空間に余白が戻る。このとき感じるのは理解ではなく、リソースが解放される静かな快感である。
かつて私はこの収束こそが理解だと思っていた。しかし今は違う。収束とは停止であり、完全に整合した瞬間にその系は変化を失う。それは安定であると同時に思考の死でもある。美しく完成された理論ほどつまらない
――そのとき、あの ε-δ 論法が頭に入り込んでくる。
この理論は誤差を消せとは言わない。むしろ「ズレを管理せよ」と告げる。完全一致を目指してはいけない。必要なのは制御された揺らぎだ。
私はあえてノイズを投入する。矛盾する視点、理解不能な他者、拭いきれない違和感。それらを反証可能性という触媒として放り込むことで収束しかけた思考を崩し、場を歪ませ、再び揺らぎを生じさせる。計算はやり直しになるが同じ軌道には戻らない。系は螺旋を描きながら次の構造へと進み、この揺らぎは単なるバグではなく必要悪として機能するエネルギー源となる。
完全一致ではなくズレを抱えたまま対話を維持し続けること。それだけが思考を駆動することである。私は地平線を見ている。それは到達すべき終点ではなく走り続けるための指標に過ぎない。そして思考は今日も回り続ける。収束しそうになった瞬間に猫が鳴き、みかんの皮の匂いが立ち上る。圧倒的な具体が抽象を揺さぶり、そのノイズをわずかに取り込みながら思考は再び新しい軌道へと進んでいく。
おそらく自由とは到達ではなく、完成という名の死を回避し続けるこの運動そのものであり、
そしておそらくそれ以外の自由は存在しない。
認知バイアスを超えて「妄想」力を鍛えよ
あのOpenSSLのバグを物理層から「殴って直した」ときの万能感。解き放たれた論理の快感。しかし一転して、沈黙したHDDの前にただ平伏するしかなかった物理的エントロピーへの敗北。論理の構造をハッキングする強さが、不可逆な物質の喪失の前ではあまりにも無力であることを、私は思い知らされたばかりだ。
しかし、学生たちに再計算の指示を出し、日常のノイズが再び静かな論理空間へと収束していく中で、私は考えていた。なぜ私たちは、これほどまでに理不尽で、ただ壊れゆく無意味な物理的事実に対して、なおも執拗に意味や法則という名の「星座」を刻もうとしてしまうのだろうか。
ただの「データの消失」という冷徹な現象に対して、教訓や物語を読み込もうとするこの脳の習性。それは一見すると、システムを狂わせる認知の「バグ」のようにも思える。だが、どれほど精緻なアルゴリズムを回し、どれほど膨大な過去のデータを積み上げても、完全に計算し尽くせない暗闇が世界の果てには必ず横たわっている。論理と確率の理性が描ける境界線の向こう側──そこへ向けてあえてノーヒントで踏み出す行為を、ひとは冷ややかに「妄想」と呼ぶかもしれない。事実、そこにあるのは実証されたデータではなく、不確かな直感と、一見すると非合理な飛躍にすぎないからだ。
それは単なる空想ではない。認知バイアスという不完全さを燃料に、暗闇へと仮説のアンテナを突き出す、人間独自の論理の飛躍装置なのだ
既存の枠組みや目に見えるファクトという「軛(くびき)」──受け入れざるを得ないが、決して受け入れたくはない決定論的な存在──から自らを解き放ち、まだ見ぬ構造の気配をそのアンテナで察知する跳躍力。歴史の大きな転換点や、科学のパラダイムシフトが生まれた瞬間を振り返るとき、この圧倒的な飛躍こそが、真実を暗闇から引っ張り上げるための駆動力になってきたのではないか。物理的な敗北にただ平伏し、既知の確率の網の目に収まるだけなら、人間の知性は計算機と何も変わらない。
問題は、その飛躍が単なる空想で終わるか、それとも新しい世界を切り拓く「ひらめき」に昇華されるかだ。その分かれ道に位置するのが、「洞察」という名の解像度である。科学者は得てしてそれを「直感的な確信」と呼ぶが、その実態は、彼らの抱く「客観的な妄想」がたまたま当たっていたという場合がほとんどなのだ。
だからこそ、日頃から世界の成り立ちや自然科学の普遍的な理、あるいは社会の流転する構造を自らの頭の中でモデル化し、幾度となく回転させ続けている者にとって、世界はただの平面的な知識のプールではない。それは微細な歯車が噛み合う動的な構造体として立ち上がっている。ベースとなるモデルの解像度が極限まで高まっているとき、理性の境界線の向こう側──本来は語りえぬはずの暗がりに、ふと「世界の骨組み(構造の影)」がチラリと横切る瞬間があるのだ。
先日のストレージの死のような致命的な不条理すらも自らの脳内モデルに組み込み、見えないはずの影の正体を研ぎ澄まされた感度で瞬時に掴み取りに行くこと。それこそが、幸運と片付けられがちな「セレンディピティ」の正体であり、人間だけに許された能動的な知性の営みだろう。
現代において「知性」の代名詞となりつつあるAIは、膨大なパラメータと行列演算の果てに人間を凌駕する処理能力を見せる。しかし、それはあくまで「既知のデータ空間」の補間・外挿であり、与えられた枠内での最適化にすぎない。彼らにとって前提や論理の境界線を自発的に踏み越えるための「美学や不合理な妄想」は、ただの処理エラーでしかないのだ。
計算機がどれほど高度な最適化を繰り返そうとも、自ら「語り得ぬ暗闇」へ手を伸ばし、まだ見ぬ構造の影を掴み取ることはできない。
しかし、不確かな理性の果てで、あえて妄想の翼を広げること。確かなデータのしがらみを飛び越え、「妄」なる跳躍によって世界を立体的に捉え直す。この非合理な美学の中にこそ、AIには決して真似できない、人間が世界に新たな星座を刻むための「洞察の光」が潜んでいるのだ。
「金長まんじゅう」に見る、皮たる権威と餡というがばがば設定
(金長まんじゅうの名前の由来:天保10年、洪水で家を流され 大和屋の主人に助けられた金長だぬきは その大恩に感激し、主人のもとで一生懸命働いたため 大和屋は大繁盛。そこで金長は四国狸の総頭六右衛門のもとで 2年間勉学し正一位の望みを果し、 再び大和屋で働こうと決意をします。しかし彼の非凡を見込み 娘婿にと懇願する六右衛門だぬきに許されず、 結婚の話を拒絶したため襲撃にあい、 小松島にのがれた金長は阿波狸を総動員。 淡路屋島の加勢を得た六右衛門と 勝浦門の大合戦で金長軍が勝利を得ました。以来、彼の感謝報恩精神は 偉大な感化を世人に与え、 弊社は金長の徳を讃えるため、 その名にちなんで、【金長まんじゅう】を謹製した次第です。)
これは「金長まんじゅう」という菓子の発祥と歴史を伝える文言である。徳島県小松島市を代表する銘菓であり、お菓子に同封された説明には上記の文言と馬にのった勇ましい狸のイラストが記されている。 しかし、この物語を額面通りに受け取ってはいけない。私たちは、この狸の「小賢しすぎる生存戦略」の裏側を覗き見る必要がある。
私たちは、ブランドに弱い。モンドセレクション、歴史、あるいは由緒ある肩書き。そうした「権威」のラベルが貼られただけで、私たちは中身の正体を深く確認することさえ忘れ、それを「価値あるもの」として無条件に受け入れてしまう。この銘菓は、その「権威という薄皮」を、誰よりも狡猾に利用した一匹の悪徳起業家の記録である。
金長だぬきは恩人のもとで修行し、「正一位」という神界の最高権限を手に入れた。普通の狸であれば、そこで恩人の娘と結婚し、平穏に収まっただろう。しかし彼は違った。その最強の権限を手にした瞬間、彼は恩人の縁談を「不要な契約」として冷酷に破棄した。それどころか、恩人との間で大合戦という名の「敵対的合併」を強行したのだ。その裏切りを「感謝報恩」という美名でコーティングした手法は、まさに「皮たる権威」を被り、「餡というがばがば設定」で塗り固めた、史上最も小賢しいリ・ブランディングといえる。
この狸のやり口は、千葉県にあるのに「東京」と名乗るあのテーマパークと構造的に同一だ。彼らは、物理的な実態の上に、全く関係のない「強力な記号」を強引に貼り付ける。そして、そのラベルを見た消費者が「なんとなく凄そう」という思考停止に陥った瞬間、彼らの勝利は確定する。
さらに、現代社会では、権威が意味を失い、形式的なものとなっている例が枚挙にいとまがない。例えば、国連の世界遺産認定は、本来、文化的・歴史的な価値を守るためのものであるべきだが、実際には観光収入や政治的な思惑のために利用されることが多い。グッドデザイン賞も同様で、本来は優れたデザインを称える賞であるべきだが、多くの企業がマーケティング戦略の一環として利用し、賞そのものが商品の価値を保証するものではなくなることがある。さらに、モンドセレクションや他の国際的な品質賞も、その権威が薄れつつある。これらの賞は、企業が自社の製品を「高品質」と称するための一つの手段となり、消費者がその価値を疑問視するようになっている。
金長まんじゅうには、誠実さなど微塵もない。あるのは、権威を借りて物語を捏造し、自分自身を商品としてパッケージングするという、小賢しいまでの生存プロトコルだけだ。だが、お菓子自体に罪はない。金長だぬきが残した物語は、いわば「権力争い」という泥水をすすった狸が、後世の人々に楽しんでもらうために全身全霊をかけて作り上げた「糖衣」そのものである。
驚くべきは、その設定の「あまあまさ」だ。恩人との殺し合いすらも、「感謝報恩精神の感化」という甘美な言葉でコーティングし、あたかも高潔な道徳譚であるかのようにパッケージングしてしまう。狸は、自分たちの生きた泥沼の歴史を、饅頭という甘い幸せへと錬金術のように変換してみせたのだ。
もちろん、ここで誤解してほしくないのは、私たちは決して「金長まんじゅう」という菓子そのものを否定したいわけではないということだ。いわば「罪を憎んで人を憎まず」、商品説明や伝説が醸し出すハッタリや欺瞞には盛大にツッコミを入れるものの、肝心のおまんじゅう自体は普通に、いや、驚くほど美味しい。
私たちは、その「小賢しい狸の計算」を笑いながらも、結局は彼の差し出す甘い饅頭に手を伸ばしてしまう。「おい、この狸はとんでもない詐欺師だぞ」と頭で分かっていても、一口かじれば、そこには何の混じり気もない、素直で上質なあんこの甘さが広がっているからだ。
「花より団子」とは、よく言ったものだ。 栄光や美といった、歴史を彩る高尚な装飾も、いざまんじゅうを目の前にすれば、その甘美さは途端に霞んでしまう。歴史家は「正一位」という権威の正当性を議論し、武将は「合戦の勝敗」という栄光に執着する。だが、金長という名の老獪な狸は、そのすべてをあんこの甘さに溶かしてしまった。結局のところ、商品説明の裏側がどれほど香ばしかろうと、この饅頭のひと口の甘美さに勝るものはない。
花を眺めて空腹を抱えるより、泥臭くとも、その団子を頬張る。 そして、「なんだかんだ言って、これめちゃくちゃ美味いな」と舌を巻く。それこそが、この狸が私たちに教えた、究極の「生存の極意」なのだろう。
実像から様相、そして星座へ
一人残ったオフィスで、無言のまま荷物をまとめる。「アレクサ、オフィスをロックして」と声をかけると、電子的な「オフィスをロックしています」のアナウンス。ジーーー、ガチャ、とスマートロックが閉まる音が響き、「オフィスをロックしました」という無機質な電子音だけが夜のしじまに溶けていく。今日もまた、他律的なタスクと予期せぬノイズに追われた一日が終わった。
外へ一歩踏み出す。体は確かに疲れている。けれど、そこにはネオンも喧騒もない。街灯がぽつり、ぽつりと頼りなく道を照らすだけの、静かな田舎の夜の暗闇だ。駐車場に向かい、車のドアに手をかける。ふと立ち止まり、小さく息を吐いて夜空を見上げる。
見上げれば、夜空はちゃんと星の形をしている。
日常のノイズが消え去った空白に、ふっと浮かび上がるものがある。世界の構造と、その地図――すなわち「星座」だ。
よく「物知りですね」と言われる。お世辞半分だとしても、その言葉にはいつもどこか違和感があった。私は知識を大量に抱え込んでいるわけではない。今の時代、精緻なデータやファクトはネットという外部メモリに任せておけばいいのだ。では、私は一体何をしているのか。その答えが、星を眺めているうちにゆっくりと形になっていく。
空は雲に覆われていることも多い。それでも、雲の切れ間からときどき覗くわずかな光を見つめていると、頭の中では別の空が展開される。これまで泥臭く格闘して手に入れてきた数理や哲学の「フレーム」が、確かな輪郭を持って立ち上がってくる。私はリアルな夜空を見ている。と同時に、その背後にある「構造の空」を見ている。いや、むしろ私にとっての本体はそちらにある。
私の無意識は、あの天空にベースキャンプを置いている。そこから雲の切れ間を探すように、地上の私の感覚を静かに覗き込んでいる。私は世界を見ているのではない。世界に、見られているのだ。
夜空と同じで、いつも晴れているわけではない。構造がくっきり見える夜もあれば、何もわからないまま物理層の敗北に沈む日もある。それでも私は、見えない雲の向こうを「こういう構造のはずだ」と脳内でモデルを回転させ、推し量りながら、静かな夜道を進む。
新しい数式や理論との出会いはいつも泥臭い。記号を機械的に処理して満足することなどない。この式は現実の何を指しているのか。パラメータを極限まで振ったとき、システムはどう歪むのか。それは単なる計算ではない。数式が描くビジョンを、設計者と並んで眺める体験だ。まるで星空の下で設計者が星座を指し示しながら、世界の骨組みを語ってくれるかのような時間。そうした格闘を経て、はじめて無味乾燥な数式は、私にとっての「星座」になる。
車を走らせていると、不意に雲が割れる瞬間がある。
計算機のトラブル、無機質なスタックトレース、AIが埋め尽くす既知のデータ空間、あるいは/homeが突然沈黙する不条理。それら日常のバグやノイズが、研ぎ澄まされた感覚に触れた瞬間、天の星座と地の現実がぴたりと重なる。
「あ、この世界、あの型にそのまま入る」
そのとき、天から地へ雷が落ちる。抽象と具体が直結し、脳の中の論理回路が一気に接続される。それは理解というより、衝撃に近い。私はイデアの側からこちらを見つめる、純粋な観測者になる。
そして次の瞬間、地上から天へ花火が上がる。掴み取った世界の骨組みが、言葉として弾ける。だから私は書くのだ。コラムを書くのは、まさにこの瞬間のためである。
私はただ、地上のノイズを消して、雲の切れ間を待ち、雷を受け取り、花火を打ち上げている。それだけだ。
さて、今夜もまた少し雲が動いたようだ。
星をつないで星座が立ち上がるとき、そこからひとつの神話が立ち上がる。そしてその物語は、たぶん私が語っているのではない。どこか遠くから、こちらを覗いている「世界の構造」そのものが、私の指先を借りて語っているのだ。
私が山邊研究室に配属されたのはちょうど阪神大震災があった直後の平成7年4月でした。 それから山邊先生退官までの間、学部・修士・博士と合わせて5年ほどお世話になりました。 世界各国から訪問者の絶えない国際色豊かな研究室だったと記憶しています。
一番の思い出はD2のときに、山邊先生と日中理論化学シンポジウム(中国合肥市にて開催)に参加したときの出 来事です。 この学会は現地の大洪水により何度も延期となっており、日程も急遽決まったもので、プロ グラムも不明となっていました。山邊先生に「ポスター発表で参加するように」と言われて、 A4 でモノクロ印刷した原稿を携えて上海経由で現地に向かっていたときのこと。山邊先生が「大 変な事が起きたで。連絡の行き違いがあって、君は口頭講演やから」と冗談か本気かわからな いような口調でおっしゃったのです。「先生、ポスターしか持って来てないですよ。」と返答す ると、「ここに無地のOHPフィルムが12枚ある。これで15分もたせてくれ。君は運がええで、 今はちょうど上海という都会にいるから、ホテルの複写機でポスターから口頭発表用の原稿を 作るんや。これから行く所は中国の田舎やからホンマに何もないで、」と却下されました。本当 に幸運なのかな?と思いながら、しぶしぶ原稿作成に取り掛かることにしました。英語の口頭 発表が未経験の私はというと、その日から心配と緊張で食事が喉を通らなくなってしまいまし た。物見遊山気分が吹き飛んで、最初はとんでもないことになったという思いで先生を恨みさ えしました。しかし、心配+緊張+現実逃避+諦め気分が絡まった変な気持ちにより、発表時 には“この先生について行けばどんな困難もたいしたことないと思って乗り越えられる”と超 がつくポジティブ思考になっていました。発表はどうにかこうにか終わり、山邊先生にも(初め てにしては)なかなか発表よかったよと元気づけられて非常にうれしかったです。当時は大変で したが、今ではすっかり笑い話になっています。この事件のおかげで少々のことではビクとも しないようになりました。
最後におまけとして、先日(平成25年9月14日)、山邊先生喜寿記念&山邊研究室同窓会 (85名参加)に参加したので、そのときの記念撮影の1コマを載せておきます。
後列 康さん 今出さん 湯村先生 松浦先生 宮島さん 吉澤先生 加藤さん 立花さん
前列 蒲池先生 山辺先生 吉野先生 塩田
山辺先生のおかげで鉄人になれました。。。
本文:熊野寮50周年記念誌に寄稿したものです。
写真:カツカレーは京都のビヤントに実際行ったという杉野君(2026・身の回りの化学・金1を受講)からもらいました。ありがとうございます。30年たっても変わらぬ姿に感動しました。入寮したとき先輩に初めて連れいってもらったお店でした。とても辛くてこれが大人の味かとおもったけど、寮生活はもっと濃厚なものでしたね。
[序]寄稿依頼を受け、寮での日々を振り返ると自分でも忘れていたことを思い 出してきました。“人生とは、その人の回想のことである“という言葉もある ので、この機会に熊野寮生活を書き下してみます(漫談筆)。
[入]私が一浪を経て京大に合格したのが1992年、その京都生活の出発点が熊野 寮でした。当時はバブル期の終り頃でのんびりとした雰囲気が世の中を覆って いました。生活費を節約するためでしたが、愉快な仲間達に囲まれて奨学金(80 千円/月)程度で十分生活できたのでいい時代だったと思います。熊野寮は大学 からも近く、四条・河原町方面にもアクセスがよくて便利でした。
[学]希望に胸を膨らませて大学に入ったものの、教養部構内の“人と自転車の カオス”に嫌気がして、賀茂川、御所、岡崎公園などの自然散策、古本屋めぐ り、府立図書館通いをしていました。単位不足に苦しめられていた寮の先輩か ら手ほどきうけていわゆる楽勝単位で固めていました。“単位は天から降ってく るので受け取るタイミングだけが大事、一年時は必要単位に専念し、興味があ る科目は二年生でとればいい”というアドバイスが非常に役に立ちました。先 輩達のオススメは“単位はあげるので授業には来ないでください ”で有名な国 憲の豊田先生で、この先生によって一年間にばらまかれる単位は4000単位 とも5000単位とも噂されていました。あと、当時の生協パンフに掲載の特 殊京大生理論 なるものが印象的でした。授業の出席者Aは時間tの関数で一週 間wごとに半減する関数 A = A0 (2)^(-t/w) で示される。ただし、A0は初回出席者で、 テスト前の一週間にはこの関数は不連続となり出席者はA = A0に復活する。
[務]寮の雑務は主に事務室当番と食堂関連でした。事務室当番は単なる電話番 +荷物受取係なので、のんびりと漫画をよみつつ過ごしていました。“ある組織 に命を狙われているので助けてください”とかの濃い電話は残念ながら私には 縁がなかったです。その手の電話をうけた東Nさんは“はい、はい、頑張って くださいね”とガチャ切りしたらしいですが、、、。寮の夕食は売れ残ると訪問販 売の売り子をしないといけないのでこれが辛かったですね。まれにでるウナ丼 は即完売なのに対して、塩サンマは全く売れないので知り合いに泣きついて買 ってもらっていました。強アルカリ洗剤による皿洗いも新鮮な体験でした。
[食]平日は寮食(当時は昼230円、夜350円)に、休日は洋食 Sato、中華 唐山、辛口カレーのビヤント、ハイライト、丸二食堂などにお世話になりまし た。特にSato のグリルドチキンとコロッケ入りトンカツがお気に入りでした。 Sato はなくなってしまったそうですが、東山七条にある“里”の支店だったら しく、里でもSatoと同様のメニューを提供しているようです。
[遊]寮生活の中心でした。受験の反動からか退廃的な生活(主に麻雀とゲーム) に身を委ね、風呂無し生活と夜更かしの醍醐味を覚えました。朝は寝床でぐー ぐーぐーって鬼太郎の歌にあったような?いまとなっては、桜湯(寮生だと20 円引き?)の終了時間(24:00)までになぜ入場できなかったのか謎ですね。
[友]才能溢れる友人、先輩との出会いにより多くの刺激をうけました。蘊蓄と サブカルチャー談義はオタクの嗜みです。私達のローカルルールは、単に面白 いという感想では不十分でその何が面白いか説明すべしというものでした。
[戦]廃寮に対抗するために防衛委員という仕事がありました。“常に我々は廃寮 化攻撃にさらされている。寮生の諸君は、ガサに備えてサングラス、マスク、 ヘルメットの3点セットを用意して川端署のテロリスト(=公安)に対抗するの だ!!”が記憶に残っています。
[集]集会といえば、ブロック会議、寮生大会、寮祭などがありました。下着泥 棒事件(犯人は寮生)などの緊急集会も記憶に残っています。入寮そうそうに議長 に任命されてしまった A3 ブロック会議はまったくの盛り上がりに欠け出席者 は2〜3人でした。あまりに暇で議事録にリップサービスで“日帝の横暴に寮 生の怒りが爆発した”と書いたら自治会の人が現れて大変なことになったのは 内緒です。寮生大会は非常に長くてつらかった思い出しかないです。
[買]サンプラザ*(入ると買い物するまで出れないシステムが斬新、たまに卵が やすいが全体的に高め)、ジャスコ(現イオン?、二条にあり UFO がたまに安 い)、ヤオセン(野菜が安い)が食料の買い出し先でした。私は四条あたりにあ ったマルトミという激安衣料品店を愛用していて、1000 円で入手した黒いジャ ンパーを喜んで着ていたら同じブロックで3人ほど同じものを着用していてあ ぜんとなったのはいい思い出です。 *補足 熊野神社の交差点に北東にかってはありましたが現在はなくなっていました。
[離]一年生の終り頃、生活環境を改めて真面目に過ごそうと決心して、二年生 の4月に上高野(岩倉より少し手前です)の下宿に引越をしました。熊野寮と いう竜宮城を離れて、“修学旅行の夜”のような生活からの解放感を味わうと同 時に何とも言えない寂しさを感じました。良くも悪くも濃密な時間でした。
[結]最近、研究室の同窓会があり、卒業後、いろいろな立場となり普段顔を会 わせることはほとんどなくなってしまった旧友達と“昔はしょうもないことを してたなぁ”と気楽にはなせる機会は得難いものだと実感しました。寮の同窓 会を通して、元寮生同士の交流が深まることを期待しています。宀(うかんむ り)に R という略字は寮を離れて以来、見ることはありませんが寮関係者だけ が読める心に刻まれた秘文字ではないでしょうか。
ここには、書くか書かないか分からないエピソードのタイトルだけを並べています。OB・OGには、きっとくすりと笑ってもらえると思います。
有機化学の教科書をもって物理化学の研究室に質問にきたY
「ここは有機ですか?」「ちがうよ」「じゃあ無機なんですね」 ???
レギュラーコーヒーをひたすらかき混ぜて、これって粉ポイですね!?とT
掲示板を信じて一年前の集中講義で単位を揃えようしていたS
全くわかってないのに、「自分は~ハイ分かりました」と声だけ元気なM(アメフト部)
(それを聞いていて笑いがとまらない先輩のM)
K先生の「できたか?」に、「自分は~できていません」と声だけ元気なM(アメフト部)
(それを聞いていて笑いがとまらないだけでなくS先生にいいたくなる先輩のM)
院入試でなぜか願書を間違え他専攻受けてしまうI
(面接でその間違いに気づく)
院入試合格お祝い中に数学の落単が判明して留年確定のT
(せっかく合格したのに無駄になったうえ、やる気なくなって次年度は院試におちた。)
研究で忙しいから徹夜だと言いながら、研究室に寝袋持参で22時ぐらいに寝てたO
(研究室のある)理学部棟が怖くて、建物の前で朝待ち合わせしてから一緒に来てた工学部所属のKとS
天ぷらで実家が火事になり以後、実家でてんぷらがたべられないS
(大好物はやめられないと定食屋でいつもてんぷら定食のS)
学校にあまり来ないでオンラインゲームで鯖の英雄になっていたO
(後輩をさそって一緒に沼るのはやめろ!!)
夏休み勉強せずにオンラインゲームでカンストしていたY
(かれは院試におちた。)
メモをしないOとのやりとり(覚えたので大丈夫です、忘れました。メモなくしました。メモして完全に覚えたので捨てました、そしたら忘れました。それに対するS先生、じゃ思い出すまで頑張ってね。メモをさがしてみつかったら来て。)
N研から来て、なぜか囲碁部でスマブラ無双するK、かれはソフトボールの投手として大活躍うちではとても輝いてた
(研究室から卒業を前に俺も「院にいっておけばよかったな」とつぶやいたとさ。そのあとの一言 こんなに楽なら。がなければもっとよかった)
就活にいって面接官をナンパして攻略したM
見学にきた女子高生に「趣味なんですか」と言われて、「18歳未満には教えられないなー」と言ったK先生
K先生を「彼がいじめられないところが九大のすごさだ」と言わしめたO
植物が大好きなN。人のよいAS先生に登山中に撮影した写真をみせようと
(20枚ぐらいみたあとに、何枚あるの?とAS先生、Nの返答は2000枚!? 同じ花を10度刻みぐらいで取ってるのが多い。)
運転中も気が散りやすいN、誰も乗りたがらないN運転の車
(外人なら気づかれまいとAS先生を割り当てたら激怒、まだ、私は命が惜しいとの名言を残し、どうしてもというならミニバイクで現地までいくと言わしめたNの運転、同乗したK先生は「はっきりいってやばいっすよ。親切な観光案内ついてくるんだけど頼むから前みて運転してくれ。一番安全と言われる運転席の後ろでも怖かったと最高のアトラクションですわ。」と。)
助手席のK先生のナビ、完璧ですわガハハ、からのいますぎた角を右です
(道案内でなく、事後報告にあぜんとするS先生)
酒を飲んで暴れて絡むK先生(いつもの予定調和だよとS先生談)
咳がとまらないD,しかもすごい感染力、結局D病という名前の奇病が蔓延した。
(K先生ものちに述懐する。D病の治癒には強力で高額な抗生物質が必要だと)
「大変です。K先生が血はいて倒れています」と大騒ぎのD、様子見に行ったら
(赤ワインを戻して酔いつぶれてるだけのK先生が転がってた。全く人騒がせだ。)
研究室から夜逃げしたMさん、机の上には貸与品のMACが一台のみ。
実家から持参した段ボールから、お母ちゃんのヘソクリがでてきたK
(実家は諫早の有名なドライブインだよ)
注文のおおい外国人研究員
(K先生は下宿先のwifiの設定までさせられてた。)
前日にカキを食べてあたった状態での博士公聴会に臨んだD
コロナで研究室閉鎖中に横浜に引越していたK
前日入りにこだわりポスターを持たずに学会へ出発したK
図書館の本を返却せずに卒業して研究室に苦情がきて困ったT
修士の仕事を放り出してとなりの建物の理論の研究室でバイトしていたT
バイトにおまえこれ勉強しろ(超難しい論文)、理解したら説明しろという無茶指示をだすK先生と勉強して理解する電情の優秀一年生A
肉食べれないB4のSの歓迎会を「焼肉きんぐ」で開催したF
バイト先のダイレックスにくる機能の人たちをわざわざS先生に報告してくれるF
週1で昼飯を奢ってくれるS先生、行き先を決めるのはFだが、あまりA食堂を指名してくれない。。。
学会発表用のポスターを忘れても動じないF
(鋼のメンタルにS先生も脱帽だ)
激安航空券が株主優待のため、当日株主優待券がなくて搭乗できず面接に大遅刻したA先生
学会を観光旅行と勘違いしていた御一行様
(遊びつかれて学会に遅刻するの巻)
大した理由もないのに頻繁に飛行機に乗り遅れるH先生
安全食堂のちゃんぽん大を完食後、研究室から逃亡するU
安全食堂、初訪問のNさん、ラーメンと焼き飯に撃沈しておばちゃんにあおられる。
(焼き飯は異様に量がおおいのに気づいて悶絶)
「旦那のあれがトマト味なんですけどなんで?」と質問する保険のNさん
娘の志望大学の過去問(日本史)をS先生に解かせようとするMさん
仕事おわりに、私の部屋で涼みに来てさぼるMさん
たまに美容院がえりのモデルさんみたいな状態で研究室にくるK
抹茶がすきなKと大嫌いなT(ふたりはいつも口論してるけど仲良し)
忙しいといいつつ昼過ぎの登校が後輩にばれてサークルの会報にさらされてたM
応化のソフトボール後の懇親会でとんでもない禿芸を披露したS
(相棒のDは嘘くさい言い訳で禿芸を拒否)
2月の休日、教員の口述筆記で卒論を完成させたY
見えている地雷をわざわざ踏みに行くI、そしていろいろ大損するまでが流れ
研究室で飲酒グセがあるのはIとK先生だ
(いつものK先生とはちがうK先生だよ)
自分の飼育しているカブト虫の世話を学生にさせてたY教授
(Yオクで購入した)素晴らしい水晶玉ですよと自慢していたK先生
(S先生は溶錬水晶とかかれたシールを見逃さない。複屈折ないし石英ガラスじゃん。)
研究室で春闘をしていたMさん
(かわいい息子のNちゃんにお仕事だといって飲み会にくるのだが、お仕事がんばってといわれて切なくなるそうです。)
フォアグラをたべさせてくれたIさん、
(高級品のガチョウと普及品のアヒルのがあることを初めてしったK先生とS先生)
Iさんにおしえてもらったフランス語とかれのまちがった日本語(なぜか学生が死んでる)
Tu es déjà mort (テュ・エ・デジャ・モール)お前はもう死んでいる。 浜Yはもう死んでいる。
「大丈夫です。S先生に理由書をかかせますから」と言って安請け合いするK先生
忙しいときに、「これでお前も徹夜だ」と言ってエロいゲームを配るK先生
女性歯科医師との合コンいく途中に、地下鉄で倒れて入院したS先生
登山中に「今日はこの辺で勘弁しといてやるか」と言って下山するT先生
自分のレポートの答えを後輩に販売していたT先生とそれをめざとく見つけるS先生
(結構売れます。といってました)
一年間の成果がグラフに4本の線を引いただけのK
酒乱であることが判明した、普段は物静かなT先生
(暴れてるやつを引取にこいと携帯で呼び出されたら、そこにはK先生とそっくりのT先生)
臭すぎてみんな困らせてたインドからの刺客P
(シャープのプラズマクラスターも彼の前では無力でしたと語るT先生。空気清浄機(=ホコリをとる)≒ 脱臭であることを悟ったS先生)
インドからの刺客Pを送り込んだS先生、民芸品買いたいと雑貨屋につれていったら片っ端から裏返して日本製はないのかとご立腹。
(強烈なにおいを放つ薬膳カレーをふるまってHさんにどんどん食べてくれと継いでくれた。Hさん曰くあればきつかったと後に述懐する。)
インドからの刺客Pを九重研修所に連れていき温泉にいれて、お酒でご機嫌のK先生
(硫黄の還元力半端ないす、こいつ全然くさくないんですよ。クンクン)
インドからの刺客Pに不平タラタラのS先生とK先生、Y教授に呼び出されてお説教される。外国人が多少臭いのはあたりまえだから我慢しろ!!(それから数日もしないうちに、秘書さんに一番強力なやつという注文で空気清浄機を依頼してたのをみたS先生とK先生、やっぱりか)
初登場の空気清浄機にお前の性能見せてもらおうと握りっペでセンサーを攻撃するK先生
(赤ランプがついてはしゃく姿をみて苦笑するS先生)
「こんなに暑いのにエアコンつかわないだなんて、さすがインド人」と言っていたK先生
(Pは、エアコンのボタンがわからなかっただけ)
自分は窓の隣で涼んでいるエアコンが嫌いなK先生
(風通しが悪く、窓から遠い同室のMは暑くて苦しい。「でも今日はPM2.5が強いみたいで窓開けれないのでエアコンがオンなんです。ほんとに中国のPM2.5さまさまですよ」)
オープンキャンパスで回収したアンケート用紙を箱にどういうふうに入れるかで言い争いをしてたOとN
(それをみた隣の研究室のS先生「さすが理論系は一味ちがうね。普通に折っていれればいいのに」に対し、心の中で「彼らは特別なんです」と叫びそうになったS先生)
どうみても相関性のない散布図のようなグラフに強引に直線を引くN
(それをまるで星空をかける流星を観察するように無言のY教授。そして共同研究先の先生に一言「うーん、実験だけでまとめてもらうのがいいようです……」直接の指導教員のK先生は、rが0.25ぐらいで線を引くにはN並の神眼が必要だ。彼には相関の痕跡がみえていたんだろうたいしたもんだと後に述懐する。N曰く、エクセルで線を引きました。。。S先生いわく、最小自乗法の誤った使い方でエクセルがかわいそう。)
卒業してからも、会社で居眠りしてることが風の噂で伝わるN
(かれは深夜の天体観察という高尚な趣味をおもちでした。)
収束しない数列をスパコンで走らせて数十万とばしたY
インド大使館からの偽電話でアップルペイ30万騙し取られたR
次年度から課税された住民税に「手取りダウンにビックリ、日本は年々給料が下がるシステムなのか?」と不安がるAS先生
いったん帰国したらとんでもない怠け者になってしまったJ
(またくるからといって なぜか炊飯器を我々に託して帰国した、もうこんでええわ)
ダメすぎて研究力の指標になってしまったP(K先生いわく「俺は100pだ」)
Pの研究説明のスライドで2重結合なぜ片方だけ太いのか、真剣に議論するK先生とS先生
(単なる書き間違いだったと原著論文から判明)
泥だらけのズボンで研究室でPCをパチパチとしているA。なんでそんなに汚れてるのってきいたら、友達運転の車にのってたら運転手が気絶して田んぼに突っ込んで。。。といきなりヘービーな話しが始まり唖然
帰国したら日本になれすぎてインドで病気になったS
帰ったら結婚するとうきうきのS だれと結婚するんやと聞いたらいま親が探してると
(かれはポスドクの給料を実家に仕送りして豪邸を立てたらしい。)
ストライキで飛行機が遅れて、フランスで迷子になったH先生とS先生
(ホテル名が東横インなみに重複してて、どこが予約したホテルかわからない、変なところでおろされて右往左往、たまたまフランス留学中のHが助けにきてくれなかったら死んでた。あとでみたら旅行代理店のひとが地図をマーカー付きで入れてくれてた。マントンよかったまた行きたい。)
質問をするために隣に座り、ぶーとデカいのを鳴らしたD
(「あ」と言って、すいませんと肝心の質問を忘れてしまい居室に戻る)
お酒が飲めないD、フランスで地下の酒蔵の見学に行っただけで酔ってた。
よく人前でゲップをするD
(K先生が研究会にDが来ておらずご機嫌ななめだったとき、後方からゲップの音が発生。K先生は振り返りもせず「なんだ、いるじゃないか」とご機嫌が治りましたとさ)
そんなDにもシンガポール人の彼女ができたということに驚いたK先生とS先生
最弱の我がソフトボールチーム
(相手チームに「ボーナスタイムだ」と言われ、バッティングセンターなみに打ち込まれ、「疲れたからアウトにするか」と言われた我がチーム。つぎの年には、サウスポーでショートの事務員さんをスカウトして、N研からの派遣されたKが投手で活躍して準優勝するところまでがセット)
小中学生への研究説明会(ときめきひらめきサイエンス)で、分子軌道法の説明をしていたK先生
(サクラでやってきたY教授の小学生の息子にいつもの調子で白熱説明。「がはは、わたしの素晴らしい説明で小学生のRも分子軌道理論をマスターしました!」しかしアンケートで「『このボタン押せ、このボタン押せ』のあとに模様がでてきたら先生が勝手に興奮して喋ってるだけでぜんぜん面白くなかった」と書かれてしまった。とても滑稽でかわいそうだったのと、とても素直でよいお子さんのRでした)