AIは近年、目覚ましい進展を遂げています。融合数理科学研究室では、
- AIの仕組みを物理学的視点から解析する
- 実験データから新たな科学的知見を引き出すためにAIを活用する
という2つの方向から研究を進めています。
拡散モデルは画像生成において高い性能を示し、幅広く利用されています。我々はICML2024で発表した研究において、量子力学で使われるファインマンの経路積分を使って拡散モデルを記述する新しいアプローチを提案しました。この枠組みにより、後向き確率微分方程式や損失関数の導出が可能となり、スコアベース拡散モデルの振る舞いをより深く理解することができます。
さらに、確率的・決定論的なサンプリング手法を連続的に補間するパラメータが、量子力学におけるプランク定数と同様の役割を果たすことがわかりました。このアナロジーを活かし、量子物理で用いられるWKB法を応用することで、サンプリング手法ごとの性能差を計算する方法を開発しました。
複雑な物理系の挙動を理解することは、物理学における大きな課題です。物理系の多くは自己相似性・スケール変換対称性を示しますが、その同定は系の振る舞いを理解するのに役立ちます。従来、自己相似性を検出するためには事前にモデルを仮定する必要がありましたが、これによりバイアスが持ち込まれる可能性がありました。論文[Phys. Rev. E 111, 024301 (2025)]では、ニューラルネットワークを使用して、実験データに基づいて物理系における自己相似性を発見するための新たな手法を開発しました。本論文は Physical Review E の Editors’ Suggestion に選ばれています。
我々は、論文[Mach. Learn.: Sci. Technol. 5 045039]で広いクラスの量子力学系をニューラルネットワークの形式で記述する新たな写像を提案しました。この方法では、ファインマン経路積分における粒子の軌道をニューラルネットワークで近似し、量子系に対する統計的な重み付けをネットワークのパラメータに置き換えることができます。この写像は、相互作用を含む非ガウス的な量子系や場の理論にも適用可能であり、機械学習の枠組みを量子物理へと拡張する手がかりとなります。
生物は外部環境が変化しても内部の状態を一定に保つ恒常性を維持しています。その裏には、複雑な生体ネットワークによる巧妙な制御機構が存在しますが、膨大な自由度と非線形性のためにその全貌を明らかにするのは容易ではありません。我々は代数トポロジーを用いた理論的手法により、生体システムに内在するロバストな制御構造の解析に取り組んでいます。
生物が環境変動に対応しつつ、ある出力(例:代謝物質の濃度)を一定に保つ能力は、「ロバストな完全適応(Robust Perfect Adaptation, RPA)」と呼ばれます。これは、入力刺激が変化しても、出力が元の値に戻るという特性です。我々は論文 [PRX Life 3, 013017] において、一般的な化学反応ネットワークにおけるRPAの全てが、ネットワークトポロジーによって特徴づけられることを示し、さらにそれぞれのRPAを実現するための制御器を系統的に構成する方法も提示しました。本手法は、生体ネットワークの設計原理を解明し、合成生物学への応用にもつながると期待されています。
生体内の化学反応ネットワークには、多数の分子種と複雑な反応経路が含まれており、その全体像を正確にモデル化することは簡単ではありません。反応の詳細やパラメータに関する情報が限られており、どのようにして本質的な構造を抽出するかが大きな課題となっています。
この課題に対して、論文[Phys. Rev. Research 3, 043123 (2021)]では、代数トポロジーの手法を用いて解析を行い、特定の条件を満たす部分ネットワークであれば、それを取り除いても全体の定常状態が正確に保たれることを明らかにしました。つまり、そうした部分構造は、定常状態に影響を与えない範囲で無視できるため、より単純なネットワークで系全体を効率的に解析することができます。この手法は、生化学ネットワークの複雑さを整理し、生物学的機能の理解や設計に役立つ理論的なツールとして期待されています。
物理学において対称性は基本的な概念ですが、近年ではその枠組みが「一般化対称性(generalized symmetry)」へと拡張され、従来では捉えられなかった多様な量子相を記述できるようになってきました。我々はこの枠組みを活用し、物質の普遍的なふるまいを理解するための理論的研究を進めています。
高次形式対称性(higher-form symmetry)とは、電荷が点ではなく高次元の構造(線・面など)として存在するような対称性のことです。たとえば、Maxwell理論における通常のU(1)ゲージ対称性は1-形式対称性と見なすことができ、光子はその自発的破れによって現れる南部・Goldstone粒子です。
論文 [Phys. Rev. Lett. 126, 071601 (2021)] では、ローレンツ対称性のない系における高次形式対称性の破れに対応する有効場の理論を構築し、ギャップレスな励起の数を決定する一般的な公式を導出しました。この公式は系の詳細に依存せず、対称性の破れパターンだけに基づいて決まる普遍的な結果となっています。
フラクトンとは、移動に強い制限を受けた特異な励起であり、通常の対称性の枠組みでは理解が難しい存在です。論文 [SciPost Phys. 16, 050 (2024)] において、こうしたフラクトン相が、高次形式対称性と空間対称性の非可換性から自然に現れることを示しました。この理解に基づき、移動方向の制限が対称性の電荷と並進対称性の交換関係によって決まることを示しました。これにより、ある特定の移動制限を実現したい場合には、対応する交換関係を適切に設定することで、そのようなフラクトン相を構築できることがわかりました。
物質の相は、対称性の破れによる分類(ギンツブルグ=ランダウ理論)に基づいて理解されてきましたが、近年では対称性の破れのパターンでは捉えきれない、非局所的な性質をもつトポロジカル秩序と呼ばれる相が存在することが明らかになっています。我々は高次形式対称性の観点から、高密度QCDの相構造を再検討する研究を行いました(Phys. Rev. Lett. 122, 212001(2019); JHEP 2019, 62)。特に、「クォーク・ハドロン連続性」というシナリオ(中性子の超流動相とカラー超伝導相が相転移なしに接続されるという仮説)について、一般化対称性の観点から理論的検証を行いました。その結果、両相が高次形式を含む同じ対称性構造を持つことを示し、この連続性シナリオが「量子相の連続性」としても矛盾しないことを示しました。